これは貴方たちが暮らす世界とはほんの少し違う歴史を歩んだ蒸気による繁栄を続けた世界での出来事。
旧き神秘の残滓が絶えることなく人々が栄えた街の片隅で千差万別の願いがちょっとした摩訶不思議を生み出すことが出来てしまう世界での怪奇譚。
物語の始まりは日本。
レンガ造りの街並みと土地の要所にそびえる謎めいた朱色の塔とが絶景として名高く発展目覚ましい地方都市・
※
――暗い。
月も星も見えないひどく暗い夜の中を女が走る。
昼夜問わず、蒸気が煙ることが常となって久しいがきっとこんなに暗い夜も珍しい。
十九世紀に生まれ落ちた人類の叡智たる蒸気機関は今日に至るまで研究と発展を繰り返し、蒸気文明と名前を変えて我ら人類の暮らしを支えている。
レンガ造りの街並みと住民の暮らしに欠かせない様々な
「ぜえ……はあ、くっ」
かつては
「はっ……ふぅ……! アイツはどこ……っ!」
石畳みの路地を走る
萌月のとある路地裏は深夜時間もあって誰もが寝静まっていて怖いほどに静かだ。
自身の呼吸音や関節が軋む音がまるで自分とは別の生き物の気配を知らせる音と錯覚してしまうほどに。
そして、
「落ち着いて
静寂の世界に気圧されそうになる心を奮い立たせて自らを鼓舞する女の姿を等間隔に設置された街灯の頼りない灯りが照らしていた。
鮮やかな藍色と橙色の袴姿の上から黒絹の
いまは不安や恐怖で青ざめた顔色をしているが琥珀色の瞳が印象に残る目鼻立ちがくっきりとした舶来の美術品を思わせる美貌を備えているようだ。
「大丈夫。釈然としないけど、
女の名は
この萌月で探偵事務所を営む近頃話題の女性だった。
「そうよ……私はできる! 私はやれる!」
今夜もとある依頼を解決するために萌月の夜闇に潜り込んだ彼女は生来の悪運が成せる業か早くも当たりを引いていた。
「だって私は艱難辛苦を越えていく――」
「■■■■!!!!」
「美少女魔探てぇああっ!?」
胸を張って調査を再開しようと気合を入れる彼女の言葉を遮って、獣めいた謎の叫び声が真夜中に轟いた。次いで重量を感じる落下音がして音無の夜が突如として終わりを告げる。
「ひいっ!?」
「ア゛ア……! 女ァ! 女ダぁ!!」
カチャリ、カチャリと人間ではない足音が響く。
ソレが一歩、また一歩と歩くたびに硬い路面が鋭利な爪で削れるような不快な音を作り出す。冷たい夜の大気を震わせて、正気を失ったような人語を喋る異形が天満に近づいてくる。
「くっ! そこのあなた
「ナニが悪い? 女ガいて……髪ガ揺れて、嗚呼! アァ……斬りたい! 切りたい! 伐りたい!」
悪漢の正体が街灯に照らされておぼろげながら露わになる。
骸骨と見間違えそうになるような異様なほどの長身痩躯にだらりと垂れ下がる長い両腕、その全てが鈍く光る鋼鉄で出来ている。正しくは無数の様々な鋏が組み合い、絡み合い、繋がり合って人型を形成している怪物だ。
頭部を形作っているのは一際巨大な剪定鋏と思われる代物でまるでウサギの首を人間の体に挿げ替えたようなおぞましい異彩を放っている。
この怪物の名は
器物と人間とが歪な情念の坩堝の中で混ざり合って変異した悪しき付喪神の一種であった。
「よく聞きなさい! これは脅迫じゃなくて忠告よ! 痛い思いをしたくなかったら、いますぐバカな真似はよして、お縄につきなさい!」
「縄? 縄ダッテ? アヒャヒャヒャ! オレを縛っても切れない縄があるといいなァ!」
