目の前に建つのは、中型のビル。
物々しい様相をした「餓狼組」のアジトだ。
普段であれば組の構成員以外、寄り付く者はいない。
しかし、そんな場所に寄り付く物好きが今日は4名ほどいた。
「本当にこんな場所にいるのかしら?」
疑わしい気持ちを隠すことなく、そう呟くのは炎のような真っ赤な髪の少女、朱音。
「言ってた事を疑うつもり? だったら、貴方は一人で帰ったら良い」
辛辣な返答を返すのは人形のような美貌を携えた少女、氷刃。
「二人とも喧嘩はしないで……ひぃん。私、二人よりも一年先輩なのに、全くいう事を聞いてくれないよぉ」
仲裁しようとするも、全く話を聞いてくれない二人に対して涙目になっているのは、ウェーブかかった紫色の髪が特徴的な女性、美野里。
「まあまあ。皆、落ち着いて。さっきも言ったけど、これは僕の我儘だよ。だから、無理に付き合って貰う必要は無い」
ピリピリとした空気を中和するように、優しい声音で話すのは黒目黒髪の青年。このグループのリーダーも務めている蓮だ。
「別に蓮の意見に文句を言いたい訳じゃなくて……普通に怪しいって話よ!」
「彼女の意見に関しては同意。そもそも、一人で「餓狼組」のアジトに乗り込む、という状況自体が不可解」
「これに関しては、私も同意見かなぁ」
蓮達4人は第一異能学園の生徒であり、「ランキング」を上げる為に積極的に「任務」を受けていた。
今日もまた「任務」を終えた直後であり、学園に戻ろうとしていたのだが、通りがかりの通行人に話しかけてはぞんざいな態度であしらわれている少女を発見した。
見て見ぬ振りもできた筈だ。
しかし、蓮は放っておけなかった。
事情を聞くと、なんでも彼女の姉が「餓狼組」のアジトへ行ってしまったらしい。何とかして止めようとしたのだが、結局止める事はできなかった。
姉に何かあったらどうしようと心配になり、こうして助けを求めていたとの事だった。
随分と胡散臭い話だ。
だが、少女の表情には鬼気迫るものがあり、嘘をついているようには思えない。
だからこそ、
「分かった。それじゃあ、僕がそのお姉ちゃんを連れ戻してこよう」
蓮は二つ返事で少女の申し出を了承してしまった。
3人の意見は正しい。
幾ら少女が嘘をついていなかったとしても、不審な点は幾つも存在しているし、この話には裏があるのかもしれない。
仮にそうだったとしても……。
「あの子は、誰かに助けを求めていた。だったら、見捨てる訳にはいかない」
請け負ったのは、蓮1人だけ。
彼女達がその場を去ったとしても、文句は言わない。
3人は呆れた様に溜息を吐いた。
「アンタっていつもこんな感じよね? 美徳かもしれないけど、何時か、絶対に貧乏くじを引くわよ?」
「大いに同意。でも、私は蓮の人形。貴方の所有物。どんな意向にも従う」
「君は部員で、私は部長! 見捨てるなんて、そんなの絶対にありえないよ!」
蓮は、3人に頭を下げる。
「皆。本当にありがとう。……それじゃあ「餓狼組」のアジトに乗り込もうか」
相手は、名の知れた組織だ。
不用意に足を踏み入れれば、凄惨な最後が待ち構えている事だろう。
だが、大丈夫だ。
仲間と一緒なら、決して負けたりしない。
※
「……これ、は……?」
蓮は思わず絶句してしまう。
それも当然だ。
綺麗な外観とは裏腹に、その内部は激しい戦いの跡が色濃く残っていたのだから。
「誰かが「餓狼組」と戦闘を行った、と推測できる」
淡々とした口調で、氷刃が言う。
「で、でも一体誰が?」
美野里は激しい戦いの跡を目の当たりにして、若干顔を青ざめる。
「そんなの1人しかいないでしょ? あの子の「お姉ちゃん」に決まってるじゃない。……恐らくは」
気丈に振舞いながらも、朱音は警戒を怠らない。
「餓狼組」は壊滅状態だった。
襲い掛かってきた構成員は、全員ボロボロになっており、本気を出さなくても勝てる位に弱っていた。
「なんだ!? あの女以外にも、襲撃者がいるのか!? ふざけんな! ここを一体、何処だと……」
「邪魔」
氷刃が異能を行使して、構成員を倒す。
「話を聞く限り、あの子のお姉ちゃんって、随分やんちゃなんだね。私はてっきり「餓狼組」に何か、酷い事をされてると思ったんだけど」
美野里がポツリと呟く。
「……本当にそうね。たった一人で「餓狼組」をここまで追い込むなんて、一体どれほどの強さなのよ? というか、一人ってのがヤバすぎ」
「皆。近くで戦闘音がする。もしかすると、お姉さんが戦っているのかもしれない。行こう!」
耳を澄ませば、蓮の言う通り激しい戦闘音が聞こえてくる。
優勢にしろ、劣勢にしろ、見過ごす事は出来ない。
蓮達は、急いでその場に向かう。
辿り着いたのは、他の部屋と比べても圧倒的に広い一室だった。豪奢な装飾品が並べられており、窓際には高級そうな机や椅子が置かれている。
