遥か昔、俺達の祖先は夜空からやって来たらしい
「空を飛ぶ機械」だの「魔法を使って飯を取り出した」だの、かなり夢のある話じゃないか?
まぁ…信じていたのは子供の時だけで、今は銭勘定と殺しで精一杯だが…
...時間だ、さあ仕事にかかるぞ! 錨を巻け!」
己の休息を取る場所は重要だ
荒ぶる心を落ち着け、陰鬱な気を紛らわせる光景を日頃から見つけるのは私の数少ない趣味だ、職業病でもあるが。
艦橋エレベータを降りてすぐの舷側デッキは、クルーが寄り付かない静かな場所で特に気に入っていた
木目張りの上甲板と違い、壁に留められた雑多な器具、砂で削れた滑り止め甲板と錆色がアクセントの柵が目につく、言ってしまえば寂れたロケーションだった。
だがその分景色に集中できるせいであろうか「白海」は、日頃艦橋で見る景色とは全く違った姿を見せる。
が
「かんちょお!戦術指揮官が帰ってきません!」「ざけんな、すぐ戦闘だぞ!?さっさと探し出せ!」
…敵艦隊と交戦中であることを鑑みれば、慎むべき行動であったかもしれない
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荒涼とした砂漠にぽつんと浮かぶ、2つの巨大な鋼鉄の船
そして、そんな巨船の最下層にある戦闘艦用バースに泊められた、幾何学模様のあしらわれた戦艦
白木の引かれた甲板に美麗な流線型を見せる艦体、心臓たる十万馬力の拍動と雑多な怒号の只中に私は居た
「なんだこれは、これじゃあ俺たちが弾受け役じゃねえか!」
「戦況が悪くなったら逃げるんじゃないか!?」
…そう、怒号の只中に
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今の時代、戦闘を生業に日銭を稼ぐのは傭兵と相場が決まっている
企業が、一文なしで今にも母船から追放されそうな連中に「あなたも職を持つことができますよ」なんて声をかけ、話に乗ったら最後一隻の船に押し込まれ、
反乱しようにも群れを組むことは許されず、逃げようにも遠洋航海の技術を持つのは巨大企業のお抱えだけ
それに、企業の督戦隊とMPはひどい殺しをする、誰も挑む気概はないんだろう
「一隻企業」なんて嘯いてる傭兵連中を抱えて、
だがなにぶん元が民間人だ、何処の話を聞いても戦闘で損耗が4割を切った話を聞かない
何せ私の先輩が「損耗が5割で済んだぞ!これで評価が上がるかな」なんていうくらいだ
まあ、今は指揮の言うことを聞くようにするのが私の仕事だろう
「言ったとおりだ、艦隊は分ける」
「分艦隊は敵を急襲し同航戦に持ち込む、戦艦は敵をアウトレンジで叩く」
「格好は悪いかもしれないが、指揮官としてできる限りのことはする。封書で万一私が死んでも戦闘を続行できるようにした、こんなの軍作戦以上のサービスなんだぞ」
可能な限り平静を装って発した声は、どうやら怒る彼らに届いていないようだ
「てめえだよ!てめえ!封書だなんだとご大層なことを言うが、不利になったら逃げる腹づもりなんだろ!」
声を上げた者を見やる、特に声が大きいのが一人、しかしあとは追随するのみのようだ
切り崩すなら鶏口から行こう
「…俺が企業の社員だとでも? あいにくと俺も雇われでね、言うなればここにいる人間は、敵全員を砂に葬るか、自分自身が砂に還るかしかもう休む方法がないんだよ」
「なにをっ…」
言葉に詰まったか、畳むぞ
己から青さを消し、草臥れた雰囲気でされど眼光鋭く
「孤軍奮闘する意思は大変結構、だがこの「白海」を見ろ。広大な海で単艦で孤立すれば、起こる結果はまごうことなく
「だがな、作戦に協力するなら我々は群として団結し、結束することで共に勝利と明日の命を勝ち得る」
「と言うことでは不服かな?」
悲観的な状況、だがわずかながらでも希望を見せれば?