ガチャガチャと全身からやかましく金属音を鳴らしながら鋏怨奴は哄笑を上げると仄暗い闇を宿す窪んだ両目で天満を捉えて襲い掛かる。
「OK! 交渉決裂ってことでいいのかしら!?」
対話による平和的な解決は不可能。
あらかじめ予想はしていたがポンとわざとらしく大きな音を立てて両手を叩いて、現実を再確認した天満はキッと威嚇するように怪物を睨む。そして――。
「どーなっても知らないんだからねぇッ!!」
どこか悪役の捨て台詞を思わせる言葉を鋏怨奴に叩きつけると天満は石畳を力強く蹴って駆け出した。
次の瞬間に先程彼女が立っていた場所に怪物の巨大なハサミが手の甲から飛び出した右腕が振り降ろされて冷たく硬い路地を切り裂く。
「ああ、もう! もう! もう! なんでいつもこうなるのよおおおっ!?」
暗夜の街を勇気溢れる探偵少女が駆ける。
人知を埒外にいる異形の怪物と相対しても天満は臆することはない。
いや、実のところはとんでもなく怖いのだが彼女はうんと認めないだろう。
血液を思わせる濃厚な鉄分の香りを漂わせて、鋏の集合体の化け物が追いかけてくるのだ。逃げ脚には自信があるが怖くないわけがない。
ただ鳴上天満という人物はタフな女だった。
一縷の望みを信じて、全身を竦ませてしまうような恐怖に抗い一目散に逃げ出す度胸があったのだ。
「待テェエエエエエエ!」
しかし、怪物もそう簡単に見逃してはくれない。
奇声を上げて、触れる物全てを切り裂き害する凶器の両腕を振り乱して少女を追跡する。
業深い想いを糧に生まれ落ちた怨奴が見せる執着は尋常ではない。
この鋏怨奴を突き動かす情念はさしずめ憧憬。
酷く純粋で、酷く
「待て! 待て! 待て! 逃げるな! 逃げるな! どこにも行くな! 俺に斬らせろ! 俺が切らせろ! アアアア!!」
レンガ造りの家々の壁を怪物の指が切り裂く。
夜闇を絶え間なく照らす街灯の鉄柱を怪物の腕が切り刻む。
美しい髪諸共に女の瑞々しい柔肌を切ったあの感触が忘れられない。
それが人に焼きついた思い出か物に刻まれた記憶か定かではない。けれど、絹を思い切り裂くような艶髪を切る感触と湯浴みめいた鮮血の温もりが怨奴を滾らせるのだ。
「血に濡れた女の髪の美しさァ……アレを愛でられるんなら人間なんてやめたってイイッ!」
「ふざけないでよ! 人を切って興奮する理髪師だなんて他の
恥ずかしげもなく胸の奥から湧きだす妄執を言葉にして吐き散らす鋏怨奴を天満は背中を向けて全力疾走で逃亡を続けながらも毅然として一喝する。
汗を光らせ懸命に走りに走った天満は目論見通りに怨奴を寂れた町外れの倉庫置き場にまで誘い出すことに成功していた。
「鬼ごっこは終わりか? 馬鹿な女だ……街中ならまだ警官なりに助けを呼ぶことだって出来たのにぃ」
「必要無いわ。だって、もっとすごいのを私は呼べるんだから!」
そう、天満は何もただ漠然と犯人を探して夜歩きをしていたのではなかった。
むしろ逆。言うなれば彼女は生餌。
「出番よハル! 目に物見せてやりなさい!」
憐れみを混ぜた侮蔑の眼差しを向ける鋏怨奴を負けん気溢れる様子で吹き飛ばした天満は大きく息を吸い込んで空に向けて叫んだ。
「おうさ! 待ちかねたぜ!」
すると天満の声に呼応するように大きなコンテナの上に潜んでいたであろう青年が彼女を守るように鋏怨奴の眼前へと躍り出た。
青年は伸びた黒い髪をハーフアップにしてシニヨンで纏めているサムライめいた頭をして執事の如き、そつのない所作で天満を自分の後ろに下がらせる。
