「「絶対防御」が破られたわね」
校舎から「争奪戦」の行方を見守っていた朱音が呟く。
「想定の範囲内。そもそも「絶対防御」という名前ではあるけど、どんな攻撃であっても絶対に防御できる、という訳ではない。何事にも限度がある」
朱音の呟きに応じるのは、同じく戦いの行方を見守っていた氷刃。
何を考えているのか分からない無表情。
しかし、視線は蓮へと注がれており、無表情とは裏腹にその内心はハラハラドキドキしているのかもしれない。
「まあ、それはそうなんだけど。あれだけを頼みの綱にしてたら、私との「争奪戦」では私が簡単に勝利できてた訳だし」
朱音の脳裏をよぎるのは、自身と蓮による「争奪戦」。
蓮が持つ「絶対防御」という技は確かに厄介だが、常識の範囲内だ。規模や火力が大きくなってしまえば旗色は悪い。
(まあ、ただの剣術だけで異能を何とかしちゃう、っていう時点で十分デタラメだとは思うんだけど)
現状、蓮が勝利する為には切り札を使うしかない。
朱音に勝利した、あの力を。
「問題があるとすれば、時間が足りるのか。正直に言うと、今のままだと厳しいとは思うんだけど……」
「問題は無い。蓮は劣勢を覆すだけの技量を持ち合わせている。心配は不要」
分かっている。
分かってはいるが、対戦相手であるメアの異様さや、異質さを拭う事はできない。蓮が切り札を温存しているように、彼女もまた本気を出していないのだから。
「……それはそれとして、彼女って2つ目の異能とか持ってないのよね? 素の力で、切り取った電灯を振り回すとか、自分の目で見ても信じられないんだけど」
「私は、貴方でもできそうだと考えている」
「誰が脳筋女ゴリラよ! 表に出なさい! 「争奪戦」で、ぼこぼこにしてあげるから!」
「聴覚の異常」
二人が言い合いをしている中、メアは依然として切り取った電灯を、木の枝のように振り回すのだった。
※
「やっぱり、甘すぎたか」
思わず呟く。
「絶対防御」である程度時間を稼げると思った。
だが、その想定は甘かったと言わざるを得ない。
「絶対防御」は剣術という括りにおいて、無類の強さを誇る。だが、あくまでも剣術という括りの中での話だ。
異能と比較すれば、その強さは劣ってしまう。
特に範囲攻撃や、強力な攻撃は致命的だ。
「絶対防御」で防ぐ事ができたとしても、自分の周囲にまで影響を及ぼしてしまうなら意味が無い。直撃すれば命の危険が伴うような攻撃は、大抵木刀ではどうにもならないと相場が決まっている。
蓮の扱う木刀は異能によって生み出された物であり、どんな攻撃でも壊れる事がない丈夫さを誇っている。だが、使用者にまでその特性は付与されない。
木刀は壊れずとも、蓮が壊れてしまう可能性は十二分にあり得るのだ。
故に、対処不可能な攻撃を前にすれば「絶対防御」を解除する以外の選択肢は存在しない。
しかし「絶対防御」だけが、蓮の強みではない。
「あら? 先ほどまで、かなり距離が離れていると思ったのですが……一体、どうやって近付いたのでしょうか?」
「歩き方を少し変えただけだよ。教われば、メアさんもこんな風に出来ると思うよ」
剣術にて学んだ歩き方。
これによって、僅かな時間で距離を詰める。
間合いを詰めるのに役立つ他、一見すると普通の歩き方と変わりない為、相手の虚をつく事もできる。
そこで、たゆまぬ鍛錬によって身に着けた、基本的な剣術を使って攻撃を行う。
「絶対防御」と比べれば、その技量は見劣りする。
しかし、努力は裏切らない。「絶対防御」にこそ届かないが、放たれる一撃は、直撃すれば大ダメージを与える事が出来るだろう。
ーーそう。直撃する事ができれば。
「強烈な一撃ですね。もしも当たっていたら、骨折していたかもしれません」
鋭い一撃を前にしても、メアの余裕そうな微笑みが崩れる事はない。
なぜなら、蓮の一撃はメアが両手で編んだ糸によって、呆気なく防がれてしまったのだから。
あやとりのような形状をした糸が、優しく木刀を包み込む。
力任せに押せばメアに触れる事は出来そうだが、微動だにしない。
「ッ! 木刀が抜け……ない!?」
押し込めない。
その上、抜こうとしても抜けない。
「先程も説明しましたが、私の糸は性質を変える事ができます。刃物のように鋭くしたり。ロープのように頑丈にしたり。接着剤のように、粘着力を強くしたり」
「成程。だから、木刀が抜けないんだね」
「良いのですか? 木刀に執着して?」
メアの両手は塞がっている。
だが、2本の足は塞がっていない。
片足を軸にして、回し蹴りを見舞う。
それを間一髪の所で避ける蓮。当たっていれば顎に良いのを貰ってしまい、まともに立てなかったかもしれない。
「外れてしまいましたか。ですが、日向さんの武器は奪いました。これから、どのように戦うつもりですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ。僕の木刀は、特別製なんだ」
「?」
言葉の意味が分からず、首を傾げるメア。
しかし、蓮の言葉の意味をすぐに理解する事になる。
虚空へと手をかざす蓮。
その瞬間、メアの糸が絡めとった筈の木刀は霧散し、蓮の手元へと戻る。
僅かに目を見開くメア。
だが、動きを止めたりする事はない。
糸を飛ばし、蓮を拘束しようとする。
「無駄だよ。その手の攻撃と僕の「絶対防御」は相性が良いんだ」
