バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
理想郷イデアの外壁から少し離れた崩壊区域。
そこで私――新人隊員のツバキは、遺者と対峙していた。
それは、御影家の名が血に沈むよりも前。
私がまだ、調子に乗っていた頃のことだった。
研修を終えて、新人
正直なところ、私はワクワクしていた。
なにせ研修生時代の私は、天才だともてはやされていた。
だから現場でも、すぐに活躍できる。
そう信じて疑わなかった。
けれど――現実は違った。
「全てを賭けた攻撃……随分な勘違いだ。
死ぬ気で放った一撃など、未来を捨てた敗北宣言に過ぎない。
破滅を受け入れた者の末路は――破滅のみだ」
目の前でレイナ隊長の死体が、血の中に浮いている。
私の攻撃が、尊敬する隊長にとどめを刺した。
その事実だけで、気が狂いそうになる。
「守りたいなら、生き残れ。
救いたいなら、制御しろ。
それができない力を、覚悟とは呼ばん」
こいつは何だ?
レイナ隊長が死ぬことになったすべての元凶のくせして、一丁前に私に説教をしている。
「テメェのせいだろうがぁ!!!!」
気づけば私は叫んでいた。
これほどに腸が煮えくり返ることはない。
けれど……今の私では叫ぶことしかできなかった。
痛みなんてどうでもいい。
とにかく体を動かせ!!
そう思っても体は動かない。
とっくに限界なんて超えていたんだ。
これは当たり前の結末……いや、何を諦めているのか。
研修で何を学んできたのか。
動け。
動かそうとすることだけが、現実を変える力を持つのだ。
その時、レイナ隊長の体が繋ぎ合わされ、元に戻った。
「……は? え?」
死体……?
いや、どう見ても生きているようにしか見えない。
治療した……?
どうしてわざわざ……何のために。
「これでこいつは俺の下僕だ……
安心しろ。貴様も一度殺して、下僕にしてやる……」
レイナ隊長を操って、私を殺すため?
でも、そんなことをしなくても、翼で斬りつければそれだけで私は死ぬ。
私には目の前のこいつが理解できない。
そのまま私に向けてレイナ隊長が向かってきた。
理解などできなくても、対応しなければならない。
瞬間、レイナ隊長の体が崩れ落ちた。
「私の部下を随分と虐めたようね。
覚悟はいいかしら?」
「し、シオン導師っ」
黎明教会の導師、シオン。
かつて英雄と呼ばれるほどの戦績を残し、その功績で導師に任命された
そして、遺者に襲われた私を助けてくれた恩人でもある。
彼女の姿を見た瞬間、胸の奥にあった恐怖が少しだけほどけた。
だからだろうか。途端に瞼が重くなる。
でもまぁ、シオン導師が来てくれたんだから、私が意識を無理やり繋いでも仕方ない。
いっそ、ここは泥のように眠ってしまおう。
そうして、私は意識を手放した。
*
臭い……薬の匂いだ。
冷たい感じがして、好きにはなれない。
「……あ、懐かしい天井だ」
意識を取り戻したとき、そこは理想郷イデアの外層部にある隔離病棟だった。
私はゆっくりと体を起こし、周囲を見た。
レイナ隊長を含め、部隊全員が寝息を立てている。
「良かったぁ」
肩から力が抜ける。
あれだけの戦闘があっても、部隊の全員が生き残った。
それだけで安心できた。
「ツバキちゃん……もう意識を取り戻したの?」
「あ、シオン導師!!」
やはりあれは夢ではなかった。
追い詰められた私たちをシオン導師は助けてくれたんだ。
「えっと、ここにいるってことは、これから汚染検査を行うんですよね?」
「ええ、実際には必要ないけれど、規則だもの。
仕方ないわ」
シオン導師がそう言うと、部屋の奥から一人の男性が入ってくる。
白衣を着ていることから、おそらくは検査医師の方だろう。
「ええ、しかし映像を確認したところ……。
おそらく貴女方は、外層部にすら戻れないでしょう」
にやにやと顔を歪めながら、私のことをじっと見つめてくる。
患者を見る医者の目じゃない。
こちらの体調を心配しているわけでも、無事を喜んでいるわけでもない。
ただ、自分の一言で私たちの行き先を決められる――
その優越感を楽しんでいるようにしか見えなかった。
いやいや、ダメだ。
検査医師は、私たちのために働いてくれている人たちだと教わってきた……。
