冬木市新卒ガス社員 作:菌糸類に脳を焼かれた海洋生物
体の痛みとは反対に、暖かい温もりを感じた。一人だった自分には決して知り得ないこと。人の温もりは想像以上に心地良かったことを覚えている。
目を覚ますと視界は流れ、体は揺れていた。どうやらおぶられているようだ。何とか顔を見るとくすんだ赤髪の青年が私を運んでいるようだ。額に汗を溜めながら、わざわざ私というお荷物を背負って奴らから逃げている。
私が目を覚ましたことに気付いたのか、彼は何処へ行くべきか私に聞いた。
「……わざわざご苦労なことですね。私を置いて逃げるのが最善では?」
先程の気持ちとは裏腹に、思ってもないことを言ってしまった。しかし、彼は私の目を見て真っすぐ答えた。『声が聞こえました』と。
……ちゃんと聞いてくれる人がいたんです。私の声を、助けを、彼は聞き逃さずやって来てくれた。よく分からない衝動が私の体の中を巡りますが、何とか堪えて切り出します。
「……取り合えず、会社まで送ってください。……冬木のガス会社です。」
その言葉を聞いた瞬間、彼は駆け出す。私に負担をかけないように揺れを抑えつつ、死徒の間を縫うように走った。私を強く抱き、落とさんと必死で道を駆け抜けた。その時のことを私は全て覚えている。
彼の横顔も、体温も、表情も、想いも、質感も、匂いも、感触も、色も、形も、声も、何もかもだ。体は疼き、彼の全てを離さんと必死に反応する。……ああ、本当に何て気持ちだろう。私はこの感覚を知らない、知り得ない、相手を求めてやまないこれが何なのか。
そうこうしてる間に会社へと着いたようだ。彼と離れるのは名残惜しかったが、ここで駄々をこねても仕方がない。礼を言って立とうとすると、貧血で足がよろめいてしまった。彼は慌てて支え、大丈夫かと尋ねる。
「……ええ、ありがとう。……その、悪いのですが部屋まで送って下さらない? 何分、力が入らないもので。」
そうして上目遣いに彼へと呼びかける。悪魔祓いで培った異性への誘い方を迷うことなく彼へ用いる。か弱く、情欲を誘うようなそんな表情で相手に問う。大抵の相手はこれで落ちたのだが、彼はただ心配そうに頷くだけだった。
……何だ、その視線は。今まで向けられたこともないモノに私は戸惑っていた。コツコツと階段を上りながら、私はあることに気付いた。この男は私の体質の影響を受けていないことに。魔術師やその他の可能性を考慮し、警戒しようとするも体に力が入らない。無言の状況が続き、部屋へと着いた。
先程までの気持ちは何処へ行ったのか、自分は不思議に思っていた。しかし、体は火照って仕方ない。極限の状況下で助かったことに興奮しているのだろう。そそくさと出ていこうとする彼を呼び止め、席に座るよう促す。この男、まさか……?
