「……満足してねェってツラをしてやがる。それだけの力を持ってんのに、おめェはこんな小物海賊団の一船員に収まってやがった……言ってみろ、お前の本当の望みはなんだ?」
「……」
血を流し倒れ、天を仰ぐニューゲートにロックスが問いかける。ロックスはやや息は乱れているが、それでもニューゲートに比べれば遥かに軽傷。そこに二人の力の差が現れていた。
「……家族」
「……!」
「昔からずっとだ……おれは家族が欲しかった」
絞り出すようにニューゲートが答える。貧困な非加盟国に生まれ、無法地帯を生きてきた彼にとって、それは宝や名誉よりも欲していたもの。成長し、海賊になってもその考えは変わらなかった。
「そうか……家族か」
「……笑うか?」
「いや……笑わねェ。夢や野望なんてモンは人の数だけある、一々笑い飛ばしてたんじゃキリがねェさ」
金や名誉、欲望のままに活動する海賊達にとってニューゲートの理想は決して理解できないものだった。しかし、ロックスは違う。目指すところは自分とは違う、されども笑うことはない。なぜならどんな夢や野望であっても、叶えるために必要なものをロックスは知っているからだ。
「……確かに、こんな荒くれ者共の集まりじゃ手に入る訳もねェ……! おれのところでもだ!」
「……」
「だがなァニューゲート……おれァお前の望みを叶えてやることはできねェかもしれねェが……そのための力を与えてやることはできる……!」
「……なに?」
「結局最後に必要なのは“力”だ……! 例えばこの場にお前の家族がいたとして、そいつらを殺そうとするおれを止められるか!? 宝でも地位でも名誉でも何でもそうだ!」
ニューゲートは答えない、何故ならわかりきっているから。この状況を踏まえれば一目瞭然だろう、ニューゲートは何も守れない。少なくともロックスという強者からは。
「どんな夢や野望を抱こうがてめェの自由! 重要なのはそれを成し遂げるための力……! 欲しくねェわけがねェよな! ええ!? ニューゲートォ!!」
「……ッ!」
「もう一度言う! おれの船に乗れ! エドワード・ニューゲート!」
ニューゲートは目を閉じイメージする。愛する家族を得た自分、それを守るための力。それが手に入るなら、あるいはこの男にも……。そこまで考えて、ニューゲートは首を振った。
「アホンダラ……勝負はお前の勝ちだ、おれに選択肢なんてあるわけがねェ」
「ヴォハハハ! ああ、その通りさ! たとえお前が拒否したとしても半殺しにしてでも連れていく! これはおれからお前へのただの敬意だ……!」
「……おれはお前のようにはならねェ。だが……お前の考えは理解できる……そこまで言うなら……おれにその力とやらを与えてみろ、ロックス・D・ジーベック……!」
「ああ……よろしく頼むぜ? いい仲間になれそうだ……!」
ロックスは振り返るとニューゲートに背を向け歩いていく。その後ろをニューゲートもゆっくり立ち上がりついて行った。それに納得しないのは海賊達だ。ニューゲートを奪われ、船長を殺され、彼らは怒りと屈辱に震えていた。武器を取りロックスを討ち取ろうとする者さえいた。それを見たこころは、能力を使いそれを止めようとするが……
「ヴォハハハ……! やるなら相手になるぜ? なんならもう一回ゲームをやり直してもいい、お前らが勝てばニューゲートを取り返せる……!」
「……うッ!」
「だがそん時ァ……ヴォハハハハハ! 容赦なく全員ぶち殺してやるがなァ!」
気絶させない程度の覇王色の覇気で威圧するロックス。その言葉を受けて彼に挑みかかる者はいなかった。こころはハァ、とため息を吐くと表情を変えないままロックス達を追いかけていく。
「……ジーベック大人気ない」
「ヴォハハハハ! 海賊の世界にそんな概念存在しねェぜ、ガキ!」
「……だからガキじゃない」
ロックスの隣をなんの躊躇もなく歩くこころ。そんな少女の姿にニューゲートは疑問を抱き、目を細めた。
「さっきから気になってたんだが……このガキはお前の仲間か?」
「まァそんなところだ、連れてくことになったのは成り行きだがな」
「お前と一緒に航海してるからにはただのガキじゃねェんだろうが……さっきも妙な能力を使ってやがったな」
「ガキじゃない……秦こころ」
