火花が散る。
室内の天井に取り付けられた修復アームが低い駆動音を響かせ、焼け焦げたACの装甲を少しずつ交換していく。外装だけでなく、内部フレームや配線の再構築、小型化まで行われており、作業はすでに数時間に及んでいた。
モニターに映る設計データと実機を見比べながら、アインは慎重に工具を動かしている。
ふと、作業台の脇に置かれた端末からラナの声が響いた。
『・・・進捗を確認。損傷部位の復旧率は?』
「もう八割くらいです。思ったより内部の損傷が少なかったので助かりました・・・同時に、かなりの小型化もできましたし。」
アインは工具を置き、機体の胸部フレームを軽く叩いて確認する。
「それにしても・・・この子、とても便利ですね。」
『ACのことか?』
「はい。作戦や目的に合わせて、コアブロックを中心に兵装やパーツ、ジェネレーター、回路まで、かなり柔軟に変更できるなんて……すごいです。」
アインは感心したように続けた。
「でも、この機体は少し特殊ですね・・・。」
『この機体は通常のACとは異なる。飛行機能を持ち、特殊ジェネレーターによってブレードとキャノンの出力を強化している。』
ラナの説明に、アインは目を輝かせる。
「やっぱりそうだったんだ・・・!ラナさんが提供してくれた資料と比べると、普通の構造じゃないと思ってたんです。」
その時、室内の扉が開き、ソフとオウルが戻ってきた。
「アイン、進捗はどう?」
「かなり進んだよ。ジェネレーターや光波ブレードはかなり手こずりましたが・・・そろそろ完成します。お姉様の方は・・・どうです?」
「こっちも順調ですよアイン、そろそろできると思いますよ。」
「本当?やった・・・!」
しばらくの間、室内には工具の音だけが響いていた。
再構築された装甲が一枚ずつ機体へ取り付けられ、焼け焦げていたフレームは少しずつ本来の形を取り戻していく。
再構築されたフレームと新しい装甲が組み上がっていく様子を眺めていたオウルが、ふいに口を開いた。
「それにしても、かなり小型化しましたね。元の設計より装甲容積をだいぶ削っています」
『・・・アインは機体の小型化を優先していた。理由を説明できるか。』
「それは、現在もっとも脅威になり得る存在に対処するためだよ」
ソフが端末を操作しながら続ける。
「今のところ、私たちにとって本格的な脅威は多くない。でも、一人だけ厄介な存在がいる。『シャーレの先生』――今年、外の世界からキヴォトスへ来た人物で、各学園で起きた大事件を何度も解決へ導いている。前に会ったことがあって、そこで私たちのことを把握したから止めに来るはず。」
『外部世界からの人間か。しかし、キヴォトスでは銃器が一般化し、日常的に戦闘が発生すると聞いている。その人物がキヴォトス人ではないのであれば、生存は困難なはずだ。』
「実際、調べてみたけど何度も致命傷寸前の状況に巻き込まれていて、さらに一度致命傷レベルの怪我を受けている。それでも生き延びてるんだよね・・・。」
『・・・イレギュラーか。純粋な戦闘能力だけでなく、各学園へ影響を及ぼせる存在ということだな。脅威であることに変わりはない。』
オウルが口を挟む。
「前に会った時には間抜けみたいな人でしたけどね。さてと、これで修復作業は完了ですか。」
修復アームがラナの機体の周囲からゆっくりと退避し、火花を散らしていた溶接光も静かに消えていく。
ソフは端末を片手に機体へ歩み寄り、内部回路や各ユニットの診断を開始した。
「メインフレーム正常・・・動力伝達系統、問題なし。ジェネレーター出力、安定。センサー系も応答してる。」
アインも工具を置き、胸をなで下ろす。
「よかった・・・ちゃんと動きそう。」
オウルは機体を一瞥し、小さく頷く。
「急ピッチでの小型化でしたが、戦闘行動には支障はなさそうですね。」
ソフは最後に診断結果を確認し、端末を閉じた。
「うん、修復完了。ラナ、いつでも起動できるよ。」
『了解。セルフチェックを開始する。』
機体内部で低い駆動音が響く。
『四肢駆動系・・・正常。』
関節部のサーボが小さく作動し、腕部と脚部が滑らかに可動する。
『主推進スラスター・・・正常。」
背部ブースターのノズルがわずかに展開し、青白い噴射炎が一瞬だけ吹き出した。
『推力・・・正常。姿勢制御スラスター・・・全基応答。』
『ブースト機構・・・作動確認。』
機体が数センチほど浮き上がり、すぐに静かに着地する。
『・・・異常なし。飛行機能及び飛行制御・・・正常。』
全身の各部が機械音と共に組み替わり、一瞬で飛行形態へ移行した。
そのまま静かに浮上すると、天井付近まで上昇し、姿勢制御を確認するように前後左右へ機敏に移動する。
「すごい・・・飛行制御まで問題ないんだ。」
アインが感心したように呟く。
『ジェネレーター出力、正常。火器管制システム、一部未接続。』
『全診断項目を終了。戦闘能力、推定七四パーセント。残る問題は武装の不足のみ。』
ソフは端末を閉じ、小さく息をついた。
「うん、とりあえず、修復は成功だね。」
「これでさらに武装を追加すれば十分戦えますね。」
「武装はデータがあれば、私だけでも作れるから・・・機動テストを手伝ってあげて。」
アインがそう提案すると、オウルが答える。
