嫌われ生徒はその後に好かれても気付かない。 作:ブルーアーカイ部 一般部員
温もりに包まれながら、俺は目を覚ます。
気付いたら、梔子さんに抱き着かれていた。その間の記憶が無いのだが、梔子さんの目元に光る何かがあったことから、きっと不安だったのだろう。
だから俺は何もせず、そのままその温もりに包まれるのだった。
数時間経っただろうか。それでも、梔子さんは起きない。
だから、俺は流石に起こした。
「……起きてください。朝……いや、もう昼です」
「んむぅ………あと……7時間………」
「寝過ぎです」
軽口を叩きながら、梔子さんは体を起こす。
まだ眠たげだが、それでも起きてくれた。それだけで今は安堵している。
「おはよ、アスくん」
「はい、おはようございます」
朝食など持ち合わせていないので、軽く水分だけでも確保しようと周囲を探り始める。
………無い。
この砂漠は元々生活地域だったのも相まって、植物と言う植物がないのだ。
しかも、今は暴風が吹き荒れている。砂嵐も酷く、無闇矢鱈に出ては死ぬのがオチだろう。
そうして、諦めて座っていると───梔子さんが、嬉々として持ってきたものがあった。
「見てみてアスくん!あっちにちっちゃいけどサボテンあった!サボテンって確か、水分沢山あるんじゃなかった?」
「………いや、まぁ」
「じゃあ取りに行こうよ!私が────」
「ダメです」
「え、なんで?」
確かに、サボテンには水分が含まれてはいる。けど、だ。
「サボテンには毒も含まれてるんです。飲めば逆に喉が渇きますよ」
「えぇっ!?そうなの!?は、初めて知ったよ……」
そう、サボテンには毒性や強い刺激成分が含まれているのだ。
映画のようには上手くいかないのだ。
それを選び続けるのは賢い選択ではない。
そして、水分を確保するのは諦めてそのまま梔子さんと作戦会議をすることにした。
「えーっと、まずは私達の現在地が知りたいよね!」
「………地図とか、詳しい現在地とかわかるんですか?」
「ん〜、大体かな。私、ここの学区住みだし」
とは言え、だ。この広大な土地を完全に暗記するのは不可能なのだ。
多少の齟齬を理解した上で、俺はその言葉をすべて聞く。
「………えーっと、大体こうかな。今私達が居るのがここ。で、昔にオアシスがあった場所がここ。」
「…………この地図の縮尺、幾つですか?」
いや、幾らにしてもだ。
この溝がこのサイズで描かれているなら、途方も無い時間と労力が必要になる。
加えて、そのオアシスが存在するのかどうかすらわからないのだ。
徒労に終わる可能性だってある。
「わかんないけど………けど、少しでも希望があるなら!」
「………随分、楽観的ですね」
「………っ、そうなんだけど……」
…………あ、やべ。
「言い過ぎました。すいません」
「う、ううん!私も、考えずに言っちゃった。ごめん」
…………気まず。
もっと別の言い方とか無かったのか俺は。
そして、その空気感のまま会議は終わった。
結局、一旦はこの溝で待機することになったのだった。
一時の静寂。破ったのは梔子さんの方だった。
「…………ねぇ、アスくん。くだらない話なんだけど、私の話を聞いてくれる?」
梔子さんはこちらを一切見ずに、背中を向けたまま語りだした。
「………実は、後輩と喧嘩したまま来ちゃって。そのままなんだ」
「…………そう、なんですか?」
「実は、連絡したら良いんだけど………喧嘩したままなのに、連絡するのもって、そんな心が邪魔してて。それにこんな天気だし」
「本当なら、ちっちゃな言い合いだったからさ。今日になったら、また仲良く出来ると思ってたの。でも、そのまま遭難しちゃって……今日に限って、コンパスを忘れてきちゃったみたい」
「………」
知らなかった。誰にでも優しそうなこの人が、誰かとギスギスしたまま砂漠に赴いたなんて。
