萬 継人が持つ異能「代替可能な義手」は、対象の物体を第3、第4、第5、第6の手として自由自在に操る事ができる。
これらの義手は普通の手とは異なり、リーチがとても長いという特性を持っている。
普段は普通の手として扱い相手と戦うが、ここぞという場面ではリーチの長さを利用して相手に攻撃を仕掛ける。
攻撃範囲は普通の手と変わらない。
戦いを通して、相手にこの認識を刷り込むからこそこの必殺技は通用する。故に、メアも呆気なく倒されるーー筈だった。
「……まさか、気付いていたのか? 俺の、奥の手を?」
震える声で継人は言う。
「はい。勿論」
笑いながら、メアは言う。
その瞬間、自分の立っていた足場が崩れてしまうような感覚に陥った。
「上を見てくれたら分かるんですけど、この学園の天井って結構高いんですよね。貴方は結構身長が高いですけど、どうですか? 頑張って手を伸ばしても、届かないでしょう? それこそ、異能によって手が伸びない限り、天井を切り刻むなんて芸当は出来ないと思いますよ。ね? そう思いませんか?」
快活とした声。
はつらつとした口調。
その、一つ一つが継人の絶対的な自信となっていた「強者」という殻を剥がしてしまう。次第に視界がぼやけてくる。
酷く頭が痛い。
これは一体、何なんだ?
何か、悪い夢でも見てるんじゃ無いか?
「だと、しても。……だとしても、直撃を食らったらお前は死ぬ筈だ! 俺が持つ剣は、お前の糸など余裕で切り裂く事ができた! だったら、種が割れていたとしても、俺の攻撃はお前を殺していなければおかしい!」
「そうですよね! 私もそう思いますよ! ですが、私は現に、こうやって生きています。さて、一体、何故だと思いますか?」
メアは両手を広げ、自身の身体を見せる。
身に纏う学園の制服からは、血が滲みでておらず、全くの無傷である事が分かる。
分からない。
どうしてなのか分からない。
継人に出来る事は、メアが答えを教えてくれるまで沈黙する事だけだった。
「ブブー! 残念! 時間切れです! 正解は、貴方が私の糸を沢山切ってくれたから、です!」
「……は?」
言ってる意味が分からない。
「私が持つ異能「黒色の蜘蛛」は、糸を出すだけの異能です。ですが、出せる糸の性質を変える事はできるんですよ? 鋭利にしたり、強靭にしたり、粘着力を強くしたり」
メアの説明で分かってしまう。
「まさか……!」
自分が両手に持つ剣を見る。
「正解! 貴方は何度も何度も、粘着力の強い私の糸を切り刻んだんですよ! だったら当然、付着しちゃいますよね? ほら、私の糸が、貴方の剣に!」
刀身を見れば、黒い糸が剣にびっしりと付着している。これでは、重量に物を言わせた打撃の攻撃力は高いが、剣本来の切れ味は皆無に近い。
継人の手元に戻ってきていない4本の剣も恐らくは、似たような状態だろう。
「正直にいえば、助かりましたよ。貴方は強者に固執しているから、どんな攻撃であっても、真正面から打ち破らずにはいられない。……いえ、もしかすると、打ち破らないと強者ではない、なんて考えていたかもしれませんね」
何とか4本の剣を呼び戻そうとするが、反応がない。
恐らくは、メアの手によって何らかの細工が施されたのだろう。もう、4本の剣は使えないと考えた方が良い。
「だからこそ、貴方とは戦いやすかった。だって、貴方の狙いは露骨すぎたんですから。正直、大した事なかったですね」
「大した事、無い?」
継人は強者である事に誇りを持っていた。だが、今はどうだ? 年下の少女に良いようにされた挙句、馬鹿にされる始末。
納得できるのだろうか?
いいや、納得できる筈などない。
「ふざけるな! 俺は強者だ! お前のような雑魚が、俺の実力を勝手に測ってるんじゃねぇ! まだだ! まだ終わっていない! こんな所で終わって溜まるか!」
異能「代替可能な義手」は、手一つに付き対象の物体を一つ設定する。だが、裏技が存在している。
それは複数の対象を無理やり一つの手として登録するという奥の手。継人の負担は尋常ではなく、最悪の場合は廃人となる。
しかし、今の彼にとってはどうでも良かった。
強者である自分の地位が、貶められようとしている。他でもない弱者の手によって。由々しき事態だ。決して、看過する事はできない。
到底、認める事はできない。
「だから、無様に死ね! 弱者!」
メアとの戦いによって発生した、教室の瓦礫や机や椅子の木片。周囲にある全てを総動員させて、新たな手を作り出す。
数の力に物を言わせた、圧倒的な物量による暴力。
剣の比では無く、掠っただけでも命を落してしまう事だろう。
代償として異能を行使し続ける間は脳に多大な負荷がかかってしまうが、必要経費として割り振る。
「それ、悪手ですよ。私相手に、大振りな攻撃なんて」
「あ?」
だが、当たらない攻撃など意味がないとばかりにメアは回避していく。それどころか、手全体に糸を張り巡らせることによって動きまで制限してくる。
力任せに引きちぎったとしても、今度は別の手が標的となる。
「正直にいえば、先程の方が私に勝利する可能性がありましたよ。キャハハハ! 貴方はパワーアップしたつもりなのかもしれませんが、残念! 私にとって、それは弱体化ですよ! 弱体化! だって、軌道が分かりやすすぎるんですから!」
当たらない。掴めない。触れる事ができない。
ガンガンと痛む頭痛に耐えて、必死になって頑張っている。それなのに、届かない。全くといって良いほど、メアに勝てるビジョンが見えない。
(違う! 違う、違う、違う! そんな事は無い! 俺は強者だ! こんな所で負けていい筈がない! こんな終わり方を、俺は認めない……!)