「改めて先程の件、礼を申し上げさせていただきます。……少々、聞きたいことがあるのですが宜しいですか?」
彼は緊張した面持ちでいる。相手の情報を探るチャンスだ。
「まずお名前を伺いましょうか。……成程、衛宮守さんですね。」
話を伺っていくとどうやら一般市民であることが分かった。一般人があのような身のこなしを出来るかは疑問に思ったが、実際できてしまったのでしょうがない。
「……貴方、私と話していても何ともないのね。」
責めていると勘違いしたのか、焦りながら彼は謝る。まともな人間と話すのは初めてだ。なんだか愉快に思えてきて、私は心から笑った。急に笑い出す私に驚いたのか、彼はビクンと体を震わせる。
少し世間話がしたいと思った。出来る限りこの時間を長くしたい。もっと彼と触れ合いたい、知りたいと思った。すると、彼は就活中だという。どうやら日本では自分で会社に行き、プレゼンをして初めて仕事ができるらしい。外から来た私には大変だなとしか思わなかった。
……いや、待てよ、使えるかもしれない。……一か八かだ。
「……お礼といっては何ですが、我が社はどうでしょうか?」
その時の彼のきょとんとした顔は今でも忘れられない。私と彼の始まりの第一歩だ。
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何週間の後、彼が会社に入社した。言っておくが、私は一切手回しなどしていない。彼の行動を縛るなど烏滸がましいにも程がある。入社の際、就活についても聞いてみたが、コミュ力が足りなくて落ちたそうだ。随分と日本の企業は見る目がないようだ。そこから藁にも縋る思いで必死にここにきたという。
「それじゃあ、覚えることが一杯ですね。……ああ、安心してください。お礼も込めて、きちんと一人前まで面倒を見てあげますから。」
そこから私にできる事は何でもやった。彼に必要な経験や知識を積ませ、死なせないように多くの事をした。若干、他の人よりも多くなった気もしますが結果オーライでしょう。彼と関わる中で、私は人並みの幸福というのを教えてもらいました。
誰かと食べる食事の味、誕生日を祝ってもらうこと、身の回りの美しさを教えてもらいました。口下手な彼が勇気を出して、私に近付いてくれたことが本当に嬉しかった。彼の真心が何よりも綺麗だった。
だからこそ、私は彼を阻むものを全て消さなければならない。彼が望むものを叶えなければならない。当然だろう、命を救ってもらったこともそうだが、それ以上にこの世の尊さを、生の美しさを教えてもらったんですから。
何もない私に多くのもの与えてくれた。それだけで十分なんです。……だからこそ、目の前のクソ神父なんかは特に消さなければならない。この異常者が何を考えているかは分からないが、大方ロクでもないことは確定している。……散々、こき使った代償は身を以て払ってもらいましょう。
二人は加速しながら、黒鍵を抜く。間合いを詰めて、剣戟を交わしながら、カレンはいなすように後ろへと下がる。間髪入れず、不規則な軌道を描いた黒鍵が彼女を襲うも視線を向ける事すらなく叩き落とす。
「……ほう、随分と変わったようだ。動きの質がまるで違うな。」
当然だ、彼の前で二度も無様を晒すなど有り得ない。徹底的に叩き上げなければ、彼の傍にいる資格などないだろう。
「そういう貴方は何も変わりませんね。……年を取ると、向上心が無くなるとは事実なのですか。」
「……フフ、どうかな。」
言峰が一段ギアを上げ、踏み込む。恵まれた体格から繰り出される力は途轍もないもので、間合いを一息で詰める。致命の一撃を何とか躱しつつ、的を絞らせないように上手くテンポを外す。額に汗が滲みながら、思考を進める。
(ッツツ……確かに速いですが、隠し玉の一つや二つ、この男にあることは想定済みです。……こちらも本気でいきますか……!!)
「……よく避けるものだ、まるで煙のようだ。……だが、避けているだけでは勝てないぞ。」
そう言って、さらに加速をする言峰。彼が習得した八極拳は従来のものとは違い、実戦用に独自にカスタマイズした異形のものとなっている。一動作から派生される技は無数に存在し、『読み』という行動を限りなく難しくしている。だが、それでもカレンには一つ見覚えのある型があった。以前、彼と組んだ時に使っていた正拳突きである。
黒鍵で十分な間合いを取り、言峰の行動を誘う。一直線に開かれた絶好の間合い、言峰は
「何か狙っていたようだが、残n……!?、ッツツ、これは……!!!」
「分かっていても、頭がのろまじゃ意味ないですね。」
言峰の体には赤い布が固く巻かれていた。それはカレンが使う切り札にして、強力な男性特攻を持つ『マグダラの聖骸布』であった。代行者時代に何度も使っていたそれは、自身が最も使う武器にして、伏せ札でもあった。誰にも言うことはない己だけの武器である。
