女の子がボールを拾う為に、道路に飛び出した。
「危ない!」
誰かが叫ぶ。
トラックが今まさに、道路を通過しようとしていた。
間に合わない。急ブレーキをかけても、どれだけスピードを落としても、女の子はトラックに轢かれてしまう。
周囲には沢山の人がいた。
だが、何も出来ない。
当然だ。
誰だって、他人の命よりも自分の命が大切だ。よしんば、女の子を助けに行ったとしても、少女を救うどころか一緒に死んでしまうかもしれない。
そうなってしまえば無駄死にだ。
だから、何もできない。
助ける事なんて、出来なかった。
彼らに出来る事は大きな声で叫ぶか、数秒後に視界に広がる凄惨な光景を見ないために顔を伏せる事だけだった。
そして、真っ赤な華が咲き誇る--筈だった。
間に割って入るようにして、誰かが飛び込む。
呆然としている女の子の体を強く押した。
そのままトラックに衝突する刹那、女の子は救われた。
だが、救われたのは女の子だけ。
女の子を助けた命の恩人は、逃げ遅れてしまった。
直撃。
肉が潰れるような嫌な音が響き渡る。
人間とはこんなにも呆気なく吹き飛ぶものなのか。何処か他人事のようにそう思ってしまう程、吹っ飛んだ。
吹っ飛び、そのまま適当な壁に激突。
トラックに轢かれた上に吹き飛ばされ、壁に体を叩きつけられた。
生存は絶望的だ。
「お、姉……ちゃん?」
我に返ったのは、救われた女の子だった。
命の恩人へと駆け寄る。
その正体は、1人の少女だった。
歳は16歳。
淡く輝く銀色の髪が特徴的だが、血に塗れている今は美しいよりも痛々しいという言葉が似合う。
恐らくは学校へ向かう途中だったのだろう。
身に纏っているのは、学校指定の制服。されど、それも髪と同じように血によって汚れてしまっている。
おまけに、腕は明らかに人間の可動域を超えた方向に折れ曲がっており、専門家ではない素人が目にしたとしても「これはもう、助からない」と判断できる程の重傷だ。
――重症の、筈だった。
「良かった。どうやら、無事のようでしたね」
閉じられていた瞼が開き、黄色の瞳が女の子をみる。
容姿は、息を呑む程に美しかった。
頭部からダラダラと血を流していなければ、の話だが。
ゆっくりと体を起こす少女。
体を動かす度に、体の不調を知らせるような異音を奏でる。
しかし、少女は気にした様子もなく、笑みを浮かべている。
顔面が血で汚れているのでとても恐ろしかった。
寧ろ、痛がったり悲鳴を上げてくれた方が自然だっただろう。
「お、お姉ちゃん? ぶ、無事なの? 明らかに、大丈夫そうじゃ無いっていうか……今すぐお医者さんに見て貰った方が……」
「心配してくれるんですか? ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。こんなものは、掠り傷です。少々はしたないですが、唾を付けておけば治る! っていう奴ですね」
仮に場を和ませるジョークだったとしても笑えない。
寧ろどうして生きている?
「いや、掠り傷じゃないよ!? 腕、変な方向に曲がってるし! 血がダラダラ流れてるし! お姉ちゃん、知らないの!? 人って、血を2割失ったら死んじゃうんだよ!?」
「ふふ。心配してくれてありがとうございます。ですが、今日は入学式なので急がないと。このままでは遅刻してしまうので。後、次からは、道路に出る時は左右をちゃんと確認しましょうね」
優しく頭を撫でてくれる。
正直に言えば、掌は血で汚れているので触って欲しくは無かった。
だが、相手は命の恩人だ。
女の子は我慢した。
「では、私はこれで」
少女が掌を空に翳す。
その瞬間、彼女の掌から黒い糸が一本伸びる。
彼女の姿はあっという間に女の子の視界から消えた。
「お姉ちゃん、異能さんだったんだ」
この世界において、異なる能力。通称「異能」と呼ばれる力を持つ者は、決して少なくはない。
割合として、10人に1人が「異能」に目覚める。
自身を救ってくれた彼女もまた「異能」に目覚めた異能力者だったのだ。
――ドチャッ!
少し離れた場所から、人が落ちるような音が聞こえた。
「お姉ちゃーん! 本当に、大丈夫なのー?」
暫く時間が空いて、
「大丈夫ですよー!」
と返答が返ってきた。
尚、声はかなり苦しそうだった。
今回は3話一気に投稿します。
感想、評価、よろしくお願いします。