突如として、廊下が崩れた。
突然の出来事。しかし、メアは冷静だった。
異能を行使して着地。
倒した2人も、万が一の事がないように異能を使って受け止める。
「それで、貴方も先程のお二人の仲間なのでしょうか?」
正面にたたずむ人影に声をかける。
異様な雰囲気を纏った男性だった。
長髪に長身。
身に纏う衣服は、全身をすっぽりと覆うようなポンチョ型のコート。頭の天辺からつま先まで全て黒一色に染められており、不吉に感じられる。
「仲間ではない。まあ、同僚という言葉が正しいのかもしれないな。俺の名前は萬 継人だ。一応『自由の庭』に所属している。お前さえよければ、後ろで寝転がっている弱者共を片づけても良いか?」
なんて事もないように、サラリととんでもない事を口にする継人と名乗る男性。
メアは僅かに眉を潜める。
「駄目に決まってるじゃ無いですか。というか、知り合いなんですよね? どうして、貴方が殺そうとするんですか?」
「何、簡単な話だ。そいつらはお前に負けた。つまり、そいつらは弱かった。弱者という事だ。俺の言いたい事は伝わるな」
「全然伝わりません。私は国語の成績は良いですし、本も沢山読んでいますが、貴方の言いたい事は全く分かりません」
さりげなく、メアの横を通り過ぎて2人を始末しようとする継人。既に、メアは臨戦態勢に入っている。
いつ相手が攻撃を仕掛けてきても、十全に対応できるように。
そして、背後の2人を守る為に。
「弱肉強食という言葉があるだろ? 強き者が弱き者を食らう。つまりは、そういう事なんだ。そいつらは、既に弱者である事が決定した。であれば、強者である俺が何をした所で、弱者は文句を言う事が出来ない。……今度こそ、言いたい事は伝わったと思うが」
実際に、口に出したりなどはしないが、心の中で呟く。
ーーコイツ本気か?
継人は文明が発達した現代社会において、野生動物のルールを持ち出してきたのだ。しかも、弱い奴には何をしたとしても問題無いという、歪んだ考え付きである。
今まで戦ってきた2人とは比べ物にならない、マジモンの狂人。
まともな感性を持つ者であれば、その場で180度回れ右をした後、一目散に逃亡を図った所だろう。
しかし、幸か不幸かここにいるのは他者の「悪意」を好む危篤な少女だ。今もこうして、継人から向けられる苛烈な「悪意」によって、テンションは上がる。
胸の内から湧き上がる高揚感。
無意識に口角が上がり、人様にはお見せできないような、美少女には似つかわしくない嗜虐的な笑みを浮かべる。
「成程。果たして、こんな小娘があいつらを倒す事ができるのか? と半信半疑だったが、中々やるようだ。だが、お前は本当に強者か? 私を楽しませてくれる強者か? わざわざ、こんな所までやってきたんだ。せめて、俺を楽しませてくれ」
「ご期待に添えるかは分かりませんが。予想外の結末を迎えたとしても、落胆なんてしないで下さいね?」
これは試合じゃなければ、勝負でもない。
純粋な殺し合いだ。
開始の合図は無く、自分がやりたい事をやる。
一体その身体の何処に隠していたのか。両手に握られるのは重厚感のある2本の直剣。刃は鋭く、照明に照らされて刀身が怪しく輝く。
それだけではない。
継人に付き従うようにして、左右に現れる同じ種類の直剣。剣そのものに意志が宿っているかのように、宙に浮かんでいる。
「成程。それが、貴方の……」
両手の剣と、宙に浮かぶ剣。
同時に力を溜めて、メアに向けて振り下ろされる。
その重量からは考えられない程、素早い振り下ろし。悲鳴を上げるかのように、ガギィッ! と破壊音が響き渡る。
例えどれだけ異能を行使して防御に徹していたとしても、容易に食い破られてしまうだろう。それだけの破壊力があった。
「危ないですね。直撃を食らっていたら、もしかすると死んでいたかもしれません」
「ほう。中々やるようだな」
尤も、実際にメアが防御に徹していたら、の話だ。
直感的に防御する事は無理だと察したメアは、即座に回避に切り替えた。結果から言えば、メアの判断は正解だった。
「貴方の異能は、物を操る異能と言った所でしょうか? マルチタスクが得意なんて、とても羨ましい特技ですね」
継人の攻撃はこれで終わらない。
合計4本の剣が、それぞれ違う動きを見せながらメアに襲い掛かってくる。
メアは自身の異能を行使して、なるべく距離を取りつつ回避。
戦いは、防戦一方だ。
僅かでも手が緩めば、その瞬間にメアは呆気なく継人に食い殺されてしまう事だろう。にも関わらず、彼女の表情が恐怖で歪む事はない。
軽口を叩く余裕さえもあった。
「まあ、正解と言っても良いだろう。俺の異能「代替可能な義手」は、指定した対象を自身の第3、第4の腕にする事が出来る。実質的に、お前は4刀流の強敵と戦っている、という訳だ」
速度を上げ、メアに追いつく継人。
このままではジリ貧と悟ったメアは、手近な教室へと逃げ込む。
「これはどうもご丁寧に! お返しに私の異能も説明しますね。私の異能「黒色の蜘蛛」は糸を自由に出す事が出来ます。例えば、こんな風に!」
