学園長室。
本来であれば明かりに包まれているべきそこは、暗闇に包まれていた。
「全く。今年の新入生は豊作というべきかな?」
誰もいない筈のそこに、人影が一つ存在していた。
楽しそうに呟き、クスクスと笑う。
笑い声は暗闇の中へ溶けていき、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。
「……一体、何をやっているのですか? 学園長」
やってきた女教師は、呆れたような困惑したような声を漏らし、学園長室の明かりを付ける。数回、点滅を繰り返した後、室内は明るい光に満たされる。
「眩しい! ……ちょっ、来るならちゃんと扉をノックしてくれないかい? 眩しい上に、突然やって来るから驚いたじゃ無いか」
「いえ。ちゃんとノックはしました。聞こえていませんでしたか?」
「……え? そうなの?」
いわゆるジト目で、学園長に対して無言の講義を行う女教師。
それに対して、学園長は気まずそうに視線を逸らし何とか誤魔化そうとする。
学園長と教師。
いわゆる、部下と上司の関係性だ。
しかし、はたから見れば実に異様な光景に見えるだろう。何故なら、女教師は立派な成人女性なのに対して、学園長は小学生くらいの少年にしか見えないのだ。
小学生らしい格好であれば、下校中の小学生の集団に紛れ込んでも絶対にバレないくらいには子供らしい容姿。
だが、侮ってはいけない。
見た目は少年であっても、この第一異能学園の長なのだから。
学園長が持つ異能の影響なのか。はたまた、生まれつきのものなのか。疑問は残るが、当の本人はそれに答えてくれない。
少なくとも、女教師の倍の数は生きている筈だ。
「それにしても、君としても鼻が高いんじゃないのかな? まさか、担当しているクラスから2人も逸材がでて来るなんて」
「私はただ、教師として当然の事をしているだけなので。そこまで、褒めてもらうような事はしていません」
女教師は淡々とした口調で、敬語で話す。
「謙遜する必要は無いよ。君が優秀な「魔術師」にして、教育者である事は理解している。例え、君が何もしていなかったとしても、君の指導が彼らに何らかの影響を与えた可能性はゼロじゃ無い。だからこそ、謙遜する必要は無いのさ」
全員では無いが、異能学園に勤務している教師は「魔術師」だ。現役か、そうじゃ無いかの違いはあれど、本来であれば先日襲撃してきたテロリスト集団程度なら蹴散らす事だって出来た。
結果的に、とはいえ生徒にその重みを背負わせる事になったのは、教師として忸怩たる思いだ。だからこそ、学園長の賞賛を素直に受け取ることはできない。
「全く、君も頑固だな。……だけど、その気持ちも分からなくはない。なにせ、倒された2人は現役の「魔術師」でも手こずる異能力者で、1人は幾人もの「魔術師」が犠牲になった凶悪な犯罪者。極めつけはテロリストの首魁だ。たった1人でこれだけの事をやってのけた、と考えるとやや恐ろしく感じられるね」
全員、気を失っていた。
殺すのでは無く、倒す。
「魔術師」の仕事は、異能を用いた治安維持が主な仕事ではあるが、場合によっては異能力者と戦う事もある。
そんな時、大抵の「魔術師」は確保では無く、殺害を選ぶ。理由は単純。確保するのに手間取れば、異能力者が自身の異能で何をするのか分からないからだ。
故に「魔術師」は周囲の安全を守る為、殺害という選択肢を選ぶ。
4人も倒した上に、殺害では無く鎮圧。この時点で、技量の高さが伺える。まず間違いなく3年生クラスの実力だ。
未だ1年生ではあるが、これから先どれだけ実力を伸ばしていくのだろうか? 楽しみであると同時に、少し恐ろしくもある。
「だが、もう一人もかなり凄い。なにせ、禁忌指定物である「耽溺の魔本」を破壊してしまったのだからね」
--禁忌指定物。
それは異能によって生み出される負の遺産だ。
異能力者が抱く、極限の感情によって生み出されるソレは、数少ない例外を除いて悲劇や惨劇しか生まない。
禁忌指定物の一つである「耽溺の魔本」が良い例だろう。
かつて、愛しい恋人に裏切られた挙句、不幸の連鎖に巻き込まれてしまった男は、今わの際に願った。
その願いが果たして何だったのか定かでは無いが、自身の異能を代償として生み出されたものこそが「耽溺の魔本」だ。
効果は、対象の価値観や考え方といった人の根底の部分を根本から覆し、別の何かへと変える。催眠の領域を超えた、新たな人格の創造だ。
「本当に良かったよ。仮に『自由の庭』が「耽溺の魔本」を使用していたら、体育館にいた生徒、教師問わず『自由の庭』にとって都合の良い、別の何かに変わっていた可能性が高いからね。……そう考えると、ぞっとしてしまうね」
異能力者の怨嗟。憎悪。或いは、願いの結果。
過程はどうあれ、人類にとって害を為す存在である事に変わりはない。使用者が誰であろうと関係ない。
禁忌指定物は全員意志を持ち、自身の目的の為に行動する。
人が物を扱うのではなく、寧ろその逆。物が人を扱うのだ。故に、禁忌指定物は世界を滅ぼしてしまう可能性さえも秘めている。
だからこそ、扱いは慎重にならざるを得ない。
「疑問があるとすれば、どうして「地下倉庫」で厳重に保管していた筈のアレが外に出ていたのか、という事だ。全く「書庫」の奴らも、どうしてこんな危険物を私の学園に押し付けるのかな。おかげで、面倒事が舞い込んできてしまったじゃ無いか」
「……禁忌指定物本体が「地下倉庫」から抜け出した、という可能性も十分に考えられるのでは無いですか? まだまだ謎の多い存在です」
「可能性は高い。でも『自由の庭』がすんなり襲撃を成功させた、という事実も不自然だ。もしかすると、今回の一連は何者かの手によって引き起こされた作為的なものかもしれない」
「…………」
学園長の推測に、思わず黙ってしまう。
仮に学園長の予想が本当だったとすれば、決して看過できない事だからだ。だが、入念な調査を行ったが、そのような証拠は何処にも無い。
学園長の勘はよく当たると評判だが、外れてくれるのを祈るしかない。
「目下の悩みとしては、禁忌指定物を壊す事ができた逸材を「鎮魂歌」の連中が放っておいてくれない、って所かな? 連中からすれば、禁忌指定物を壊せる異常なんて、喉から手が出ても欲しいだろうね」
「私は承認しかねます」
連中の重要性。
そして、禁忌指定物を壊す事が出来る逸材を欲しがる理由も納得はできる。だが、彼はまだ一年生なのだ。
「魔術師」としての経験も、いろはも叩きこんでいないにも関わらず、就職させるなんて納得しかねる暴挙だ。
女教師からの、食ってかかるような返答に学園長は苦笑する。
「心配しなくても大丈夫さ。君が納得していないように、僕も納得していない。もしも、連中が力尽くで奪いにこようとするなら、それ相応の覚悟はして貰う」
学園長は薄く笑う。
子供らしい笑いでは無い。
容姿に似つかわしくない、老獪な笑みだった。
「今年の新入生は、豊作ではあるけれど、同時に慌ただしい一年になるかもしれないね。平和が一番なんだけど」
学園長の最後の言葉に、女教師は大いに同意するのだった。
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