──天上金を強奪し、正義の門を破壊してから数ヶ月。私とジーベックの航海は、相変わらず無秩序だった。
私は相変わらず洗濯とか料理とかの雑用担当。特に料理はジーベックが酒のツマミにうるさいので色々覚えてしまった。スマホでレシピを調べられないのが面倒だけど、この世界にもレシピ本みたいなものはある。あとは掃除、正直二人だけなので普通の掃き掃除なんかは広い軍艦でも割となんとかなる。問題は死体処理の方、最近は襲ってくる海賊も海軍も増えた気がする。ジーベックの悪名が広まってる証拠だろうけど、後片付けをするのは私なんだから勘弁して欲しい。特に敵がこっちに乗り込んできた時、高い場所に血がつくと最悪だ。
「……もうちょっと綺麗に戦えないの?」
「ヴォハハ! 上品に戦う海賊がいるか!? これでも加減してる方なんだぜ!」
私はマストにこびりついたギリギリ届くくらいの血をデッキブラシで擦りながらジーベックに不満を漏らす。正直こういうのが一番困る、もっと高い場所にあったら届かないからって諦められるけど、ギリギリ届くなら掃除しない訳にもいかない。一応船に置いてもらってる身だし。
「……はァ、一人で全部片付けるの大変なんだから」
「それなら安心しろ、もうすぐお前の仲間が増えるぜ! 最も……掃除をやってくれるかどうかは知らねェがなァ!」
「……え?」
ジーベックの発言、それを言葉通り受け取るならつまりは仲間を増やすということだ。でもそれは簡単じゃない。今まで私達が二人で航海してたのは、ジーベックのお眼鏡にかなう人材が見つからなかったからだ。雑用の私は置いておいて、ジーベックは今のところ本物の強者しか仲間にするつもりがないらしい。
「……見つけたの? ジーベックが満足するくらいの強い人」
「ああ! ちょうどこの先の島にそいつが所属してる海賊団が滞在してるらしい!」
当たり前だけど、ジーベックを満足させるくらいの実力者なんてそうそういない。この間も、5000万……? くらいの賞金首が仲間になりたいって言ってきたのに断ってた。しかも結局その人の海賊団ごと全滅させてしまった。
「……私は強くなくても雑用できる人、欲しいんだけどな。コックとか航海士とか」
「まァいずれはなァ……だが、今はその時じゃねェ! 必要なのは頭数よりも悪名だ!」
それにこだわった結果、私は一人で雑用全てをこなす羽目になったんだけど……ジーベック的には特に支障はないしいいのかもしれない。実際、戦闘も航海も彼一人で事足りてるし。
──そして数日後、
活気と血生臭さが混ざり合うその島で、私とジーベックは酒場に入り船旅の疲れを癒していた。まぁジーベックは疲れてる様子は全くないし、私はクタクタでも表情に出ないからジーベックからの配慮は0。仮に顔に出てたとしてもないとは思うけど。
「……なんか海賊多いね、この島」
「気づいたか……? ここは政府も見捨てた無法地帯、海賊達にとっちゃ休憩場所なのさ」
どうりで海賊が多いわけだ。しかもみんな殺気立ってる、ついさっきも向こうで殺し合いしてたし……というかあっちのテーブルでは今まさに人が刺されてる。それに私の周りにも……あれ?
