メアは全力で蓮と戦いたかった。
だが、その理由は全力の相手と戦いたいから、などではない。
理由は単純だ。
(危ない。危ない。全力で戦う事ができなければ、友達になる事ができなくなる所だった)
彼女は今も尚、母親のアドバイスに律儀に従っている。
逆にいえば、律儀に従いすぎた結果、特定の条件下のみでしか友達を作る事ができないと思い込んでいるのだ。
だからこそ、蓮が全力を出せるようにお膳だてを行った。
蓮が怒りを露わにした時は、内心「どうすれば良いの!?」と頭を抱えていたが、意外にもどうにかなった。
尚、先程の内容は全て口からでまかせだ。
メア本人も途中から「あれ? 私、何を言ってるんだろう?」と思い始めたが、険悪な雰囲気は霧散したので気にしない。
(よしっ! このまま友達をゲットするぞ! ……というか、私が話した内容大丈夫だったよね? 変とかじゃ無かったよね? 後で陰口とか叩かれたりしないよね!?)
不意に生じる不安。
解消する術はなく、このまま戦うしかない。
※
メアの宣言通り、時間が過ぎるまで彼女は動かなかった。
それは蓮も同じだ。相手が待ってくれているというのに、その隙をついて攻撃するなんて卑怯な真似はしたくなかった。
「5分経った」
蓮が行使する切り札。
木刀の姿がみるみるうちに変化していく。木製の剣から、日の光に照らされて光沢を帯びる一振りの刀へと。
「成程。つまるところ、5分経過したら日向さんの持つ木刀が別の武器に変化するといった所でしょうか?」
「うん。正解だよ。でも、純粋に攻撃力が上がっただけじゃないんだ」
蓮は切り札を使う。
改めて、勝負は再開される。
立ち合い人である風紀委員は何も言わないが、互いに示し合わせたように駆ける。
「では、お手並み拝見といたしましょうか!」
メアが自身の両手を指揮棒のように振る。
目をこらさなければ、視認する事すらままならないだろう。
メアは中庭全体に糸を張ったのだ。
さながら、蜘蛛が自身の巣を形成するかのように。
全体に、満遍なく。
これによって、蓮の動きは制限される。
その筈だった。
「無駄だよ。メアさん。今の僕に、そういった攻撃は効かない」
空間に張り巡らされた糸を、いとも容易く切り捨てていく蓮。
木刀ではなく刀。
破壊力は木刀の比では無く、張り巡らされた糸を切り裂くのも難しくはない。
だが、メアは僅かに眉をひそめる。
予想外だ、と言わんばかりに。
「……もしかして、日向さんの持っている刀、普通の刀ではありませんね」
互いに、手を伸ばせば届く距離まで近付く。
蓮が刀を振り下ろし、メアが糸をあやとりのように指に纏わせて、攻撃を凌ごうとする。だが、何かしら異変を感じ取ったのだろう。
咄嗟に退避。
木刀を相手にした際、強固な守りを見せた糸は呆気なく切り裂かれてしまった。僅かに回避が遅れてしまい、メアの頬にも切り傷が刻まれる。
「木刀と刀では、攻撃力は大きく違います。だからこそ、私は糸の性質を強靭な物に変え、耐久力を上げました。ですが、私の細工は通用していない。刀の攻撃力が異常に高いのか。はたまた、特殊な能力が付与されているのか。……私の予想が正しければ、恐らくは後者です」
蓮は笑う。
正解だというように。
「お見事。既に、他の人には知られているから種明かしをするけど、僕の「不屈の剣」は5分時間が経過したら、その性質が大きく変化するんだ。その名も「魔祓の剣」。効果は、刀に触れた異能の無効化だ」
「異能の無効化。それはなんとも……厄介ですね」
厄介だ。
そうメアは口にしたが、その表情は涼しげだ。
まだ何か、隠し玉があるのかもしれない。
「魔祓の剣」を顕現させた事によって、蓮は自身の勝利を確信していた。しかし、慢心は決してしない。
(何を残している? メアさんの異能は、糸を出す。ただ、それだけだ。糸の種類を変える事ができる上に、応用の幅も広い。だが、異能である時点で僕の「魔祓の剣」を破る事は不可能だ)
気味の悪さを覚えながらも、それでもメアから視線は外さない。
メアが、動く。
蓮は迎え撃つ。
異能を行使し、放たれる糸。先程と変わらない。此方の機動力を削ぐ為の攻撃だ。だが、蓮には「絶対防御」がある。
何度も使用した事で、体力は疲弊しているが、攻撃は絶対に通さない。
2人の距離が近付く。
さあ、次は一体、何をする?
