冬木市新卒ガス社員 作:菌糸類に脳を焼かれた海洋生物
守は思った。仕事が多すぎないかと。先日、言峰神父と麻婆を食べて以来、件数が跳ね上がったのだ。しょっちゅう頻発するガス爆発はもはや日常になりつつあり、これ程の頻度は十年以来だと聞く。最近は少し優しくなった先輩が元に戻ったかのようにトゲトゲし、守は涙を堪えつつ、必死になりながら業務をこなしている。何かブツブツと言峰神父について、言っていた気もするが気のせいだろう。神父とガス爆発は関係ないのだから。普段はアレだけど、何だかんだお世話になってるから今度お礼もしたいなと考えつつ、ストレスを発散したい。
そして少しずつだが、職場の先輩にも近づけてきた感じがする。この繁忙期によって、守の作業速度は残像すら浮かび上がるようになった。入りたてでシナシナだった体にはかなり筋肉が付き、腹筋も少し割れてきた。しかし、どこの業界にもトップ層は居るものだ。根本的に生物としてのレベルが違うと表現すべきなのか、守が一終える間に千の仕事をする先輩も存在する。そういうあんまりにも有能な人材はアメリカにまで、仕事に行くと噂されている。何でもアメリカのスノーフィールドという所らしいが、教養のない彼には『寒いのかな?』という感想しか浮かばなかった。皆、屈強な体でガス職員ってよりはドラゴンスレイヤーみたいな感じだが、守はそれに比べたら、雑草の域を出ない。社会の荒波に揉まれ(物理)、折角稼いだお金は税金や諸々の費用で消し飛んでしまう。疲弊しきった彼にもとうとう限界が来た。最後手段として唯一のオアシスで回復するしかない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
久しぶりに会う家族を楽しみにしつつ、数少ない有休を犠牲にし、歩を進める。一見何も変わらないように見えるが、見る人が見ればどれだけ彼が楽しみにしているかが分かるだろう。どこぞの先輩が見たら、いじりにいじるだろうがそれはそれ。ルンルン気分で歩いていくと、あっという間に目的地に着いた。 ドキドキしながら、戸をノックすると、直ぐに足音がした。まったく可愛い弟め、今回はアポなしだから喜ぶぞとでも思ったのか、妙にソワソワしている。
だが、それはすぐになくなった。目の前にいたのは見知らぬ金髪の美少女で、白と青の見事な装いをした彼女によって彼の思考は停止してしまう。瞬間、再起動し、あらゆる可能性を考える。家を間違えた?、この状況は寝不足による幻覚?、実は並行世界に転移していて弟は金髪碧眼の美少女になってしまった?再起動した脳も彼女の一声で再びダウンしてしまう。
「……どちら様ですか?」
どうする、どうする!? ここで変に答えたら、不審者だと認定されて、警察を呼ばれかねない。そうなれば、唯一の会社もクビになり、一生無職になってしまう。就活なんぞ二度とやるもんか。……まずい、本当にどうする!? 下手なことを言ったら、セクハラにつながるかもしれない。そうなったら、町に買い物すらいけない。ああー、もうどうしよう(泣)許してください(懇願)何も悪いことをしてないのに、彼の心中は罪人のようになってしまった。
「………………」
そのまま、沈黙の空気が流れ、セイバーが警戒を強めようとしたその時。
「おーい、セイバー何やってんだ?って、兄貴!?」
「なんと!! シロウのお兄様だったのですか。」
「ああ、でも何でここに? ……まぁいいや、中に入ってよ。」
救世主が現れた時はこんな気持ちだったのだろうか。ありがとう、マイブラザー。有難く中に入る。やはり生まれ育った家というのは、感慨深いものだ。この家で士郎や皆と一緒に暮らしたんだ。……じいさんとも最後に何か話したはずだがよく思い出せない。そういえば、ふとただいまを言ってなかったことに気付き、言う。ただいま、士郎。
「……おう、お帰り、兄貴。」
初めて見る士郎の表情にセイバーは驚きつつ、その光景を自らに重ね合わせる。
(……眩しいですね、このような光景は。……私達にも、このような時間があったはず。円卓の者らとブリテンを守り、命を賭して、大切なものを守った。だけど、何かのきっかけで崩れてしまった。……皆、皆、皆、死んで、残ったのは何も守れなかった愚かな王一人。……もっと、もっと話せば良かったのでしょうか。……分からない、何も)
「どうした、セイバー?、そんなとこに立ってないで早く入ろうぜ。」
「ああ、すみません。少し考え事を。……そうですね、早く中に入りましょう。」
廻る後悔に答えを見いだせないまま、かの王は一人、孤独に迷い続ける。何処かの世界では、銀腕の騎士がその懊悩を解くこともあるのだろうが、その騎士は此処にはいない。まだ答えを持つべき刻ではない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一旦落ち着いてきたところで、彼は説明が欲しくなってきたようだ。『何でこんな女の子が実家にいるんだ?、まさかそういう事……!?』と士郎の成長を勘繰りつつ、見つめる。その様子を士郎は感じ取ったのか……。
「なんでさ!!!……えーっと、彼女はセイバー。イ、イギリスからの留学生で今はここにホームステイしてるんだ。」
「お世話になっております。」
そのあまりにまともな答えに守は感心する。留学なんて考えたこともなかった。そもそも留学できるぐらいの頭があったら、ブラックな今の会社にはいないだろう。自分との差を感じ、悲しくなった守は考えるのをやめた。そして、自己紹介をしてないことに気付いたため、改めて自己紹介をした。『衛宮守です。 士郎の兄です。』と。