カウンターの刹那に巻かれたそれは 抜けようともがけばもがくほど締まり、その体を圧迫する。そして、それは余りにも大きな隙だった。
「……言ったでしょう、首を断つって。何も出来ずに此処で死んでくださいな。」
そして、断頭台のように滑らかに黒鍵が言峰の首へ吸い込まれた。分たれた胴体からは血が噴き出し、宙に舞う頭はゴトリと落ちた。その顔に恐怖はなく、ただ笑みを浮かべているだけだった。
黒鍵に付いた血を振り払い、息を整える。予定通りとはいえ、これ程の相手だ。疲労の度合いも相当だった。肉弾戦では勝ち目がないので、ひたすら受けと回避に回っていたが、何度か死んでもおかしくない攻撃もあった。
それでも今此処に立っているのは自分だ。自分の心配が杞憂に終わったことに安堵し、後輩に電話をする。……その時だった。トスッと柔肌を切り裂くように背中に刺さり、陶芸品のような白い体は真紅に彩られた。
「……悪いが、それはできない約束だ。何分、やりたいことがあるのでな。」
「カハッ……ッツツ、何で……? 首を切ったのに……そうか、その体……!!!」
「その程度では死なない体でな。……しかし、最後の瞬間は特に胸が躍った。よもや、ココまで強くなっているとはな。」
ゆっくりと血が抜け出し、彼女の意識はだんだんと薄くなっていく。それでも目だけは最後まで言峰を睨んでいた。彼は屈んで、落ちた電話を拾い、悪辣な笑みを浮かべた。
「……や……め…ろ……彼に……手を…出すな……。」
その言葉を最後に彼女の意識は途絶えた。
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半ば気絶している状態から守は目が覚めた。あの特訓の最後に彼は大事なことを思い出した。彼の存在理由とその役割について。寝てる場合ではないと起き上がると、シエルが入ってきた。
「!!!、目が覚めましたか……!! いやー心配しましたよ、少し強くやりすぎちゃったと思って……。」
守は若干トラウマになりつつある、彼女に礼をしつつ、自分の特訓成果について話を聞いた。
「そうですね、実戦で使えるぐらいには大分、黒鍵の扱いが上手くなったと思います。甘い所もありますが、条件も達成したので研修終了ということで良いでしょう!!!!」
たった三日間だけど、人生で最も濃い瞬間の一つに入るぐらいには猛烈な時間だった。自分の為に貴重な時間を割いてもらったことに改めて礼をし、軽くシャワーを浴びる。
体を拭き、切嗣の最後の贈り物を身に通す。それは十年前、切嗣が使っていた黒いスーツで、守の丈に合わせてあった。防刃防弾や魔術運用などの補助が入ったそれは礼装と化していた。それを見たシエルは感嘆の声をあげる。
「おおーとってもカッコイイですよ!!!、守さん!!! 何だか出来る会社員って感じで大人っぽいです!!!」
照れくさそうに頬を掻きながら、準備をし、外へ向かう。その様子を見た彼女は心配そうに声をかけた。
「え、もう行くんですか?、あれだけ追い込んだのに? ……もう少し休んでからでもいいんじゃ?」
その言葉に対して、守は元気そうに体を動かす。強がっているわけでもなく、今が人生で一番体の調子がいいそうだ。そして、彼女にパーティーの誘いをする。美味しい中華のお店で先輩も呼んで、食事会をしようとのことであった。
「フフッ、中華ですか、それは楽しみですね!!! ……はい、皆で行きましょう!!!、守さんの財布が悲鳴上げるまで食べますからねー!!!」
それは困ったなという表情をしつつ、会釈をして、扉を開けた。瞬間、姿が掻き消え、ある方角を目指して走り出した。神話の再現が行われている冬木の白き城へと。
衛宮守
特訓での気絶から完全復活。人理からのバックアップも受けて、元気一杯な模様。切嗣に言われたことは全部思い出したので、ここからが正念場となる。現在、城へ向けて激走中。
カレン・オルテンシア
原作では戦闘能力がほぼないが、無様を晒すまいとめちゃめちゃ頑張った。マグダラの聖骸布によるスタンから首を刎ねるスタイルを確立した(男性限定) メタりにメタって勝ったけど、相手が一枚上手だった。
余談だが、守への指導を熱中するあまり、色々と本気になり過ぎてしまった。そのため、守は入社当時、膨大に課せられるタスクから嫌われていると思っていた。
衛宮切嗣
士郎には聖剣の鞘を、守には自身の服や回路、武器を挙げた。一見あげすぎに思えるが、聖剣の鞘がぶっちぎりでヤバすぎて、つり合いが取れていないかも。
言峰綺礼
人間を辞めた。願いが叶うまであと少し。
最後にカキカクロ様、誤字報告ありがとうございました!!!