掌から放たれる、黒い色の糸。
あっという間に糸は教室中に張り巡らされ、簡単には近付く事のできない安全な場所が形成される。
これでようやく一息吐く事ができた。
そうやって、少し気を抜いたとしても、おかしくはない。
だが、継人からすれば張り巡らされた糸など脅威にもならなかった。
「これがお前の攻撃か? だとすれば、少々期待外れと言わざるを得ないな」
4本の剣を巧みに操り、空間を浸食する糸を切り裂いていく。
「勿論、予想はしていました。まさか、私が糸を張り巡らせるだけだと、本当に思っているんですか?」
簡単に糸を切り裂く光景にメアは動じない。
自身の指先から伸びる糸を思い切り引っ張る。
糸に繋がっていた机や椅子が、一斉に継人に向かって襲い掛かってくる。一つ一つであれば大した事はない。
しかし、一塊になる事によって強大な脅威となる。
流石の継人と言えど、この攻撃は無視できなかった。
「中々やるな。良いだろう。お前は、俺が全力で戦える程度には強い事を認めてやる」
上から目線のもの言い。
だが、気にしている余裕は無かった。
何故なら、新たに5本めと6本めの剣が継人の両隣に出現したのだ。
「5本目と6本目!? まさか、実力を隠してたんですか!?」
4本の剣のみであれば、メアが仕掛けたトラップは上手く嵌まっただろう。だが、継人は実力を隠していた。
新たに追加される、5本目、6本目の剣。
これによって、メアの仕掛けたトラップは真正面から食い破られてしまう。
「今まではウォーミングアップみたいなものだ。さあ、ここからが本番だ。俺の本気を見せたんだ。呆気ない終わり方は、止めてくれよ」
「本当に、傲慢な物言いですね」
防戦一方にも関わらず、更に心が折れるような事実。
それを前にしてもメアは折れない。
何故なら、とても楽しいから。
身のすくむような殺意が全方位から突き刺さる。他者を蹂躙したい。弱者を嬲りたいという、途轍もなく傲慢で身勝手な欲望がジッとメアを見つめる。
普通に考えれば、こんな状況で命がけの戦いに身を投じれば、何処かで綻びが生まれる。精神がもたないのだ。
だが、メアは違う。
彼女は「悪意」を愛している。自身に向けられるものであれ、他者に向けられるものであれ、そんな事は関係なく。
他の人たちからすれば命がけの綱渡り状態なのかもしれないが、メアからすれば遊園地で遊ぶようなものだ。
故に、楽しい。
テンションは常に最高潮。
笑顔が色褪せる事はなく、それどころか深く、更に吊り上がっていく。
「何だ? お前は一体、何なんだ!? 俺が一方的に攻撃し、お前は防戦一方の状況で笑っている!? ふざけるな! ふざけるな!」
「まあ、何がいけないんですか? 何か、悪い事でも? 戦いを楽しんで、一体何が悪いんですか? 死ぬかもしれない状況を楽しんだって別に良いじゃ無いですか!」
メアが防戦一方、という事実は変わらない。
しかし、もしも観客が存在していたら、誰もが口を揃えて「メアが有利」だと口を揃える事だろう。
6本もの剣を振るい、息を吐く暇もない攻撃を続ける継人。
だが、命中しない。
時に異能を使い、時に異能を使わず。どれか一つでも選択を間違えてしまえば、全身を切り刻まれてしまう状況の中、メアは楽しそうに攻撃を避けていく。
対して、継人の表情には疲労の色が見え始めている。
当然だ。
異能をフルに行使しているのだ。
長続きする筈がない。
「あれ? もしかして、疲れちゃったんですか!? そんな! まさか!? まだ行けますよ! 頑張って下さい! 私は全然疲れていないのに、倒れてしまったら、それって貴方はーー私よりも弱いって事になると思いませんか?」
「あ”?」
メアは人の「悪意」が大好きだ。
だからこそ、さらなる「悪意」を引き出す為に挑発を行う事もある。
ーー自分よりも弱い。
強者である事に固執している継人にとって、最大の侮辱とも言えるだろう。だからこそ、メアはこの挑発を選んだ。
確実に、継人がキレるから。
「俺がお前より弱い、だと!? そんな、筈が無いだろ! この、雑魚が!」
怒りに任せて剣を振った所で、メアに届く事はない。それくらい、メアと継人は離れていた。だが、距離など関係無いと言わんばかりに4本の剣はメアに襲い掛かる。
まっすぐ。
直線距離を、一瞬で。
そして、鋭い刃によってメアの華奢な身体は呆気なく貫かれる。彼女の命は零れ落ち、その生涯を終えるーーなんて事にはならなかった。
「キャハハハハ! なんちゃって!」
「は?」
明らかに、今までとは異なる軌道を見せた4本の剣は、しかしメアの身体に突き刺さる事はなく、彼女が異能を用いて作った糸の盾によって防がれていた。
「なんで? ……なんで、なんで、なんで! なんで! 死んで無い!?」
目の前の光景を受け入れる事ができず、継人は絶叫する。
メアは笑う。
心底笑う。
哀れな落伍者を嘲笑う、悪魔のような邪悪な笑みを浮かべながら。
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