バッドエンドしかないゲーム世界で怪物になった俺は、死ぬはずの原作主人公と仲間をどんな手を使ってでも全員救う~喰聖の黙示録~ 作:グラシアS
理想郷イデアから少し離れた戦場。
先ほどまで戦っていた遺者が、醜い叫びを残しながら黒い塵へと崩れていく。
「お前は……私を見上げていればいいんだ……
下にいたくせに……私の下にいたくせにィィィィ!!」
殺せた。
間違いなく、一人では勝てなかったほどの強敵を。
けれど、戦いはまだ終わっていない。
私――ツバキは、共闘した喰聖と蚊のような遺者を睨みつけ、
全身が痛い。
後遺症が残るような無茶や無謀はしなかった。
けれど、制御できる範囲で出力を限界まで引き上げたのは事実だ。
その反動が、私の体を襲っている。
それでも、気は抜けない。
喰聖と謎の遺者。
この二体とは、先ほどまで同じ敵を前にして協力していた。
敵の敵。
その状態だったからこそ、共闘できただけだ。
共通の敵がいなくなった今、彼らがどんな行動に出るか分からない。
警戒を……しなければ。
「ありがとう」
蚊のような遺者が、私に向かって感謝を口にした。
遺者が言葉を話すこと自体はおかしい話じゃない。
私自身も言葉を話す個体と出くわしたことがあった。
でも、その口から出るのは、罵声や嘲笑、命乞いばかりだった。
人に感謝する遺者を見たのは、これが初めてだった。
分からない……喜べばいいのか、あるいは怒ればいいのか。
遺者とは、人類の敵。
決して分かり合えず、滅ぼすしかない存在なのだと、研修中に教わってきた。
ただ感謝の言葉を口にしているだけ。
それなのに、目の前の光景が現実のものには思えなかった。
「あなたは一体……?」
私が呆然としていると、蚊のような遺者は喰聖へと近づいていく。
何をするつもりなのか。
今のうちに攻撃すべきだろうか……
いや、今の状態でこの二体に襲われれば、ひとたまりもない。
私は
「喰聖……だっけ?
あなたもありがとう。
おかげで私は、自分を解き放つことができた」
蚊のような遺者は、喰聖へ向かってそう言った。
喰聖は、ただ静かにその遺者を見下ろしている。
「……なんで、黙ってるの?」
「俺がしたのは、お前を利用しただけだ」
喰聖の声には、慰めるような響きはなかった。
「お前の力を奪い、お前の軍勢を理想郷へ向かわせた。
最後に奴へ逆らったことまで、俺の功績にするつもりはない」
「そっか……」
遺者の体が少しずつ崩れ始めた。
遺者が死ぬときの前兆……あいつはもう長くない。
なのに――あの遺者は、どこか嬉しそうだった。
化物じみた顔から、どんな表情をしているのかなんて読み取れない。
それでも、なぜか笑っているように感じた。
「嬉しいのですか?」
思わず聞いてしまう。
これまでとまるで違う様子を見せる遺者の存在。
一体何なのか……私は知りたいと思ってしまった。
「嬉しい……?
……そうだね。そうかもしれない。
これまでの私はあいつに従うしかできなかったから」
蚊の遺者は空を見上げている。
何を思っているのか、なんて私には分からない。
ただ……どこか、悲しいと感じてしまうのは気のせいなのだろうか。
「どうして、私を助けたの?
