「お前、このままだと進級できないぞ」
「……へ?」
担任教師である、巨摩 理乃ーー通称、こまりん。ーーに呼び出されたかと思えば、唐突にそんな事を言われた。
もしかしたら、自分の聞き間違いかもしれない。
メアは再度聞き返す。
「えっと、先生。もう一度、言って貰っても宜しいでしょうか?」
「このままだと進級できない、と私は言ったんだ。言っておくが、冗談でもなんでもないぞ」
聞き間違いでは無かった。
4月に新入生として第一異能学園への入学を果たしたが、まさか二ヶ月も経過していないというのに留年が危ぶまれてしまうとは。
全くの予想外だった。
「えっと……その、どうして私は留年になってしまうのでしょうか? 提出物はちゃんと出していますし、テストの点も悪くは無いと思うのですが……」
「そうだな。優等生と呼んでも差支えが無い程だ。だが、甘露。お前はこの学園に入学してから、一度も「任務」を受けていないだろ?」
理乃の鋭い眼光が、ジッとメアを見つめる。
「「任務」……ですか」
知らない訳では無い。
第一異能学園において、何よりも重要とされている「ランキング」。「ランキング」の順位が高ければ高い程、他の生徒達から羨望の眼差しを向けられる、順位に応じて様々な特権が与えられる。
そんな「ランキング」の順位を上げる手段としては、二つ存在している。一つは「争奪戦」を行い、他の生徒からポイントを奪い取る方法。
此方はハイリスクハイリターン。
勝利すれば大量のポイントが得られる反面、敗北すれば大量のポイントが失われてしまう。
そして二つ目の方法こそが「任務」を受けるというものだった。
第一異能学園に在籍している生徒達は、ゆくゆくは「魔術師」になる事が約束されている、いわば「魔術師」の候補生だ。
「任務」は、そんな「魔術師」の候補生達が受ける事の出来る「魔術師」の仕事であり、どちらかと言えば職業訓練の意味合いが強い。
学園から支給された、専用の端末から「任務」を受注する事ができ「任務」に成功したら、報酬としてポイントが支払われる。
だが、職業訓練といっても油断は禁物だ。「任務」によっては命を落とす危険もあるし、優秀な生徒には特別な「任務」が与えられることもあるのだから。
「確かに。私はポイントには困っていないので「任務」を受けた事はありません」
「そこが問題なんだ。入学式の日にも説明したと思うが「任務」は定期的に受けないといけない。理由に関しては……まあ、話が長くなるから割愛するが」
「入学式、ですか? あの、その日、私は車に轢かれてしまったので、結局授業を受ける事が出来なかったと記憶しているのですが」
「え?」
予想外の返答に、思わず目を丸くしてしまう理乃。
暫くの間、考え込む様子を見せる。
その後、額に手をあてて天井を仰ぐ。
「ああ。そういえば、そうだ。……そうだったな。本当にすまない。甘露。これは後々説明してなかった私の落ち度だ。しかし、誰か教えてくれる奴は……いや、関係ないな。私が伝え忘れていたのが悪い」
尚、現在に至るまでメアの友達はゼロ人だ。
当然ながら、彼女に「定期的に「任務」を受けなければいけないんだよー」と説明してくれるような、世話焼きの友人はいない。
「……という訳で、私のミスでお前が割を食う形にはなってしまったが、先程もいった通り「任務」を受けなければ進級はできない。後で、お詫びくらいはさせてくれ。まあ、お前ほどの実力者なら、大抵の「任務」は余裕で終わらせられるだろう。端末から、適当に達成できそうな「任務」を選べ」
学園から支給された専用の端末を取り出す。
「任務」を受注しようとするが、意外にも数が少ない。メアと同じように「任務」をサボっていた者達が、ここぞとばかりに殺到しているのだろう。
残った「任務」に関しては、内容がつまらなかったり、時間的拘束が長かったり、難易度が高かったりといった具合に、所謂ハズレに分類される。
流石のメアといえど、好き好んでこんな「任務」を受けたくはない。
画面をスワイプしていると、一つ興味を惹かれる「任務」を発見した。
ーー迷子のペットの捜索。
おおよそ「魔術師」が受けるような仕事では無い。
