冬木市新卒ガス社員 作:菌糸類に脳を焼かれた海洋生物
自分が不幸だと感じたことは無かった。幸せとは他者との比較によって得られるものであり、他人に興味のない私には全ての事が等しかった。
物心つく前から言われてきたのは、『生まれながらに罪がある罪人』ということだった。父親の存在はなく、母は『大罪である自殺』を犯したことによって、私にはその連座という形で罪があるらしかった。唯一残されたのは、カレンという名前だけで他に私を示すものはなかった。
人に興味のない私でも、厄介者として扱われていることは何となく気付いていた。『病弱な女が行きずりの男と関係を持って生まれた汚らわしい子供』、そのような陰口を聞いたのも少なくない。そんな私に唯一残されたのは、主への祈りだった。主の教えに従えば、この世の命は平等であり、貴賤があることはないらしいが、私を取り巻く環境にはどうやら当てはまらないらしい。
救いを求めて祈ったわけではない。繰り返すようだが、この環境を苦しいとも、楽しいとも思ったことはないからだ。日々の安寧と幸福が守られるように祈る事が私に課せられた唯一の事だった。安寧や幸福は自分には分からなかったが、それでも主を信じる気持ちは本物だったと断言できる。
私の生活が変わったのは突然だった。その日もいつもと変わらず、教会で祈りを捧げていた。だが、突然経験したことのない痛みが私を襲った。頭からつま先まで、自分に何かが刻まれるような、そんな感覚だった。
声を上げた私に気付いたのか、唯一私に優しくしてくれた男性が駆けつけてくれた。集団で行われる儀式の時などに、孤立する私と率先して組んでくれるような人だった。
いつも朗らかで、町の人からの人気もかなり多かったと思う。誰に対しても分け隔てなく接し、勤勉で明るい青年。それが周りの印象だった。感謝した覚えはないが、他人よりは印象に残っていた。自分のような者にも接する物好きな人がいるのだなと。
そんな彼は迷うことなく私を医務室へ運び、先生が来るまでの間、私の容態を伺ってくれた。『痛い所はないか、苦しい所はないか』など、こちらを心配していたような言葉をかけていたと思う。
そうして必死に動いていた彼だったが、チラチラとこちらに視線を送ってきた。そんな時間が続いていくと『様子を見るから』と体への接触が多くなっていった。そして次第に彼の息が上がり。立ち上がろうとした私をベットへと押し倒し、扉に鍵をかけた。
体に力も入らず、相手を振りほどくことも出来ないまま、私は流れに身を任せた。彼は獣のような声を出して、私に覆い被さる。普段の彼の姿はそこにはなく、目の前の雌を赴くままに貪るナニカがいた。
どれくらい時間が経っただろうか、何人もの人たちが部屋に入って来て、彼を取り押さえた。立ち上げる力も無かった私は彼らに連れられ、その場を後にした。後ろで彼が何か叫んでいた。『俺のせいじゃない。あの女が誑かしてきたんだ!!』とか叫んでましたね。……今となってはどうでもいいですが。
汚れた身を清め、高名なエクソシストの前に私は連れられた。そして今回起きたことを話すと、彼女は私の体に起きたことを説明した。
「これは……聖痕ですね。 誇りなさい、主が貴女に遣わした祝福ですよ。」
そう彼女は心底、嬉しそうに言った。彼女曰く、『私には身をもって、悪魔を清める使命が課せられた。悪魔を祓うため、その身を持って神に尽くしなさい』とのことらしい。
近くにいる悪魔憑きの霊障を自動的に自分に発症してしまう体質、『被虐霊媒体質』が目覚めた瞬間だった。
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ある程度体が回復し、元の教会へ戻ることになった。あれ以来、些細なことでも感じ取ってしまう私には包帯が絶え間なく巻かれていた。体への負担も大きいのか、少し右目がぼんやりしてきた気がする。
送ってもらった方へ礼をし、教会へと入る。しかし、そこで待ち受けていたのは、自分を排斥しようとする悪意だけだった。
どうやら教会の内部では私が彼を誑かし、色欲の罪を犯させたという認識になっているらしい。事件後、彼の証言や普段の人柄が後押しとなったようだ。誰に対しても明るい好青年と生まれながらに罪のある女では、ほとんどが前者の肩を持つだろう。私は弁明の機会すらなかった。
最初はミサなどの時に、無視されるとかそういうことだった。まぁこれはいつものことだったし、そんなに気にしてなかった。困ったのは物を壊されることだ。ある日、聖書を読もうとすると中がズタズタに切り刻まれており、修復も難しいとのことだった。ずっと使ってきたものを壊されるのは流石に堪えた。
神父に取り合ってみるも事件の件から相手にされず、一人だけボロボロの聖書で活動することになった。周りからクスクスと笑う声が聞こえるが自分にはどうしようもない。人の悪意を明確に感じたのはこの時だった。