驚きながら攻撃を仕掛けたメアと同様に、蓮もすぐさま木刀を構え「絶対防御」の動きを見せる。
空間に走る黒い糸達は、蓮が振るう木刀によって呆気なく切り捨てられてしまう。
「成程。色々と考えていますね。特に、木刀を自身の手元に引き寄せる事ができる、というのは驚きでしたね」
「確かに僕の異能は弱い。そして、メアさんの異能は強い。でも、こんな風に工夫を施したら、案外戦いになるでしょう?」
ギリギリの場面は多々あった。
しかし、その全てを切り抜けてきた。
いける。
これなら、時間を稼ぐ事ができる。
時間を稼ぎ切れば、蓮の勝利だ。
「一つ質問したいのですが、日向さんは後、どれくらい時間を稼ぐのでしょうか?」
メアがそう聞いてきた。
驚きは無い。
何故なら、蓮は今まで何度か「争奪戦」を行っている。
切り札を使用することなく、純粋な力量で勝利する事もあれば、切り札を行使する事によってギリギリ勝利した事もある。
既に切り札は沢山の人に見られている。ましてや、蓮の切り札は普通の異能と比べてもかなり特異と言えるだろう。
だからこそ、知っている人は意外と多い。
「もしかしてメアさんは知らない? 対戦相手な訳だし、てっきり知っているものとばかり思っていたけど……」
「そうなんですか? 申し訳ありません。私、基本的に「争奪戦」を行う際は、顔も名前も知らない人の方が多いので」
申し訳なさそうに謝るメア。
顔も名前も知らない人が相手。
つまり、どういった異能を持っているのかさえも把握していない、という事だ。
異能を把握していないにも関わらず、メアは「争奪戦」にて勝利を積み重ねてきた。ましてや、相手は同級生ではなく上級生。
異能の使い方は、下級生とは比べ物にならない程洗練されている。
にも関わらず、勝利している。
最低限、相手の異能を確認する事もなく。
例えるなら期末テストで、なんの勉強もせずにテストに挑むようなものだ。無理、無茶、無謀。しかし、メアはそれをいとも容易くこなしている。
つまり、それだけの実力差があるという事だ。相手の情報収集を行い、ようやく勝利をつかむ事ができる蓮と、素の実力で相手を圧倒する事ができるメア。
その実力差は計り知れない。
蓮よりも、圧倒的に実力が上だという事は理解していた。だが、これ程までの差があるとは想像もつかなかった。
(まいったな。果たして、時間ギリギリまで持つか? 正直、結構長い時間が経過したと思ったんだけど、多分1分も経過していないんだろうな)
弱気が顔を出す。
頭を振って、腑抜けた弱気を追い出す。
一体、何を敗北する事を前提に考えているのだろうか? 蓮は勝ちたいのだ。勝って、勝利して、そして自分の目標を叶えたい。
その為なら……。
「では、こう致しましょうか!」
名案を思いついた、と言わんばかりに手を叩くメア。
「日向さんの時間稼ぎが終わるまで、私は何も致しません」
「……は?」
メアからの提案は、自身の耳を疑うには十分すぎた。
衝撃。
そして、同時に感じた怒り。
「メアさん。メアさんはもしかして、僕の事を舐めてたりするのかな?」
「いえ。別に馬鹿にする意図はありませんでしたが……もしかして、お嫌だったでしょうか?」
当たり前だと、反射的に声を荒げそうになってしまう。
「でも、このまま行くと私は勝ってしまいますよ? 今まで戦った事が無かったのもあって、とても新鮮ではありましたが、何度も同じ事を繰り返していけば私は余裕で対処できるようになります。稼ぐべき時間は後、どれくらいでしょうか? 果たして、間に合いますか?」
「それ……は」
一方的な勝利宣言。
メアの発言は、見る者達からすれば傲慢と受け取られるかもしれない。だが、彼女の「ランキング」の順位は蓮よりも圧倒的に上だ。
戯言や慢心などではなく、純然たる事実だ。
「私が今まで戦ってきた人の中には、盤外戦術を利用してきたり、偶然という曖昧な理由で徒党を組んで襲い掛かって来た人達もいます」
「え? なんですか? それ? 明らかなルール違反なのですが。どうして風紀委員会に報告してくれなかったんですか?」
過去の戦歴をきき、ギョッとした様子でメアを見る風紀委員。
しかし、メアは敢えて無視する。
「私の言いたい事、分かりますか? 日向さん。皆、私に勝利する為に様々な手段を用いてきました。それはひとえに「争奪戦」に勝利したかったからでしょう。貴方も私に勝利したいというのであれば、怒りを露わにするのではなく、利用してやるくらいの気概を見せて下さい」
黄色の瞳が、蓮をじっと見つめる。
まるで、頭を思い切り殴られたような、そんな衝撃に襲われる。
蓮は自分の行為を恥じた。
メアに「争奪戦」で挑んだが、2人は対等ではない。順位の低い蓮が、順位の高いメアに挑戦する。ーー要は、メアに胸を貸してもらう状況だ。
にも関わらず、自分の思い通りにならなければ、欲しい玩具を買って貰えなかった子供のように駄々をこねる。
何と無様な事だろう。
「メアさん。本当にごめんなさい」
頭を下げて、メアに謝罪を行う。
「改めてお願いしたいんだけど、後4分くらい待って貰っても良いかな?」
下げた顔を上げて、メアを見る。
メアは薄く微笑みながら、なんてこともないように言う。
「ええ。構いませんよ」
感想、評価、よろしくお願いします。