不審さを感じるが、興味を惹かれたのも事実。
メアは迷う事無くそれを選ぶ。
「先生。選びましたので、早速「任務」を受けてきます」
「分かった。お前に限って万が一……ってことはあるか。入学初日も、車に轢かれていたし。「任務」によっては怪我を負う危険もあるから、くれぐれも気をつけろよ」
「はい。気を付けます。それでは、失礼いたします」
挨拶を行った後、メアは職員室を後にする。
※
「しかし、アイツはどんな「任務」を……って、これは研究所の依頼か? ペットの捜索と聞けば、簡単そうに見えるが、既に何人も依頼に失敗してるな。……アイツ、大丈夫か?」
講師は、生徒が受けた「任務」の内容を見る事ができる。
ペットの捜索という、一見すると可愛らしい任務。されど、その難易度はとんでもなく高い。
何故なら、研究所から逃げたペットというのは、異能に目覚めているのだから。尚、件の研究所は非人道的な実験などは行わないクリーンな研究所として有名だ。
「稀に動物も異能に目覚める事がある、と言うが。さて、どんな異能なんだろうな? 何人も失敗している辺り、強力な異能なんだろうが」
何はともあれ、理乃の胸中は申し訳ない気持ちで一杯だ。
(ああ、あの時ちゃんと気付く事ができていれば。そうすれば、甘露だってこんなギリギリの時期に「任務」を受けなくて済んだのに。……お詫びに関してはちゃんとしないといけないな。そうしないと、教師として失格だ)
「あれ? こまりん、どうしたの? もしかして、風邪?」
「こまりんと呼ぶな! 巨摩先生か、理乃先生と呼べ!」
気安い口調で同僚に呼ばれた為、理乃は思わず叫んでしまうのだった。
※
「ちょっと、速過ぎない!?」
思わずといった様子で、メアは叫ぶ。
今は「依頼」の最中だ。
目的であるペットは、意外にも早く見つかった。
猫だ。
しかし、いざ捕まえようとした瞬間に事件が起こった。余りにも速いのだ。猫を始めとする小動物が素早いのは分かる。
だが、普通の小動物と比較しても、速度が異常だ。
捕まえようとした瞬間に逃げ、先程まで目の前に筈なのに、目を凝らさなければ視認できない程の距離に立っている。
『成程。珍しいケースだが、どうやらあの猫は異能に目覚めているらしい。通りで、何人も「任務」を受けたにも関わらず、残り続けているわけだ』
制服の胸ポケットに入れた熊のぬいぐるみーー基、空想上の友達であるワンダーが、冷静に分析を行う。
「え!? あの猫、異能に目覚めてるの!? っていうか、何人も失敗してるの!? それ、絶対に難しいじゃん!」
『お前、説明文を読んでいないのか? 絶対に、ペットを探すっていう字面だけで引き受けただろ? 間抜けめ』
「……う″」
事実だった為、言い返す事が出来ない。
そうこうしている間にも、猫は逃げている。恐らくは素早さが上昇する異能だろう。今はまだ見晴らしの良い場所で逃げてくれているからこそ、追跡する事が出来ている。
しかし、入り組んだ市街地に逃げ込まれてしまえばその姿はあっという間に見失ってしまうだろう。
それまでの間に、猫を確保しなければいけない。
「だけど、生憎! 私も速さには自信はあるんだよね!」
負けじと、メアも異能を行使する。
メアの異能「黒色の蜘蛛」は糸を出す。只、その程度の異能だ。しかし、応用の幅が広い上に、糸の性質も変える事ができる。
両手の掌から飛ばした糸を、なるべく高い所の壁に貼る。
ターザンの要領で、思い切り飛ぶ。
タイミングを見計らって糸を飛ばし、後はその繰り返し。
異能を用いた高速機動だ。
「逃げたと思った? 残念。貴方よりも、この私の方が早い! 大人しくつかまりなさい!」
あっという間に、メアは猫に追いつく。
しかし、猫もメアに対抗意識を持ったのだろう。
先程よりも速度が上がる。
「いや、速!?」
『馬鹿。対抗心を煽ってどうする? 猫が呆気に取られている隙に、捕まえれば良かっただろ』
「ごめんなさーい!」
更に素早くなってしまった猫を目の当たりにして「え? これ、どうしよう?」となりながらも、メアは必死に猫を追いかけるのだった。
感想、評価、よろしくお願いします。