そして私は聖堂教会の命令により、シトーという修道院に移動するよう命じられた。何でも元の教会員から私からの誘惑を受けたという報告が複数挙がっており、教会では面倒を見切れないとのことだった。
私としては誘惑してる気などないが、被虐霊媒体質によって周囲の性欲に影響を及ぼしているらしいというのが大まかな見解だった。
シトーで悪魔祓いに必要な技術を学び、夜はそれを実践する。現場に連れていかれ、自らの肉体を重ねながら悪魔を祓う。当然無傷とはいかず、体の傷は現場に行くごとに増えていった。力には代償が付き物で、私の場合は感覚が擦り減っていった。
元々ぼやけていた右目は殆ど見えなくなり、食べ物の味が感じなくなった。極端な味なら感じ取れるので、そこは救いだった。
ある時、悪魔祓いの相棒に聞かれた。
「……今更聞くのも何だが、その体質を疎んだことはないのかい?」
「本当に今更ですね。……疎んでたら、身を削ってまで悪魔祓いなんてしないと思いますが。」
「いちいち嫌味がなきゃ、完璧なんだけどなぁ。……ククッ、君、イカレているよ。」
「他者から見たら、歪に見えるのでしょうね。……ですが、信仰の下、あるがままに受け入れるのが信徒として当然では?」
「そうだよ、君は何処までも正しいよ。神に与えられた体を使い、惜しむことなく悪魔を殺す。敬虔な信者として教科書に載せてもいいね。……でも、それだけだ。中身がなーんも無い。」
強面の彼は言葉を続ける。
「君、人に興味ないだろ? 他人はおろか、僕でさえも。別にそれはそれで良いんだけど、もう少し色んな
「気持ち悪いですね、セクハラです。」
「およよ……。 無知は罪だと言うが、君の場合は無知ゆえに正気を保てているようだね。」
今まで感情的になったことはないが、この時は何故か心が揺れていた。まるで自分の逆鱗をなぞられているような感じで……。
「君さぁ、
「……黙りなさい。」
「知るってことはある意味不幸だ。だって、知ってしまったら、否が応でも周りとの差を実感してしまうからね。君は本能でそれを理解していたんだよ。」
「黙れって言ってるでしょ!!!!」
「だから、自分の中身を空っぽにして他の人と比べられないようにしてるんだ。……ここに来る前の事も聞いたよ。普通の子だったら、身を投げてもおかしくない出来事だね。」
「……だから何だっていうんですか。……身を投げてない私は異常者だと?」
「落ち着きなよ、カレンちゃん。……僕はね、ただ気付いてほしかったんだ。見てて思うけど、生きてることが楽しいと思ってないよね?」
「……余計なお世話なんですよ。ちょっと一緒に居たぐらいで、先達気取りですか? ……勘違いも甚だしいんですよ。」
「僕はね君みたいに信仰心が強いわけじゃない。かといって、君の信仰を否定する訳じゃない。……だだそんなにも祈ってきた神サマが何かしてくれたかい?」
「……うるさい、口を閉じろ。」
「一度、外を見てみなさい。……この世は決して醜いものではありませんよ。」
「……そんなこと言ったって。」
「丁度、空いた仕事があるのです。私は一人でのんびりやる方が好きでしてね。貴女を代わりに推薦しておきました。」
「急すぎるんですよ、馬鹿ですか、貴方は? ……一応聞いておきましょう、何の仕事ですか?」
「冬木のガス会社です。」
「……え?」
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……あの男も大概である、ただ面倒臭い仕事を私に放り投げただけではないか。『悪魔祓いのメソッドをガス会社にどのように活かせというのか』と問い詰めたが、よくよく考えたら私達にくる依頼が普通なわけない。
冬木市、十年前に聖杯戦争が行われた訳ありな土地と聞く。私に課せられたのは再度行われる聖杯戦争の隠匿と後始末だった。ここに来るまでにも一悶着あって、『周囲に悪影響を及ぼしかねない者を監督役に据えるとはいかがなものか』というクレームがあったのだ。
まぁ確かにそのような指摘はもっともだったので、特に否定もせず
……今考えるとムカついてきましたね。あの人でなしが私の為を思って行動したなんて一ミリもありません。短い付き合いとはいえ、それぐらいは分かります。ただ単に『都合が良かったから、ついでに』という感覚で仕事を振ったに決まっています。
とはいえ、指摘も考慮すべく、私には『必要最低限の接触のみ』という条件で冬木への転勤が許可されました。彼のようなイカレている人間などは私の体質を無効化できるようなので、ちょっぴり期待していましたが、全然そのような人はいませんでした。
