あの人、勇者の物語にはいない。【AI翻訳】 作:ゼリ_Xerionic
リースと別れた後、エスタは活気に満ちた冒険者のギルドへと飛び込んでいった。
モンスターの死体や鉄蜂の残骸が、次から次へと運び込まれてくる。
数多くの冒険者たちが輪になって楽しげに語らい、予想外に簡単に終わった超危険クエストの成功を、腹の底から笑いながら祝っていた。
だが、ランタン出身の冒険者たちが手を振って呼んでくれても、今日のエスタは明るく挨拶を返すだけで、輪の中に入っていくことはできなかった。
それは……「受付嬢長マーラ」から下されたお仕置きのためだ。
黒髪の少女は更衣室に足を運び、冒険者装備を脱ぎ捨てる。滑らかな肌に、冒険でできた小さな傷がいくつも残っていた。白いブラウスにスプリーツカート、そしてギルド章の入った黒のブレザーを羽織る。
彼女は表のカウンターではなく、奥の事務室へと向かった。そこにいたのは、以前こっそりリースと一緒に街の外へ出るのを許してくれた先輩受付嬢だった。
「さあエスタ、ここに座って」
「はーい♪」
澄んだ鐘の音のような返事。朝早くに味わった甘い余韻が、まだ頬に残っている。
どさっ!
頭の上まで届きそうな書類の山と、計算機が無造作に置かれた。
「今日中に終わらせてくれると助かるわ」
「りょーかいです♪」
先輩が容赦なく仕事を押し付けてきても、エスタはまったく動じない。
隣の机を見れば、自分と同じくらいの高さに書類が積まれている。
(少なくともイジメとか恨みとかじゃないんだ、と少し安心した。)
だが、冒険者のギルドはエスタを見くびりすぎていた。
見た目は少女でも、中身は遠い空の果てから来た存在。
人生経験も、事務処理能力も、完全に別次元なのを彼らは知らない。
(こういう仕事? 朝メシ前だよ!)
そう決めてしまえばこっちのもの。
左手で計算機を叩き、彼女は左手を計算機の上で優雅に踊らせながら、右手でペンを軽やかに振り、紙の上に複雑でありながらも美しい数学の文学を、まるで水が流れるように滑らかに綴っていった。
たった三時間後――昼休みの鐘が鳴ったとき、最後の書類も完璧に仕上がった。
ペンが紙から優しく離れ、そっと横に置かれる。
エスタは背筋を伸ばし、軽く上体を捩りながら、先輩が仕上げたものを確認するのを待っていた。
「え……な、なにこれ……無理でしょ、普通三日はかかる量なのに……!」
先輩受付嬢が目を丸くして叫んだ。
計算はもちろん完璧、しかも字が驚くほど読みやすく美しい。
まるでこの子は剣を握るためじゃなく、ペンを握るために生まれてきたみたいだ。
「え? これくらい簡単ですよ?」
純粋すぎる瞳と、まったく悪気のない声。
そのあまりの化け物っぷりに、先輩たちは「黒髪の悪魔」と密かに畏怖しながら後ずさった。
「午後の分もまだ残ってますよね? お昼ごはん食べてすぐ戻りますから、どんどん持ってきてください~♪」
怖いもの知らずの笑顔でそう言い残し、エスタは軽やかに事務室を後にした。
リースにとって、マリーナ教会での仕事はどれも気に入っていた。
診療所の手伝いも、グレイモアのために森へ薬草を採りに行くのも、すべてだ。
だが今日という日は、いつも以上に慌ただしい一日となった。
原因はグレイモアが冒険者ギルドの会長にそっと吹き込んだ一言だった。
「マリーナ教会の人間なら、鉄蜂の目玉から魔水晶を作れるんですよ」
その結果、大量の「鉄蜂の目玉」が教会に運び込まれてきた。
生臭く腐ったような悪臭が教会全体に充満し、周辺にまで漂ってしまうほどの惨状だった。
最初に胃袋の中身をすべて吐き出したのは、他でもないこの騒動の張本人、グレイモア本人。
続いて若い神官が二人──
「グレイモア様……本当に、あれでできるんですか……?」
リースは声を絞り出しながら、濡らした布を鼻に巻いて必死に耐えていた。
それでもほとんど効果はなかった。
「うっ……できる……乾かして……粉にすれば……うぷっ」
言い終えるや否や、顔色を悪くしたキツネのグレイモアがまた吐いた。
