嫌われ生徒はその後に好かれても気付かない。 作:ブルーアーカイ部 一般部員
どれだけ日が経とうとも。
あなたが月の光を、忘れぬように。
あの子は、眩しい。それこそ、俺には合わないほどに綺麗で、美しい。
俺がどれだけ日陰に沈もうと、満面の笑みで俺を見つけ出し、手を差し伸べる。
そこに一切の下心は無く、純粋な気持ちのみが存在している。
その度に痛感する。自分がどれだけ醜く、酷い存在なのか……と。
俺の人生は、誰が見ても美しいものではないのだ。生まれから孤独で、大切な人は死に。四肢はもげ、継ぎ接ぎだらけになった。
翼も片方は完全に焼け落ち、残っている方ですら煤まみれの漆黒である。
『片翼の悪魔』……蔑称、ゲヘナもどき。それが俺を形容する言葉であり、同時に俺を象徴する単語でもあった。
つまるところ、単なる蔑称ではない。この俺という人間を最大限に説明した、一つの作品と言えるだろう。
…………話が逸れた。俺への風当たりは未だ強いまま───と言うより、俺は机も椅子も破壊された後のため、授業はまともに受けられない。
欠席日数が着々と増えていくのみだ。
では、何故そんな状況なのにも関わらず、俺が学園の屋上に佇んでいるのか。
理由は至極単純だ。
「アスさ〜ん!」
ほら、来た。
「………元気そうで何よりだな」
「えっへん!私は元気が取り柄なんですよ!」
この少女───未だ名前を把握していないこの子は、俺の数少ない友人だ。
超がつく程のお人好し且つ、同時に超のつく程の能天気である。
にも関わらず、不意とした瞬間には真面目な顔になる。そのギャップが何処か愛おしく感じてしまう。
普段は阿呆みたいに言葉を繰り返している女なのだが、人付き合いに関しては一際気にしているらしい。
………なら、俺と関わらなければ良いのに。常々そう思っている。
俺という人間と関わる以上、他人から嫌われがちになるのは当然なのだ。
だが………この女は、それでも俺に関わってくる。
その根気強さを受けて、俺は渋々という
「それじゃ!今日はゲームしましょう!新しいゲームを見つけてきたんですよ!」
「………またゲームか?今度はクソゲーじゃないだろうな……」
この少女、持ってくるゲームがクソゲーな確率が非常に高い。
こないだやったゲームではコンマ0.2秒の内にボタンを押さなければ即ゲームオーバーとか言うカスギミックが七箇所もあった。
後に調べた結果、それは今年のクソゲーランキング第一位に君臨していたゲームだった。
妙に安売りしていたところで気を付けるべきだったのだろうか。
やはりクソゲー。反射神経を求められる回数がケタ違いであり、俺も彼女も鍛えられた。
俺は超必死だったが、彼女は笑ってこなしていた。
負けた気がするので、肘で脇辺りを小突いてやった。
「わっ!?やりましたね〜!?」
「隙を見せたお前が悪い」
「何をぉ〜!!」
………楽しい。この子と居る瞬間だけは、あらゆる痛みを感じなくて済む。
ふと、俺は自分の腕を見る。そこには、傷跡が残っている。
まだ生まれて間もない頃。物心が付いた時に、好奇心が俺を殺した。
或いは、俺自身が猫だったのだろう。喧騒に誘われるがままに進んで、四肢が爆散した。
黒服さんに縫い合わせて貰い、継ぎ接ぎだらけの体になった。
この痛みは、絶えることなく俺を襲い続ける。
歩く度、走る度。いや、息をする度に激痛が走る。
…………その痛みを、感じさせない程。
この子は俺の光だった。嘗て、『光』と言うモノを俺に教えてくれたあの人のような、眩しい光。
その度に、俺とは合わないのではないかと思考する。
違う。『俺なんかに関わってほしくない』のかもしれない。
とにかく、俺はこの子の前では、素で居られるのだ。
「………?どうしました?」
「ん?……あぁいや、特に」
「…………?」
どうやら俺は、じっとこの子の顔を見続けていたらしい。
