あの人、勇者の物語にはいない。【AI翻訳】 作:ゼリ_Xerionic
午後の遅い時間、アッシュブルクの城壁の外──湿地と灰が混じり合うこの街の外で、少年少女が大きな干し草の山のそばで木の剣を振り回して遊んでいた。
涼しい風が麦畑を撫で、葉ずれの音がまるで幸せそうに歌っているようだった。
少女の手にした木の枝は風のように速く、小さな戦士が比武の舞台を駆けるかのごとく鋭い。
対照的に、少年リースは自分の木の枝を何度も手から落としては、別の木の枝でアンジェリカに何度も叩かれていた。
「リースってほんとダメだね。こんなんじゃ冒険者なんてなれないよ?」
彼女はそう言いながら木の枝をぎゅっと握りしめ、炎のような瞳を細めてからかうように見つめた。
いくら言われてもリースは怒らない。
ただ恥ずかしそうに指で頬をかき、そしてにこりと笑い返すだけだ。
少年は戦いの才などまるでなくとも、心だけは誰にも負けなかった。
「もう一回やって」
少年は木の枝を杖代わりにして立ち上がる。
が、次の瞬間、少女の木剣が振り下ろされ、またしても地面に仰向けに倒れた。
「もう、アンジェ、リースにちょっと優しくしてあげて」
シスターのマリッサ──二人の育ての親とも言える存在──が声をかける。
白く美しい手がリースの傷の上にそっと置かれた。
「我が女神マリーナよ、どうか我が子を癒したまえ──ヒール」
青い光が掌から溢れ、少年の背中に広がっていく。
痛みも痣も、たちまち消えていった。
「でもリースが『もう一回』って言うんだもん」
アンジェリカは服の裾をぎゅっと握り、拗ねたような声で言い訳する。
鼻をすする音がして、瞳に涙が浮かび、両手で布をくしゃくしゃにしている。
「僕がアンジェにそう言ったんです」
少年は可愛らしい瞳を向けて口を開いた。
「僕もアンジェも冒険者になりたいんです。だから、たくさん練習しないと」
「でもたくさん練習するって言ったって、怪我するほど叩き合うことじゃないわよ」
青い光が消えると、マリッサは片手をリースの頭に、もう片方の手を振ってアンジェリカを手招きした。
「ごめんなさい……」
アンジェリカが小さな声で呟く。
「いいのよ。マリーナ女神様はきっと二人をお許しくださるわ」
マリッサは二人の子供をぎゅっと抱きしめた。
その夜は温かく過ぎていったけれど、リースの胸の奥にある「冒険者」という言葉の重さは、木の枝で叩かれた痛みよりも、ずっとずっと重かった。
「今回の試験課題は「薬草一籠」か「野ウサギ一匹」のどちらか。本日中に持ち帰ること。」
冒険者ギルドの受付嬢・マーラが告げた。彼女は鋭い眼鏡のフレームを指で軽く上下させながら、淡々と続ける。
アッシュブルクは他の街に比べて新米冒険者が少ないため、試験もそれほど厳しくはない。いや、むしろ「誰も興味を持ってくれない」と言った方が正しい。
列が解かれると、受験生の若者たちはそれぞれ別々の方向へ散っていった。リースとアンジェリカは西の森へ一直線。木々がささやくような葉ずれの音が、二人のことを陰で噂しているかのようだった。
「ねえリース、どうしてここに来たの? 野ウサギなら東の丘の方にいるはずでしょ?」
アンジェリカは腕を組んで、不機嫌そうに後ろをついてくる。
「僕は薬草を集めた方がいいと思ったんだ」
リースが振り返って答える。のんびりとした笑顔が浮かんでいるが、その表情がアンジェリカは大嫌いだった。もっと真剣に、もっと活発に、もっと大きなことに挑戦してほしいのに。
「でも私はウサギを狩りたいのに……」
小さな声で呟く。親友に聞こえないように。
少し森を進むと、リースが一本の木を指差した。
「あ、見つけた」
木の幹に刻まれた矢印と短い文字。先輩冒険者が後輩のために残した道標だ。
「この印を辿れば回復薬草の群生地があるんだ」
アンジェリカは渋々ながらもついていく。茂みを掻き分けると──目の前に広がったのは、青い葉が風に揺れる広大な薬草畑だった。女神マリーナの加護を受けた葉が優しく光り、温かな香りが辺り一面に漂っている。
赤毛の少女は思わず息を呑み、しばし目的を忘れて見とれてしまった。やがて黙々とリースを手伝い、籠いっぱいの薬草を集め終える。
……でもリースはそれ以上に集めていた。
「アンジェ、ウサギ狩りしたいって言ってたよね?」
少年はにやりと白い歯を見せて笑う。目が細められ、ちょっと自慢げだ。
細い縄で罠を仕掛け、薬草を餌として吊るしておく。ほどなくしてウサギが現れた。だがそれは普通の野ウサギではない。木目模様のモンスター・ウッドラビットだった。
モンスターと言っても食物連鎖の最下層にいるようなもので、硬い木の装甲を背負っている以外は大した脅威ではない。
「今だ!」
ウサギが輪の中に入り、餌に顔を上げた瞬間、リースが合図を出す。二人は同時に縄を引っぱり、ウサギをがっちり締め上げた。
「アンジェ!」
「うん!」