何も言えない。この広大な砂漠で、コンパス無し。
「………なんか、ごめんね。ただでさえ辛い環境なのに、こんなこと言っちゃって」
「いえ。逆に、昨日隠された内容が聞けて少し安堵してます」
「……なら、良いんだけど」
「………その話を、なんで俺に?」
ずっと聞きたかった。
言葉にするなら、まだわかる。独り言としてポロっと出るなら、今を少しでも楽にしようと逃避しているのだと理解できる。
けど、わざわざ俺に言う理由がわからない。
「………んー、アスくんが、ホシノちゃん………あ、後輩の子っぽいから、かな?」
「………俺が?」
「うん。ツンツンしてるのに、ノリが良いところとかそっくりだよ」
「………そうすか」
………アビドスには、俺に似た女の子が一人居るらしい。
ホシノと言うらしいが、俺には聞き馴染みのない名前だった。
「………だからかな。なんか、思い出しちゃって。勝手に重ねて見ちゃってるのかな」
その顔は、まだ見えない。俺に背を向けたまま語り続ける梔子さんの顔は見えない。しかし、背中は……震えていた。
俺は何も言わず、近くによって背中を擦ってあげた。
「泣きたいなら、泣いてください。俺には泣く事が出来ませんけど……泣きたい人を支えることくらいなら出来ますから」
「…………ほんと、ずるいよ、アスくんは」
そして梔子さん───いや、
ユメ先輩は静かに泣き始めた。僅かに肩が揺れる程度だったが、それでも泣いていたのだろう。頬は赤く染まり、耳も真っ赤だった。
「………見苦しいところだったね……ほんっと〜ごめん!」
「いえいえ。気にしないでください」
胸の感触が気になったが、それだけだ。
「ふぁ〜あ………眠くなっちゃった」
「泣くだけ泣いて寝るとか、赤子ですか?」
「む、なんか馬鹿にされてる気がする?気の所為かな」
「馬鹿になんてしてないですよ」
そして、ユメ先輩はようやく俺の方を向いた。
「……アスくん、一つお願い事しても良いかな」
「……何でも聞きますよ、俺は。頼まれごとは全てこなすって決めてるんです」
「………支えて、ですか。俺まだ中等部3年ですよ」
「……うん、だからかな。ホシノちゃんに全部背負わせるのも違うし」
そして、一通り言い終わったユメ先輩は俺に支えられたまま眠った。
その体は、とても重く。抱えてきた負債が残っているようだった。
にしても、喧嘩別れか。
ユメ先輩が戻れたら、仲直りできるように手回しでもしてあげようかな。
────それから3日が経った。遭難5日目。
やっと暴風と砂嵐が止んだ。一切の曇りや陰り無しの砂漠になって、活動が可能になった。
しかし、流石に水がないとまずい。
そう思い始めた時、何より先に考えるのはユメ先輩のことだった。
ユメ先輩の、寝る時間は増えていた。
まるで、死ぬかのように。
「………ユメ、先輩。起きてください」
「………んっ………もう、朝……?」
「昼です、先輩。もう昼なんです」
ずっと、この調子なのだ。だから最近は付きっきりでユメ先輩の世話を焼いている。
死なせたくない、この人を。どうにかして生かして、元の学園に返すんだ。
その意志だけで、俺の体は動いてくれる。なんて安い体だろうか。
だが、今はそれがありがたい。痛みはその後で良い。
そして、ユメ先輩は立ち上がって荷物をまとめ始めた。
俺もそれに合わせるように、荷物をまとめる。まぁ、パシられたまま立ち寄った為に、荷物という荷物が無かった。
だから、ユメ先輩の荷物のほぼ全てを抱える。
「あ、良いよ良いよ。私が持つから……」
「ダメです、先輩。俺に持たせてください」
不満そうに口を尖らせるユメ先輩。
その姿を見て、多少安堵した。
…………ああ、安堵してしまった。
それこそが、俺の最大の失態だった。
そして、砂漠を歩き始める。
違和感はあった。ユメ先輩の歩きがおぼつかないのだ。