例えどんな異能を行使したとしても、蓮は全て防ぎきる自信があった。
手を伸ばせば、蓮に触れる事ができる距離。
メアが手を伸ばす。
蓮は「魔祓の剣」を振る。
だが、メアの異能が行使される事は無かった。
「え?」
反射的に刀を止めてしまう。
危ない。
良かった。
このままいけば、メアの腕を切り裂く所だった。
「キャハッ」
笑い声が聞こえた。メアの顔を見て、思わず一歩後ろに下がってしまう。
彼女は笑っていた。酷く可憐な笑顔だ。息を呑むほどの美貌も相まって、世の中の男性はその笑みの虜になってしまう事だろう。
しかし、それを上回る程の怖気が蓮に襲い掛かってきた。
美しいはずなのに。
綺麗なはずなのに。
それなのに、心が震える程に恐ろしい。
「やっぱり、日向さんは途中で止めてくれると信じていました」
「何、を……?」
「隙ありです」
メアの足が伸びた。
彼女のつま先は、刀を握った蓮の手ーー正確には、握られていた刀の柄。ーーを打ち抜く。握っていた「祓魔の剣」は手から離れてしまう。
「なっ!?」
やられた。
気付いた時にはもう遅い。
「祓魔の剣」は蓮の手から離れ、頭上に飛んでいく。
つまり、蓮は丸腰だ。
木刀の時のように、虚空に手をかざせば戻ってくれる、という訳ではない。取りにいこうとしても、目の前のメアが許してくれるとは思えない。
今、彼女が異能を行使すれば防ぐ手だてが蓮には無い。「絶対防御」は剣術だ。つまり剣を持っていなければ、使用する事ができない。
詰んでいる。
この状況から、逆転勝利できる術を蓮は持ち合わせていない。
「どうして、僕が止めるって……」
「簡単な事ですよ。日向さん。最初、「祓魔の剣」で私に攻撃しましたよね? その時、ほんの一瞬ではありますが、貴方の動きが止まりました。貴方は、自身の異能の効果を理解しているからこそ、私の防御が無駄だと知っていた。このままだと、私を傷つけてしまうかもしれないと思ったからこそ僅かに攻撃を躊躇ってしまった。恐らく、敗因はそこだと思います」
「そっか。まさか、そんな所を見抜かれてしまうなんて」
メアの言う通りだった。
このままだと、この刀で人を傷つけてしまう。
そんな不安が脳裏をよぎってしまったからこそ、メアに弱点の糸口を与えてしまった。
敗北だ。
蓮は完璧に敗北してしまった。
「降参しても良いかな?」
「はい。構いませ……痛ッ」
これにて勝負は決した。
蓮が敗者となり、メアが勝者となる。ーーその筈だった。
不意に耳朶を打つ。
ドスッ! という異音。
メアの頭部を見て、蓮は限界まで大きく目を見開いた。
「メ、メアさん!?」
「はい。どうか致しましたか? すみません。何故か、突然頭が痛くなってしまって。もしかして、頭に何かついていたりしますか?」
周りを見れば、全員蓮と同じような反応をしている。
当然だ。
なぜなら、蓮の手から離れてしまった「魔祓の剣」は、今まさにメアの頭部に突き刺さっていたのだから。
正直にいって、刀は結構深くまで刺さっており、脳を貫いているかもしれない。
意識がハッキリしている辺り、大丈夫なのかもしれないが、そもそも頭部に刀が突き刺さっている時点で全然大丈夫じゃない。
「えっと、メアさん。その言い辛いんだけど、メアさんの頭に……その、僕の刀が突き刺さっているというか、何というか……」
「へ?」
おもむろに、自身の頭部へ手を伸ばすメア。
手は刀へと触れる。
しばらくの間その感触を確かめた後、一言。
「確かに刺さってますね」
メアが気付くと同時に、頭部から血液が吹きだした。まるで噴水のように。メアの表情はみるみるうちに青ざめていき、そのまま後ろに倒れてしまう。
「ちょっ……誰か、担架を持って来て下さい! 後、保健委員会と、養護教諭を呼んで下さい! これ、急がないと不味いです!」
シンと静まり返っていた場が、騒然とする。
そんな中でも尚、自身の務めを果たそうとする風紀委員。担架がやってきて、迅速にメアは運ばれていく。
本人の表情は、薄着で真冬の寒空の中に放り出されたように真っ青で、意識を失っている状態だ。
どうにかしたいが蓮に他者を癒す力はない。
蓮にできる事は、ただただメアの無事を祈るのみだ。
「えっと……最後にハプニングが起きましたが、貴方の勝利です」
「え!? いや……でも、さっきの状況は、明らかにメアさんの方が……」
「勿論、貴方の言いたい事は分かります。ですが、経緯はどうであれ、貴方の異能によって彼女は倒された。であるのなら、貴方の勝利に違いはありません」
立ち合い人でもあった、風紀委員から告げられるジャッジ。
蓮は自身が敗北したと主張するが、彼女の言った事もまた事実だった。もしもメアがこの場にいたとしたら、彼女も苦笑しつつ「今回は日向さんの勝利ですね」と言っていたかもしれない。
不満を全て吞み込んで、蓮は結果を受け入れた。
「分かりました」
かくして「争奪戦」は幕引きとなる。
圧倒的な実力を誇るメアが勝利するかと思われていた「争奪戦」は、まさかの蓮が勝利するという番狂わせ。
暫くの間、蓮は上級生、同級生に注目されるのだった。
尚、メアは頭部に刀が突き刺さり、大怪我を負ってしまったが命に別状は無かった。
別状が無いどころか、入院する事もなく翌日には元気に学校に登校していた為、彼女の正体は人の姿をした化け物なのではないか? などと、まことしやかに囁かれるようになった。
風評被害である。
本人はその事を知らない。
※
「……あれ? 全力で戦ったのに、友達を作れていない……?」
『お前の場合、全力で戦ったとしても友達を作る事は無理だろ。傍目から見ても、かなり怖いぞ。いや、怖いというか、近寄りがたい』
「え? 普通に酷くない? というか、皆からそんな風に思われてるの? いや、嘘だよね? 少し変わった子だと思われてるかもしれないけど、そこまで苦手意識とか持たれてないよね? ねえ?」
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