「そういえばなんでしたっけ? 貴方は確か、弱者に対しては何をしても良い、なんて言っていませんでしたっけ?」
ふと、気付く。
自分と戦っている最中。
メアは一度だって微笑みを絶やす事が無かった、という事実に。
悪寒がした。
冬でも無いのに、身体が酷く冷たい。
満足に呼吸も出来なくなって、過呼吸になってしまう。
「私も、全くの同意見ですよ」
笑顔が、継人の眼前に迫りくる。状況が状況なら、誰もが目を奪われる可憐な笑顔となっただろう。だが、今は違う。
継人は今まさに、自分がメアに対して恐怖しているのだと自覚した。
「尤も、私の場合は弱者などでは無く、悪い人なんですけど」
「や、止めろ! こっちに来るな!」
嫌いな物を遠ざける子供のように、粗雑な一撃。
当たらない。
回避されてしまった。
無意味だ。
「貴方は悪だ。ですが、私は貴方に感謝します。ありがとう。貴方が貴方でいてくれたからこそ、私は私であり続ける事ができる」
「来るな! 来るな! 来るな! 俺から離れろォォォォォ!」
「精々、私の糧となれ。『聖槍』」
メアが継人の胸に手をあてる。
全身を貫くような衝撃が襲い掛かり、身体が思い切り吹き飛ぶ。そのまま教室の壁をぶち破り校舎の外へ。
メアの悍ましい笑みを目に焼き付けながら、継人は意識を手放した。
ああ、これでようやく解放されるんだ。
そんな、安堵と共に。
※
蓮の考えている事はたった一つだけだった。
どのようにして、この状況を打開するか?
下手な行動は自分の命を危険にさらすだけでは無く、周囲にいる人達も危険にさらしてしまうかもしれない。
蓮に出来る事は周囲を観察する事だけだった。
相も変わらず体育館は喧騒に包まれている。
当然といえば当然だ。
突如としてテロリスト集団である『自由の庭』が襲撃してきた挙句、体育館に軟禁されてしまったのだ。
その上『自由の庭』は自分達と共に戦ってくれる仲間を募っており、断れば何をされるのか分からない。
最悪の場合、命を落としてしまうかもしれない。
皆、気が気では無いのだ。
だからこそ、恐怖心をごまかす為に声を発する。
喧騒の約半数は文字でも言葉でもない。
ただの奇声だ。
(クソッ。なんとかしないといけないのに! なのに、何もする事ができない!)
一体、どれほどの時間が経過したのか。
数分程度だと思うが、何時間も経過したように感じられた。
極限状態なのだ。
いつ爆発してもおかしくない。
(……あれ?)
根気強く、周囲を観察していた蓮。
ふと、銃火器を携えた「自由の庭」の構成員の1人の動きがおかしい事に気付く。
(まさか)
他の構成員の様子も確認する。
全員が全員、風邪をひいてしまったかのようにふらついている。
これはチャンスだ。
今なら、構成員を撃退する事ができるかもしれない。
だが、問題が残っている。
蓮だけでは構成員を1人2人倒した程度で終わってしまう。残った構成員に取り押さえられてしまうし、最悪は銃火器の引き金が引かれてしまい、誰かが犠牲になってしまうかも知れない。
(つまり、数を揃えないといけない。同時に、全員を撃退する事ができるくらいの数を)
果たして可能なのだろうか?
この極限状態において、反抗したいと考える者がどれくらいいるのだろうか? もしかすると、蓮1人だけという可能性も……。
「うん? もしかして、君、この状況を何とかしたい、とか考えてる口か?」
ふいに声を掛けられる。
目の前にいたのは、1人の女子生徒。
大和撫子を体現したかのような美貌に、堂々とした振舞い。この極限状態においても、我を忘れていない。
平然としている。
そして、上級生。恐らくは三年生だろう。
しかし何処かで見覚えがあった。3年生とは関わりが無いにも関わらず。
「は、はい。何故か、周囲の様子がおかしいので、今なら何とかできるかな? と思って」
「……周囲? 言われてみれば確かに。君、凄いな。こんな状況にも関わらず、周囲をよく見てるなんて。私は、混乱している皆を宥める事に、いっぱいいっぱいだったよ」
「そんな……褒められるような事はしていません」
「してるさ。自信を持った方が良い」
背中を強く叩かれ、思わずせき込んでしまう。
「先程言ったように俺はこの状況を何とかしたいと思っています。ですが、現状だと数が足りていません」
「成程。確かに、連中の今の状況をみれば、不意打ちの成功確率は高い。……よしっ。分かった。私が人を集めてこよう」
「え? いけるんですか?」
目の前の上級生は心が強い。
しかし、他は分からない。
この極限状態において、立ち向かうのでは無く、何もしない事を選択するのも、決して悪い事では無い。
寧ろ、前者よりも後者を選ぶ者が大半だろう。
「安心しろ。私はこう見えて、この学園で生徒会長を勤めているんだ。人望はそれなりにあると自負している」
「……は? え?」
なんて事もないように、自身の素性を明かす上級生。
同時に、頭の中で引っかかっていた疑問が氷解する。
「えぇぇぇぇ!?」
思わず大声を上げてしまいそうになるが、辛うじて耐えるのだった。
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