そうして居たかったのかもしれない。理由は定かでは無いけれど─────
───────この想いだけは、本物でありたい。
やっと理解した。元々、授業なんて受けていない俺だ。次は何をしようか。何で遊ぼうか。
それを考えるのは、とても楽しかった。
彼女と出会って、ようやく一年が経った。
黒服さんが何かしらしたのか知らないが、取り敢えず俺は高等部に進学した。
学力も家柄も何もない俺だったが、そこは何とかしたのだろうか。
わからないけれど、感謝している。
だって、あの子と出会えるのだから。
高校になって、変わったことがある。
それは、クラス内でイジメが目立たなくなったことだ。
前のように、クラス全体が俺を排斥しようとはしてこなくなった。
主犯格の大半が別クラスになった、と言うのが大きいだろう。
多少はクラスに残っていたが、それらは活動する前に現正実が対処したらしい。
そんな事もあってか、俺は堂々とあの子と毎日遊びふけっていた。
今日も今日とて、あの子を待っている。
「おっまったっせ〜!」
「おわっ………!?ビックリしたなぁ……」
「フフン、そうでしょう!私は忍び足を学んだんです!」
「ならせめて学力を挙げような?」
以前よりも、蟠りは取れたはず。距離感は相変わらずバグっており、近しいが………それもまた、俺は許容していた。
この子ならば大丈夫、そう定義付けしたからだ。
…………そう。それが、穴だった。
俺にとっての、明確な
深夜の路地裏に鳴り響く、一つの銃撃音。
それは短く、しかし的確に俺の頭に直撃していた。
曲がりなりにもキヴォトス人だからこそ、耐えた一撃。しかし威力は変えられず、俺は真後ろに吹き飛んだ。
「が……っあ………!?」
「ごめん………っ……ごめんなさいっ……!」
その一撃は、あの子の持つ銃から放たれたものだった。
俺の心も、同時に砕けたのだろう。理解が追いつかない。あやふやなことしか考えられない。
遂に脳髄までやられたか、なんて、そんな現実逃避までしながら。
後ろから、足音が響く。
集団の、足音。軽い武装のみの、つまり普段着の奴らが、現れた。
「お〜居た居た。片翼の悪魔さん?」
「うっわ、何その顔。最近調子乗ってたでしょ?」
「おま………えら………!」
別クラスになっていた、虐めの主犯格。其奴らが、別の人達を連れてやってきた。
生暖かい液体が、額から頬にかけて流れ落ちる。
見なくとも、それが血だということは理解できる。まさか、あの一撃で。
傷を理解してしまった俺は、その場に倒れ込んだ。
ここまで、俺は弱かった。それを再認識させられた。
そこからの言葉は、断片的にしか理解できなかった。『最近調子乗ってた』『見ていて不快だった』『ウザかった』…………等。
少なくとも、俺が聞き取れた内容はそこまでである。
俺は、羽交い締めにされていた。抵抗はない。何故なら、そもそも流血のせいで力が入らない。
朧な目で、其奴らを見る。
殆どはボヤケて見えない。けれど、恐らく嗤っている。
怒りで、震える。震えたところで、痛みは引かないが。
しかし。
しかしだ。
あの子に対する怒りは、無かった。だって─────泣いていたから。
アレは、打算で出るモノじゃない、筈。確証は何処にも無いけれど。
それでも俺は、彼女を信じる。小さくたって、
あの人の真似だ。俺は全く信じてなんていない。
奇跡なんて起きない。奇跡があるなら、もっと早く俺を助けて欲しかったと、壊れてしまいそうだから。
過去は消えない。過去は残る。未来は変えられると言うけれど、それは力のあるものだからだ。
力無き人に、そんな権利は無い。
「お疲れ様。えーっと……名前、なんだっけ?」
「ひっ………ごめんなさい、ごめんなさい……」
「チッ………あなた、使えませんわね………まぁ良いや」
「あらあら、貴方の大切な人が大変な目に遭ってるますよ?助けなくていいのでしょうか?」
