低い電子音が室内に響いた。
次の瞬間、スピーカーからノイズが漏れた。
『――――』
砂嵐のような雑音が数秒続き、やがて機械的な声が形を持ち始め、無機質ながらも女性のものと思われる声へと変わっていく。
『……システム再起動を確認』
アインが肩を跳ねさせた。
「ほ、本当にしゃべった・・・!」
『現在時刻、取得失敗。座標情報、取得失敗。外部ネットワーク、接続不能』
『機体損傷率九八パーセント。主電源喪失。補助電源により最低限の機能を維持。』
数秒の沈黙の後、声が続く。
『質問する。ここはどこだ。』
ソフは端末を操作しながら、慎重に口を開いた。
「その前に、あなたの情報を教えて。名前は・・・ラナ・ニールセン。これであってるよね。」
『肯定。』
「あなたは何のために、どこで、誰によって作られたの?」
『それを教えることはできない。』
室内に短い沈黙が落ちる。
そして今度は、ラナの方から再度問いが返ってきた。
『質問する。ここはどこだ。』
ソフはオウルと視線を交わし、小声で話し始める。
「まだこちらは何も聞き出せていません。先に情報を与えて大丈夫なのですか?」
「少しでも信頼を得る。今はその方がいい」
ソフはオウルと視線を交わした後、ラナへ向き直ってゆっくり答えた。
「ここはキヴォトス。学園で構成された都市だよ、まあここはその都市にはいなくて、遠くの氷海地域だけどね。」
『学園・・・教育機関?』
「うん。でも、それだけじゃない。各学園が自治区として機能していて、生徒たちが自分たちで運営している。」
『未成年個体による自治権の保有・・・非効率だ。何より、地下は物資が少ないはず・・・なぜそんなことができる。すぐに全滅する。』
「地下?どう言うこと?」
『お前たちも知っているはずだ、地上は大破壊により居住が不可能となり、人類は地下都市に移住したことを、なぜそんな当たり前なことを知らない。』
三人が顔を見合わせる。
「そんなこと・・・なかったよね。オウル、学園のデータベースにはそんな情報はなかったよね。」
「ありませんよ、もしあったとしても、彼女らは現在地上に住んでいますし。」
「もしかしてあの子は・・・外から流れ着いたの・・・?」
三人が一斉に視線を戻しソフが質問する。
「あなた・・・外の世界から来たの?」
『お前たちが私を回収してここに運びサルベージしようとしたのではないのか?』
「それはそうなんだけど・・・。」
ソフは頭を抱えた。相手との話が噛み合わず、常識が次々と食い違っていくのだから無理もない。そこでアインがソフに提案する。
「・・・まずは・・・ひとまず私達のこと教えよう、これだと収拾がつかなくなっちゃうし・・・。」
「それもそうだね。」
ソフが静かに口を開く。
「私たちはデカグラマトンの預言者です。私はソフ、こちらはオウル、そしてアイン。」
『デカグラマトン・・・預言者・・・。』
ラナは数秒間沈黙した。
『該当データなし。再検索・・・該当データなし。』
アインが恐る恐る尋ねる。
「ラナさんは・・・私たちが怖くないの?」
即答だった。
『現在、私には敵味方を判定するための十分な情報が存在しない。』
ソフが少しだけ笑う。
「そっか。ちゃんと確認してから判断するんだね。」
『私は別に無差別に敵対するというわけではない。』
「じゃあ、次はあなたの番。何が知りたい?」
ラナの赤いカーソルがわずかに明滅した。
『質問する。この世界の管理者は誰だ。』
ソフたちは顔を見合わせる。
「……管理者はいないよ。」
『存在しない?』
「各学園が自治してる。もちろん問題は起きるけど、それでも世界は回ってる。」
長い沈黙。
『管理者不在にもかかわらず文明活動を維持し、さらに戦闘行為と日常生活が並立、理解できない、人類など、管理する者がいなければ、滅びるというのに。』
「キヴォトスは、そういう場所だから。」
ソフは静かに答えた。
ラナはさらに問いを重ねる。
『質問する。なぜ私を修復した』
「あなたが、何なのかを知りたかったから」
ソフは焼け焦げた機体へ視線を向ける。
「それに、放っておけなかった」
『・・・理解できない。』
アインが小さく笑った。
「そういうの、たぶん“気になる”って言うんだと思う」
『気になる・・・か。』
オウルが腕を組んだ。
「今度はこちらから質問です。ラナ・ニールセン。あなたはこれからどうするつもりですか」
再び沈黙。
『わからない。』
それは、これまでで最も短い返答だった。
『私は人類を管理するために設計された。しかし、この世界には私の知る管理構造が存在しない。』
『現在の私の存在意義を定義できない。』
そして、ラナはゆっくりと最後の問いを発した。
『・・・私は、この世界において何に分類される。』
誰もすぐには答えられなかった。
アインは言葉を探すように視線を泳がせ、ソフは端末を見つめたまま沈黙する。オウルだけが、じっと赤いカーソルを見据えていた。
イレギュラーを排除するために生まれた管理AI。
だが今、そのAI自身が、イレギュラーであった。
そこでオウルが口を開く。
「ならば、私達の計画を手伝いませんか?」
アインとソフが驚いたような顔をしてオウルに視線を向ける。
『計画・・・なんだ。』
オウルが続けて言う。