その瞬間は、ふいに訪れる。
ユメ先輩の体が、ぐらりと。
前に、倒れた。
俺は、ユメ先輩の荷物を持っていたがために瞬時に反応できなかった。
砂に塗れるユメ先輩。その体勢を、うつ伏せから仰向けに変えた。
「ユメ先輩っ………!ユメ先輩っ!!しっかりしてください!」
俺は迷わず、覆い被さって日陰を作った。
しかし、それはあまりに弱い抵抗だった。
「………ア、ス……くん……ごめ、んね……もう、体が……」
「今は話さないで!黙っててください、すぐに助け───」
その言葉は、塞がれた。
ユメ先輩の唇が、俺の唇と重なった。
そして、ぐちゅりと。
ユメ先輩の唾液が、俺の口内に入り込んだ。
反射で飲み込んでしまったが、その水分は俺の枯れた喉を潤していくのがわかった。
「……っぷぁ……………えへへ……どう、かな……」
「………な、にして………」
「………んふふ、すごい、顔………」
ユメ先輩は、仰向けの姿勢のまま、俺の頬に手を這わせる。
その顔は、明らかに……生を、諦めていた顔だった。
「……ユメ先輩………どうして………どうしてこんなに……」
俺が、何か買ってきていたら。水分をトリニティから持ってきていたら。
いや、その全てはたらればに過ぎない。
しかし、頭は悪い方にしか働かない。自分が何か至らなかったのかと考えても、何も解決策が浮かばなかった。
「………ねぇ、アスくん………もし、私が……死ぬと、しても………」
「………私は、キミを愛してるよ」
それは、まるで天からの祝福のようで。
しかし、その言葉は深く、俺の心を食い破った。
しかし、遅くなっちゃダメだ。もう時間がない。
伝えるんだ、言葉を。思いを。単純な言葉のまま。
「…………ああ、ユメ先輩。」
「─────俺も、大好きでした」
その言葉は、砂漠の中では小さく。しかし、二人の間では大きく響き渡った筈だ。
いや、届かせてみせる。聞こえていないのなら、聞こえさせてやる。
この胸に残る多くの思い出、その感情の全てを。
僅かに目を見開いたユメ先輩は、その言葉を深く噛み締めて。
「………そっか。私、幸せ、だった……なぁ………」
そのまま、目が閉じられた。
────ああ。
「ユメ、先輩…………」
────ああァァ…………
「………ほら、起きてくださいよ。まだ、後輩さんに謝罪できてないじゃないですか」
────ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛!!!!
泣き叫びたい、辛い、苦しい。
なんでこの人が。なんで、こんな思いが。
「ユメ先輩………ユメ先輩………!!行かないでください!!」
「まだ感謝もしきれてないんです!!お願いも叶えてないんです!!」
目は、開かない。その体がどんどん冷えていくのがわかる。
わかってしまう。だから、必死で抱きかかえる。
「………おいて、かないで………もう、一人に……しないで………」
やっと、分かり合えたのに。人と初めて親しく会話できたのに。
その人が、こんなことになるなんて。
俺は、その場で座り尽くした。ユメ先輩の荷物が砂に埋もれるまでの長い間、俺はその場で動くことすら出来なかった。
やがて、夜になった。
もうユメ先輩の盾を動かす気力も無かった。
ユメ先輩の亡骸を拭き、綺麗な状態にしてから立ち上がる。
そして、来た時と同じ荷物────いや、莫大な希望を背負って、俺は歩き出す。
向かう先はわからない。ただ、足は動く。
託された思いは、俺の胸の中に深く刻まれた。
ボロボロの四肢と、使い物にならない心を引きずって俺は歩き続ける。
そして、その少し先でユメ先輩に向かって振り返る。
「………さようなら、ユメ先輩。きっと、初恋でした」
その悲しみは大きく、俺は立ち直れそうに無かった。
───バイバイ、アスくん。元気でね。