「ん? ……あれは?」
正義の門を通過した直後、天上金を積んだ軍艦の護衛を務めていた海兵の一人が、空から飛んでくる何かを見た。鳥か? そう思ったがその何かは軍艦にどんどん近づいてきて、やがてそれが人間だということに気づく。
「な……!?」
上官に報告しようとした頃にはすでに遅く、その人間は軍艦へと隕石のように降り立った。甲板に着陸したそれは床の木材を破壊し、砂煙に似た噴煙を上げる。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「人です!! 空から人が……!!」
「なんだと……!?」
その騒ぎに海兵達が集まってきた。部下から報告を聞いた中将が驚く、空から人が飛んでくるなど
「……!? まさか……」
「アイツは……!?」
「生きてるか、こころ!?」
「ゲホッッ……ゲホッッ……なんとか……!」
「な……!? ロックス……!?」
そう、男の名はロックス・D ・ジーベック。先日マリージョアにて加盟国の王5人を誘拐、海軍大将を殺害し逃亡した超危険人物。その後の行方はわかっていなかったが、まさかこんなところに現れるとは。しかも、その脇には少女が一人抱えられている。
「何故……ロックスがここに!?」
「ウォハハハハハ!! 海兵共!! このガキの首を飛ばされたくなけりゃ、おれの要求に素直に応じるんだな!!」
「な……!?」
「は?」
ロックスが抱えていたこころの首元に剣の刃を向け、海兵達に叫ぶ。それに一番驚いたのは海兵達ではなく、こころ本人だった。表情は無だが彼女の面は驚の表情を示している。それと同時に納得した、何故ロックスがわざわざこころを抱えて軍艦を襲ったのか。
「おれの要求は二つ!! 一つ目は今すぐ本部に連絡し、正義の門を開かせること!! そしてもう一つ……天上金を置いて全員船を降りろ!! ガキを殺されたくなけりゃなァ!!」
「……!?」
「狙いは天上金か!?」
「子供を人質にするとは……!!」
こころが持ち抱えられたまま後方を見ると、正義の門が閉まり始めていた。あれが完全に閉じると、このタライ海流から逃れられなくなってしまう。それは即ちロックスの敗北を意味する。人質扱いされたことに不満はあるものの、こころは一応ロックスの作戦に乗ることにした。
「わー! だれかたすけてー!」
「くッ……! あんなに幼い子を、なんて卑劣な男だ……!」
「ほ、本部に連絡を……!!」
無表情のまま叫ぶこころの演技はかなりの大根役者っぷりだが、海兵達もまさかあの子供が共犯とは思わない。これで通じるんだ、とこころは内心驚く……というか
(私ってそんなに子供に見える……?)
見た目は完全に秦こころのはずなので、つまり海兵には秦こころが子供に見えているということだ。ロックスにもガキ呼ばわりされていたし、少しだけ気になった。ガタイのいいロックスに抱えられているのがいけないのだろうか?