「まあそうですね、まだ本格的な機動テストは行っていませんし、いきましょうか。」
「それじゃあアインは、武装の作成よろしくね。」
ソフがそう言うと、室内の大型隔壁が重々しい音を立てて開き外へ続く道ができる。
冷たい風が吹き込み、金属の匂いに満ちていた室内へ白い光が差し込む。
「それじゃあ、外へ行こうか。」
ラナの機体がゆっくりと歩き出す。
一歩踏み出すたび、修復された脚部サーボが静かに駆動音を響かせる。
部屋を出て、長い通路を進むと、視界が一気に開けた。
そこに広がっていたのは、大地ではなかった。
果ての見えない白銀の鋼鉄。
幾重にも積み重なった装甲板、巨大な構造物、無数の配管とケーブルが複雑に絡み合い、一つの大陸そのものを形作っている。
吹き抜ける風だけが、その巨大な鋼鉄の世界に音を与えていた。
ラナは周囲をゆっくりと見渡す。
『・・・ここは。』
ソフが少し誇らしげに笑う。
「ここはネツァク。」
オウルが説明を引き継ぐ。
「私たちデカグラマトンの預言者の一人です。幾度もの自己改造を繰り返した結果、自身の体を巨大な鋼鉄大陸へ変化させました。」
「今私たちが立っている場所、そのすべてがネツァクそのものなんです。」
ソフが機体の足元を見ながら付け加える。
「だから、多少暴れても大丈夫ですよ。」
オウルは静かに頷き、ソフは一歩前へ出る。
「じゃあラナ、まずは機動試験から始めよう。」
「通常歩行、姿勢制御、飛行、そしてブースト。修復した各部に問題がないか、一つずつ確認していくよ。」
ラナは静かに応答する。
『了解。機動試験を開始する。』
背部のブースターが低く唸り始めた。
ラナの機体がゆっくりと一歩踏み出す。
金属製の足裏が白銀の大地を踏みしめ、重々しい音が周囲へ響いた。
『歩行制御・・・正常。』
続いて速度を上げる。
歩行から走行へ移行しても、機体は一切ぶれることなく滑らかに加速した。
『脚部アクチュエータ、応答遅延なし。』
ソフが端末へ視線を落とす。
「うん、脚部の負荷も想定値以内。」
ラナはそのまま急停止し、反転する。
『姿勢制御試験。』
機体は左右へ鋭く切り返し、片脚だけで姿勢を維持する。
『ジャイロ補正、正常。重心制御、誤差〇・四パーセント。』
「小型化したのにバランス崩れてない・・・。」
ソフが感心したように呟く。
『次工程へ移行。』
低く唸るような音と共に、青白い噴射炎が吹き上がり、機体が数センチ浮き出す。
『ブースト開始。』
機体が高速で動き出し、機体は地面すれすれを滑るように加速する。白銀の鋼鉄大地を一直線に駆け抜け、衝撃波だけを残して数百メートル先へ到達した。ソフとオウルが驚愕する。
「速っ・・・!」
「ブーストだけでこれだけ・・・ですか。」
『ブースト機構正常。』
『飛行制御チェック開始。」
背部ユニットが展開し、機体はそのまま空へ舞い上がり、空中で停止する。
前進。
急上昇。
反転。
急降下。
滑るような軌道で飛び続ける。
ソフはモニターを見つめながら笑う。
「飛行制御も・・・問題なし。」
ラナは高度を保ったまま応答する。
『推力安定。出力誤差一・二パーセント。』
『飛行時の高速機動確認・・・。』
次の瞬間コンマ数秒遅れて轟音と衝撃波だけが周囲を駆け抜けた。
「なっ!?」
ソフとオウルがさらに驚愕する。
一キロ弱先で静止し戻ってくる。
ラナは二人の前へ静かに着地した。
背部ブースターの熱がゆっくりと冷えていく。
『機動試験終了。』
『全機能正常。修復による性能低下は許容範囲内。問題はない。』
「それにしてもすごいですね・・・あのブースト時の加速・・・。」
「アインなら驚いて倒れてしまいますよ。しかもあの状態で攻撃できるとは・・・考えたくないですね。」
二人が驚くのも無理はなかった。
似たような物はあるものの、人型から飛行形態へ瞬時に移行し、音を置き去りにする速度で飛翔する兵器など、キヴォトスには存在しない。
少なくとも、彼女たちの知る技術体系には。
「とりあえず、問題はなかったね。」
「まあ、それならいいのですが・・・。」
『今後の戦闘に備え、追加装備および機体の製造を要請する。』
ラナから送られてきた設計データを見て、ソフとオウルは思わず目を見開いた。
「この機体と同じものを一機と・・・別仕様の機体を四機・・・? アインが大変になりそうだね・・・。」
「さらに頼むのですね・・・。」
『同型機は予備機。残る四機は敵戦力の測定および戦術調整に使用する。』
『敵の情報を収集した後、本機を切り札として投入する。』
「なるほど・・・そういう考え方なんだ。」
『無駄にはしない。』
「それならいいのですが・・・。」
「とりあえず、テストも問題なく終わりましたし、戻りましょうか。」
オウルは、テストを終えたラナの機体へ視線を向けた。
「この要請をアインが聞いたら泣いちゃいそう。」
ソフが苦笑すると、オウルも小さく息をつく。
「ええ・・・ですが、アインなら泣きながらもすぐ作ってしまうでしょうね。」
『・・・アインは高い技術力を持っている。彼女には期待している。』
「その期待が一番重いんだけどね・・・。」
三人はそんなやり取りを交わしながら、白銀の鋼鉄大陸の中に戻っていった。
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