探偵助手ノ魔女裁判 作:ただのミステリー好き
一人称。
懐かしい夢をみた。いつだったか、六、七年程前か。
あの頃は本当に幼稚だった。その分、楽に生きられたとも言えるのだが。まあ、あの短絡的な行動のおかげで相棒と出会えたと思えば、安いものか。
あれからいろいろあって、事件がいくつか起きたが、身体的には健康に生きている。一時期は危うかったが。
精神的には……どうだろうな。もうわからなくなってしまった。
悲しいのも苦しいのも、辛いのも、忘れてしまった。
笑顔を作ることはできても、自分でなにが嬉しかったり、楽しかったりしたのか分からない。
だが、もういいのだ。私がまともな感情を抱けなくなったことなど。
それよりも、中学からの身の振り方をどうするか考えなくてはいけない。
私のことはいいが、あの子に迷惑がかかるのは耐えられんのだ。
私が小学校でなぜ嫌われていたかといえば、集団に馴染めなかったからだろう。人間とは自分達と違うものを恐れ、排斥するものだ。
感情などまともに持っていない私がそうなるのは、自然とも云えるだろう。
つまり、私は中学から感情のある振りをしなくてはいけないのだ。
面倒だ。至極面倒だ。
だが、このままでは同じ末路を辿ることになると目に見えている。それだけは嫌だ。
「我慢するしかない、か」
天を仰ぐ。白い天井と照明が見えて、すぐに視線を下ろした。
壁に掛けてある時計が見えた。6時58分。そろそろ朝ご飯の時間だ。
ベットから降りて、ドアを開ける。なにかが焼ける香ばしい匂いがした。
「おはよう」
「おはようございます」
台所に立つ彼女に、挨拶を返す。
彼女は私をあの施設から引き取ってくれた人、法律上の母親だ。だが、親子としての距離感で接してはいない。
恩人ではあるが、一度両親を破滅に追い込んだ私が甘えていいわけがないのだ。
だからできるだけ敬語で会話し、距離を取っている。彼女がそのことを気にしているのは知っているが、もう誰も傷付けたくない。
席につき、手を合わせる。
「「いただきます」」
今日はベーコンエッグに、ミニトマトだ。卵は半熟で、とろりと溶け出した黄身が輝いている。
あまりに美味しくて、すぐに食べ終えてしまった。向かいに座った彼女はまだ食べているが、それを横目に皿と箸を片付けに行く。
シンクに水が流れて、跳ね返った水滴が鈍く響いた。
「今日は何時ぐらいに帰ってくるの?」
「……6時までには、帰ります」
そこで、会話は途切れた。私はいつも同じ時間に帰るから、その質問にはなんの意味もないだろう。それでも問うてきたのは……その気持ちに私は、応えられん。
歩み寄って来てくれているのはわかる。それでも、私は人を不幸にする、化物だ。必要以上に接するな。悪いのは私だ。
重苦しくなった空気を感じながら自室へと戻る。いつもよりも廊下が長く感じた。ドアを開けて、机に向かう。
……春休みも、もう終わりか。
カーテンの隙間から射し込む、春を感じさせる柔らかな陽光が優しかった。
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私は今、ある家の前にいる。
扉の横にあるインターホンを鳴らすと、ピンポーンという音がした。
「はーい」
インターホン越しの音質の悪い返事が聞こえ、少し待つ。
がちゃ、といって、扉が開いた。
「お待たせしましたー」
そういって出てきたのは、鞄を肩に掛けたシェリー。やっぱり可愛いなあ、と思った。
シェリーは私と同時期に引き取られ、偶然かどうかは知らないが、近所に住んでいた。
今生の別れだと覚悟していたのだが、あっさり再会し、ほぼ毎週遊んでいる。
シェリーは階段をたったっ、と降りてきて、最後の段をジャンプで降りる。
「とうっ」
ぴたっとポーズを決めて、見事な着地。
「お〜」
パチパチと手を叩いて、それを讃える。
「じゃあ、行きましょうか」
そういって、手を握ってくる。相変わらず、距離が近い。そういうところが好きなんだと思うけれど。
こっちからも握り返して、肩を寄せてみる。意趣返しみたいなものだけれど、シェリーの耳が少し赤くなっている。
上機嫌になって歩調を早めると、ちゃんと合わせてくれて嬉しくなった、気がする。まだ、分からないけど。
ぽかぽかと暖かい春の陽気に包まれて、私達は図書館に向かっていた。ミステリーの新作が入ったというので、借りに行くのだ。
前作も評判が良く、期待の新作、というやつらしい。
構成としてはスタンダードなクローズド、登場人物は探偵、刑事、小説家……、動機も嫉妬と、かなり使い古されてきたものだったが、トリックの部分が難解で、それだけで700円分の価値があったといえた。
犯人を特定するのにも時間がかかった。描写が妙に凝っていた医師が怪しかったが、それを抜きにして考えると、一番怪しいのは刑事の部下だったのだ。
そのおかげで随分と思考に耽ってしまったから、次回作も読もうと思っていた。
シェリーも同じものを読んでいたとは知らなかったが、「丁度いいですし一緒に行きませんか?」と誘われたら断る理由もなし。
一緒に出掛けてみたかったので喜んで返事を返したのが昨日の午後。
そのあとは着る服を決めて、興奮冷めぬといった様子であまり寝られなかったのが昨日の夜というわけだ。
これは実質デートとやらなのではないかなどと考え夜更ししたせいで頭は少し痛むが、それ以外は特に問題もなく来れていた、のだか。
「え~。もうないんですか」
シェリーが不満そうな顔をして司書さんに言う。
「ごめんね。もう借りられちゃったのよ」
どうやら先客がいたらしく、既に目当ての本は本棚からなくなっていた。新刊!と書かれたスペースの本はほとんどなくなっており、唯一残っているのは表紙が真っ黒の怖そうな分厚い本だけだ。
「本の数が合わないわねぇ。どうしてかしら」
と、なんだか違和感がある。まだ開館から30分程度。そんな短時間でこんなにも本が無くなるものだろうか。
「司書さん。今日借りに来た方って何人ですか」
「え?確か3人だったと思うけれど」
「新刊の貸し出しって今日からですよね」
「ええ、そうよ」
新刊は恐らく40冊ほどあったはず。となると……
たった三人が借りただけでは借りきれないはずだ。
つまり何者かが…盗んだ?
シェリーも同じ結論に至ったのか、顔を見合わせる。
「司書さん。もしかしたらこれは事件かもしれません。」
私はそう告げた。
次は遅くなると思います。申し訳ありません。