何気ない日常。
朝、登校して、友人達と言葉を交わす。
授業を受けた後、昼休みを過ごす。
美味しい昼食を食べた後、襲い掛かってくる眠気に抗いながら、なんとか午後の授業を受ける。
そんな、当たり前で何気ない日常は、いとも呆気なく壊されてしまう。
突然教室の扉が開く。
「え?」
教室にやってきた人物を目にして、生徒のうちの1人が困惑したような声を漏らす。
当然の反応だ。
何故なら、教室にやってきた人物は全員覆面で顔を隠し、手には銃火器が握られていたのだから。
余りに異常な光景。
授業を行っていた担任の反応は迅速だった。どういう状況なのか? 相手の目的は一体何なのか? そんな事情は抜きにして、手頃な不審者をぶん殴る。
威力は凄まじく、近くにいた不審者は呆気なく吹き飛ばされた。
続いて他の不審者もぶん殴り、必死の抵抗を行う担任。
「動くな! 生徒達を殺されたくなければ、余計な真似はするな!」
だが、教室にやってきた全員を倒す事はできなかった。
故に、担任に勝ち目は無かった。
幸いにも担任の攻撃が届かなかった不審者が、銃口を生徒達に向ける。
「先生!」
誰かが叫ぶ。
どうか、僕たちを殺さないで、なのか。或いは、僕たちの事は良いからそいつらを倒して、だったのか。
どちらにしても、いまだ「魔術師」の候補生である生徒達に銃弾をどうにかする術は無かった。
もしかすると、生徒の数名は襲い掛かってくる銃弾をどうにかできるかもしれない。
だが、自分の身を守れるのがやっと。
この場にいる全員を守るなんて、不可能に近い。
自分が動けば生徒達は死んでしまうかもしれない。
強く握りしめていた拳を解き、両手を上げる。
降参のポーズだ。
「分かった。何もしない。その代わり、生徒達には手を出すな」
彼女1人であれば、銃火器を持った集団が相手であっても余裕で対処する事が出来ただろう。しかし、生徒達を守る為に降参した。
全ての教室で、同時多発的に行われた。
端的にいえばテロリスト達の襲撃だった。
※
教師も含め、生徒達は体育館へと集められた。
場は静寂に包まれている。
誰も言葉を発したりしない。不用意な行動で相手を刺激しない為か。或いは、テロリストが襲撃してくる、という非日常な状況に理解が追いついていないのか。
同じように、体育館に集められた蓮には分からない。
ただ、なんとなく全部正解な気がした。
中心に全生徒が集められ、銃火器を携えたテロ集団が周囲を取り囲む。下手に抵抗すれば、その瞬間に銃火器が火を吹くことになるだろう。
「皆さん。初めまして」
不意に誰かの声が聞こえた。
聞き覚えの無い声。
しかし、優しそうな声だった。
壇上より姿を現すのは1人の青年。
茶色の髪に、亜麻色の瞳。容姿はやや幼く、ニコニコと笑みを浮かべている。年齢は恐らくは20代後半。
灰色のカーディガンを身にまとっており、この状況には相応しくない。余りにも場違いな格好だった。
だが、分かる。
こんな状況で壇上へと上がり、なんて事もないように話す。
彼もまた、テロリスト側の人間なのだろう。
「我々の名前は『自由の庭』と言います。そして、私は皆さんからはリーダーと呼ばれています。もしかすると、皆さんも聞き覚えがあるかもしれませんね」
ーー『自由の庭』。
記憶を漁り、思い出す。
