誰もいないのを良いことにはっちゃけた結果、人に見られてしまった。
ここから入れる保険はありますか! と問いを投げかけた所で「ねぇよ」なんて無常な返答が返される事は目に見えていた。
「……どうか、なにとぞ、見なかった事にして下さい」
メアは土下座を行う事によって、難を逃れようとした。
「いや、別に全然気にしてねぇから。というか、怖がってたのも演技だから。怖がってた振りだから」
目の前にいるのは、金色と黒という所謂プリン頭な髪色の青年。柄が悪く、ザ・不良といった見た目だ。
服装は学園指定の制服ではなく、着古したジャージ。
もしかすると、この学園の生徒では無いのかもしれない。
「ところで、貴方は一体どこのどちら様でしょうか? 見た所、学園の生徒ではありませんし。来客か何かでしょうか?」
「でもムカつくよなぁ? やりたくもない事、こっちはいやいややってんのに、ここに来てくだらない悪戯に驚かされるとか。なぁ?」
話が嚙み合わない。
怪訝そうな表情を浮かべるメアとは反対に、青年はジッとメアを見つめる。品定めするような視線は、メアを見ているようでちゃんと見ていない。
「よしっ。これからお前、俺の奴隷な?」
本人の同意も得ず、一方的にそう告げた後、メアに向かって手を伸ばす青年。
悪意を感じた。
メアを辱めようとする悪意を。
他者を害そうとする悪意を。
だから、メアは笑った。
心底愉快そうに。
「ああ、成程。どこのどなたか存じませんが、どうやらこの学園の生徒や、来客の方では無いようですね。良かった。良かった」
「あ?」
予想していた反応では無かったのか、不満そうな声を漏らす青年。
そんな青年の顔面に、蹴りが見舞われた。
想定外の一撃。
反応する間もなく、メアの蹴りは青年の顔面を正確に打ち砕き、思い切り蹴ったサッカーボールのように吹き飛ばした。
「……おい。テメェ、一体どういう真似だァ! テメェ、この俺が誰なのか分かってないのか? あ”ぁ!?」
思い切り蹴ったにも関わらず、青年は無事だった。
否。この表現には、誤りがある。
人間らしい姿から、その見た目は大きく変化していた。
身に纏っていた衣服を破り、姿を現すのは獣染みた体毛に屈強な肉体。頭部は人ではなく、狼の物へと変わっていた。
人と獣を、足して2で割った姿。
人狼という言葉が相応しかった。
「意外ですね。まさか、貴方も異能力者だったとは」
「もう良い。もう終わりだ! 大人しくしていれば可愛がってやろうと思ったのに! 全く、馬鹿な事をしやがって! テメェはここで殺す!」
迸る殺気。
三下のようなセリフとは裏腹に、思わず背筋が凍ってしまう。
比喩でもなんでもない。
おそらく、目の前の人狼は何人も殺している。
しかし、そんな相手を目の前にしても、メアの反応は変わらない。笑顔が絶える事はなく、人狼を脅威と思っていない。
「キャハハハ! ……何というか、見た目とセリフが釣り合っていませんね。もう少し、語彙力を磨いた方が良いと思いますよ」
「殺す!」
メアの馬鹿にするようなアドバイスによって、とうとう人狼の怒りは限界突破した。
射殺さんばかりにメアを睨みつけながら、全力疾走でメアへと迫る。速度は人間と比較するのも烏滸がましい程に素早い。
刃物のように鋭い爪。
その切っ先をメアへと向け、力任せに貫こうとする。
「攻撃、単調ですね。中々に強そうな異能なのに、もったいない」
「は?」
後、数センチ。
踏み込む事ができれば、その鋭い爪はメアの肉体を貫く事ができた。だが、人狼は動かない。いや、動く事が出来ないのだ。
窓から差し込む日の光に照らされて、種明かしが行われる。
「糸!? こんな、細い糸に動きを止められたっていうのか!?」
「細いですけど、優れものですよ? 少なくとも、貴方程度であれば、こんな風に簡単に止める事ができてしまう」
メアのやった事は、至極単純だ。
罠を張り、待ち構えていた。
たったそれだけで人狼は全身を拘束されてしまい、身動き一つ取れなくなる。
「ッ、俺を解放しろ!」
「お断り致します。解放したら、嬉々として襲い掛かってくると理解していながら、どうして解放しなければいけないんですか?」
「…………ッ!」
