愛の天使~アブラエル~ 作:匿名
アブラエルが私の家にやってきた。
天使の力のせいか、お母さんやお父さんはなんの疑問も抱かないで、普通にもてなしている。
食卓に並ぶ唐揚げなどを平気な顔をして食べているアブラエルを見ていると、小さなことをずっと気にしている自分が馬鹿に思えてくる。
「って! それ私の!」
そんなことを思っていたら、私のお皿の上に乗っていた唐揚げをアブラエルは、ひょいっと口の中に入れてしまう。
「ぼーっとしてたからいらないのかと」
「食べようとしていたのに!」
「食卓はね、戦場なんだよ」
「ふふ、仲良く食べなさい。二人とも」
「仲良くって、この馬鹿が私の唐揚げを勝手に食べるから!」
「馬鹿って言ったな、おい、馬鹿って言ったな」
「ええ、言いましとも。馬鹿に馬鹿と言って、何が悪いのですか?」
「馬鹿はダメだろ、アホはいいけど」
「何が違うの? それ」
私とアブラエルの生産性のない言い争いを、お母さんとお父さんは笑いながら見ていた。
一人っ子だから、誰かと言い争ってご飯を食べるということは初めてだった。新鮮な気持ちで、兄妹がいたらこんな感じだったのかな。
アブラエルにこんなことを思っているなんてバレたら、きっと騒ぐ。だから、悟られたくなかった。
それに癪だった。アブラエルといると、楽しいと思っている自分が。
アブラエルは、うるさいし、いちいち癇に障るし、無神経だし、図太いし、何一つとして天使らしくないのに、一緒にいると楽しいという感情が確かに芽生えつつあった。
拭い切れない感情、振り切れない感情、芽生え始めた感情を無かったことにして、蓋をするのは難しいこと。アブラエルと居るのが楽しくなっているのは、認めるしかない事実だった。
寝る時間になって、アブラエルに私の部屋に絶対に入ってこないようにと釘を刺す。
アブラエルは横の誰も使っていなかった部屋で寝ることになったが、不安でしか無かった。
この家に来た時の行動を鑑みると、この釘刺しもほぼ意味が無いかもしれないと思っているが、言っていれば正当性がこちら側にあるということになる。
そうして、私は一抹の不安を抱えながら眠った。
今日はいつもより寝つきが良くて、すんなりと寝れたのは、きっとアブラエルの対応に疲れていたせいだからだ。
夜中にトイレがしたくなって目が覚める。部屋を出ると、廊下の窓から外を見ているアブラエルがいた。
「……何してるの? こんな夜に」
「ん? あ、薫か」
空に黄昏ていたアブラエルはふんわりと笑う。
「いや、空を見たい気分で」
「なにそれ。早く寝なよ、もう夜中だよ」
「分かっているけど」
「……空を見ているってことは自分の世界が恋しいの?」
「いや、そういうんじゃないけど……家族っていいなあと思って」
アブラエルは尊ぶように吐き出す。まるで、何かを想うように。
「天使に家族はいないの?」
「いないねえ。薫がもしかして家族になってくれるの!?」
「それはならないし、なりたくもないけど。天使ってどうやって生まれるの?」
「……サラッと酷いこと言われた気が」
「で、どうやって?」
「天使はね、神様から生まれるんだ。神様から生まれて、人のために尽くして頑張りなさいって。でも、あれだよ。尽くすといっても、直接何かをしたりすることは禁じられててね」
「そうなんだ。でも、その神様にアブラエルは喧嘩を売ったんだよね?」
「うん」
「どうして?」
「認めたくないことがあったから……。でも、ここに来れたってことは、神様はそんなに怒っていないよ。お前のやりたいことは、お前が勝手にしろ、みたいな感じだと思う。だから、俺はやるべきことをやる」
アブラエルの声がワントーン低くなって、ピリッと少しだけ空気が張り詰める。
伸ばそうと届かない物を掴もうとして、でも掴めなかったような、哀愁がアブラエルを包んでいるような気がして、言葉を無くしてしまう。
「って、こんな話しても楽しくないよ。ごめん、もう寝るわ」
アブラエルは雰囲気を和らげて、何も無かったように自分の部屋に戻って行ってしまった。
待って、という言葉は萎んで、掴み損ねた手は行き場を無くして、宙を彷徨う。
月光が廊下を薄く照らして、一人残された私。あの表情の裏に隠された言葉。
分からない。分からないことが分かって、解決方法なんてものは未解決。
「トイレいって寝よ……」
もう、何も分からなくなって、トイレに行って眠ることにした。
アブラエルのことだから、きっと大丈夫のはず。きっと。
ではまた。