もう一度合図。アンジェリカの剣が雷のように閃き、正確に喉を貫く。
「リース、こんなやり方どこで覚えたの?」
「先輩冒険者に教えてもらったんだ」
少女が剣を引き抜き、布で血を拭う。少年は袋を開けて道具を出そうとしたその時──
茂みから飛び出す音。
巨大な灰色の狼が、アンジェリカめがけて飛びかかってきた。
「アンジェ、危ない!」
リースが叫ぶ。同時に丸盾を掴み、アンジェリカを突き飛ばすように押し倒し、自分が狼と激突する。
「うわっ!」
衝撃で盾が弾け飛んだ。巨大な狼が牙を剥き、少年の喉を狙う。リースは咄嗟に左腕を狼の口に突っ込み、右腕で首をがっちり抱え込んだ。
どれだけ振り回されても、絶対に離さない。
「刺せ!! アンジェ!!」
叫びながら狼と格闘する。足元にいる少女は膝を震わせ、剣を握る手が小刻みに震え、息が詰まって目が泳ぐ。
もし刺し損ねてリースを傷つけたら──
「刺せって言ってるだろ、アンジェ!!」
もう時間が無い。リースの力はもう長くは持たない。
アンジェリカは目を閉じ、歯を食いしばって──全力で剣を突き立てた。
奇跡的に、剣は狼の喉を正確に貫いた。
狼が倒れ、動かなくなる。リースは最後の力で口をこじ開け、腕を引き抜くと、その場にへたり込んだ。
左腕は血まみれで、骨が不自然に曲がっている。
アンジェリカはリースの隣に崩れ落ち、涙を溢れさせながら少年の胸に顔を埋めた。
「リース、ごめん……」
「大丈夫だよ……袋にポーション入ってるから」
落ち着きを取り戻した彼女がポーションを取り出し、傷口に注ぐ。淡い青い光が立ち上り、外傷はみるみる塞がっていく。
だが、骨までは癒えなかった。
その日、少年少女たちは日が沈んだ後に冒険者ギルドへ戻ってきた。薬草に木目模様のウサギ、そして灰色の狼を携えて。
ギルドの受付嬢たちもベテラン冒険者たちも、皆一斉にどよめき、騒然となった。
リースの左腕はひどい有様で、マリーナの高位聖職者であるラントン神父をわざわざ呼んでようやく治療できたほどだった。
確かに二人は無事に冒険者タグを手に入れた。
けれど、それは誰の口から称賛されることもなく、話題にすらならなかった。
そして、わずか一週間後。二人はすでにランタナへと旅立っていた。
リースは決して「痛い」と言わなかった。
リースは決して「怖い」と叫ばなかった。
リースはどんな危険にも、笑顔で飛び込んでいく。
けれど、リースは弱い。
だから、アンジェリカはリースを追い払わなければならなかった。
アンジェリカは夢から目覚めた。
あの過去が、幸せだったのか苦いのか、もう分からない夢だった。
静まり返った部屋で、彼女はベッドから起き上がる。
リースはもうここにいない。
温かい吐息が、誰もいない部屋の空気に溶けていった。
思い出だけが胸の奥で渦を巻く。
旅を始めた頃はいつも自分がリースの後を追いかけていた。
けれどパーティーを組んでからは、リースの役目は「後ろについてくること」になった。
死体処理、装備回収、荷物運び、雑用で小銭を稼ぐ。
それだけだった。
彼の腕前は一向に上達しなかった。
仲間たちが何度教えても、これ以上は伸びない。
このまま無理に冒険を続ければ、待っているのは死だけだ。
だから、彼女は自分でリースを追い出す側に立った。
「アッシュブルクの鉄蜂討伐が終わったって。死者はゼロだってさ」
昨日ギルドで聞いた話に、彼女は心底ほっとしていた。
語り手は恐ろしい場面を何度も繰り返したが、ランタナの冒険者たちは言葉を失うばかりだった。
(あんな危険な作戦で死者ゼロ……ってことは、リースは参加してないんだ)
きっともう冒険者を辞めたんだろう。
今頃はニッシャの宿で働いてるか、マリーナ教会で穏やかに暮らしてるはず。
アンジェリカはそう信じたかった。
あのニュースの作戦で、リースが生き延びられるはずがないと。
赤毛の少女は、胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
自分はあれからどれだけ強くなったか。
なのに今も、ヴィクターの名声のために任務を繰り返す輪の中だ。
(もしかして…ルーシーの言った通り、リースと一緒にいた方が幸せだったのかな)
銀色の剣が虚空を切り裂く。炎のようなポニーテールが舞う。
まだ『剣の舞』とか『剣技』なんて呼べるレベルじゃない
ただ、優れた剣士たちから盗み、経験で磨いただけの動き。
パーティーリーダーのヴィクターは言う。
「お前には“女神の剣”の才がある」と。
確かに十三歳でギルドの女子剣士比武を制し、最年少記録として名を刻んだ。
けれど、振り向くと、そこには“何も持たない”リースがいた。
どれだけ走っても、もう追いつけないほど遠くに感じる。
才能が大きすぎるほど、先行する者は距離を作ってしまうのかもしれない。
(ごめんね……)
振り向きざまに、小さな水滴が宙を舞った。
アンジェリカは涙を流しながら、剣を振り続けた。