「いえいえ、こちらこそ。……一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」
彼は短く頷く。
「シロウとは血の繋がった兄弟なのですか?、髪色が似ているので、気になりまして。」
その疑問に守は困った顔をする。どう答えていいか分からず、色々考えたものの正直に話す。
「分からないとは?」
口下手な自分よりは士郎の方が良いだろうと思い、懇願する。彼のメンタルは異性とのコミュニケーションによって、限界が近づきつつあった。
「え、俺が?……えーっと、俺と兄貴は十年前ぐらいにじいさんに拾われたんだ。凄い爆発があったみたいで、俺もよく覚えてないんだけど、その時に一緒にいたのが兄貴だったんだ。それで偶然、髪色も似てたから、じいさんから兄弟みたいって言われてそのまま、こんな感じになってた。」
「血の繋がりは?」
「病院で一回調べたんだけど、……忘れちゃったんだよな、何か覚えてる?」
守は全くといった素振りで答える。『ま、血の繋がりがあろうとなかろうと士郎は家族だから。』というマインドな彼には、あまり関係のないことなのだろう。
「……そうですか。大変仲が良くて何よりです。」
「それで、兄さんは何で今日ここに?、電話も無かったから、驚いたよ。」
仕事で限界になったとは言い難いので、若干格好つけて話す。久しぶりに顔が見たくなったとかいうひねりもない答えが、彼の人間性を物語っていた。セイバーは持ち前の直感で違和感を覚えているが、士郎には関係ない。誰が相手でも信じるその精神が現れていた。
「……いや、大丈夫だよ。こっちも色々気になってたこともあるから、ゆっくりしてくれ。」
聖杯戦争中において、何も知らない一般人を敷地内に入れるのは躊躇われるがこの際、仕方ない。本当に間が悪いこのクソボケは、二人の考えを一切気付くこともなく一息つく。
(……あからさまにこのタイミングでの来客は警戒すべきですが、ある意味やりやすい。この屋敷内にいる以上、私が後手に回らないよう立ち回ればいいだけのこと。もっともこの様子では、敵に何かされたというのはなさそうですが……。)
(兄貴を聖杯戦争に巻き込むわけにはいかない。ランサーとの戦闘の後、あれから目立った動きは今のところない。……遠坂との件も考えないといけないな。)
そういって、久しぶりの家族団欒の準備に入る。いくら守がクソボケでも兄としての威厳を見せるため、ちょっとした手土産を持ってきたのだ。少しお高めの肉や野菜、弟の作る手料理を期待して奮発したようだ。先程まで警戒していたセイバーもその食材を見た瞬間、守の評価を二段階ほど吊り上げた。ブリテンの王も案外チョロいのかもしれない。何もしないというのもアレなので、守は立ち上がって、何かやることはないかと士郎に聞く。
「そうだな……。少し調味料が切れそうだから、買い物に行ってきてくれないか?」
お安い御用とでも言わんばかりに動き出す。実は異性が苦手な兄への気配りとして買い物を頼んだのだが、彼がそれに気づくはずも無く、嬉しそうに駆け出していく。哀れ、守。弟に気を使われて恥ずかしくないのか!!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
冬木の冬はかなり寒い。人通りも少なくなるこの時間帯にはより一層感じられる。粗方、頼まれたものは買い終わった。夜闇に溶ける白い息を横目に帰路につく。その時だった。
「ようやく見つけたぞ、雑種如きが随分と我の手を煩わせるものだな。」
この町は割と変わった人が多いので、彼はスルーするように教えられている。触らぬ神に祟りなしだからだ。だが、
「……ほう、この我を無視するとは大層なものだ。……なわけあるか、たわけめ!!!」
さっきからずっと一人で話しているなとしか思わない彼は大物の器なのかもしれない。
「なんだその目は? ……貴様、もしや自分の立ち位置を理解してないのか?」
何のこっちゃである。初対面の人に使えるエネルギーはもう彼にはないのである。日本人らしく、人当たりのよさそうな笑みを浮かべ、立ち去ろうとすると……。
「よもやここまでとはな。……人理もよくこんなモノを選んだものよな、役割を理解せぬ者に務まるとは思えぬが。」
何とか通り過ぎた。一息つき、頭の中には夢にまで見た士郎の料理しか頭にない。散々な日々でも、癒しはあるのだ。そのまま、歩いていこうとしたその時。
「……気が変わった。感謝するがいい、この我自ら裁定してやろう。」
虚空に黄金が煌き、彼を穿とうと突き進む。直感にも似た感覚で振り向くと、彼は身を捩り、飛び退いた。間髪入れず、次の財宝が宙を舞い、夜を彩る。次々に地面に刺さるその威力は明らかに過剰であり、静寂はあっという間に切り裂かれる。ガス会社からの研修で習った事を駆使し、物陰に身を隠す。守は確信した。『この人、クレーマーだ!!!』と。
「何やら不愉快な考えを持っている気もするが……。精々、死に物狂いで足掻いてみせよ!!!」
新人ガス社員守くん、初めてのクレーム対応が今始まる。
衛宮守
初めてのクレーム対応が始まる模様。今までにはないタイプなので、少しワクワクしているようだ。髪色はくすんだ赤色。
金ピカ
何故か探すのに時間がかかった様子。課せられたモノとは程遠い守の姿に混乱している。なので、自らの手で適任かどうか判断する模様。