人狼は力を籠めて、何とか拘束を解こうとする。
が、解けない。
そんな事をしている内に、メアは自身の異能を操って人狼の全身を糸でぐるぐる巻きに拘束してしまう。
「な、何をするつもりだ! テメェ! 拘束を解きやがれ!」
「アテンションプリーズ! 本日は甘露航空にご搭乗して頂き、誠にありがとうございます! 本日の行き先は決まっておりません! 果たして、どちらに向かう事になるのか。それは、お客様の運次第という事になります! キャハハハハハ!」
砲丸投げでも行うように、拘束した人狼から伸びた糸を握りしめて、回転を始める。最初は小さく。
しかし、次第に大きくなる。
「や、止めろォォォォォ!」
回転を繰り返す事によって、呂律が回らなくなる人狼。
メアは狂ったように笑う。
「それでは、良い旅を。いってらっしゃいませ!」
手を放す。と同時に、人狼は勢いよく吹き飛ぶ。残念ながら、そのまま何処か遠くへ飛んでいくような事はなく、適当な壁に強く激突。
気を失うのだった。
「あー、楽しかった! しかし、一体何が起きているのでしょうか? 不審者にしては、白昼堂々としすぎていますし。……もしかして、学園に誰もいない事と関係がある?」
推測を口にした所で果たしてそれが正解か分からない。
取り合えず、校内を散策した方が良いかもしれない。
そんな事を考えていると。
「さっきから騒がしいから来てみたけど、何? 狼谷の奴、やられてるじゃん。アハッ! 滅茶苦茶無様! 折角だし、写真でも撮っとこ!」
シャッター音が数回聞こえた。
視線をそちらに向ければ、そこにはギャルがいた。
目が痛くなるようなピンク色の髪。派手なメイクに、明らかに学園の制服では無い改造制服。
そして、周囲には覆面で顔を覆い、手には銃火器が握られている不審者が数名。
「貴方は?」
「私の名前は桃園 麗心愛! 一応『自由の庭』の幹部なんかをやらせて貰ってまーす。それより、この馬鹿を倒したのってアンタ?」
「はい。私が倒しましたよ。何か、問題でもありましたか?」
「ない。ない。全然問題なんて無いよ! だって、こいつ最近調子に乗ってたから、寧ろ倒してくれてありがとう、的な?」
友人と話すかのような気軽さで、初対面のメアに話しかける麗心愛。
「でも、まあ、ウチらの邪魔になりそうだから。ここで死んどいてくれない?」
好意的な口調とは裏腹に、悪意がにじみ出ていた。
だからこそ、メアは決して油断などしない。
何故なら、こんなにも胸が踊るのだから。
「勿論、お断りさせて頂きます」
「いやアンタの意見とか求めてないから。さっさと死んで。ほら、早く」
今の今まで、意志の宿っていない操り人形のように放心状態だった、数名の不審者達。しかし、麗心愛の言葉を皮切りに襲い掛かって来る。
銃口が一斉にメアへと向けられる。
臆する事なく、麗心愛のもとまで突っ切るメア。
恐らくは、麗心愛が数名の不審者を操っているのだろう。であれば、直接本体を叩けば良いだけの話だ。
「わぉ! 思い切り良いね。でも、その程度の小細工じゃウチの「絶対王政」を突破するのは難しいかな?」
麗心愛に向かって、ドロップキックを見舞おうとするメア。
しかし、間に不審者の1人が割って入る。
自分自身を盾にする事によって、メアの攻撃を防いだ。
「残念! 皆がいる限り、ウチが倒される事は絶対にありませーん! 何故なら、皆、ウチの事が大好きだから! アハハハ!」
殺すつもりは無かったとはいえ、かなりのダメージを受ける。にも関わらず、ドロップキックを食らった不審者は立ち上がる。
体が小刻みに震え、焦点が定まっていないように見えるが、それでも立ち上がる。
「……成程。随分と性質の悪い異能のようですね」
「否定はしないけど、そんな所で棒立ちのままで良いの?」
再び向けられる銃火器。
一斉に引き金が引かれる。ーーと同時に、メアは近くの教室へ、慌てて避難する。
轟く銃声と共に、打ち出される大量の弾丸。
教室に避難した事で、直撃は防ぐ。
「さて。どうしましょうか?」
手荒な方法は、幾つか思いつく。
だが、麗心愛が持つ異能や、彼女の中で渦巻く悪意を考えると、余り良い方法では無い。では、一体何が良いのか?