「…異論はないようだな」
「よろしい、では敵発見するまで待機。各員自分の船に戻れ」
こいつらは乗るしかない、大手を振って家に帰るにはそれしかないからだ
こうして航海が始まった
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一仕事を終えて、風にあたろうとデッキに出ていたときふと影が差した、そちらを見やると大男が立っていた
色褪せた軍装を着崩して白髪を後ろで結えた男で、体躯は私の頭ひとつ大きかった
「貴様なかなかガッツがあるな、だが命知らずと履き違えるなよ、特に傭兵を使う立場ならな」
「気圧されていた方が危険でしたよ、艦長殿」
戦艦「ギャラルホルン」のヌシ「レイジ・グレートウーズ」、10年以上前の「大海戦」を経験し、払い下げられた愛艦とその頃から傭兵依頼をこなし続けて生き残っている正真正銘の特異点
「違いない、傭兵は芯が弱いものを見分けるのが得意だからな、ただまあ残念でもある」
「かこつけて指揮棒を奪ってしまう算段だったのだからな!フハハハ!」
...ハズレの戦術官を引いた時に砂に放り投げただとか、突っかかってきた若造の耳を削いだだとか、そういう逸話が絶えない人だ
「まさか、守っていただいたことに感謝します。あなたが場にいなければ気の早い者に粉々にされていたでしょう」
「ふむ、場をよく見ているようだ、お前は砂に投げ込まなくて良さそうだ」
「で、要件は、茶飲み話には向かん場所だぞ」
きた
「ええ、あなたの人脈と経験に見込んで、ぜひ今回の傭兵の素性を勉強させていただけないかな、と思いまして」
「ひとときの集まりにまさか勉強だとはな、こいつは驚いた、正真のバカかあるいは...」
「まあワシだって詳しくは知らん、燻ってる連中が街にいた時にいくらか聞いたな」
「...いいだろう、一度しか言わないぞ」
得た情報はこうだった
曰く元艦長が艦橋マストを折ってから幸運のお守りだと言って放置しているらしい駆逐艦「一発逆転」
金欠過ぎて後部主砲を引き抜いて売り払い、結局欠落したままの駆逐艦「あてこすり」
隠蔽性と奇襲性という持ち味を、藤と桜色塗装で染め上げ完全に殺している命知らずなコルベット「神だのみ」
巡洋艦の船体にマーケットから買い込んだ戦艦砲を積んだらしい馬鹿げた巡洋艦「ラッキーパンチ」
輸送船の転用から浪漫馬鹿の成れの果て、博物館行きの骨董品まで
婆娑羅一歩手前な連中だが、当人らは大真面目だし、狂っていなければ生き残れない環境とも言える。
「こんなところだ、あとはコイツか」
「魔改造旧型」戦艦「ギャラルホルン」
かつての「大海戦」でさる提督が座乗した戦艦だったらしいが
最前部バーベットを取っ払って艦首に砲を取り付けたり、艦橋を旧型に似つかわしくない巨大なパゴダマストに新造していたりと相応の
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そうしていつの間にか真夜中を過ぎ、下弦の月が半ばまで登った頃
その知らせは宵闇と航海の静けさの中で唐突に飛び込んできた
敵情を伝える声が真鍮の管から響く
「艦橋上部発!見張りが敵艦隊を発見しました!」
「駆逐艦5 巡洋艦3 戦艦1 推定大戦艦1 距離42000 4時方向より接近!」
沈黙
戦場の霧が晴れると同時に、艦橋では息を呑む声も聞こえる
傭兵という職において、得てして敵の方が多いことはあるものだがここまで酷いと無関心の方に寄ってくる
私は辟易しながら指示を飛ばす
「ボケッとするな、やることは変わらん。作戦通りに進めるぞ」
場を引き締めてから矢継ぎ早に続ける
「砲を右舷に指向しろ!」
「各艦に発光信号を送れ。我敵艦隊見ゆ、4時方向距離42000」
「展開し作戦行動を取れとな」
「現時刻をもって分艦隊旗艦を「ラッキーパンチ」に任命する、それ以外は追随しろ、以上」
艦備え付けの探照灯から赤色光で通信する、少しののち各艦からの了解の意の返答も来た
「ギャラルホルン」が分艦隊から離れていく、奮戦を祈るとするが、此方も無職というわけではない
「艦長、作戦通り艦はこれより”停船”します」
作戦はこうだ
元来、艦砲射撃よりも要塞主砲の方が強力であるものだ
そこでこちらは分艦隊と旗艦に分けて接敵させる
分艦隊は先行し敵を奇襲する、すると相手方は回避運動を強要される、そこに旗艦が静止状態で射撃することで敵を精密に狙撃できる
伏撃と狙撃
これが戦術の骨子だった
その後、艦長の巧みな指示によって艦は大きな波の影に入り込んだ。
広大な砂漠は風の影響を受けて自然に波を作る、そして特段大きいものは船体と砲火を隠せる絶好の隠蔽となるわけだ。
そうして分艦隊が接敵するまで待機を発令した。
そして私は数少ない休息を取れる瞬間が今であること、見繕っていた絶好の場所を思い出して...
