万華鏡の歪み、あるいは鋼鉄の荒野に落ちる星   作:MOZIO

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第二章:牙を研ぐ少女たちと、世界の限界

1. 異端の訓練

 

「――そこまで! 207B部隊、全員行動不能!」

 

神宮司まりも教官のホイッスルが、第一訓練場に甲高く響き渡った。

 

床に大の字になって倒れ込み、激しく肩で息をする白銀武の視界は、どす黒い疲労のモヤに覆われていた。全身の筋肉がちぎれんばかりに悲鳴を上げている。隣では、あの気高き御剣冥夜すらも膝をつき、荒い呼吸を整えられずに畳の上を見つめていた。榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫にいたっては、すでにピクリとも動けない状態だ。

 

彼ら5人を文字通り「子供扱い」にして制圧したのは、息一つ乱していないシエルだった。その手にある訓練用の木刀は、一度として訓練兵たちの刃と交わることなく、ただ最小限の軌道で彼らの急所と関節を正確に穿ち続けていた。

 

「皆さん、動きが硬すぎます。戦術機の操縦桿を握る際のGに耐える筋肉はあっても、自分自身の重心を制御する練度が足りていません」

 

シエルは木刀を滑らかに収めると、困ったような、しかし一切の妥協を許さない聖職者の笑みを浮かべた。

 

「これでは、万が一コックピットを損壊され、生身で戦車級と対峙した際、10秒と持ちませんよ」

 

「……へっ、言う、じゃねえか……」

武は痛む脇腹を押さえながら、どうにか上半身を起こした。

(知ってた。知ってたよ、埋葬機関の第七位が人間離れしてることくらい! だけど、生身で強化装備を着た俺たち5人を同時に相手にして、汗一つかいてないってどういうことだよ……!)

 

「文句があるなら、いつでも買ってあげるわよ? 武くん」

訓練場の壁に寄りかかり、退屈そうに爪を眺めていた蒼崎青子が、いたずらっぽく片目を瞑った。

 

「俺は文句なんて言ってねえよ! ただ……次元が違いすぎるって話だ。なぁ、あんたたち、本当にあのゼルレッチのじいさんに飛ばされてきたんだな?」

 

武のその言葉に、それまで静観していた冥夜の目が鋭く光った。

「武……お前はやはり、この者たちの出自を知っているのか? 香月副司令は『並行世界からの特異点』と説明されたが……」

 

「あー、その件なんだけどさ」

青子が歩み寄り、武の目の前でしゃがみ込んだ。長い黒髪がさらりと揺れ、三咲町の日常を思わせる瑞々しい香りが、この殺風景な軍事基地の空気を一瞬だけ塗り替える。

 

「夕呼さんから聞いたわ。あなたも『向こうの世界』の記憶を持ったまま、この地獄に叩き落とされたんでしょ? だったら、私たちの世界のことも、多少は『お話』か何かで知ってるわけ?」

 

「……ああ、ぶっちゃけな。魔術師の時計塔とか、聖堂教会とか、あんたが『第五魔法』の使い手だってことも、知識としては一応ある」

武が声を潜めて告白すると、青子は「へえ」と感心したように、しかし同時に酷く冷ややかな笑みを浮かべた。

 

「なら話が早くて助かるわ。でも、勘違いしないでね。私たちがここへ来たのは、ボランティアでもなければ、この世界を救う正義の味方に目覚めたからでもない。あのクソジジイが仕掛けた鍵を壊して、一刻も早く自分の家に帰るためよ」

 

青子の言葉は、冷酷なまでに現実的だった。この世界の人間がどれほど傷つき、死んでいこうとも、彼女にとっては「理の異なる異郷の出来事」に過ぎない。

 

「それでも、目的は一致しているはずです」

シエルが武に手を差し伸べ、彼を立ち上がらせた。その手のひらは、数多の戦いをくぐり抜けてきた戦士特有の、硬く、冷たいものだった。

 

「私たちは元の世界に帰るために、BETAを駆逐する。あなたたちは、この人類の生存圏を守るためにBETAを殺す。ならば、私たちは同じ戦列に立つ同志です。違いますか、白銀さん」

 

「……いや。全くその通りだ」

武はその手をしっかりと握り返した。理屈はどうあれ、人類最強クラスの「怪物」が二心なくBETAを敵と見定めてくれている。これほど心強いことはなかった。

 

---

 

2. 鋼鉄の器、魔術の檻

 

「――素晴らしいわ。実に見事な『完全なるブラックボックス』ね」

 

同日夜、横浜基地地下・香月夕呼の個人研究室。

大型のホログラフィック・モニターには、青子とシエルの身体組成、および基礎代謝時の「エネルギー流動」を可視化した三次元グラフィックが映し出されていた。

 

夕呼はコーヒーカップを片手に、狂気的な歓喜を孕んだ目でその数値を凝視している。

 

「あなたたちの言う『魔術回路』。擬似的な神経系として機能しているようだけど、既存の医学や量子物理学の枠組みじゃ100%説明がつかない。物質としての細胞でありながら、同時に高次元のエネルギーをバイパスする門として機能している。……特に、蒼崎青子。あなたの『第五魔法』に付随する時間因果の借用システムは、私の『オルタネイティヴIV』の理論を根底から加速させる可能性を秘めているわ」

 

「何度も言うけど、解剖も遺伝子サンプルの採取もNGだからね。夕呼さん」

部屋のソファーに寝そべりながら、青子が釘を刺す。

 

「分かっているわよ。金の卵を産むガチョウの腹を裂くほど、私は愚かじゃないわ」

夕呼は画面を切り替えた。そこに表示されたのは、現在開発が急ピッチで進められている最新鋭の戦術機――『不知火・弐型』、そしてそれと連動する特殊な兵装の設計図だった。

