機動戦士ガンダムSEED RE:SONANCE ―星巡りのルナと換装の呪縛― 作:マキ
【あらすじ】
アークエンジェルの医務室で目を覚ましたルナ。アーマーによる精神補正が解けた彼女は、周囲への強い警戒心から大人たちに刃を向けて激しく拒絶する。しかし、そんな彼女の前に現れた少年キラ・ヤマトの言葉が、固く閉ざされたルナの心を揺らす。その直後、ザフトのバクゥ部隊による強襲が発生。十分なエネルギーが充填されていない中、ルナは素体である「コアガンダム」のまま、苛烈な砂漠の戦場へと飛び出していく――!
カチ、カチ、カチ……と、規則的な電子音が耳元で鳴っていた。
(ここは……どこ……?)
ルナ・セレスは、深く重い意識の底からゆっくりと浮上した。目の前を覆っていた暗闇が少しずつ晴れ、視界に入ってきたのは、見慣れた実験施設の無機質な天井ではない、清潔だがどこか手狭な「白い天井」だった。
途端、アーマーの精神補正がかかっていない、彼女自身のむき出しの防衛本能と恐怖が跳ね上がった。
「――っ!」
自分がベッドに横たえられ、胸や腕に医療用モニターのコードが繋がれていることに気づいた瞬間、ルナは一切の躊躇なくそれらを引きちぎった。ピッ、ピッ、と警告音が騒がしく鳴り響く。ベッドから音もなく飛びのき、部屋の隅へ背を向けながら低く身構える。右手には、サイドテーブルから反射的に奪い取った医療用のピンセットが、逆手に固く握りしめられていた。
ガチャリ、と絶妙なタイミングで医務室の扉が開く。
「あら、気が付いたの――って、ちょっと!?」
「おいおい、なんだってそんなピリピリしてんだ?」
入ってきたのは、白い制服を着たスタイルの良い女性士官、マリュー・ラミアスと、その背後から顔を覗かせる、気怠げだが鋭い眼光を持った男、ムウ・ラ・フラガだった。さらにその後ろには、険しい表情のナタル・バジルールも控えている。
ルナは一言も発さず、野生の獣のような鋭い視線で彼らの一挙手一投足を睨みつけた。細い指先で握られたピンセットが、明確な殺気を孕んでマリューたちに向けられる。心を完全に閉ざした「素体状態」の彼女には、周囲のすべてが自分を脅かす敵に見えていた。
「触らないで……。近づいたら、刺す」
低く、震えながらも鋭い拒絶の声。
「待って、私たちは敵じゃないわ。私はマリュー・ラミアス。地球連合軍所属のアークエンジェルで艦長を務めているの。あなたは砂漠で倒れていたところを――」
「所属、階級、および機体の登録コードを言いなさい!」
マリューの説得を遮るように、ナタルが一歩前に出て軍人としての厳しい声を張り上げる。その瞬間、ルナの身体がさらに強張るのを見て、ムウが素早くナタルの肩を叩いて制した。
「おいおいナタル、そんな顔で迫ったら子供じゃなくても怯えるぜ? ……お嬢ちゃん、その物騒なオモチャを引っ込めてくれよ。俺たちはあんたと、あんたの乗ってたあの妙なモビルスーツを助けた命の恩人なんだからさ」
ムウは両手を軽く上げ、敵意がないことを示しながら苦笑した。
モビルスーツ。その単語に、ルナの眉が僅かにピクリと動く。
その時だった。開いたままの扉の向こう側から、一つの人影がふらりと部屋を覗き込んだ。
「……あの、何かあったんですか……?」
それは、アークエンジェルの制服を着た、茶髪の少年だった。キラ・ヤマト。民間人でありながら、ストライクを動かしてこの船を護り続けている少年だ。
「キラ? あなたは今部屋で休んでいなさいって――」
マリューの声は、ルナの耳には届かなかった。ルナのディープブルーの瞳が、キラの姿を捉えた瞬間。全身を支配していた刺すような殺気が、嘘のように僅かに揺らいだ。
(……この人……)
キラの瞳の奥にある、深く沈んだ色彩。望まない戦いに巻き込まれ、大切なものを護るために無理やり心を削って戦っている、ルナ自身が「実験体」として味わってきたものと酷似した、深い傷の匂いを彼女は敏感に察知していた。
キラもまた、ルナのプラチナブロンズの髪、そして鋭い警戒の中に隠された「圧倒的な孤独」を見て、息を呑んだ。
そしてキラは彼女の首元のチョーカーと、胸元のタグに刻まれた『LUNA-07』の文字に目をとめた。
「君は……ルナ……? 君も、無理やりあのモビルスーツに乗せられて、戦わされているの……?」
その問いかけは、大人たちには意味が分からなかった。だが、自分の記号を人の名前のように柔らかく呼ばれた瞬間、頑なに心を閉ざしていたルナの胸の奥に、小さな波紋が広がった。大人たちの誰一人として向けなかった、本質を見抜くような視線。ルナは構えていたピンセットを握る力を僅かに緩め、戸惑うようにキラを見つめ返すことしかできなかった。
ウー―――! ウー―――!