始めに戻るわけだ
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...怒るジジイを宥めるのに苦労したことだけ書いておく、欲なんて出すもんじゃなかった
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そうして
見張りから報告が上がる
「敵艦隊、およそ38000まで近接!」
「ボス!お客人!分艦隊はまだ電波管制を保っています」
「おい若造、知っておけ。戦場では先に撃った方が勝つからな!ハッハッハ!」
艦長が上下階全てに響くような大声で言ってくる、齢ゆえの短気だろうか、それか若い者へ戦場を説いているのか。
椅子に座って茶々を入れるとは完全に見物と決め込んでるようだ
「まだです!」
まだだ、もっとキルゾーンに引き込まなければ抜けられる
戦場はまだ決定的な瞬間を過ぎていない
分艦隊は待機中だが、砲の轟音で目を覚ますだろう
今はただ待つのみだ
こういう時、いつも気ばかり先走ってしまう
茶やフィーカの一つでも用意しておけばよかったと後悔する
しかし戦況は一定で、望んでいない時でも進むものだ
見張りが続けて報告を上げる
「敵艦隊、約37000!」
もう少し
「36000で始める、まだ待て!」
手袋ににじむ汗も、艦橋要員の動きも
全てが鈍く、鮮明に見える
己の作戦を反芻した、少ない駒は作戦で埋めた、指揮は頑丈に備えた。もうできることはないだろう。
今この時限りは最近で一番長く時間を感じた、30ノットで進む艦隊は約60秒で1kmを進む
「敵艦隊、約36000!」
きた、
一度肩をすくませて落とす、力が程よく抜けて、いい具合だ
「艦長殿、始めましょうか」
艦橋の空気が少し硬く感じる、戦場のうねりを感じているのだろうか
私の声を聞こうと静かにしているからだろうか
艦橋に声を響かせる
「達する」
「各砲塔は艦橋諸元で統制、交互打ち方」
「第一目標は敵戦艦だ、分艦隊が刈り取る前に手柄を総取りにしてしまえ」
やがてローラーが砲塔を動かす響きが足元から消える頃
「撃ち方始め」
戦いの火蓋は切って落とされた
砲声はさながら銅鑼のようだ
爆圧が音となり、鼓膜と躰を伝う
5基5門の鳴らした爆音はやがて星空と地平線の彼方に消え、艦橋添え付けの計器が弾着予想時間を刻み始める
やがて針が重なる頃、分艦隊の戦況が無線で流れ始めた
「初弾から夾叉とはさすがだ、奴さんけぶ吹いてやがる」
「デケェの全部取らないでくれよ、最大戦速、ケツから噛みつけ!」
彼らの反応から考えるに、どうやら奇襲は成功したようだった。
分艦隊も襲撃を始めたようで、無線が賑やかになってきた
流れる戦況を聞く傍らで、砲火は轟音を奏で続ける。
「巡洋艦に魚雷が的中だ、報酬上乗せだぜ!」
「駆逐艦に主砲が直撃!艦尾が亡き別れだ」
「敵に回避運動を強要しろ、撃てば撃つほど生き残れる確率が上がるぞ!」
初撃は上手くいった
だが、戦況は芳しくなかった、なぜなら通常艦艇の数がようやく五分五分となっただけで、敵の戦艦級は健在だったためだ、そして、その意味が戦況に出始めるのは、奇襲ののちすぐだった。
「敵が見えないぞ、探照灯をつけろ!」
功を焦ったのだろう、それは若者の死ぬ要因としてありがちだったが、今は典型が起きることが最も苦しいことだった。
何せ夜間に探照灯をつけた末路がどうなるかなぞ、少し生きていればすぐに知れることなのだが。
「クソクソクソクソ、こんなことならマシな仕事についておけば...」
戦場におおよそ砲声とは異なる破裂音が響く
「「あてこすり」が沈んだ!」
しかも、もっと悪いニュースを引っ提げて
「コイツら、奇襲を受けてるってのに一斉回頭だ!?統率取れすぎだろ!」
「敵艦隊が雑魚を残したまま離れていくぞ、逃げられちまう」
「いや...コイツら母船の方向が分かって進んでやがる、ありえない!」
敵艦隊は一部を切り捨てて、母船へ直進を始めた。