これこそまさに自業自得というやつだ……。
(乾かす、か。外に干せば臭いが遠くまで広がって祭りの雰囲気を台無しにする。放置すれば神官たちが全員マリーナ様の御許へ直行確定だ。となれば……)
リースはふと思いついた。
「土魔法を使える方はいますか?」
三人の神官が手を挙げた。
リースは即座に頭を下げ、頼み込んだ。
「どうか力を貸してください!」
リースは神官たちを教会の裏にある広場へ案内した。
そこで彼らは魔法で巨大なドーム型の窯を作り上げる。
それはまるでパン焼き釜を巨大にしたような形だった。
魔法のおかげで作業はあっという間に終わった。
リースが火を点けると、鉄蜂の目玉を一度に何十個も窯の中へ放り込む。
一分も経たないうちに、腐臭は信じられないことに食欲をそそる香ばしい匂いに変わった。
「あ……もう正午か……」
リースと並んで座っていた三人の神官が、同時に口と腹から音を立てた。
昆虫は体内の水分が少ないため、鉄蜂の目玉はわずか十五分で完全に乾燥した。
リースたちは最初の乾燥分を砕いて粉にし、グレイモアのもとへ持っていった。
「おおっ!! これは上出来だ!!」
粉のきめ細かさを確かめたグレイモアが大声で叫ぶ。
それを聞いた教会中の者が歓声を上げた。
まるでリースが祭りの雰囲気を壊さずに全員の命を救った英雄になったかのようだった。
「では、窯をもう一つ作りましょう!」
リースが再び声を上げると、神官たちは満場一致で頷いた。
──そして午後は、文字通り地獄の重労働が始まった。
今日は本当に驚くことだらけだった……。
リースは一日中あった出来事を頭の中で振り返りながら、エスタを待っていた。
朝のあの吐き気を催す光景を、彼女に会う前に何とか振り払っておこうと必死だった。
だって、今日という日は特別なのだから。
「待たせた?」
背後から突然の声。リースは小さくびくりと肩を震わせる。
振り返ると、そこにいたのは見慣れない格好のエスタだった。
いつもの動きやすい冒険者装備ではなく、黒を基調とした受付嬢の制服。
白いシャツにブレザーを重ね、膝まで届くプリーツスカート。
大人びて上品な雰囲気なのに、足取りは相変わらず軽やかで。
少年は少し俯いて、くすりと笑った。少女もそれを見て微笑み返す。
「いや、僕も今来たところだよ」
「よかった。それじゃ、行こうか」
リースが頷くと、二人は肩を並べて中央通りへと歩き出した。
この時期、アッシェンブルクでは年に三度の祭りの一つ「古き英雄記念祭」が開催されていた。
しかも今年は格別だ。
大規模鉄蜂討伐作戦がちょうど終わったばかりで、他都市の冒険者たちもまだ帰れていない。
ギルドが戦利品の査定をしている間、彼らは足止め状態だった。
当然、初めての大金が入った冒険者たちは財布の紐がゆるゆる。
鼻の利く行商人たちが雪崩を打って押し寄せてきていた。
さらにアンダーアイゼン発見の噂が広まり、王都の考古学者たちが列をなしてやって来ている。
第七代大賢者までもが「自分で行く」と手紙を送ってきたという。
今夜のアッシェンブルクは、数十年ぶりの大賑わいだった。
通りには祭り限定の看板が並び、露店やござを広げた露天商でぎゅうぎゅう。
踊り子や楽師たちが輪になって開帽公演をし、歌と笑い声が波のように響き合う。終わらない宴のようだ。
色とりどりの花びらが風に舞い、甘い香りを運んでくる。
夕暮れの優しくて柔らかな景色だった。
花びらと音楽に包まれながら、リースとエスタは中央通りを歩いていく。
子どもたちの笑い声、焼きたてパンの香ばしい匂い。
見たこともない異国の食べ物を味見しながら、二人はゆっくりと進んだ。
黒髪の少女は、かつて「古き地平」で何度も祭りに参加したはずなのに、
今はまるで初めて来た子どものように目を輝かせて駆け回っている。
不思議と、リースはそんな彼女に付き合っていて、少しも疲れを感じなかった。
「お嬢ちゃん、そこに面白いものがあるよ。珍しいの、見てかない?」
ござを敷いた行商のおじさんが、二人の方を手招きした。