格好はと言うと質の高そうな黒の詰襟服に膝まで垂れた長い真紅の
硬派な二枚目と言えば聞こえがいいが黙っていたら気難しくも見える端正な顔立ちで本人は気さくに笑っているが左目に走る稲妻模様のような痣もあって威圧感が隠せていない。
「武力皆無だというのに相変わらず素晴らしい根性だ。ご立派だぜ大将」
「だーかーらー! 所長って呼びなさいってば!」
怨奴を前にして一切怯む様子も見せずに軽口を叩くこの青年の名は
鳴上探偵事務所の助手として天満の右腕を努め、ワケあっていまは怪異を狩る者として怨奴から萌月の街を守る男だ。
「馬鹿はさっさと死ね……!」
にこやかな眼差しの晴臣と視線があった瞬間に鋏怨奴は彼を串刺しにせんと右腕を強く動かした。怨奴の手の甲から伸びる巨大な成人男性の腕ほどの大きな二枚の刃が冷たい光沢を瞬かせて晴臣に迫る。
「やなこった」
しかし、彼はすっと前に突き出した右手を一体どんな仕掛けかほんの僅かな間激しく光らせると怪物の鋏刃を弾き返してしまったのだ。
鋏怨奴は知る由もなかっただろう。
この一瞬の間に晴臣の右手に雷電が宿り、電磁石さながらに磁力を発生させて自分の刃を反発させていただなんて。
「さて、そこの鉄クズ案山子野郎。お前に恨みは無いが荒供養を始めるぜ」
「ナンダ……オマエ? オマエ、人間、なのか?」
想定外の展開に鋏怨奴は後ろに大きく跳んで身構えた。
逃げるべきか、危険を冒してでも正体不明の謎の男を始末するべきか、人知を越えた力を手に入れてか弱い婦人たちを悦楽に浸りながら襲っていた怪物は自分の運命を左右する判断に迷いに迷った。
「遅いぞ。逃げるつもりだったのなら、迷わず俺に背中を向けるべきだったな」
「ムウ!?」
月明かりのない夜の下で不敵な意思を宿した瞳をうっすらと青白く光らせて晴臣は懐から取り出した円型の和鏡を右手に持ち、勾玉が連なる腕輪を付けた左手とを眼前で交差する。
「
まるで呪文を唱えるように言葉を紡ぐと不思議なことが起こった。
腕輪の四つの勾玉が飛び散ると和鏡の円環部分にある窪みへとひとりでに収まったのだ。
そして、晴臣が和鏡・変幻鏡を自分の腹部に押し当てると帯が飛び出して腰に巻き付きベルトのような形態へと成った。
「変身!」
確かな決意を秘めて晴臣はただ短く言う。
瞬間、彼の全身を雷電が駆け廻る。
暗闇を灼き尽くすような眩い雷光がやがて鎧を形作って彼の五体を包んでいく。
やがて、閃光が収まり
「闇に立ち向かう人よ! 夜の恐ろしさに挫けぬ君よ!」
仮面の男が声を発する。
近衛晴臣の声で、闘志に溢れた凛然とした声で。
「降り注ぐ怨嗟にまだ輝きを捨てぬと言うのなら! 絶望の空に
高らかな叫びはまるで天満の心を打つように轟き渡る。
その背中を見つめる彼女の胸中に先程まであった恐怖は最早一片も無かった。
「……お前はナンダ?」
「ライドウ。仮面ライダーライドウと呼んでくれよ」
まるで黒光りする鋼鉄を彫り出した仁王像の如き逞しき五体。
四肢を金色の籠手と具足で守り、左肩には紺碧の稲妻模様を走らせた白銀の大袖を纏い、右肩は狛犬に似た角を生やした獣の頭を模した肩当てを装着している。
瑠璃色の複眼のような双眸を持つ黒仮面の額には武者兜の鍬形によく似た黄金の角飾りがあしらわれ、相対した異形を竦ませているようだ。
「本当は雷電童子って言うんだがなんせ古臭くってよぉ……洒落てんだろ?」