「総員!! 攻撃用意!!」
「中将殿……!?」
「しかし……まだ子供が人質に!!」
奥から現れた指揮官である中将が海兵達に攻撃準備の指示を出した。上司の非道な命令に海兵達は戸惑う。しかし、中将は迷うことなくロックスに向けて銃口を向けた。
「天上金を奪われることは絶対に阻止しなければならない!! 正義を遂行するためには、時には犠牲も必要だ!!」
「……ッ!!」
「了解……!!」
海兵達は苦悶の表情を浮かべながらも隊列を組み銃を構える。その行動にこころの瞳が僅かながら揺らいだ、変わらぬ表情の裏では冷や汗が流れている。その時、突如こころの頭上から鼓膜が破れんばかりの爆笑が聞こえた。
「ヴォハハハハハ!! ガキの命より天竜人共への貢ぎ物が大事か!! これでお前ら正義の味方を名乗るなんざ、笑わせてくれるぜ!!」
ロックスはこころを「もう用はねェ」とばかりに、乱暴に甲板へと放り投げた。こころが尻もちをついたのと同時に、ロックスの剣から赤黒い稲妻のようなオーラが放たれた。そして彼は海兵達に突っ込むと、その凶暴な剣を振るった。
「……ッッ!!」
「な…………!!?」
世界が静止した。いや、押し潰されたのだ。絶対的な王の資質、覇王色の覇気。物理的な質量すら伴うその殺気の嵐に直撃し、銃を構えていた数百人の海兵たちが、悲鳴を上げる暇すらなく、白眼を剥いてゴミのように吹き飛んだ。直撃しなかった者達も、泡を吹いて次々と甲板へ倒れ伏していった。中将二人も例外ではなく一人は即死、そして指揮をしていたもう一つも瀕死の状態で倒れ伏している。
「あ……ぐぅァ……」
「さァて……天上金はどこだ? 早く言わねェと脳みそを捻り出すぜ?」
「ふ……船底の…………一番奥の部屋に…………」
「ヴォハハ、あっさり吐いちまった。ガキはどうでもよくてもテメェの命は大事か? まァ相手がこのおれじゃ仕方ねェがな」
ロックスは死にかけの中将の顔面を巨大な手で鷲掴みにし、軽々と持ち上げた。力を込めると頭蓋骨が悲鳴を上げる音が甲板に響き渡る。あまりの圧倒的な力の差に、中将はあっさりとロックスの質問に答える。
「……痛」
ロックスが天竜人を回収しに行っている間、こころは尻もちをついた痛みを気にしながら甲板に座り込んでいた。すると後方のマストの影から、数名の海兵が怯えているのが見えた。ロックスの覇王色から逃れたのかもしれない。
「……」
こころの中で銃口を向けられた怒りが少しだけ湧き上がってきた。もちろん自分も共犯者なので文句は言えないが、だが相手は世界政府の兵士。これまでの件も合わせて恨みはある。
「……? なんだあれは?」
こころの前で般若のように恐ろしく牙を剥き出しにした、真っ赤な『怒』のお面がピタリと正面を向いた。マリージョアでの屈辱、天竜人への憎悪、そして今、目の前で繰り広げられる理不尽な正義への憤り。こころの能力が海兵達の感情を強制的に動かした。
「……おいお前、さっきから足を引っ張りやがって! ワザと気絶したフリをしてただろ!」
「はぁ!? 何言ってんだお前! お前こそ、俺を盾にして生き残ろうとしたくせに!」
「なんだと貴様ァ! 裏切り者め、死ねェ!!」
生き残った数名の海兵達は心の中の不満や恐怖がすべて殺意を伴う怒りへと増幅され、狂ったように身内同士で銃を撃ち合い剣で斬り合い始めた。乾いた銃声と金属音、同士討ちによって海兵は一人を除いて甲板へと倒れ伏した。こころはその様子を無表情のまま見つめている、
「……! お、おれは……いったい何を!?」
ただ一人生き残り正気に戻った海兵は自身の行動に困惑し、そしてこころを見ると腰を抜かした。無表情のまま見つめてくるこころから、床を這うように後ずさって逃げようとする。
「ひ……ひぃ!?」
その海兵の背中に何かが当たった。振り返ると、自分の身体よりも遥かに巨大な袋に入った天上金を担いで戻ってきたロックスが邪悪な笑みを浮かべて立っていた。
「ほォ……お前がやったのか、悪くねェな」
「……タダの憂さ晴らし」
そう言ったこころは背後の正義の門に振り返る。完全に門は閉じてしまっていて、軍艦は徐々に正義の門から離れていっている。
「それより……どうするのここから?」
「まァ見てな……おい、そこの海兵!!」
「ひッッ……!!」
「お前は特別に生かしてやる。今起きたことを漏らさず本部に伝えろ、いいな?」
