冬木市新卒ガス社員 作:菌糸類に脳を焼かれた海洋生物
鈍い痛みの中、目が覚める。『知らない天井……いや全然知ってたわ。実家だ、これ。』と自分でツッコミを入れるぐらいには余裕があるようだ。下を見ると、あちこちが包帯で巻かれており、いらん心配をかけたなと申し訳なくなる守であった。そこへ、ちょうど様子を見に来た士郎が慌てて声をかける。
「!? 兄貴、目が覚めたのか……!! どこか痛いところはあるか?」
普段の仕事で鍛えているから全然大丈夫だと答える。そんなわけもなく右腕には罅が入って、少々苦しいようだが悟られぬように誤魔化す。瞬間、セイバーは答える。
「シロウ、それ嘘です。右手に違和感があるようですが……。」
「え?、痛いなら正直に言ってくれ……。……頼むよ、兄貴。」
一瞬でバレたので、嘘は吐かず正直に答える。何度も痛い所はないか確認されたが、今度こそはないと告げた。
「とりあえず無事で良かったよ。それより何であんな所で倒れてたんだ?、誰かにやられたりしたのか?」
心配そうに聞く弟に短く、ただのクレーム対応だと答える。
「クレーム対応? でも、血まみれになってたじゃないか。兄貴の仕事ってそんなに過酷なのか……?」
守は遠い眼をして考える。ガス管の点検に加え、道中で襲い掛かってくる不審者及びクレーマーの対応。無事に任務を遂行できるよう会社から課せられる指導……。自由時間などほとんどなく、会社に縛られてばかりだなと思った。しかし、そんな環境の中でも先輩たちは自分と同じような日課を過ごしているし、何ならもっとハードなスケジュールをこなしている人も居る。新卒の自分が文句を垂れることは許されないだろう。業務をこなす中で怪我は珍しくない。もっとも今回のようなのは稀だが。
「ガス会社って大変な仕事なんだな。……そのクレーマー、俺が会ったらやっつけてやるよ。」
その士郎からの申し出をやんわりと断る。彼らも度重なるガス爆発によって、いい加減我慢の限界がきたのだ。気持ちは嬉しいが、これも含めて仕事だと答える。
「でも、納得できないよ。……幾ら不満があるからって、人を傷つけていいわけない。」
弟は優しいなと思う反面、この男、実は全然許してない。あのクレーマーのせいで、士郎の手料理が食べられなかったし、怪我も負わされた。守、久々にキレる……!! 今度来たときはかの
「ああ、そうそう。何か会社の人から電話が来てたみたいで、兄貴の状況を伝えたら、ココに来るって。」
その瞬間、守は飛び起きる。……まずい、クレーム対応に失敗して怪我までしたとなったら、なんて言われるか……。とりあえず説教される姿は見られたくないのですぐに出る準備を……。
「あら、その体で何処へ行くつもりかしら。」
終わった。……せ、先輩、お久しぶりですね。お、お元気そうで何よりです。……こ、ここじゃアレですし、一旦場所を……。
「私を何だと思ってるのかしら。そんな重傷者を動かすような冷血な人間に見える?」
あ、ハイ(確信)。ヤベ、心の声が表に……ち、違うんですよ、その……。
「……ふーん、また教育が必要なようね。貴方達、良かったらこの人の話を聞いてかない? 普段の彼、気になるでしょう?」
「確かに兄貴がどういう事をしてるのか、気になってたけど……。良いんですか?」
満面の笑みを浮かべて、カレンは頷く。誰に似たのかは分からないが、人の嫌なことを見抜くドSな所は変わってないようである。その後、小一時間に渡って彼の職場での姿がじっくり話され、無事にトドメを刺された模様。
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どうして、どうして、こんな事に……(絶望) ただ士郎に会って、手料理を食べたかっただけなのに……。守のメンタルは崩壊しかけていた。
「ほら、行きますよ後輩。楽しい、楽しい仕事が待ってますから。」
絶対思ってないくせに。誰か嘘だって言ってくれ、有休がまだ終わってないのに何で会社に連行されなきゃいけないんだ!!!
「貴方が弱いからですよ。……うちに人材の余裕はありません。結構、キツめにしごいてきたはずですが、こうもやられますか……。」
神妙な面持ちで考えるカレン。色々考える彼女の横側で、守は『先輩がしごくとか……(照)。』とかいうしょうもないことを考えているようだ。守も根は男の子なのである。すぐに気付かれたのか、虫を見るような視線を感じる……。そして彼にとって、死刑宣告のような一声が下された。
「……貴方という人は本ッ当にどうしようもありませんね。見た感じ、思ったよりも元気そうじゃないですか。……そうですね、スペシャル新人研修としてこの際、一気に苦手を克服しましょうか。」
え、今何て言ったこの人。新人研修といったか?、もうやったけど?
「察しが悪いですね。このような事態を防ぐためにも、貴方専用のプログラムを組んであげるってことですよ。」
……いやいや、勘弁してください。前のチュートリアル的なのですらキツかったのに、それをもう一度やれと?
「はい、貴方の苦手に合わせてみっちりと♥余すことなく鍛えられますよ。」
苦手ってことはつまり?