冬木では聖杯戦争を主に行うとありましたが、どうしても見逃せない違和感がありました。それは『異常な死徒の数』です。私達が赴任していた地域ならまだしも、吸血鬼とのかかわりもない日本で見られる死徒にしては数、質ともに異常でした。
毎日、毎日書類を捌いて、奴等が活動する夜にはひたすら殺す。聖杯という蜜に群がってきているのかは分かりませんが、開戦が近づくにつれて、段々と対処が厳しくなってきました。
時折、此度の監督役である言峰神父に協力を要請しましたが、どうもアレは好きになれませんね。……何というか、こう、相手にしたくないというか、こうはなりたくないなという気持ちが強く出てしまうのです。
「……ふむ、悪くない太刀筋だが、今の動きは必要かね?」
「はぁー、……ハイハイ、タイヘンモウシワケゴザイマセンデシター。」
「……………………………」
いちいち一言多いんですよ、あの人。言わなくてもいいことを平気で言うから、割とムカつくんですよね。仕事じゃなかったら絶対に組まないと思います。
『外を見ろ』という言葉は私にとって、楽しくもあり苦しくもありました。知らないことを知るのは非常に楽しいですが、どうしても自分との比較が頭を過ぎります。……知らなければ辛いこともないし、楽しいこともない。ここまで生きてきた私には、それが何よりも難しいことでした。
ですが、人生の転機はいつだって突然です。あの日、私に聖痕が刻まれたように、彼と出会ったのも運命だったのでしょう。
その日も、夜な夜な死徒を一人で殺していました。ですが、情けないことに体調も悪く、月の日とも重なってもいたので、どうしても動きが鈍くなっていました。聖痕の傷に頭痛、吐き気を堪えながら、何とか倒した。……そう確信した時、背後には隠れていた死徒がいました。
(……ハァハァ、ッツツ⁉、新手……!! 何でこんな所に……!!)
どうやら私を倒そうと消耗した所を一斉に襲いかかろうとしていたようです。死徒にそんな知能があるとは思えませんが、実際に起きている以上、考えても無駄でしょう。ですが、私は致命的なミスを犯してしまっていました。
人除けの結界を張り直し忘れていたのです。日々の寝不足と予定にないイレギュラーの連発によって、些細なミスですが忘れてしまったのです。そして他の代行者なら問題にはなりませんが、私にとって、このミスは致命的でした。私は被虐霊媒体質、
たとえ少人数であったとしても、集約されればかなりの負担となります。その共鳴によって、一瞬ですが私の足が止まる。回避が遅れた私は目の前の攻撃を避けきれず、肩を切り裂かれてしまう。
血の匂いに興奮した奴らは勢いを増し、私を狙う。必死に切り裂くも、流した血が多すぎました。動くたびに視界は揺れ、体は石のように重くなっていきます。
やがて動く体力も尽き、奴らに取り囲まれました。こうなったら私がやるべきことは一つです。肉を利用されないように回路に魔力を溜め、自爆する。ただでは死なず、確実に道連れにもっていける技です。業腹ですが、私が死んでもあのクソ神父がいるので、後始末には困らないでしょう。……あとは魔力を込めるだけ、たったそれだけ。
……手が動かない。合理的に考えれば、ここで死ぬのが誰にとっても最善だろう。私は痛い思いをしなくても済むし、死徒も殺せる。敬虔な信徒であった私は主の下に召されるだろう。後は死への引き金を引くだけ。なのに、どうして出来ない……!!!!
渦巻く感情とは裏腹に頭の中ではとっくにその答えが出ていました。
……決まっている、
……ああ、やはり知るべきではありませんでしたよ、相棒。……だって、この世に未練が残ってしまうじゃないですか。
何時の間にか私の顔に涙が伝う。涙なんて流したことないのに、今際の際になって初めて伝う。止めようと努めるが、幾らやっても止まらずむしろこぼれるぐらいだった。自分でもびっくりするくらい弱い声が出る。
「……誰か、助けて。」
聞こえる筈がないほどか細い声。……誰かに聞いて欲しかったのだろう、私の声を。救い出してくれる誰かを自分は望んてたのだろう。
だけど、現実は甘くない。誰も来ない薄暗い夜道で一人死ぬ。……その筈だった。
足音が聞こえる。死徒どもの雑多なものとは違う、暖かい音。こちらへ向かって走ってきているのだろうか。微かに見える視界には、くすんだ赤色がぼんやりと映っていた。
カレン・オルテンシア
被虐霊媒体質の持ち主。敬虔な信徒であり、その信仰心は本物。しかし、自らを取り巻くものを知ろうとしないことで自己を保ってきた。その体質ゆえにワンオペになることが多く、その点についてはどっかの誰かと一緒である。
相棒
公式で明言されてないので、あまり深くは言及しない。この作品においては、強面の人に似た誰かだと思って呼んでほしい。気になる方はミスターダウンで検索。
最後に訪貴様、誤字報告ありがとうございました!!!!