偏見は良くない。
けど、もうちょっとだけ顔つきに気を付けてほしいなって思う。
「なぜ、お前が決めつける?」
「そんなもの決まっているじゃないですか。
隊服に付いていた監視カメラで見ましたよ。
あれだけ遺者の攻撃を受けたのですから、汚染してないほうが変ですよ」
そうなのだ。
遺者の情報収集のため、
もちろん、着替えの時はオフにできるのだが、プライバシーがあったものではない。
必要なのは分かるんだけどね。
「たったそれだけか?」
「ええ、これ以上ない理屈でしょう?」
「いいだろう。
その理屈が通用するか……試してみればいい」
私が寝ているベッドの手すりについたライトが光る。
このベッドには汚染検査の機能があり、寝ているだけで検査を受けられるらしい。
便利だけど、もっと他にお金を回すところがあるのではないかと毎回思う。
「えっと、私たちは合格できるのでしょうか?」
確かに、検査医師の言うことにも一理ある。
私たちは遺者の攻撃を受けすぎた。
もし黒と判定されれば、外層部にすら戻れなくなる。
「ああ、合格できるさ」
やがて、検査が終わり、その結果がモニターに映し出されることになる。
この瞬間だけは研修時代から生きた心地がしない。
私は祈るように、両手を合わせて、両目を閉じた。
静かに息を飲む。
ピコン、と結果表示の音が鳴った。
目を開けると、モニターには部隊五人分の「白」が並んでいた。
私は安心して息を吐いた。
「そんなっ!! バカな!?」
検査医師の方はかなり驚いている。
私も、あれだけ好き勝手やられたので、全くの白とは思ってなかった。
「見ただろう。
彼女たちは白だ」
シオン導師の言葉に検査医師は項垂れる。
私たちの検査結果が「白」だった。
これは普通に喜ばしいことのはずなのに、どうして彼は取り乱しているのか。
私にはまるで分からなかった。
「はっ、関係ないねぇ。
相手が導師だろうが、なんだろうが……
検査結果なんざ書き換えちまえばいいんだからよぉ!!」
検査医師の男は、そう言うとパソコンを操作する。
途端にモニターに映った検査結果が、黒へと変わった。
いや……こんなことがっ!?
「随分と大胆にやるな。
隠すつもりなどないということか?」
「隠す?
意味が分かりませんな。
これが本当の検査結果です。
そしてこれを、御影家をはじめとする権力者たちは支持するでしょう。
それだけで十分なのですから」
よく分からない。
分かるのは私たちが巨大な悪意に晒されているという事実だけ。
そして、私たちにある最後の希望がシオン導師なのだ。
「意味が分からないな。
お前はこの場で拘束する。
検査結果の偽装……目の前でそれをしたということは覚悟があるはずだ」
「分からない人だなぁ。
俺には御影家の後ろ盾がついているんだよ!!」
「お前こそ理解していないな。
どこにだって、権力者の名を騙る者はいる。
しかも、口先だけでな……」
「あー、なるほど。
俺が御影家の後ろ盾を持っていることが信じられないってことっすか。
なら話は早い。俺が御影家に電話一つ入れれば、こいつらは終わりだ!!」
そう言って検査医師は、どこかに電話をかけ始めた。
けれど、何度かけても電話は繋がらないみたいだった。
次第に検査医師も慌て始めた。
「くそっ、どうして繋がらないっ!?
事務の奴は何をしているっ!?」
彼がそう言って、電話を叩きつける。
瞬間、この部屋に、けたたましい警報音が鳴り響いた。
『中層部に遺者の侵入を確認……繰り返す!!
中層部に遺者の侵入を確認』
その放送に私は衝撃を受ける。
理想郷イデアは建設されてから、これまで遺者の侵入を許したことはない。
明らかな非常事態だった。
「何やら緊急事態だな……
検査は中断して人命の救助に向かわなくてはな」
そう言うと、シオン導師はパソコンを操作する。
するとスヤスヤと寝ていた他の四人が跳び起きた。
「あはは、懐かしいな。
研修所でも、寝坊しすぎると電流で起こされるんだよね」
そう言って、私たちはすぐさま準備する。
施設内で
少しだけ緊張する。
「ま、待て!!」
検査医師が私たちを止めようとしてくる。
今は時間がないのに、どうして止めようとしてくるのか?