私は
どう考えても、私が殺されてから、戦ったほうが有利だったはず」
私がそう尋ねると、遺者はまっすぐにこっちを見た。
「私は以前、女の子を助けたことがある」
「え? 女の子を助けた?」
遺者が人を助ける。
その思考が理解できない。
私が受けた研修では、遺者とは滅ぼす対象のはずだった。
なのに、どうしてこいつは人間を助けたことがあると、口にするのか。
そんなことがあり得るのか……。
瞬間、頭の奥に強い痛みが走った。
遺者が人を助けた。
その意味を考えようとするたびに、痛みが強くなる。
遺者がどんな存在かなど考える必要はない。
私たちの役目は人類の敵である遺者を滅ぼすこと。
余計なことは考えなくていい。
そう命令されているように意識が薄れていく。
私は歯を食いしばり、沈みかけた意識を強引に繋ぎ止めた。
「うん、私は人を助けたいんだよ。
だから、あなたを助けたんだ」
遺者の体を覆っていた外殻が、黒い塵となって崩れていく。
その下から現れたのは、一人の女の子だった。
どうして、遺者の姿の下から人間が現れるの?
しかも、この顔……どこかで見たことがある。
「……ひ……な……?」
また、頭の奥に激痛が走った。
ひな……そんな子は知らない。
私は外で遺者に襲われて、シオン導師に助けられた。
それがきっかけで勧誘されて、黎明教会に入ったはずだ――
本当に?
違う。シオン導師は私の恩人だ。
私はシオン導師に憧れて、
どうして?
どうして私は、
思い出そうとするたび、何かが頭の中を白く塗り潰していく。
「ツバキ……あなたが理想郷イデアに連れていかれてから、ずっと心配してたよ。
私は才能がなかったから、一緒には行けなかった。
けど、心配していたんだよ」
私はひなのことを覚えていない。
けど、彼女が嘘をついているとは思えなかった。
なら、どうして彼女は遺者になっていたのか。
私は不愉快な感情をそのまま彼女にぶつけた。
「どうして?
どうしてひなは遺者となったの?」
「あはは、恥ずかしいことに、助けた女の子が
だったんだよね。だから、私はあいつに遺者へと変えられた」
「……なら、どうして私を助けたの?
その女の子を助けた結果、遺者にされたのに」
私が彼女なら助けるようなことはしない。
助けたことで、とんでもない罰を受けたのだ。
もう二度とそんな気が起きなくなるのが当たり前だと思った。
でも、彼女はどうしてか笑って見せた。
「後悔はしないの」
「え?」
「だって、私は自分がやりたいことを貫き通しただけなんだから。
もちろん、もっとうまいやり方はなかったのかなぁとか反省はするし、
私をこんな目に遭わせた
でも、絶対に自分のことは否定しないの」
「それは、どうして?」
「これが、なりたい私だから」
私はその場で膝をついた。
頭が痛い。
記憶も、これまで育んできた価値観も、その全てが否定された。
そんな錯覚が私を包み込んだ。
「ねぇ、ツバキ……
貴女は今、なりたい自分になれてる?」
「わ、私は――」
私は
憧れのシオン導師のように強くなる。
それが、私のなりたかった姿のはずだった。
でも――本当に?
シオン導師への憧れも、
どこまでが私の意思なのか、見分けがつかない。
「分からない……」
私が答えると、ひなは少しだけ目を細めた。
「そっか」
ひなの足元が、黒い塵となって崩れ始める。
その光景を見た瞬間、胸の奥が苦しくなった。
彼女はたぶん、私の友達だったんだ。
一緒に笑って、泣いて、そうやって毎日を過ごしていたんだと思う。
せっかく再会できたのに、どうして別れなければならないのか。
「ひなに、消えてほしくない。
助けられるなら、助けたい」
過去のことは分からない。
この気持ちだって、誰かに作られたものなのかもしれない。
それでも、今は――
「私は、ひなを助けたい」
ひなは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、それが今のツバキちゃんなんだね」
人間の姿へ戻っても、ひなの体は少しずつ崩れていく。
姿が変わっただけで、死が止まったわけではない。
人間に戻れたのなら、もしかしたら助かるかもしれない。
そんな希望も、崩れていくひなの体と一緒に消えていった。
どうして、ひなが死なないといけないのか。
私はもっとひなのことを知りたい……。
「待って!
まだ、何も思い出せてない!