ニュースなどで時々名前を目にする、異能過激派集団だ。
「皆さん! 皆さんは、この社会を良いものだと感じているでしょうか? いいえ、答えは否! 断じて否! 皆さんは「異能」と呼ばれる奇跡を授かったにも関わらず、世界はそれを厳しく制限しようとしている! 果たして、こんな蛮行が許されて良いのでしょうか!」
次第に思い出していく。
『自由の庭』は、異能の行使を厳しく制限しているこの社会に対して、強い不満を覚えている集団だ。
その目的は異能力者の待遇改善。
端的にいえば、自由に異能を行使しても問題無い社会の実現だ。
(でも、どうして学園を襲撃したんだ? 考えられる理由は幾つか思いつくけど……)
蓮の心を見透かしたかのように、リーダーと名乗る男は話を続ける。
「もしかすると、疑問に思われたかもしれません。どうして、学園に襲撃を? と。余り、深い意味はありません。異能を厳しく制限される私達とは異なり、現代の英雄と称される「魔術師」達は自由に異能を行使する事ができる! そして、その候補生であるあなた方は言わば英雄の卵。……端的に言えば、凝り固まった特権階級予備軍なのです」
熱を帯びた語りから一転。
冷たい声音で締めくくるリーダー。優しそうな笑みに反して、その亜麻色の瞳の奥には混沌が渦巻いている。
酷く気味が悪い。
「故に襲撃をかけたのです! あなた方は、特権階級予備軍! ですが、それ以前は普通の異能力者だった。……分かりますか? この学園ですよ! この学園を通して、貴方達は唾棄すべき特権階級へとなり下がってしまう。いわば、この学園は腐敗した社会の象徴そのもの! 故に、我々は警鐘を鳴らす為に、この学園へ襲撃をかけたのです!」
一応、筋は通っているのだろうか?
生徒と教師は怯え、困惑している。。
だが、テロリスト達は狂ったように拍手を行う。
(……本当に?)
相手はテロ集団。ましてや、現社会体制に対して不満を覚えている者達だ。そう考えれば、彼らの動機としてはあり得そうだと思う。
しかし、同時に違和感を覚えてしまう。
まるで下心を隠して、相手が納得できるような別の目的で近付いてくる詐欺師のような、そんな違和感を。
だが、現状ではどうにもならない。
リーダーの言っている事が嘘にしろ、本当にしろ、軟禁されている状況に変わりは無いのだ。この状況を打破する事が出来なければ、嘘なのか、本当なのか、証明する事もできはしない。
「皆さんをどうするかは、我々でも決めかねています。もしかすると、皆殺しーーなんて事になってしまうかもしれません。ですが! 我々と志を共にしたい! と思う方もいるかもしれません。故に、猶予をあげます。何秒、何分、何時間かお伝えする事は出来ませんが、暫しの猶予を。……それまでの間は、どうぞ楽しく談笑でもしてて下さい」
一方的にそう告げた後、リーダーは壇上を去る。
皆に向かって手を振りながら。
暫くの間、誰も、何も喋らなかった。
誰かが口を開いた瞬間、皆が一斉に口を開き始める。思わず、耳を塞ぎたくなる程。体育館が喧騒に包まれた。
(一旦、朱音や氷刃達に会わないと)
全生徒が集まっている事もあり、移動する事もままならない。
それでも人の波をかき分けて、友人を探す。
ふと、蓮は思い出した。
(あれ? そういえば、教室にメアさんって居たっけ?)