─────黙れ。
「あ、ぁ……す、くん………」
「あらぁ?何ですって?」
─────動け。
まだ、動くだろ。
体を捨てろ。意志だけでいい。示せ。
動け、動け、動け。
泣いている、あの子を助けろ。痛みはどうせ、毎秒受けているんだ。
辛さを超えろ。
「─────っっっがぁ゛あ゛あ゛!!」
ブチリ、と。
継ぎ接ぎの腕が、右側だけ千切れた。
いや、
目の前の女達は目を見開いて、怖じ気付いた。
「は──────」
しかし、止めない。飛び出した速度を落とさぬように、振りかぶる。
そして、ようやく。
俺の左拳が、女の頬に突き刺さった。
青白い夜空に鮮血が舞う。
暗く染まった世界を、月が照らしている。
しかし、今宵だけは─────赤色も、差し込まれている。
その血が俺のものか。または女のものか。
どうだって良い。俺はただ、光をかげらせたく無かっただけだ。
その女は宙を舞い、地面に打ち伏せた。
そして、サッサとずらかった女達。ようやく、静寂が訪れた。
俺を撃ったあの子は、その場でへたり込んで泣いていた。
「ごめ、ん………本当に………ごめん………」
俺は、静かに近寄った。千切れた腕は、その子が持っていてくれた。
制服が血で汚れている。けれど、それすら気にせずにその子は大切に抱きかかえる。
そして、目線を合わせるために屈んだ。
「………大丈夫か。何か、されてないか?」
「ひぐっ………だ、いじょうぶ……大丈夫、だから……!」
泣きながら、必死に涙を拭く。その動作を見て、やはり愛らしいと思う。
「あの、ね。私…………あの人達に、脅されて………」
「………それで?」
「…………大丈夫、安心して。俺は怒らない」
そうして、彼女は語りだした。
「……あの、女の人が………『まともな家柄も関係もないアイツが気に食わない、排斥させてやりたい』って……」
「………」
「それ、で……嫌だって、言ってたのに…………『断ったらあなたと授業をサボって遊んでいた事を告げ口して成績落とす』って…………」
俺は、呆れと同時に怒りを覚えた。
元を辿れば、俺だ。俺なのに、何故この子まで巻き込まれなくてはならないのか。
やはり、奇跡なんてない。どれだけ願おうと、神とやらは全く助けてはくれないらしい。
「………ねぇ、アスくん」
「…………どうした」
「最低だよね、私。自分の成績の為だけに、あなたを撃ったようなものだもん。決して、許しちゃいけないよ」
「…………そんなことない」
「だって、私──────」
「そんなこと、ない。」
静かに、断言する。これだけは、確信を持って言える。
「誰が許さなくても、俺が許す。誰から撃たれようと、この俺が許す」
「だから、安心しろ。お前は、何も心配しなくて良い」
ゆっくりと抱きしめる。
片腕がないから、不格好だけれど。
それでも、温かさを与えてやりたかった。
「……ぅ、あ………ぁぁぁ………!」
胸の中で、咽び泣く声が聞こえる。それは割れ物のように繊細で小さく、壊れそうな声だった。
だから、優しく抱きしめてやる。
二度と壊れないように、二度と失わぬように。
何時間、経っただろうか。かなり長い間、彼女は泣き続けていた。
俺が気付いた時には、彼女はもう泣き止んで俺の顔をじっと見ていた。
「………なんだよ、あんまり良い顔じゃないぞ」
「………ううん。とっても、良い顔」
お世辞だろうか。だとしても、嬉しいが。
そうして、その子は俺の胸に顔を埋めた。
「ありがと」
「何がだ。俺はただ自分の腕を千切っただけだぞ」
「文字にすると物騒だなぁ、それ」
そして、二人で笑った。何故だか、可笑しくて。
それでいて、楽しくて。互いに血だらけなのに、それすら楽しい。
そして、一通り笑った彼女は神妙な面持ちで、月を見上げた。
「…………ねぇ、アスくん。今日は………月が、綺麗だね」