「よう嬢ちゃん……へへ、中々可愛いじゃねェか! どうだ? そんな野郎と飲んでないで、こっちに来ねェか?」
「……」
いつの間にか何人かの海賊に囲まれていた。彼らは酷く酔っ払ってるみたいで、両手にはそれぞれ剣や銃を持っている。だけどそれを使うつもりはないみたいだ、私のような女の子一人、完全に舐められていることがよくわかる。
「……仲間にしたい人ってどんな海賊なの?」
「無視すんなてめェ!!」
だからこっちも完全に無視してやった。舐められてちょっとムカついたっていうのもあるけど、そもそもこんな典型的な噛ませ犬連中、ジーベックにバラバラにされて終わりだ。
「ヴォハハハハハ!! モテモテじゃねェかこころ!! おいおめェら、そいつに手ェ出すのはやめといた方が懸命だぜ?」
「あァ? なんか文句でもあんのか?」
「いいや、欲しいなら持ってけ。できるもんならな」
だけどジーベックはそいつらを殺すどころか、むしろ笑い飛ばした。いやまぁ……確かにジーベック本人には何の危害も加えてないし、彼が私を守るようなことをしないのも知ってる。だけど殺ってくれるなら一番楽だったんだけど、しょうがない。
「ん……? 何だこの気色の悪い面は……?」
「なんだか……胸が苦しいような……うッッ……!」
私の面が、泣き崩れる老婆の顔のように変化した。それを見た海賊達はみんな一様に床に崩れ落ちて大粒の涙を流し始める。
「お、おれァ……なんで、こんなっ……!」
下品だった顔は激しい悔恨と激痛に歪み、過呼吸を起こしたように喉を鳴らす。
「ああクソォ……おれァなんて悪党になっちまったんだ……こんなんじゃ天国の母ちゃんに顔向けできねェ……」
「おれもだ……故郷のばあちゃんを泣かせちまう……こんなおれ、生きてる価値もないんだ……」
「せめて…………こんな害虫以下なおれは死を持って今まで迷惑をかけた人達に……償わねェと……」
「……そうだ、死んで詫びねェと……っ! さよなら、ばあちゃん、来世では善良な人間に生まれ変わってみせます……っ!」
海賊達は自分の頭に自ら銃を突きつけ、あるいは心臓にナイフを突き刺す。乾いた銃声と共に脳みその中身が飛び散る。数秒前まで下品な欲望を撒き散らしていた男達は、自らの手で家族への悲痛な謝罪を叫び続けながら、次々と自らの命を絶っていった。
「な……なんだ!? 海賊が……自殺したのか……!?」
「どうして急に……!?」
「ヴォハハ! だからやめとけって言ったのによ!」
周りがざわついてるけど、私は気にせずお酒を口に運んだ。この手の連中に絡まれることは時々ある。どうにもこの秦こころの容姿は男達には刺さるらしい、ジーベックはガキとか言ってくるけど十分魅力的な女性なのだ、私は。
「……で、結局仲間にしたいのは誰なの?」
「ああ、あそこの一番奥の奴さ」
ジーベックの視線の先。酒場の最奥、一際巨大な影が、周囲の海賊たちを圧倒するような覇気を放ちながら、静かに酒樽を傾けていた。身長はジーベックを超える、金色に輝く豊かな髪と、トレードマークである三日月のような白い口髭。
──彼は後に“白ひげ”と呼ばれ、世界最強の男として君臨する若き怪物だった。
「ギャハハハ!! 今回の戦利品も大量だぜェ!!」
「ああ!! これも全てアイツのおかげだ!! ──なァニューゲート!! おめェもこっち来て飲めよ!! 宝を山分けしようぜ!!」
「……おれは興味ねェな」
仲間らしい海賊達に呼びかけられても、その男はつまらなそうに酒を口に流し込むだけだった。そんな彼の前にジーベックはズカズカと歩いていき、名乗りもせずいきなり言葉を投げかけた。
「お前がエドワード・ニューゲートだな? ヴォハハハ! 評判は聞いてるぜ!」
「……誰だお前は?」
「おれはロックス・D・ジーベック! 単刀直入に言う! ニューゲート、おれの船に乗れェ!」
突然の誘いにどよめく海賊達。そんな中、ニューゲートが所属する海賊団の船長らしい男がジーベックに詰め寄った。
「なんだてめェは!? ニューゲートはウチのクルーだ! おれの許可なく勝手に引き抜いてんじゃねェ!」
「お前がキャプテンか? 悪ィがこいつは貰ってく……部下頼りの雑魚船長には、残りのカス共がお似合いだぜ」
「言わせておけば……! …………待て、ロックスって言やァ……あの!?」
そこで船長はジーベックが誰なのか気づいたらしい。明らかに腰が引けてる、今までジーベックに会った海賊達も大体はあんな反応をしてた。一部の挑みかかってくる人達も、ジーベックの前では返り討ちだ。