そう不思議に思っていると、シオン導師が検査医師に刀を突きつけた。
「中層部で人が死んでいるかも知れない。
ここで悠長なことをしていてどうする?
それとも――
お前が先に死んでおくか?」
そう言うと検査医師は震えながら地面に膝を付いた。
その光景を見て、私は安心する。
同時にシオン導師に感謝した。
この借りは必ず仕事で返そう。
「お前の処分は追って通達する。
首を洗って待っていろ」
本当にシオン導師は私の憧れの存在だ。
そこにどれだけ近づけるかは分からないが、だからこそ目指す価値がある。
私はそう思った。
「では、行くぞ」
「はい!!」
シオン導師に率いられ、私たちは中層部へと向かう。
やがて、初めて中層部へと足を踏み入れた。
そこは何というか……華やかな場所に見えた。
全てが無機質な外層とは何もかもが違っている。
壁には淡い金色の装飾があり、通路の脇には観葉植物まで置かれている。
天井は高く、照明も明るい。
磨かれた床は、走るのを少し躊躇してしまうほど綺麗だった。
外層部だって、決して汚いわけじゃない。
けれど、あそこにあるのは清潔さだけだ。
薬の匂いと、白い壁と、必要なものだけが置かれた冷たい空間。
中層部には花も、装飾も、柔らかな照明もある。
それなのに、私は少しも安心できなかった。
「あっちだ」
シオン導師に連れられて現場に到着すると、そこは惨い場所だった。
周囲には血が散り、壁はいたるところがへこんでいる。
でも、遺者の姿はない。
悲鳴も聞こえない。
それが逆に怖かった。
「生存者は……?」
思わず、そんな言葉が漏れる。
誰かがまだ倒れているかもしれない。
助けを待っているかもしれない。
そう思って周囲を見回した瞬間、穏やかな声が聞こえた。
「やぁ、導師シオン……随分とお早い到着ですね。
お疲れ様です」
「ああ、そちらこそ随分と早い到着だな……導師セフィル」
中層で私たちを待っていたのは、導師セフィルだった。
黎明教会に所属する
私も会うのは、これが初めてだった。
「えっと……セフィル導師、一体何があったんですか?」
「単刀直入に言うと、遺者の侵入を許しました。
深層の権力者、御影家の中枢区画に壊滅的な被害を確認しています」
「生存者はいるんですか?」
「御影家の人たちは皆殺しですね。
護衛は何人か残っていますが、彼らも錯乱しているようです」
言葉の意味が、すぐには飲み込めない。
おそらく遺者の侵入を中層で止めることができなかったのだ。
「死者に対して、今できることは多くありません。
我々が見るべきは、生きている者です」
その言い方に、少しだけ引っかかった。
間違ってはいない。
でも、死んだ人たちを粗雑に扱うような言い方に聞こえた。
「えっと、これって黎明教会の責任になるのですか?」
レイナ隊長がそう聞いた。私も気になる。
理想郷イデアがここまで侵入を許したのは、初めてのはず。
しかも、被害を受けたのは深層の権力者だ。
これから黎明教会はどうなるのか……。
そんな私たちの心配を他所に、導師の二人は飄々としている。
「心配いりませんよ。むしろ追い風ですね。
これで権力者たちは思い知ったでしょう。
自分たちが追い出した連中が、自分たちの安全を守っていたのだと」
その言葉に少しだけ安心する。
確かに研修でも理想郷イデアの深層部、中層部の守りは黎明教会には任せてもらえなくなっていたと教えられている。
つまり、組織が危うくなる心配はない。
「シオン導師、セフィル導師……私はこれからもっと頑張ります。
そして、こんな事件を二度と起こさせないようにしてみせます!!」
私の言葉に二人は短く笑った。
「良い子ですね。
やはり、
そう言ってセフィル導師は深層に足を向けた。
これから深層の権力者に対して説明をするらしい。
「ああ、そうだ。
シオン導師……例の薬が、今回の死体から検出されたそうです。
何か心当たりは?」
「例の薬……私たちが作った結晶促進薬が?
いや、知らないな……
やはり、権力者は検査結果を偽装し、
「……その可能性は高いと思います。
しっかりと深層の方々に忠告しないといけないかもしれませんね」
そんな物騒な会話を聞いた。
理想郷イデア。
私にとっては世界のすべてだったその場所は、思っていたよりずっと複雑なのかもしれない――。