緊迫した空気が流れる医務室に、突如としてけたたましい赤色警報が鳴り響いた。
『第一種戦闘配置! 砂漠方向よりザフトのモビルスーツ接近! 本艦へ向かって急速に接近中!』
スピーカーから流れる緊迫したアナウンスに、マリューとナタルの表情が一瞬で凍りつく。
「ザフト!? もう追いついてきたの!?」
「艦長、ブリッジへ! キラ、あなたもすぐにストライクの出撃準備を!」
ナタルに促され、キラはハッと我に返った。ルナから視線を外し、「はい!」と短く答えて医務室の扉へと走り出す。マリューたち大人たちも、ルナへの尋問を後回しにして一斉に部屋を飛び出していった。
静まり返った医務室に、一人取り残されるルナ。彼女は自分の右手に握られたピンセットを見つめ、それから窓の外の、砂煙が舞う赤い空を見つめた。
首元のチョーカーは、今は静かに青く灯っている。昏睡していた間に、アークエンジェル側で最低限の応急処置が行われたのだろう。身体はまだ重いが、動けないほどではない。
「……私の機体」
ルナは小さく呟くと、ベッドから飛び降り、大人たちの足音とは逆の方向、艦内の構造データを野生の勘で予測しながら、モビルスーツが格納されているであろうハンガーへと音もなく走り出した。
アークエンジェルの広大な格納庫は、出撃の熱気に包まれた。
「マードックさん! ストライクのパワーチャージ、あと30秒です!」
「おう、急げ! ザフトの野郎どもを艦に近づけさせるんじゃねえぞ!」
整備班のチーフ、マードック曹長の声が響く。その視線の先では、カタパルトデッキに固定されたトリコロールカラーの巨人――ストライクが、キラを乗せて起動しようとしていた。
そのすぐ傍らの整備用ベッドに、彼女の半身が鎮座していた。GAT-X100A コア。アースアーマーをパージした素体状態のそれは二回りほど小さく、四肢のフレームが剥き出しのような、どこか不完全なシルエットだ。その横には、大容量のバッテリーと装甲をホールドした無人支援機リアクターコアハンガーが、給電ケーブルを繋がれた状態で並んでいた。
「……チャージは、まだ半分」
壁の陰からコンソールを遠隔で覗き見たルナは、小さく唇を噛んだ。アースリィのPS装甲を完全に維持して戦うにはエネルギーが全く足りない。今出撃すれば、すぐにシャットダウンしてしまう。
ドゴォン!!
激しい衝撃がアークエンジェルを震わせた。ザフトのバクゥが、すでに本艦への砲撃を開始したのだ。
「キラ・ヤマト、ストライク、出します!」
カタパルトから閃光と共に飛び出していくストライク。外部モニターの中で、ストライクは慣れない砂漠の砂に足を取られ、バクゥの連携攻撃に苦戦していた。キラの、どこか迷いと悲痛さを孕んだ操縦が、機体の動きの端々から伝ってくる。
『――君も、無理やり戦わされているの?』
少年の言葉が、ルナの脳裏にリフレインする。むき出しの心が揺れるのを強引に振り切るように、少女はキャットウォークを駆け上がり、コアのコックピットへと飛び込んだ。
第1話をお読みいただき、ありがとうございました!
地球の連合軍秘密演習場でザフト(バクゥ)の強襲を受け、過酷な遭難を経てアークエンジェルへと回収される、ルナとアースリィガンダムの波乱の幕開けをお届けしました。
コアガンダム単体の『TP(トランスフェイズ)装甲』や、アースアーマー合体時の常時展開型『PS(フェイズシフト)装甲』など、本作ならではのメカニカルな装甲ギミックや燃費のリアルさにもこだわっていきます。
激戦と遭難の果てに力尽きたルナ。彼女を回収したアークエンジェルの中で、一体どのような人間模様が待ち受けているのか……。
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次回、第2話『【Core】白い揺り籠の中で』もお楽しみに!