ひなのことも、私たちが何をしていたのかも……!」
「気にしないで……」
「気にする!!」
思わず叫んでいた。
「私だけ忘れて、ひなだけが覚えてるなんて……
そんなの、よくない!」
ひなは驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
「アルネアは、あいつに付けられた名前。
私の名前は、ひな……もう一度だけ、そう呼んで」
「……ひな」
ひなは自分の胸に手を置いた。
「最後の最後に、あなたを助けることができて、本当に良かった」
頭の奥に、激しい痛みが走る。
忘れたほうがいい……。
自分が人殺しだと認識する必要なんかない。
遺者は化物で、人類の敵。
それが正しいのだから、罪悪感を抱く必要もない。
そんな思考が、私の意識を塗り潰そうとする。
「ひな!!」
私はそれを振り払い、彼女の名前を呼んだ。
その声に応えるように、ひなが私を見た。
黒い塵となって崩れ落ちながら、最後に満面の笑みを見せた。
そして、その体は完全に消えていった。
どうして死の直前に笑えるのか。
少し前の私なら、きっと分からなかった。
でも今は、ほんの少しだけ分かる。
ひなは最後まで、なりたい自分を否定しなかったのだ。
「……あり方、か」
喰聖の声がする。
私は涙を拭って、奴を睨みつけた。
ひなが最期に人の姿へ戻れたのは、おそらくこいつが何かをしたからだ。
なら、こいつの目的は何なのか?
もしかしたら喰聖も、元は人間で、何者かに今の姿へ変えられたのかもしれない。
「喰聖……あなたも元は人間だったの?」
「……どう思う?」
答えの代わりに、喰聖は私へ拳を振るってきた。
どうにか
このままではまずいっ……。
「ツバキ……貴様はこれからどうするつもりだ?」
「……分からない」
考えるより先に、言葉が出た。
今までなら、答えは決まっていた。
遺者を倒し、人類を守る。それが
でも、ひなは人間だった。
自分の意思で遺者になったわけではなく、誰かを助けようとした結果、無理やり化物へ変えられた。
ひなのような人が、他にもいるのかもしれない。
そう考えると、今まで倒してきた遺者の姿が頭に浮かんだ。
「私はこれからも、遺者を倒さないといけない。
でも、その中にひなみたいな人がいたら……私はどうすればいいの?」
「……仮にそういった遺者がこれからも現れたとして、お前はそれをどう判断するつもりだ?」
「そ、それは」
「いちいち、遺者と戦うたびに、こいつは人間だったかもしれないと思いながら戦うつもりか?」
私の
口に血の味がする。
痛い……今にも意識が跳びそうだった。
「はっきりさせておく……遺者はすべて、元は人間だ。
だが、それがお前に何の関係がある?
自らの欲望のために遺者に堕ちた者も、アルネアのように誰かに強制された者もいる。
だが、お前程度の力でそれを選別することなど、現実が許しはしない!!」
「で、でも、強制された人を殺すなんて……」
「お前は先ほど、俺に元は人間かと聞いたな?
たとえ俺が強制されていたとして、お前が俺を助けられると思うか!?」
喰聖の手が、私の首を強く締め上げる。
このまま何もしなければ、殺されるだけだ。
ち、力を……発動しなければ……。
その瞬間、
私は荒い息を吐きながら、まっすぐに喰聖を見つめる。
「そうだ……それでいい」
オーバードライブ……体はまだ痛む。
けれど、まだ制御できる。ここで使わなければ、本当に殺される。
私はまだ死ぬわけにはいかないんだから!!
「
今の私が放てる最大の一撃だった。
けれど、奴がしたのはただ翼を振るっただけ。
それだけで、私の一撃はあっさりと弾き返された。
私は――
弱い……。
私の体は紙のように吹っ飛ばされて、近くの建物に叩きつけられた。
意識が急激に薄れる。
ああ、私……死ぬのかな?
意識が途切れる直前、最後に見たのはレイナ隊長の顔だった。