「弱ーいトコロを全部叩き直してあげます。言っておきますが、前のモノとは比べ物にならないと思いますので、期待してくださいね。」
そういってにっこり笑う彼女。ポケットから電話を取り出すと何処かへと連絡をする。
「もしもし、はい、私です。
そう言って電話を切った。ひ、ひどい……、相手の返答を聞くことも無く、切っちゃうなんて……。
「あら、これでも貴方の事を思ってやった行動なのですが。むしろ、感謝されるべきでは?」
うぅ(泣)、これが年功序列の弊害か……。せ、せめて、もう一日ぐらいは休暇を……。
「駄目です。今回呼んだ人もスケジュールがみっちり入っているので、こちらの都合を優先することは出来ません。さぁ、行きますよ。」
神はいないんだな。あぁ、士郎よ、しっかり勉強はするんだぞ。間違っても、冬木のガス会社はやめておくんだ……。
「上司がいる前で普通言いますかね、それ。」
「兄貴、……その、作り置きの奴なら作っておいたから、アッチで食べてくれ。 またいつでも来てくれよ!!!」
なんと!!! 少しだけだが救いもあったようだ。まるで親の形見のように士郎の手料理を抱え、車に詰め込まれる守。その様子をある弓兵は遠くから見ていた。守が乗り込む寸前、こちらを見た気もするが恐らく気のせいだろう。
「……フフッ、変わらないな、兄者は。」
「何か言ったかしら、アーチャー?」
「いや、何でもない。それより、あの小僧との同盟関係について結論は出たのか?」
「そうね……。 まずは……」
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車で揺られてどんぶらこ。一時間ほど経ったぐらいだろうか、何時の間にか会社に着いていたようだ。色々と報告書を書いて、先輩から今後の研修に関する内容の説明を受ける。
「今回、貴方を指導するのはクレーム対応に関する
専門家の人達ね……。たまに社内でも見かけるけど、仕事できオーラが半端じゃないんだよな。何度か金髪の人や強面の人に会ったけど、結構怖いから苦手なんだよ……。……あの人たちが自分の為に来てくれるのか。強面の人の仕事を先輩が手伝ってる噂も聞くけど、よく分かんないだよな。彼は一応先輩に礼をし、その場を後にした。
ガス会社に勤める先輩達の中でも、かなりヤバいと噂される彼らに守は身震いする。……なんだか緊張で喉が渇いてきたので、外に置いてある自販機でお気に入りのジュースを探す。無事にコーラがあったので、財布を取り出し、買おうとするが……。どうやら小銭が足りないようだ。右往左往していると後ろから声を掛けられる。
「大丈夫ですか?、あ、小銭ですね。……っと、はいどうぞ。」
そこには眼鏡を掛けた蒼い髪の少女がいた。世話好きを感じさせるその笑顔は溌溂で、周りの人を照らす明るい性格が感じ取れる。その顔立ちから察するに、弟より少し年上の高校生ぐらいだろうか。自分よりも年下の子に気遣いをさせてしまうのは申し訳ないので、断ろうとすると……。
「いえいえ、お気になさらずに。……ほら、もう入っちゃいましたし。」
そう言って、彼が欲しがったコーラのボタンを押してしまった。折角の好意を無駄には出来ないので、恥ずかしがりながら受け取る。……哀れ、守。女子高生にジュースを奢られて恥ずかしくないのか!!!
「お礼といっては何ですが、冬木市のガス会社ってここで合ってますかね? 何分、日本は久しぶりなもので……。」
その用件に守は目を輝かせる。実は自分は冬木市のガス社員であり、案内が可能であると答えた。
「そうなんですか!! それではお言葉に甘えて……」
会社への案内の道中、苦手ながらもジュースのお礼から失礼にならないよう会話を切り出す。日本は久しぶりと言っていたが、留学をしていたのか?と質問をする。
「……まぁそんな所ですね。……少し用事があったので、そのお手伝いに行ってました。」
それを聞いて、守は驚く。『セイバーちゃんといい、最近の子は留学をするのが多くなっているのか……』という印象を抱く。しかし、疑問も湧く。こんな綺麗な子がガス会社に一体何の用があるのだろうか。あそこには女子高校生が楽しめるようなものは一つもないというのに……。そうこうしている間に会社へ着いたようだ。
「ここまで、ありがとうございます!!!……その、カレンさんという方にお取り次ぎをお願いしたいのですが……。」
女子高生のお願いを断れる男は居ない。お安い御用とでも言わんばかりに先輩が勤務している部署へと案内する。先輩は全体統括部なので、階段を上り、その部屋を目指す。
「本当、何から何までありがとうございます。大変助かりました!!!」
日々の過酷な労働に疲れ切った守には彼女の笑顔が特効薬のように染み渡った。だが、忘れてはいけない。この男、年下の女の子にジュースを奢ってもらっているのだ。社会人のくせに。
「あら、貴方帰った筈じゃ……。!!、そう、連れてきてくれたのね。」
何も分かってない彼はポカンとした表情で先輩を見る。訳が分からず混乱していると。
「……紹介するわ、貴方への指導教官となったシエルさんよ。」
「あはは、まさかあなたが今回の人とは……。シエルといいます、これからよろしくお願いしますね!!!」
余りの情報量の多さにフリーズする守。まさか弟より少し年上の子から教わるとは夢にも思わなかった。てっきりムキムキマッチョの厳つい男性が来ると思っていたので、少し安心したようだ。
「三日間ほど指導を頂きますので、失礼のないように。」
「しっかり頑張ります!!!」
……案外、新人研修も悪くないのかもしれない。
衛宮守
新人研修と聞いて絶望していたが、かわいい女の子と付きっ切りというのにまんざらでもない様子。なおその後……。余談だが、彼の同期が登場しないということは即ちそういうことである。そのため、専門家の方々からは顔を覚えられてる模様。
カレン
どこぞの神父からによる仕事を捌く必要があるにも関わらず、守のためにわざわざ来た模様。一体何故なのか、見当も付かない。
シエル
出張帰りに冬木の教会から招集命令が下った。新人教育はやったことがないが頑張る模様。