一目見た瞬間に理解する。
ここが「餓狼組」のボスの部屋なのだと。
しかし、本来であれば値段相応の美しさを誇る装飾品達は、全て無残に破壊されてしまっている。
激しい戦いが繰り広げられていた。
「ッ! いい加減にしろ! さっきから、ちょこまかと鬱陶しいんだよ!」
怒声混じりに叫ぶのは、ガタイの良いスキンヘッドの大男。
両手は鋭い刃物へと変わっており、彼もまた異能力者なのだろう。
大振りの刃は、華奢な少女一人程度であれば、簡単に切り捨てる事が出来てしまうだろう。しかし、刀身が鮮血に染まることは無く、照明に照らされて鈍く輝くばかりだ。
「無理。当たったら死んじゃうじゃん。もしかして、馬鹿なの?」
対するは、銀髪のツインテールを揺れ動かしながら軽業師のような身のこなしで回避していく、見覚えのある少女。
「……メア、さん?」
蓮のクラスメイトだった。
呼びかけは、メアに届かない。
攻撃を、ひらりひらりと回避するメア。ただ回避しているだけではない。部屋中に細い糸を張り巡らせる事によって、大男の動きを制限している。
大男の体中に切り傷が刻まれているあたり、糸は鋭利な刃物のような役割もこなしているのかもしれない。
傷だらけの大男と、無傷のメア。
何方の技量の方が勝っているのかは明白だ。それでも、メアの表情に驕りは存在しておらず、大男を倒すべき敵として冷酷な視線を向けている。
「舐めるんじゃ、ねぇ!」
いいようにされている状況に、とうとう我慢の限界が来たのだろう。怒声混じりの叫び声と共に、男の両手が肥大化する。
両腕の刃物が、巨大な刃物に変わる。
メアは、男の攻撃が届かないように、距離感を意識して回避していた。しかし、それは意味をなさない。
刃物が大きくなった事により、何処に逃げようとも攻撃が届く。
巨大な刃がメアの体を貫く。体内から外へと大量の血が流れ、彼女の生命は無情にも終わりを告げるーー筈だった。
「嘘、だろ!?」
不意の一撃。
大男は、完全にメアを仕留める事が出来たと確信していた。
何故なら、彼の切り札なのだから。
「別に、意外でもなんでも無いでしょ? 私の異能に対して何の対策もせずに、あれだけ単調な攻撃を繰り返してたもん。何かを狙ってる、なんて簡単に気付く事ができる」
メアの体は巨大な刃に貫かれる事は無く、その刀身の上に立っていた。
咄嗟に、大男は両腕を動かしてメアを振り払おうとする。
だが動かない。
気付けば、両腕に無数の糸が巻き付いていた。
「だったら対策は容易。こんな風に、ね」
大男の武器は両手の武器だ。両手を使用する事が出来ない今、碌に抵抗もできない。
「わ、分かった! アンタの家族には手を出さない! だから見逃してくれ!」
恥も外聞も捨て去って、大男は命乞いをする。
だが、メアは無情に切り捨てる。
「貴方は、害虫を見逃す? 違うでしょ」
メアはゆっくりと、大男に近づく。
「害になるんだから、握り潰すでしょ? それと同じ」
胸に触れて、力を籠める。
「だから、さっさと潰れろ」
瞬間、メアの掌を伝って生じた衝撃波が、大男の体内を蹂躙する。大男は呆気なく吹き飛び、立ち上がる事は無い。
「……さて。「餓狼組」は潰せたし、後は問題な……うぇぇぇぇぇ!?」
帰ろうと後ろを振り向いた瞬間、蓮と目が合った。
「み、皆さん!? どうしてここに!?」
「いや、色々と事情があって、僕たちもここに来たんだけど。メアさんは、一体どうして「餓狼組」に?」
「私は、その……。き、急用があるので、失礼します!」
蓮達がいたのは予想外だったのか分かりやすく動揺するメア。彼女は一体何を思ったのか、窓ガラスをぶち破って外に逃げる。
「ちょっ!? ここ、10階!」
慌ててぶち破られた窓ガラスを覗き込むが、既にメアの姿は無い。恐らくは、異能を使って逃げたのだろう。
「しかし、これ、どうするの?」
朱音が気絶してしまった「餓狼組」のボスを見つつ聞く。
「蓮、警察に通報する?」
首を傾げつつ、氷刃が言う。
「……いや、通報しなくても大丈夫ですよ。遠くから、沢山のサイレンが聞こえてきますから」
美野里の言う通り、耳を澄ませば幾つものサイレン音が聞こえてくる。
「うん。本当に、どうしようかな。流石に、僕たちまで逃げてしまったら、大事になっちゃうだろうし。仕方無いか」
果たして事情を説明した所で、本当に警察は信じてくれるのだろうか?
不安になりながらも、蓮達は警察の到着を待つのだった。
(しかし、さっきのメアさん……少し怖かったな)
普段とは様子の違ったクラスメイトの姿を思い出しつつ。
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