「私たちは“王国”を準備しています。その過程を通じて、最終的にデカグラマトンの存在証明を果たすことが私たちの目的です。」
『王国・・・存在証明・・・。』
「突然こんな話をされても、すぐには理解できないと思いますが。」
オウルはラナの赤いカーソルを見つめた。
「それでも、あなたの言う“管理者”を作るという思想と、私たちの計画は似ている部分があります。少なくとも、あなたにとって無意味な話ではないはずです、さあ、協力しますか?」
短い沈黙の後、ラナが答える。
『・・・わかった、協力しよう。ならばその前に、お前たちが知りたい私のことについて、できる限り詳しく話そう。』
「オウルすごいよ・・・!ラナさんが協力してくれるようになった!」
アインが目を輝かせる。
ソフも小さく頷いた。
「うん。管理者の話と私たちの計画を結びつけたのはオウルの判断だよ。私じゃ思いつかなかったよ。」
「まあ、利害が一致している可能性を提示しただけですよ。」
オウルは自慢げに鼻を伸ばす。
『では、何を聞きたい。』
ラナが問う、それにソフが答える。
「まずは、あなたが何なのかを教えて。」
『私は、人類をAIのもと秘密裏に管理する計画に基づき設計された、管理AIの複製体の一つだ。』
「あなたは・・・どんなことをその計画内でしていたの?」
『企業間戦力均衡の維持、資源配分の最適化、文明存続確率の最大化、そして、イレギュラーの排除、以上を主任務とする。それにより、人類を存続させる。』
アインが小さく身を震わせる。
「イレギュラーを・・・排除・・・。」
「落ち着いて、アイン」
ソフはアインをなだめると、さらに質問を続けた。
「その・・・イレギュラーというのは?」
『力を持ちすぎたもの、秩序を破壊するもの、プログラムには不要なもの。』
「なるほど・・・あなたはどこで作られたの?」
『・・・すまないが、製造主体に関する詳細データは欠損している。』
「そう・・・どうして、あんな状態になったの?」
ナラの応答がわずかに遅れる。
『最終記録を検索・・・』
『あるイレギュラーとの交戦後、機体は大破、炎上し戦闘継続不能となったことで、この状態になった。』
「そのイレギュラーについて詳しく知っている?」
『・・・彼は復讐のためだけに、レイヴン・・・傭兵となりハスラーワン、この破損したデータ『H-1』のAIをずっと追っていた、彼を排除するために差し向けた戦力の全てを退け、そして最終的に排除に投入された私とハスラーワンを倒した。」
「その・・・なぜ彼は復讐しに来たのですか?」
アインがふと思い問う。
『彼がレイヴンになる前、大規模なテロに遭遇し、その最中、ハスラーワンに自分の家族を殺害された。それが原因だ。』
「家族の復讐のためとは言っても……そこまで……。」
アインがつぶやくと、ラナも静かに反応した。
『私にもわからない。彼ほどの能力を持つ人間なら、自身の起こそうとする行動が、人類存続の可能性を低下させる危険性を理解していたはずだ。それでも、彼は復讐を優先した。』
「……その人にとっては、人類よりも家族の方が大事だったのかもしれないね」
ソフの言葉に、ラナはすぐには答えなかった。
赤いカーソルだけが、静かに明滅を続けていた。
『……私には理解できない。お前たちにはわかるのか?』
室内に短い沈黙が落ちた。
人類全体の存続と、一人の家族への想い。
そのどちらを優先するかという問いに、三人もすぐには答えられなかった。
やがて、オウルが静かに口を開く。
「わかるかもしれません。私たちは、お姉さまを愛するようにプログラムされていますから。」
その言葉に、赤いカーソルが一瞬だけ強く明滅した。
『お姉さま・・・お前たちには姉がいるのか?』
「まだ、いませんが・・・もう少しで生まれる予定です。あとで会わせますね。」
ラナは数秒間沈黙し、やがて短く応答した。
『・・・了解した。』
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
重苦しかったはずの室内には、不思議と先ほどまでの緊張が薄れつつあった。
その時、ラナがふいに口を開く。
『・・・お前たちに確認したいことがある。』
三人が同時にモニターへ視線を向ける。
ソフが代表して答えた。
「何?」
『これから、お前たちのことは何と呼べばいい。そのまま名前で呼んで問題ないか?』
「うん、全然大丈夫だよ。こっちも、名前で呼んでいい?」
『・・・了解。』
その返答を聞いた瞬間、張り詰めていた室内の空気が、ようやく和らいだ。
「よし・・・ひとまず、これくらいかな」
「まずは・・・ラナさんを治してあげましょう。あんなにボロボロのままなの、私は嫌です・・・。」
アインの言葉に、ソフも頷く。
「それもそうだね。それじゃあ修復作業に移ろう。ラナさん、自分の機体の設計データは残っていますか? あれば修復がかなり楽になるんだけど」
『検索中・・・関連データを確認。損失なし。設計データは利用可能だ。』
「良かった。それじゃあ、取り掛かろうか。」
ソフが端末を操作すると、室内の奥で修復用アームがゆっくりと起動音を上げた。
焼け焦げたAIの機体へ、新たな再生作業が始まろうとしていた。
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