 

「問題は、あなたたちの『継戦能力』よ。昨日、シエルが言った通り、この世界の大気(マナ)は完全に死んでいる。地球外起源種であるBETAが、地殻のミネラルやエネルギーをハイヴを通じて『資源』として回収している影響か、あるいはこの宇宙そのものの物理定数が原因かは不明だけど……とにかく、あなたたちは燃料(魔力)を自給自足するしかない。青子の『魔弾』は、彼女自身のオドを消費する限り、最大出力で数十発が限界」

 

「シエルの黒鍵も同じよ」と青子が補足する。「あいつの身体は半分呪いみたいなもので『死なない』けど、武器を生成したり魔術術式を編むための燃料は、私のオドから分配するか、自分で貯めてる分を使うしかないの」

 

「だからこそ、これよ」

夕呼が不敵に笑い、キーボードを叩く。画面に表示されたのは、戦術機のコックピットを模した、巨大な「魔導回路集積型シート」のプランだった。

 

「戦術機のジェネレーターが放つ高出力の熱・電磁エネルギーを、あなたたちの『魔術回路』が吸収可能な疑似マナへ『逆変換』するシステム。……名付けて『魔導コンバーター・ユニット』。これを使えば、戦術機に搭乗している間、あなたたちは無限に近い魔力供給を受けられるようになるわ」

 

「……はあ? 戦術機のエネルギーを魔力に変えるって……あなた、本物の天才か、あるいはただのイカレポンチね」

青子がさすがに目を見開いた。魔術の教育を受けていないこの世界の人間が、ただ一晩のデータ解析だけで、魔力と科学エネルギーの「相互変換」の理論を組み上げたのだ。

 

「最高の褒め言葉として受け取っておくわ。ただし、このシステムを稼働させるには、あなたたち自身が『戦術機』を操縦し、機体システムと同調してもらう必要があるの。……幸い、伊隅大尉の部隊に予備の『F-15E ストライク・イーグル』が2機あるわ。明日から、あなたたちには衛士としての地獄の訓練を受けてもらうわよ」

 

「……ちょっと、私、車の免許も持ってないんだけど?」

 

「安心しなさい。戦術機のOS(XM3)は、天才が調整しているのよ。あなたのクレイジーな反射神経があれば、3日で実戦レベルまで引き上げてあげるわ」

 

夕呼の眼鏡の奥で、マッドサイエンティストの瞳がギラりと輝いた。

 

---

 

3. 黒き予兆

 

翌朝から、青子とシエルの「衛士訓練」が開始された。

座学とシミュレーターでの訓練。常人であれば数ヶ月を要する戦術機の基本操作を、二人は驚異的な速度で吸収していった。シエルの超人的な空間把握能力はシミュレーターのスコアを瞬く間に塗り替え、青子は「動かし方が分かれば、あとは気合と感覚よ!」と、持ち前の直感でストライク・イーグルを獰猛な肉食獣のように振り回してみせた。

 

訓練の合間、武は青子のストライク・イーグルの足元に立ち、コックピットから顔を出した彼女を見上げていた。

 

「どうだ、マブラヴの世界のロボットの乗り心地は?」

 

「最悪よ。座り心地は硬いし、レバーとペダルだらけで頭が痛くなるわ。三咲町の坂道を走るオンボロ車の方がまだマシね」

そう文句を言いつつも、青子の表情にはどこか新しい「玩具」を手に入れたような、不敵な高揚感が滲んでいた。

 

「でも、この『戦術機』ってやつ、悪くないわ。夕呼さんが言ってたコンバーター、試作段階だけど機能してる。機体のジェネレーターが回るたびに、体内の回路にガソリンが直接注ぎ込まれるみたいな感覚があるの。……これなら、魔力の枯渇を気にせず、全力でアイツらをぶっ飛ばせる」

 

「……なら、頼む。あんたたちの力が、どうしても必要なんだ」

武の真剣な眼差しに、青子は少しだけ目を見開いた。武の背負う「未来を知る者」ゆえの絶望と孤独を、彼女は敏感に察知していた。

 

「分かってるわよ。約束は守るわ。……でも、シエルが言ってた通り、まずはあんたたち自身の足元を固めなさい。世界を救う前に、目の前の訓練で死にかけないことね」

 

青子がニカッと笑った、その瞬間――

 

基地内に、突如として赤く禍々しいサイレンが鳴り響いた。

 

『――全軍、第一種戦闘配置! 繰り返す、全軍、第一種戦闘配置! 横浜防衛線より東方50キロメートルの海域にて、BETAの海底進行を感知! 規模は中規模、光線級の存在を確認!』

 

スピーカーから流れるオペレーターの悲鳴混じりの声。

訓練場にいたまりも教官、そして冥夜たちの顔色が一瞬で変わる。

 

「……来たわね」

青子がコックピットのハッチを閉めようとする。その眼眸は、すでに戦う「魔法使い」のそれへと変貌していた。

 

「武、これが初陣よ。あんたたちの世界の化け物が、どれだけのものか――特等席で見せてもらうわ!」

 

鉄のハッチが閉まり、F-15Eの主機が咆哮を上げる。

魔術と科学、二つの相容れない理が交錯する横浜基地から、今、人類の運命を揺るがす規格外の戦力が、戦場へと出撃しようとしていた。

追加で宝石翁の気まぐれの追加被害者を出すとしたら誰がよろしいでしょうか?

  • 蒼崎橙子
  • 久遠寺有珠
  • 静希草十郎
  • 浅上藤乃
  • 両儀式
  • 遠野秋葉
  • 遠野志貴
  • その他
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