「ロックス・D・ジーベックって……マリージョアで海軍大将をぶっ殺したって男じゃねェか!?」
「そんな奴がニューゲートを……!?」
「……」
周りの海賊達が動揺してる中で、ニューゲートはジーベックを睨みつけると酒を全て飲み干した。そして乾いた声で短く返答する。
「……断る。仮にもおれはこの海賊団のクルーだ、そう簡単に乗り換えるなんてみっともねェマネができるか」
「……! ヴォハハハ! そうか、そりゃあそうだ!」
「よかったぜ……! ニューゲートがいなきゃおれ達は終わりだ」
「ああ、正直船長は頼りねェからな。実際、敵船を沈めてるのはほとんどニューゲートだ」
ジーベックの誘いをハッキリ断ったニューゲート。海賊達がコソコソと話しているのが聞こえてきた。なるほど、彼らはニューゲートのワンマンチームらしい。確かに船長もその部下も、ニューゲート以外全く強そうには見えない。
「しょうがねェな、だったらこれでどうだ? ……こころ!」
「……はいはい」
ジーベックに呼ばれて、私はテーブルの下に置いてあった袋を持ち上げた。結構な大きさで、私には持ち上げるのも大変だ。それを向こうの船長の前に持っていき、中身を見せる。
「これは……!?」
「おれが世界政府から奪った天上金……その一部だ! 残りは船の金庫に入れてある! これを賭けて……ゲームといこうじゃねェか!!」
「ゲーム? …………まさか!?」
「そうさ……デービーバックファイト!! お前らが勝てばおれは有り金全てを持ってお前に忠誠を誓う!! だが、おれが勝てばニューゲートはおれの部下だ!!」
そう、それがデービーバックファイト。ゲームに勝った者は、敗北した海賊団から好きな人間を一人、自分の仲間に指名できる。拒否権はない。深海の海賊デービー・ジョーンズに誓った、絶対の掟。……ってジーベックが言ってた、私はくだらないゲームだと思うけど。
「……いいだろう、その勝負受けて立つぜ!!」
「船長……!? ニューゲートを奪われたらおれ達は終わりですぜ……!?」
「馬鹿野郎! 相手がロックスでも、あのニューゲートが負けるはずがねェ! それに、勝てば莫大な天上金、そしてロックスがおれの部下になる……そうなりゃ、たちまちおれも海の皇帝の仲間入りだ!」
船長と部下達が内緒話のつもりで話してるけど、丸聞こえだ。でもこれで両者の合意が揃った。ここから先はもう引き返せない、それは海賊として何より恥ずべき行為だからだ。
「いい度胸だ!! だが生憎こっちはおれとコイツの二人しかいねェ!! 勝負は“コンバット”一回戦のみでどうだ!?」
「望むところだ! 頼んだぜニューゲート!」
「ああ……船長命令なら仕方ねェ」
本来、デービーバックファイトは3回勝負。でも私達は二人しかいないから、今回は1VS1の単純な決闘、コンバットで白黒つけることに。向こうからしてもそっちの方がいいと思う、ニューゲート以外でジーベックに太刀打ちできそうな人はいないし。
「おい、あそこだ! 本物のロックス・D・ジーベック!」
「なんて迫力だ……! あれが大将を殺した男……!」
「もう一人は……誰だ? 見た事ねェが……」
ジャヤの殺風景な港にで、噂を聞きつけた数百人の無法者たちが固唾を呑んで見守る中、二人の怪物が対峙した。私は巻き込まれたくないので少し離れた岩陰からその光景を眺めている。
「仲間との別れはすんだか? 悪ィが今更待ったは無しだぜ?」
「勝った気になってんじゃねェよ! 叩き潰されるのはそっちだ、アホンダラァ!」
「ヴォハハハハハ!! なら見せてみろ、お前の力を!!」
ジーベックが地を蹴った。その巨体が信じられない速度で突進し、黒い稲妻を纏った剣を振り下ろす。それをニューゲートが、手にした巨大な大薙刀で迎え撃つ。
「舐めるなァァ!!」
二つの刃が衝突した瞬間、凄まじい衝撃波が海岸全体を襲った。衝突した刃は、互いに触れ合ってすらいない。極限まで高められた「覇王色の覇気」の衝突。空が、まるでガラスのように割れ、押し寄せた爆風で周囲の無法者たちが何十人も吹き飛ばされた。岩陰に隠れていた私の髪も激しくなびく。
「……ッッ!」
「ヴォハハハ!! やるじゃねェか!! 期待以上だ!!」
「グララララ!! そっちもなァ!!」
ニューゲートが薙刀を翻し、空中に拳を構える。その拳の周りに、妙な白い球状の光が凝縮されていくのが見えた。ニューゲートが空間を殴りつける、まるで空間にひびが入ったように見える。
(悪魔の実……!)