「あ、良い事も思いついた」
名案を考え、思わず手をポンと打つ。
早速、実行に移す事にした。
銃火器が止んだタイミングで、教室から廊下へと飛び出す。罠の可能性もある。というよりも、罠の可能性の方が高い。
だが、防戦に徹していてはいずれ負けてしまう。
トラックに撥ねられたり、頭部に刀が突き刺さったりしても生きていたメアだが、流石に全身に鉛玉を撃ち込まれたら死んでしまう。
もしかすると死なないかもしれないが、試した事がないので分からない。そもそも、そんな状況に直面する事は稀だ。
「ハハハハ! 銃声が止んだからって、私の攻撃が緩んだと思ったの? 残念! まだまだ、弾は残ってるの! 今度こそ、死んじゃえ!」
「貴方は、人を支配するのが好きなのですね。というよりも、人の上に立つのが好きなのでしょうか? この人達を操ってる時、随分楽しそうにしてましたね。だから、一度私も体験してみようと思うんだ」
「一体、何を訳の分からない事を言って……!」
「操り人形って知ってる?」
メアは異能を行使する。
本体を直接叩くのは止めた。近付いた所で、彼女が操る兵隊に邪魔されるのがオチだ。だから、発想を変えた。
彼女の味方を全て奪ってしまおう。
銃火器を構え、引き金を引こうとしていた兵隊達は途中で動きを止める。不審そうに表情を歪ませる麗心愛。
彼女が近付いた瞬間、兵隊が彼女へと襲い掛かった。
「へ? っ……キャッ!」
運動不足全開といった身のこなし。辛うじて回避する事はできたが、無理な体勢で避けてしまったせいで、床に尻もちをつく。
「何、で? どうして、私の兵隊が! 私の兵隊が、お前なんかに!」
「さっきも説明したでしょ? 操り人形だって。ほら、ちゃんと目を凝らしてみてよ。うっすらと、貴方の兵隊さんの体に、糸が纏わりついてるでしょ?」
仕組みとしては、至極単純だ。
糸で全身を拘束し、各パーツごとに動かせるようにした。
しかし、目を見張るべきはその技量だ。
1人だけでも難しいのに、複数人を同時に操っている。
当の兵隊達はどうにかしてメアの支配から逃れようとしているが、無駄だ。彼らの意志に反して、体は強制的に動かされる。
「ねえ、今、どんな気持ち? もう、貴方を守ってくれる人も、貴方の為に戦ってくれる人も、もう誰もいない! どうするの? この状況で、貴方はどうするの? ねえ、聞かせて! 見させて! 楽しませて!」
「なんで……こんな、こんなの、絶対におかしい! こんなの、何かの間違いに決まってる!」
沢山の仲間に囲まれて、女王のように振舞っていた少女はもう何処にもいない。まるで玩具を取り上げられた子供のように、泣きわめくだけだ。
「キャハハハハハ! 仲間を奪われちゃって悲しいの? それとも、独りぼっちが辛いの? 或いは、何か嫌な思い出でも蘇っちゃった? 良いね! その反応! ……それじゃあ、さようなら」
「い、嫌ァァァァァ!」
殺しはしない。
かといって、見逃す気も無い。
メアによって操られた兵隊達の手によって、麗心愛は意識を失う。と同時に、メアが操っていた兵隊達もその場に倒れた。
死んではいない。
「もしかして、異能の影響かな? ……ま、大丈夫か」
しかし、1人目に続いて2人目も襲い掛かってきた。
これはもう、学園で何らかの大きな事件が発生している、と考えても良いかもしれない。一体どうするべきなのか? と頭を悩ませるメア。
瞬間、突如として彼女が立っていた床が崩れ去った。
「え?」
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