ロックスと一緒にいる少女に疑問を抱く。その感覚は決して異常ではないだろう、むしろ正常だ。こころはそんなことより、ガキ呼ばわりされ続けていることの方が気に食わないようだが。
「私は人の感情を操れる……変なことはしない方が身のためだよ」
「グララララ……肝が据わったガキだ。この化け物の隣にいても、ポーカーフェイスを貫けるだけはある」
「別に……ジーベックは乱暴で自分勝手だけど、前にいた場所よりはずっとマシだから」
「……何? それはどういう──」
こころの発言にニューゲートが引っかかった時、ちょうど一行は軍艦へと到着した。乗り込むロックス、そしてこころの後ろ姿を、ニューゲートは神妙な面持ちで見つめるのだった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
夕暮れの海風が、血と硝煙の匂いを洗い流していく。デービーバックファイトの時に浴びた海賊達の返り血のついた服を、私は洗濯桶に入れて洗っていた。擦っても擦っても、鉄臭い匂いと赤黒いシミは取れない。
「おい、ガキ」
背後から、地を這うような低い声が降ってきた。振り返ると、夕日を背にして立つ巨大な影があった。金色の豊かな髪、三日月のような白い口髭。先ほどまでジーベックと島を揺るがす死闘を繰り広げていた怪物、エドワード・ニューゲートだった。包帯でグルグル巻きになっていても、その威厳は変わらなかった。
「……だから私はガキじゃないって」
「そうか……年はいくつだ?」
「……正確にはわからないけど、多分15か16くらい」
「十分ガキじゃねェか」
ニューゲートは相変わらず私をガキ呼ばわりしてくる。もう高校生くらいの年齢なのに。
「……そういうニューゲートはいくつなの? 30くらい?」
「おれァまだ19だ、アホンダラ」
「……え? ……老けすぎでしょ」
一番驚いた。だってどう考えても未成年に見えない、身体が大きいのもあるんだろうけどそれにしても貫禄がありすぎる。1年前まで学ラン着てる年齢とかもはやギャグでしょ。
「……おめェさっき、ロックスは前にいた場所よりマシと言ってたな。ありゃどういう意味だ?」
「…………」
「ロックスの奴について行くイカれ具合といい、普通のガキのそれじゃねェ……お前、今まで何を見てきた?」
ニューゲートは深く静かな瞳で私を見てくる。この感じ……多分薄々気づいてるんだと思う、だから私も包み隠さず話すことにした。
「……別に、ただの天竜人の奴隷だった……ただそれだけ」
「…………!」
「珍しいことじゃないでしょ? ……どこにでもある……くだらない話」
そう、別にこの世界で奴隷なんて珍しくない話だ。特に海賊なんて無法者をやってるニューゲートからしたら日常茶飯事だと思う。だというのに、ニューゲートは私の頭に大きな手をポンと乗せた。
「……?」
「おれがこの船にいる間はおめェに手出しはさせねェ」
「……なにそれ、同情ならいらない」
「バカが……どんな経緯であれ、おれがこの船に乗った以上お前はおれの仲間だ。おれァ腐っても仲間は見捨てたくねェ……ただの自己満足だ」
ニューゲートはお人好しだ。今まで会ってきた海賊とは違う、ジーベックに言わせれば甘い。だけど、だからこそ私はこの男に頼み事ができる。
「そう……ならお願いがある」
「なんだ?」
「……私を鍛えて」
「……!」
「私はただ守られるだけのつもりはない……自分の身くらいは自分で守る」
これはニューゲートにしか頼めないこと、ジーベックに言っても断られるだけ。能力を得ただけのただの学生だった女過ぎない私が独学で鍛えても、上がり幅は目に見えてる。だからこそ、私を仲間と呼ぶこの男に頼む以外他ない。
「おれがそんなお人好しに見えるか?」
「……見えない。でも、あなたは家族が欲しいんでしょ? 今あなたの家族になれる可能性があるのは私だけ……その家族が野垂れ死んでもいいなら、断ればいい」
ニューゲートは厳しい目で私を睨んだ後、その大きな身体を震わせて笑った。
「グララララ! 本当にクソ生意気な奴だ……! いいだろう、おれがお前を鍛えてやる……! ただし、楽な訓練にはならねェぞ?」
「そんなのわかってる……殺すつもりでやってくれた方が私にとっては楽」
夕日が水平線の向こう側に沈む頃、私とニューゲートの奇妙な師弟関係が始まった。その記念かどうなのか、私とニューゲートは共にそれぞれが樽に入った酒を飲み干すのだった。