「……!!」
殺気がこもったロックスの脅しに海兵は涙ながらに頷くしかなかった。するとロックスは再びゆっくりと剣を抜き、構える。昼であるはずなのに空が赤黒い見えるような、まるで暴風雨のような覇王色の覇気が周囲に吹き荒れる。こころは身の危険を感じ、マストの裏に身を隠した。
「世界政府の三大機関を繋ぐ正義の門か……!! ヴォハハハハハ! おれの野望の始まりにはちょうどいい!!」
ロックスが凶悪極まりない笑顔を浮かべ、剣を両手で振りかぶった。彼の纏う覇気は、世界そのものの怨念を凝縮したかのような、悍ましい混沌の渦へと形を変えていく。空間がひび割れ、引き裂かれるような凄まじい絶叫が響き渡る。ロックスの眼光が、正義の門の巨大な姿を貫いた。
「
振りかざされたのは、ただの斬撃ではなかった。それは空間そのものを消滅させるかのような、漆黒と赤黒い覇王色のエネルギーの奔流。ジーベックの一振りが放った暗黒の衝撃波は、海を割り、大気を焼き尽くしながら、一直線に正義の門へと着弾した。
「……!!?」
その光景にこころは思わず息を飲んだ。海軍が誇る絶対の防壁、いかなる砲撃をも跳ね返すはずの鋼鉄の正義が、ロックスの放った砲弾のような斬撃直撃した瞬間、まるで紙細工のように内側からぐにゃりとねじ切れ、爆発四散したのだ。
「ヴォハハハハハ!! さァ、用は済んだ!! 戻るぞこころ!!」
「うん──ひゃ!」
マストの影から破壊された正義の門を見て立ち尽くしていたこころをロックスが天上金の入った巨大袋の上に投げ乗せた。そしてそのまま軍艦から飛び出しタライ海流を後にする。こころは振り落とされないように、袋の布切れに必死にしがみつくしかなかった。
──というか。
(……天上金も正義の門も、一人でどうにかできるなら私が人質のフリする必要なかったのでは?)
自分が銃口を向けられる意味はあったのか、そんな風に考えるこころなのであった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
聖地マリージョア、パンゲア城にある権力の間。普段は世界の秩序を冷酷にコントロールする五人の最高権力者、五老星が集うその部屋は、今までにない重苦しい空気に包まれていた。
「ロックス・D・ジーベック……王の誘拐、海軍本部大将の殺害、そして今度は天上金か」
「このまま野放しにすれば、被害は拡大する一方だ……」
「早急に対処せねば……しかし海軍大将すら退ける男をどうやって処理するか……」
生き残った海兵からの報告を伝えられた五老星はロックスの無茶苦茶な強さと動きに頭を悩ませていた。あのような男、過去に前例がない。更にロックスは……世界の禁忌に触れてしまった。花の部屋、そこに潜入した彼は……誰も座るはずのない世界の王座に座る真の王を目の当たりにしたのだ。
『……五老星』
「……!? イム様!!」
花の部屋から世界の王が五老星に語りかける。滅多なことでは介入してこない上位存在に、五老星は一斉に立ち上がる。
『巨人族の王は……どうなった?』
「はっ……! ハラルドは世界政府への加盟を望んでいます。しかし、奴は先の事件でハラルドと手を組んでいたという証言もあり……」
「我々としても……エルバフの巨人族は凶暴故に手に負えなくなる可能性が……」
先日のマリージョアでの大事件。そこに大きく関わっていたエルバフの王、ハラルド。彼はエルバフを世界政府に加盟させることを望んでいた。しかし、先日の件と古来からの巨人族の暴力の歴史。世界政府への加盟を反対する者が多いのが現状だ。
『構わん……ムーが許可する。エルバフを世界政府に加盟させるのだ』
「……!! イム様……!?」
『ただし条件として、ハラルドを“神の従刃”に引き入れる。契約さえしてしまえば、あとはムーの思いのまま』
「イム様がそう望むのであれば……!!」
イムの言葉はまさしく神の言葉、逆らうなどありえない。五老星は虚空に膝まづきイムの命令に肯定の意を見せた。
『そして……Dだ。ロックス・D・ジーベック、奴は確実に始末するのだ。世界政府の全勢力を投入し、ロックスをこの世から抹消しろ……!!』
「はっ! イム様の仰せのままに」
ロックス、ハラルド。交差する二人の運命が……このマリージョアで交わろうとしていた。