愛の天使~アブラエル~ 作:匿名
変哲も無い日常。
私の水平線のような日々は変わり映えのない、青空のようだった。
雲がひとつ流れたら、鳥が歌って、燦々と煌めく太陽の光が目に痛くて、アスファルトから昇る陽炎が肌を焼く。
そう、そんな変哲もない日々だった。
空から天使が降ってきたあの日まで。
これは私が高校一年生に体験した、本当の話だ。
◇◇◇◇
あの日はやけに透き通った日だった。
学校に行くのが億劫で、暑さにやられて、初夏の香りがどこまでも続いていた。
遅刻はしたくなかったから、家を早く出たけど学校に向かう足は、鉄の重りが付けられみたいに重い。
まだ、時間に余裕がある。
少しだけなら寄り道しても大丈夫だろう、と近くの公園へ向かうことにした。
新緑の影が揺れて、草木の匂いに呼吸は混ざっていく感覚は世界と同期。抱えていた気だるさは、ほんの少しだけ風の中に混ざっていく。
手入れのされていない公園は草は無法に伸びて、ブランコには蔦が絡み付いている。
もはや、森みたいな公園で、どうしてこんなになるまで放置されているのか不思議ではあるが、もういい歳で遊ぶこともないし、どうでもよかった。
(うへえ……草が腕に絡みつくぅ)
草を掻き分けて、公園の中を散策しているとコツン、と何かにぶつかる。
最初は石にぶつかったのかと思ったけど、よく見てみると、背中から純白の羽根をを生やした天使だった。
黒のグラサンらしきものをかけていて、髪は白髪で、華奢な体型をしていた。見た感じは男の人っていう感じだ。
気を失っていたようだけど、私が意図せず蹴ったことによって「うぅーん」と目を覚ます。
「ハッ! ここが地球!? 地球〜! うぃー!」
謎にテンションが爆上がりしている天使はガバッと飛び上がり、訳の分からないダンスとも、舞とも言い難い何かを披露し始める。
声は低めで、こんな声のヤツが、こんなハイテンションなのは変な違和感を覚えてしまう。
(こんな変なやつが……空から落ちてきた天使?)
本の中で見た天使とは似ても似つかない、ハイテンション天使は、夢を壊すには十分すぎる破壊力を持っていた。
変な人に会ってしまったから、バレる前に退散しようとしたのだが、ハイテンション天使は私に気付いてしまう。
視線と視線がバチッと合い、獲物を奪い合う獣のように対峙する。
「キャー! 見てたなら早く言ってよ! 踊っているところ見られちゃったわ!」
「……勝手に踊り始めたのはそっちじゃないですか」
オカマ口調で、裸でもないのに、体を隠すような仕草をして、頬を赤らめるハイテンション天使は気持ち悪いという他なかった。呆れ返って、天使という非現実的な存在にもすぐに適応してしまった。
いや、適応しなければ頭がおかしくなりそうだった。というほうが正しいのかもしれない。
「やめて! 正論痛い!」
「やかましい……」
「やかましいってなによ! 悪口!? 悪口でしょ! それ!」
ハイテンション天使じゃなくて、クソうるさ天使って言った方が正しいかもしれない。ギャーギャーと騒ぎ立てて、私の中にあった天使像がどんどんと砂のように崩れていく。
「もうそれでいいですよ」
「諦めるなよ、もっと歯向かってこいよ」
「クソめんどくさい天使だな……」
「あっ! 本音! 本音出てますよ! 本音が!」
「本音も出るでしょ、こんな天使を前にしたら」
「天使って呼ばないで! 私はアブラエルっていう立派な名前があるの!」
「油売る?」
「アブラエル!」
クソうるさ天使は、アブラエルという名前らしい。
とてもじゃないが、天使らしい名前とは言えない。
なんだ、アブラって。
でも、私はそのことを指摘する気はなかった。したら、また騒ぎ出して心身がすり減りそうな気がしたからだ。
「えーっと。その、天使であるアブラエルさんはなぜ地球に?」
「え? いや、それはそのね。神様と喧嘩したら、普通に下界に行け! って言われちゃって。てへぺろ」
アブラエルは舌を出して、サラッととんでもないことを言う。
「それって……結構やばいんじゃ」
「結構やばいところか、普通に追放されてるしね。俺」
「いや、なんでそんなケロッとしてるんですか」
「なっちまったもんは、もうどうしようもねえよ。刹那的に生きるしかねえ」
アブラエルは黒いグラサンをカチャリと指で動かす。青い空を仰ぎ、それっぽいことを言うが、何もかっこよくはなかった。
「ええ、神様と喧嘩って。不良天使なんだ」
「まあまあ、下界……地球にはずっと来たかったし、デメリットばっかりじゃないさ」
「前向き」
「天使だからね」
「関係ある? それ」
「あるかないかで言うと、部分的にそう」
「ダメだこりゃ」
「まあ、カッカッカするなよ、薫」
「いや、カッカッカッしてないけど……って、なんで私の名前を!?」
「腐っても天使だぞ。下界の人の名前は全員覚えているよ」
「油売るさん……本当に天使なんですね」
「アブラエルな。やめろよ、それじゃあ道草食ってる不良天使みたいだろ」
「不良天使だろ」
「あ、そうか。よぉーし、地球暮らし満喫するぞぉー!」
「って、私学校に行かなくちゃ!」
「不良学生だ」
「黙れ! 不良天使! 私は学校に行く! じゃあね!」
私はすっかり学校に行くことを忘れていた。
アブラエルとかいうハイテンションクソうるさ天使のせいで、時間を食ってしまった。
きっと、今から行っても遅刻だ。
「あぁ〜! もう最悪だ〜!」
「いや、それな?」
「なんで着いてきてるんだよ!」
「行くあてもないから、俺も学生生活満喫することにしたんだよなあ!」
「もう勝手にしろよ!!」
「許せ……」
何故だか並走するアブラエルにそう吐き捨てて、学校へ走り出す。
ではまた。