次の瞬間、津波のような衝撃がジーベックを襲い、彼が立っていた砂浜がまるで紙切れのようにめくれ上がって爆発した。海が激しく波打ち、ジャヤ全体がグラグラと不快に揺れる。
「……!!」
爆煙の中から、ジーベックの巨体が血を流しながら弾き飛ばされるのが見えた。しかしジーベックは空中で体勢を立て直すと、狂ったような笑顔のまま再びニューゲートへと突撃していく。
「まだまだァ!!」
「チッ……! タフな野郎だ……!」
正直驚いてる、ジーベックとここまでやり合える人を初めて見た。海賊も海軍も、ジーベックは全員薙ぎ倒してきた。ある程度戦えても持って数十秒、1VS1でジーベックが数分戦いを継続したことは今までにない。……でも
「ハァ……ハァ……」
「どうした……もう終わりか?」
それでもジーベックには敵わない。戦闘が続く程にニューゲートには傷が増えていく。もちろんそれはジーベックも同じだけど、軽い擦り傷が多いジーベックに対してニューゲートは血を流して明らかに疲弊してる。
「……!? あのニューゲートが……!」
「お頭! このままじゃニューゲートの奴を取られちまいます……!」
「クソッ……! こうなりゃ……!」
その時、ジーベックの背後、岩場の影から、数人の海賊たちが不穏な動きを見せているのに気づいた。彼らは銃でジーベックを狙ってる、デービーバックファイトにおいて場外からの妨害行為は自由ってジーベックが言ってた。だから彼らの行動は咎められるものでは無いけど、なら私がそれを邪魔するのも自由だよね?
「……あ?」
「……!」
その時、乾いた銃声が港に響き渡った。それはジーベックを狙った……ものではなく、さっきまで彼を狙っていた海賊達の一人が船長を撃ち抜いたのだ。即死だったらしく、船長はそのまま地面に倒れたまま動かなくなった。
「お前について行くのはもうウンザリだぜ……! ニューゲートにおんぶにだっこの無能野郎が……!」
「てめェ!? お頭に何してやがる……!」
「ああ!? 名ばかりのゴミ野郎をぶっ殺して何が悪ィんだよ!」
そのままジーベックを狙ってた海賊達は乱闘を初めて次々に倒れていく。私はちょっと怒りの感情を増幅させてあげただけだけど、どうやら元々相当鬱憤が溜まってたらしい。多分遅かれ早かれこうなってたでしょ。
「何やってんだおめェら……!!」
ニューゲートの低く重い声が響いた。彼はジーベックとの間合いを一度離し、こちらを睨みつけている。
「お前、そいつらに何をした……?」
「別に……ジーベックの邪魔をしようとしてたから止めただけ……そっちもジーベックを殺そうとしたんだから、お互い様でしょ?」
ニューゲートの感情が初めて揺らいだ気がした。この男は他の海賊達とは違う、そんな感覚を私は理解する。
「どうだ? 中々優秀だろ、ウチのクルーはよ」
「……お前程の男が連れてる奴が、ただのガキなはずがねェってことか」
ジーベックとニューゲートが再び睨み合った。最後の激突を予感させる程の覇気の放出、それを感じ取った私は岩陰に再び身を隠す。
「気に入らねェってツラしてやがるなァ……何がお前の望みだ……? 宝か? 名誉か? いや、ちげェな……お前はそんなタマじゃねェ」
「……! 知ったような口を効きやがって、おめェには一生わからねェよ!!」
「ヴォハハハハハ!! ああ、そうかもなァ!! だがおれが勝てばお前は貰っていくぞニューゲートォ!!」
ジーベックの命を削るような全力の一撃が、ニューゲートの震動の拳を押し通る。吹き飛ばされたのはニューゲート。岩盤に叩きつけられ、大の字になって仰向けに倒れ、荒い息を吐きながら天を仰いでいる。
「おれの勝ちだな……ニューゲートッ!!」
勝者はジーベック。デービーバックファイトの掟に従い、ジーベックが指名した者は強制的に彼の配下となる。そしてジーベックが指名するのは当然一人しかいない。
「エドワード・ニューゲート!! いずれ世界の王になる……おれの船に乗れ!!」
ジーベックの宣言に、ニューゲートは天を見つめ考え事をするだけだった。