俺も、月を見上げる。確かに今日は、満月だ。
…………その問答は、流石に俺でも知っている。
でも、だから。
「…………ああ、綺麗だな。俺には、余るくらい」
胸に埋まる彼女は、僅かに震えて。
そして、悲しそうに笑った。
「…………知ってました。実は」
やっぱり、この子は眩しい。
俺には無理だ。目が眩んでしまう。
「あなたの心境も、辛さも、共感することは出来ません。だって、私は経験してないから」
「経験してないのに同情したら、それは刃に変わりますでしょう?」
「……………でも、そうだな」
最後くらい、伝えておこう。
「俺も、楽しかった」
好きだったとは言わない。それはあの人に捧げてしまったから。
だからこそ、最大限の敬意と感謝を込めて。
「……あーあ。私、フラレちゃいました」
「………悪い」
「謝らないでください。余計に惨めになります」
そういうもんなのか。
俺には女心がわからない。けれど、彼女の言葉は何となく理解できる…………かもしれない。
そして、その子は立ち上がった。
もう赤い血は服に染み付いてしまったらしい。
が、そんなことどうでも良かった。
「バイバイ、アスくん。いつかまた」
「待て、なんで今生の別れみたいな─────」
「鈍感過ぎますよ。普通、フッた女と一緒には居ないんですよ?」
俺は、やはり女心がわからない。だから首を傾げた。
「……ああもう!要するに、気まずいんです!」
「もう良い帰ります!さよなら!」
そう言い、彼女は顔を赤らめて、持っていた千切れた俺の腕を乱雑に投げつけてくる。
そして、プンスカと怒った様子で後ろを向く。
歩き去ろうとする彼女の姿を見て、俺は────
「待って」
無意識だった。けれど、どうしても知りたい事があった。
だから俺は、一拍を置いて声を発した。
「名前、教えて」
「…………へ?」
そんな素っ頓狂な声が返ってきた。
「………なんだよ、こっちは大真面目だったんだが」
「いやいや、まさか私の名前を知らずに過ごしてたんですか……!?確かに、私は自己紹介してませんけど……!本当に知らなかったんですか!?」
「いや、教えてもらってないしな」
「この鈍感アホ間抜け狸!」
「狸じゃないぞ、俺は」
困ったように頭を抱えるこの子。俺の種族は人間……の筈だ。一応トリニティ生だから天使族でもあるのだが。
そして、彼女は溜息を吐いた。
「………はぁ。じゃあ、言います。しっかり聞いてください。絶対、忘れないように」
「
「………シジマ、か。良い名前だな」
褒めたのに、顔を真っ赤にしたシジマに、ぽかぽかと全然痛くない連打で叩かれた。
そして、この子────シジマは一息置いて、俺から離れた。
シジマは歩き出す。俺に背を向けて。
俺も、帰ろう。やっと夢から覚めた気分だ。
二人には凄く感謝している。このどうしようもない世界で、俺に希望を示してくれた二人に。
すると、声がかかる。
「アスくん!」
俺は、声に応じて振り返る。
「またね!」
満面の笑みで、こちらに手を大きく振っていた。
その動きは、やはり
月明かりに照らされた彼女の顔は、より一層美しく。
それでいて、切なく感じてしまった。
俺は涙腺が焼ききれてしまっているので、涙は出ない。
だからこそ、お別れで泣くことはない。
これは門出だ。せめて、笑顔で迎えなくては。
だから俺は、笑った。
「またな」
そして、其々の道に戻る。その先に何があるかわからない。
ただ、この夜のシジマの笑顔は、俺にとって、大切なものになったのは確かだ。
月明かりは未だ俺を照らし続ける。舞台上のスポットライトのように。
ただ、その光はいつまでも輝いていた。
普段隣に居た光よりかは、明度が落ちている気がするけれど。
俺は帰宅する。
ほんの少し、いつもより暗いなと感じながら。
─────それでもまだ、あなたを愛している。なんて。
声には出さなかったけど。