昼休み後の午後の授業。
本来であれば居る筈のクラスメイトが1人、何処にも居なかった事を。
※
『おい、起きろ!』
「……う、うん。後、5分くらい」
『早く起きろ!』
「ま、まだ……もう、ちょっとだけ……」
『もう昼休みは終わってるんだぞ!』
「え!?」
衝撃的な事実を耳にして、文字通り飛び起きるメア。
彼女の傍には、空想上の友達である、クマのぬいぐるみのワンダーが置かれている。呑気にお昼寝していたメアを、何とか頑張って起こしていた。
「……え? もしかして昼休み終わってるの?」
『さっきから、何回も言ってるだろうが』
心地よい感覚から目が覚めると同時に、冷や水を浴びせられたかのように額から汗が流れ始めるメア。
心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「本当に?」
『チャイムが鳴ってから、大体30分くらいが経過したか?』
「嘘でしょ!?」
『私が嘘をつく理由が無いだろうが。現実逃避は止めて、授業を遅刻してしまったどころか、欠席してしまった現実と向き合え』
「嫌だァァァァァ!」
両手で頭を抱え、頭部を屋上の床にこすりつけるメア。
メアはぼっちだ。
昼休み、一緒に昼食を食べてくれる相手はいない。
最初は教室で食事を取っていたが、次第に仲の良いグループが増えてしまい、教室の外へと追いやられてしまった。
というか、逃げた。
昼休み中は、様々な場所で食事を取る生徒が多い。
しかも、仲の良い友達と。
故に、メアは誰もいない、誰にも知られない場所で食事をとる事に決めた。だが、ぼっち飯の定番であるトイレは衛生面上よろしく無いし、自分が食事を取っている最中に誰かが自分の陰口を言うかもしれない。
そうなれば最悪だ。
もう、学校に来る事ができない。
探しに探し、ようやく見つける事ができた安寧の場所。
それこそが屋上だった。尤も、屋上は立ち入り禁止。教師にバレてしまえば、大目玉を食らう事は間違いない。
だからこそ、メアはもうひと手間加えた。
それは屋上に存在する、貯水タンク。あそこは屋上の更に上かつ、目を凝らさないと見つかりにくい。
昼休み中のメアのフェイバリットスポットになった。
「う、迂闊だった……! ご飯を食べてお腹いっぱい+ポカポカ陽気にあてられてしまったばっかりに……! 甘露メア、一生の不覚……!」
『そういうのは良いから、とりあえず教室に向かうぞ。言い訳に関しては……まあ、なんだ? 取り合えず頑張れ』
「凄い適当! 助けてくれても良いじゃん!」
『知らん』
校内へと戻るメア。
ふと、疑問を覚える。
校内全体が恐ろしく静かなのだ。
今は授業中だが、それでも授業を行っている教師の声くらいは聞こえてくる筈だ。にも関わらず、校内全体がシンと静まり返っている。
まるで、人が居なくなったかのように。
いいや。実際に誰もいないのだ。
生徒はおろか、教師さえも。
『……メア』
「分かってる。……でもさ、こういう状況って思いきり声を出したり、走り回ったりしても問題ないよね? そう考えると、ちょっとワクワクしてきちゃった」
『は? いや、お前、何を言ってるんだ?』
「分かってる。良くない事は分かってる。でも、やりたいって思っちゃったから。これは仕方ない。これは仕方ない事」
ワンダーが止める暇も無く、テンションが上がりに上がった奇声を発しつつ、廊下を走り回るメア。
軽く周囲を見てみたが、本当に誰もいない。
何故? と疑問が脳裏を過るが、奇声を発しながら廊下を走るのが楽しすぎて、対して気に留めていなかった。
「私の得意技! ブリッジしたまま歩き回り、尚且つホラー映画に登場する幽霊みたいな変な鳴き声!」
誰もいない。
つまり、何をしても見る人はおらず、咎める人もいない。
フリーダム。
メアは今まさに、自分しかいないこの状況を大いに楽しんでいた。
「キャハハハハハハハ!」
傍目からみれば、ホラー映画のワンシーンにしか見えない。
偶然誰かと出くわしてしまえば、その瞬間余りの恐怖で相手は気絶してしまい、メアは自身の奇行を見られてしまった精神的ダメージによって立ち直れなくなるだろう。
しかし、メアは走り回る。
楽しそうに笑いながら。ブリッジしたまま四足歩行で。明らかに、年頃の乙女が発してはいけないホラーボイスを発しながら。
『だから、そろそろいい加減に……って、あ』
「あ?」
「あ”?」
誰かと出会ってしまった。
そして、目が合った。
「「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!」」
2人同時に上がった悲鳴は、ひとけのない校舎全体に木霊するのだった。
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