これは所謂「想定外」と言うやつだった
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次善の案を考えてた時にのめり込みすぎたのか、艦長が横に立っていることにすら気づかなかった
かつての大海戦を経験したからだろうか、彼は戦略的に敗北しつつある状況でも笑っていた。
短い期間だが、聞き慣れた怒鳴り声が響く
「おい若造、夕刻にしてやった話は覚えているな?」
「艦首砲を使う、これが最善のはずだ」
「指揮は心配すんな、お前は艦橋の一番上に行け、夜だが敵の戦艦が見えるはずだ」
とりつく島がなかった、船員を隅々まで教育した彼に船全体が答えてしまっていた
「機関室に伝えろ主機全開、最大戦速で移動し、射界を確保する。キャパシターチャージ!」
私は、せめて任された己の役割を全うすることにした
見張り塔の天辺からは艦全体がよく見えた、星空の下で敵艦を探していると、ふと周りの海が淡く光り出しているのがわかった
艦首を見やると舷側から艦首に向けて色とりどりの光の粒が流れ、集まっていくのが見えた。
「おい若造、敵の諸元をよこせ、大体でいい」
だが感傷に浸っている暇はなく、伝声管経由で艦橋から指示が飛んでくる
「30000は離れているんですが⁉︎、弾着までの時間もありましょう」
「艦首が敵を向いてればいい、コイツにはそれで十分だ」
「それに弾速は据えた技師のお墨付きだ、軸だけ合わせりゃそれでいいとよ!」
全く無茶苦茶な話だった、この船も、艦長秘蔵の兵器も。
やがて光景は変わった、艦首に流れていた色とりどりの光は、黄金色に発光し、やがて船体に沿って流れ出した
それは幻想的な光景だった、我々は広大な「白海」を進んでいたはずなのに、いつの間にか。
私たちが銀河を裂き、星の溢れる海を進んでいるかのように錯覚した
まるで幼い頃聞いた童話のような
「星を征く船...」
やがて艦橋から、急かすような声が飛んでくる
「若造!敵はどこだ!」
そして地平線の先に、敵の大型艦を見つけた
叫ぶ
「敵戦艦は本艦の左舷30度です!」
「逆進いっぱい、錨を下せ!」
瞬間、自分の体に強烈な慣性がかかり、伝声管にしがみついて弾き飛ばされないよう堪えた
乱雑に下された錨は「白海」に跡を引ながら、ギャラルホルンの巨体を止めた
直前の光景からは考えられないひどい制動だったが、艦は静止し準備は整った、軸線も敵に向いている
「ピッタリですよ!」
直後、黄金の奔流が放たれた
星から零れ落ちた光の筋
眼前に見える砂の波も地平線をも飲み込んで、それは進んだ
地平線に火を吹きながら吹き飛んだ巨大なバーベットが見え、かなり遅れて重く爆発音が響いた
やがて夜は終わりを告げ、空がオレンジに色づき始めていた
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日の出は戦場の結末を見せてくれた
敵の旗艦であろう大戦艦は艦橋以下のバイタルパートの中心をまるごと「消失」し座礁
奔流の流れを間近で食らった戦艦は弾薬庫に引火したらしく、ターレットリングの内側を露出させていた
随伴の巡洋艦は難を逃れたらしいが、攻撃能力の要たる戦艦を失い、撤退に舵をとったようだった
敵は戦略的目標を喪失、こちらの勝利と十分言える結果だ
しかしこちらも無事では済まされなかった
探照灯をつけ、攻撃を直に浴びた「あてこすり」号は轟沈
出港前のブリーフィングで
巡洋艦「ラッキーパンチ」は戦艦級の榴弾を砲塔に浴び、辛くも爆沈は逃れたものの、後部主砲と操舵能力を失い他の船に曳航されていった
そして艦首砲で攻撃した「ギャラルホルン」は船体部品の一部脱落、負荷をかけた主機の破損によって10ノット以下での移動を余儀なくされた
沈んだ船は、火災によって立ち上る煙のみが彼らの墓となり
戦場であった「白海」には朝日に照らされた墓標が白く、細く、立ち昇っていた
かくして、航海は終わった