晴臣であった異形の戦士が強く自分の胸を叩くと青白い雷電が小さく弾けて大気を焦がした。ライドウ――その名の通り、彼はいま雷の申し子の如き存在へと変わっていた。
「ウ、ワァ、アアア! 殺ス!」
立ち塞がるライドウに錯乱したような叫びを上げて鋏怨奴は斬りかかっていた。
本能が告げていた。
自分とどこか似た気配を帯びるこの仮面の戦士を屠る他に助かる道は無いと。
「そうだ! 邪魔なものは殺してしまえば……死体に俺の邪魔はできない!」
「おうよ! 理解が早くて助かるぜ。掛ってこいや!」
異様に長細い鋼鉄の手足を躍動させて飛び掛かりながら右腕を振り下ろす鋏怨奴に合わせるようにライドウは硬く握り締めた右拳を突き上げる。
「ギャウ!?」
轟音が鳴って鋏怨奴の体が宙を舞う。
先程、晴臣が使った電磁力ではない。
ライドウが秘める剛力と頑強な肉体から繰り出される純粋な打撃で全身が鋼鉄の怪物は自慢の刃諸共に殴り飛ばされたのだ。
「やっぱ怪物退治ってのは力比べが醍醐味だよなぁ! いくぜ、おいっ!」
鋏怨奴の急襲を捌いたライドウが攻勢へと転じる。
雄叫びを上げて間合いを詰めると紫電を纏った荒々しい拳打と蹴りを容赦なく相手に叩き込んでいく。
「馬鹿にして……! 殺す! 殺す! シャアアアア!」
しかし、鋏怨奴も怯まない。
寧ろ自らの衝動と欲求の邪魔をするライドウへの憎しみを燃料に暴走する蒸気自動車のように突っ込むと両腕を駆使して出鱈目な動きで斬撃を浴びせる。
「やるじゃないか! 女も後ろからしか襲えねえケチな卑劣漢だと思ったが強盗ぐらいにゃ度胸があったか!」
「黙れェエエエエ!」
力と力がぶつかり合う。
拳と刃が激しく競り合う。
戦況はライドウが明らかに優勢ではあるが鋏怨奴も恐るべき執念で食らいつき、何度も相手の体を斬りつけていた。しかし、黒鋼の如きライドウの肉体はビクともしない。
「ちょっとハル! 何度も言ってるでしょ! 晴くんの体を乱暴に使わないの!」
けれど、そんな時だった。
ライドウの戦いの邪魔にならない距離まで下がって様子を見守っていた天満がハラハラした顔色で意味が分かりかねる叱責を彼に飛ばしてきた。
「もっとスマートに出来るでしょ! 依頼は丁寧が我が社のモットーって教えたはずだったわよねえ!」
「やれやれ、注文の多い大将だ。しかし、躊躇いなく囮役を引き受けたクソ度胸に応えてやらねえとな」
彼女の小言に調子を狂わされたライドウはやれやれと溜息を吐くが仮面の奥で口角を吊り上げて、ならばと期待に応えるべく闘志を奮い立たせる。
「何をごちゃごちゃと……隙をみせた自分を呪えよ! もらった!」
自分から意識が外れたライドウに好機を感じた鋏怨奴は全身から剃刀のような短い刃を散弾のように放つ。狙いはライドウの四肢の関節や首と言った人体の中でも比較的脆い部分だ。ここならば自慢の刃が深々と突き刺さり深手を負わせられると信じて繰り出した鋏怨奴の奥の手であったが飛ばした刃の悉くは突如としてライドウの周囲に発生した雷の球に迎撃される。
「なっ!?」
「喜べ! 今夜は大盤振る舞いだ。俺のとっておきで退治してやる!」
雷鳴が轟き、蒼色をした無数の輝きがライドウの周囲を飛び交う。
剛力自慢の猪武者の類だと思っていたライドウが披露した異能に鋏怨奴は怯んで思わずその場に立ち尽くしてしまった。
「我が雷電兵装に不足なし! 冥土の土産に堪能していけ! 散雷!」
