メアの自宅は、とある一軒家だった。
合鍵を使って扉を開ける。
「ただいまー」
気が抜けたような、間延びした声で言う。
「お姉ちゃん。お帰り!」
出迎えてくれたのは、やや短めの銀色の髪に、メアそっくりの容姿が特徴的な妹。
甘露 エメだ。
今年で小学3年生。
まだまだ身長も発展途上であり、本人は身長が低い事を少し気にしていたりする。
玄関の扉をバーンと開けて、メアの胸に飛び込んで来る。
エメの頭部が体の良い所にめり込んでしまい、思わず「ウグッ……!」と苦悶の声を漏らしてしまう。
「え、エメ? お姉ちゃん、ちょっと苦しいから……降りてくれない?」
「やだ! もっとタックルする! お姉ちゃんの苦しむ声が聞きたい!」
「わざとだったの!? というか、私の妹の将来が心配……!」
再びタックルを見舞おうとするエメだったが、助けが入る。
「こら。2人して、何玄関で遊んでるの? さっさと上がって、手洗いとうがいをしてきなさい」
姿を現すのは、銀色の髪をポニーテールに結んだメアの母親だ。
かなりお年を召しているにも関わらず、メアの姉と言われても違和感の無い美貌。エプロン姿がとてもよく似合っている。
尚、実年齢はかなりいっている。
年齢の話をした瞬間、メア母の笑顔は怖い笑顔へと変わり、背後に何らかの化身が出現してしまう為、甘露家では禁句扱いになっている。
キッチンから漂ってくる香り。
食欲をそそられる良い匂いに、メアは思わず食い気味で聞く。
「お母さん! 今日の夕食は!?」
「全く、食い意地が張ってしょうがない子ね。今日のメニューは、貴方の大好物のハンバーグよ。決して、つまみ食いはしないように」
「本当に!? わーい、やったー!」
夕食のメニューはハンバーグ。
その事実に、喜びを露わにするメア。
しかし、夕食まではまだまだ時間がある。
つまみ食いをすれば、メア母は容赦なくハンバーグの量を減らしてしまうだろう。
ここは大人しく我慢する。
手洗いうがいを行った後、二階にある自室へと向かう。
「宿題でもやっておくか」
椅子に座り、宿題を片づける。
メアには友達がいない。
幼稚園生から始まり、高校生となった今現在も友達はゼロ。そんな中「頭が良ければ友達ができるのでは?」という、突発的な思いつきによって、暇な時間を勉学に費やした。
その甲斐もあって、普通だった成績はみるみる上昇。
だが、友達はできなかった。
精々難しい問題や宿題を、短い時間で解けるようになった程度だ。
テスト勉強を行う際、効率の良い勉強方法も身に着いたが、友達を作る事が出来ないなら意味がない。
「……どうしてこんな事に?」
ものの数分で、宿題はお終い。
『いや、頭が良かったら友達ができる、というのは安直すぎるだろ? そもそも、頭が良かったとしても、同級生に話しかける程度のコミュニケーション能力が無ければ、友達を作るなんて無理な話だ』
机の上に置いていたクマのヌイグルミこと、イマジナリーフレンドのワンダーから厳しい意見を貰う。
何も言い返す事ができない。
頭が良くなれば、無条件で人が寄ってくると考えていた己の浅はかさを呪いたい。
「え? ここってどうやるんだっけ?」と、友人と談笑しながら勉強していた同級生達の輪に入って「ああ、ここはこうするんだよ」と、勇気を出して話しかける事ができなかった自分の意気地のなさが恨めしい。
そもそも、最低限のコミュニケーション能力さえ持ち合わせていれば、片手の指で数える程度ではあるものの、友人が出来ていた筈だ。
頭が良くなって友達を作ろう! なんて、回りくどい手段を取らずとも友達ができていた筈だ。
「クッ! やはり、コミュ力! コミュ力なの!? うう、どうして私にはコミュ力が無いのに、周りにはコミュ力があんなにも沢山……! これは不平等だ! 富の再分配ならぬ、コミュ力の再分配! つまり、私のコミュ力が不足している原因は、この歪んだ現代社会が原因……!?」
『そんな訳が無いだろ。単純に、お前が人に声を掛ける勇気を持てないだけだ。この意気地なしが』
「……はい。おっしゃる通りです。私は意気地なしです」
ワンダーの厳しい言葉によって、現実に引き戻されてしまう。
分かっている。
理解している。
友達ができない原因は、自分が勇気を出していないからだと。
だが、考えて見て欲しい。仮に勇気を出して相手に声を掛けたとしても「え? 何? ゴメン、なんて言った?」なんて返されてしまえば、それだけで心に甚大なダメージを負ってしまう。
いいや、それだけならまだ良い方だ。
最悪の場合は……。
「え!? ちょっと! 皆聞いた? 今、陰キャのメアちゃんが私に話しかけて来たんだけど! キモ過ぎ! 自分の身の程、弁えてないの? それとも、私達と同じクラスだからって、自分の身分を履き違えたの? キャハハハハハ!」
と、嘲笑の的にされるかもしれない。
仮にそうなってしまった場合、もう学校に登校する事はできない。
甘露 メア16歳の引き篭もり生活がスタートだ。
残された道は、動画配信者となって不特定多数の人間から、チヤホヤされる事くらいしか残っていないだろう。
『いや、まあ……なんだ? 仮にそうなってしまった場合は慰めてやるから、取り敢えず頑張ってみろ』
「絶対に嫌! もしもそんな事になれば、私は自ら命を絶つか、動画配信者となって大成功するかの二択を選ばないといけなくなる……!」