「おおおお!?」
ライドウの号令を受けて彼の周囲に浮かぶ雷球たちが一斉に鋏怨奴に牙を剥く。
意思を持っているような天衣無縫な軌道を描いて全方位から鋏怨奴を撃ち据えたかと思えば一緒に肉薄していたライドウの手に収まると剣の姿に形を変えて異形を切り裂いていく。
「面白いだろう! こういうことも出来るんだぜ!」
自分の周囲に雷球たちを舞い浮かせながら怒涛の連続攻撃を仕掛けていくライドウ。すると今度は三つの雷球を自らの右腕を軸に輪を描くように回転させた状態で纏わせると鋏怨奴の右肩に鋭いパンチを突き込む。
「轟け! 雷弾!!」
「ぎゃあああああああっ!?」
深々と右肩に食い込んだライドウの拳を伝って、雷球はまるで杭打ち機のように着弾、炸裂すると鋏怨奴の右肩と腕を粉々に破壊して見せた。
「さて、お前が斬って流れた血の量を思えばもう少しお灸を据えてやりたいが……大将の注文だ。終わりにするぞ」
大きく戦意を喪失した鋏怨奴を一瞥して、勝機を見たライドウは必殺の一撃を繰り出す準備に入る。
ライドウは自分の左胸を一度大きく叩くと巴紋が刻まれた太鼓のような紋様が浮かび上がった。
「
言の葉を唱えながら今度は二回、胸に浮かぶ雷紋章を叩けばライドウの全身に膨大な雷電が生み出されて力が漲っていく。
ライドウは合掌をするように両手を重ねるとそのまま弓を引く体勢を作り両腕の間に雷電のエネルギーを収縮していく。
「いざ! 雷獣拳ェエエエエエエエン!!」
いまにも暴れ出しそうな膨大な力を右拳に集中して、仕掛けどころを見定めたライドウは渾身の力で踏み込むとそのまま拳を抜き放つ。
最高潮に達していた雷電が弾けた勢いを利用して光の矢のように飛び出したライドウの超電磁鉄拳が落雷のような炸裂音を轟かせて鋏怨奴を打ち貫いた。
「アギ、ギャアアアアアアアアアッ!?」
強烈無比な一撃を食らった鋏怨奴は胸板に大きな風穴を作るとそこを起点にバリバリと全身がひび割れてそのまま爆発四散する。
変身を解いてライドウから晴臣へと戻った彼が鋏怨奴が朽ち果てた場所を見るとそこには憔悴した様子で気絶した中年男と良く砥がれたハサミが半ば砕けて落ちていた。
それは何者かによって怨奴の器として利用されていた女性を斬る快感に魅了されてしまった理髪屋に相違無かった。
「一丁上がりだ。後始末は大将に任せるぜ……残念だが今日の時間を使い切っちまった」
「ご苦労だったわ! 結局今回も走ってばかりだったけど、兎に角依頼達成よ!」
夜も更けた萌月の街の一角に天満の嬉々とした声が響く。
これが彼女たちの日常。
この街が持つもう一つの顔の有様。
けれど、これらの真相を知る者は限りなく少ない。
「よいせ。それじゃあ警察署にこの人を渡して帰ろうか天ちゃん」
「そうね。ところでアイツまた滅茶苦茶やったけど、晴くんは怪我してないわよね? 嘘ついたら怒るからね」
「平気だよ。俺は元気だ」
縄で縛った切り裂き魔を米俵のように担ぎ上げて帰路に就こうとする晴臣であったがその佇まいがどうにも妙だった。まるで先の不敵さが抜けて穏やかになっていると言うべきか。何より左目にあったはずの痣が消えていた。
そして、そんな晴臣と接する天満の態度も随分と柔らかで気心が知れたように砕けていいるではないか。
彼らに何が起きたのか……事の始まりは三ヶ月前に遡る。
全ては萌月の山麓にひっそりと建てられたとある神社から始まった。