『失敗したとしても、しぶとく生きていけそうじゃないか。一度、玉砕覚悟で突っ込んで来い。骨は拾ってやるから』
「ヤダー! というか、空想上の友達に骨を拾ってもらってる時点で、私がぼっちだって言う事実は何も変わって無いじゃん!」
起こるかもしれない最悪の未来を想像して、ベッドへと潜り込むメア。
気分はさながら、うっかりホラー映画を見てしまった後の幼子だ。
精神的な安定を得る事ができるまで、彼女はベッドから抜け出す事はないだろう。
結果として、ベッドの隙間から覗く黄色の瞳と、所々布団からはみ出ている銀色の髪。新手のクリーチャーが誕生していた。
「メア? 夕食できたから、降りて来なさい」
「え!? 本当に!? ハンバーグ!」
扉越しに聞こえてきた、メア母の声。
夕食の完成。
即ち、大好物であるハンバーグを食べる事ができる。
先程までの取り乱しようは一体何処に行ったのか、あっさりベッドから出てくるメア。
階段を降りるのも面倒で、異能を使ってショートカット。
怪我をしてしまう恐れがあるが、メアは自身の異能を使いこなしている。黒い糸を使って、階段を二段飛ばしならぬ、全段飛ばしで降りる。
「こら! 家の中で異能を使うのは危ないって言ってるでしょ! そんな事をするなら、ハンバーグの量を減らすわよ」
メア母に怒られてしまう。
「え!? それは絶対にヤダ! 気を付けるから、ハンバーグを減らしたりしないで!」
「次やったら、当分はハンバーグを作らないから。そのつもりでいなさい」
「はい」
ダイニングへ向かえば、既に妹のエメは着席していた。
続いて、メアが座り、最後にメア母が座る。
テーブルに並べられた料理。
手作りのハンバーグに、ご飯に味噌汁。たったこれだけではあるが、メアの空腹を刺激するには、魅力的すぎるラインナップだった。
逸る気持ちを抑えながら、家族全員で手を合わせて「いただきます」と言う。
食事の始まりだ。
暫くの間、メアはハンバーグを堪能する。
やがて、ハンバーグを食べたいという欲が落ち着いてきた後、家族と話をする。
「そういえばお母さん」
「うん? どうかしたの?」
「前にお母さん、全力で戦ったら友達ができる、とか言ってたけど全然友達なんてできなかったよ!」
思い出すのは、今日の授業で行われた「模擬戦」。
母親のアドバイスに従って、全力で戦った。
結果、メアは勝利したが、母親の言っていたような戦いを通して友情が芽生える――なんて展開にはならなかった。
寧ろ、対戦相手のクラスメイトからは、恨みがましい視線を向けられたので、心の溝が深まってしまった気がする。
「そうなの? お母さんの頃は、取り敢えず全力で戦えば、相手と分かり合うなんて事普通だったんだけど……。やっぱり時代って奴なのかしら?」
「いや、お母さん。流石の私でも分かるけど、それって全然普通じゃないよ。前々から思ってたけど、お母さんって一体何者なの?」
「あら、何の事かしら? 私は愛する夫が帰ってくる自宅を守る、極々普通の専業主婦よ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。いいわね?」
「ア、ハイ」
最後の「いいわね?」は、妙に圧が凄まじい。
メアはただただ、了承する事しかできなかった。
「でも、私、やっぱり友達が出来ない。……こんなに頑張ってるのに、どうして私には友達が……うう」
「元気だしてよ。お姉ちゃん。人には、不相応な願いって言うのが存在してるから。はい。私のハンバーグも分けて上げるから、元気出して」
「酷い! 妹が、姉に対して酷い! でも、ハンバーグはありがとう!」
メアにとって不相応な願いが「友達が欲しい」というのであれば、一生友達ができない事になってしまう。
高校を卒業しても。就職を果たしても。30代になっても、50代になっても、生を全うした瞬間であっても。
ずっとひとりぼっち。
考えた瞬間、背筋が凍る。
あり得る未来だからこそ、よけいに恐ろしい。
「エメには沢山友達がいるのに、メアにはどうして友達ができないのかしら? やっぱり、河原とかで殴り合いでもすれば良いんじゃ無い? 友情が芽生えるわよ」
「却下! 絶対に却下! エメ! お願いだから、お姉ちゃんに友達を分けて!」
「お姉ちゃん。友達って、物じゃ無いから」
「ごもっともな意見!」
仮に分けてもらった所で、友達になれるかも怪しい。
メアは「友達を作る」という目的の為なら大いに空回りしてしまう、残念な才能の持ち主なのだ。
「まあ、大丈夫よ。だって、新学期2日目でしょ? だったら、友達ができなかったとしても、おかしな事じゃ無いわ。流石に1カ月も経てば、友達の1人や2人くらいはできるわよ。……多分」
「そうだよね! お母さん! 私にも、友達の1人や2人くらいできるよね!」
母親の言葉に安心した様子で、メアはハンバーグを食べるのだった。
※
『私の感想を述べても良いか?』
「うん」
『まあ、あの会話の時点でフラグが建ってたんだろうな』
「そんな事言わないでよ!」
あれから一カ月が経過した。
一カ月もあれば、友達の1人や2人作る事ができる。
そんな希望的観測は、しょせん希望的観測でしか無く、メアは依然としてぼっち。友達なんて、1人もいなかった。
現実とは非情だ。
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