「はい!!」
興味津々なエスタは、即座に飛びついていく。
「これはな、『アグマサーシアのダーフ』が作った紫水晶の首飾りでね。魔法具なんだよ」
エスタの瞳がぱっと輝いた。
彼女は身を乗り出して、興奮気味に尋ねる。
「わあ……それで、何ができるんですか!?」
「これは強化魔法が込められた魔法具でね。神官じゃなくても使えるんだ。で、値段は―」
行商のおじさんがにやりと笑って、三本の指を立てた。
「たったの三十銀貨さ!」
エスタはがっくりと肩を落とす。
「もうちょっと安くならないかなぁ~?」
甘えるように声を伸ばすと、おじさんはげらげら笑った。
「じゃあ二十七でどうだい!」
「ううううううっ……」
少女は悔しそうにうめいた。
ギルドの常駐魔女(つまりおばあちゃん)に、せっかく鉄蜂討伐で稼いだ報酬を三ヶ月間没収され、しかも書類山積みの罰則労働中なのだ。
「じゃあ、僕が買うよ」
「えっ!」
リースは自分の袋から静かに銀貨を取り出した。
大銀貨二枚と小銀貨七枚をぴたりと揃えて差し出し、紫水晶の首飾りを手に取る。そしてそっと懐にしまった。
彼も鉄蜂討伐の報酬は凍結されていたが、教会とギルドの以前の仕事で貯めた私財があったため、困ることはなかった。
「商売繁盛、ありがとうな若者!」
リースは軽く会釈で礼を返した。
「ちょっとぉ!! 横取りってズルいよ~!」
エスタが頬をぷくっと膨らませる。
「でもギルドの規則に禁止されてないよ?」
「昔のパーティーから追放されたのも、こういう性格のせいかもね?」
「ありえるかも」
毒舌が飛んだ。
かつてのパーティー追放は、リースにとって深い傷だったはずだ。
なのに今は、なぜか胸がちくりとも痛まない。
彼がにこりと笑うと、エスタもむくれた顔を崩して、同じ笑顔を返した。
その後、二人は露店街を抜け、ちょうど太陽が沈むタイミングで広場に到着した。
古都アッシェンブルクの領主、エリアス伯爵が中央の舞台に上がり、魔導拡声器で声を轟かせる。
「さて、時刻が来た! これより、古き英雄記念祭の伝統舞踏『古都回顧の舞』を始める!」
言葉が終わると同時に、周囲の音楽がぴたりと止まり、祭りの喧騒が一瞬で静寂に包まれた。
やがて主舞台から荘厳な旋律が流れ始める。
鮮やかな民族衣装をまとった村の若者たちが次々と現れ、輪になって踊り出す。
手を取り、離し、入れ替わり、また手を取って、休むことなく回り続ける。
エスタにとって、それは完全に未知の踊りだった。
本で読んだことはあったが、活字と実際に見るものとは天と地の差がある。
楽しくて、目が離せなくて、思わず自分も歌い、踊りたくなるような、魂を揺さぶる舞踏だった。
二人が並んで最後まで見届けた瞬間、領主邸の屋上から用意されていた花火が一斉に打ち上がる。
夜空を鮮やかに彩る光の雨。
その光の中で、リースはそっと紫水晶の首飾りを取り出した。
「エスタ、これ……僕から」
少女の心臓がどきどきと暴れ出す。
頬が熱い。
もしこれが世界の強制イベントだとしても、今日はもう流されてしまおう。
でも本当は、心のどこかで「これが本物の気持ちであってほしい」と、砂浜の一粒ほどの確率でもいいから祈っていた。
いけ、エスタ! やれる! ゴー、エスタ、ゴー!!!
自分を鼓舞し、彼女は短い黒髪を片手で掻き上げ、高いポニーテールにまとめてしっかりと押さえる。
白い首筋をさらけ出し、振り返った。
……が、何も起こらない。
「えっと……エスタ?」
リースが困惑した声で呼ぶ。
振り返ると、そこには完全に状況を理解していない少年の顔があった。
(ああ、そうか。この子は「女の子が首を見せたらどうすればいいか」を知らないんだ…。)
エスタの妄想は「無垢」という名の巨大なハンマーで木っ端微塵に砕かれた。
同時に、自分が首筋を見せたことを猛烈に後悔し始める。
「リースはまだ十四歳のガキだぁぁぁ!! ただの十四歳のガキィィィ!!!」
恥ずかしさを爆発させて叫びながら、彼女は涙目で大笑いした。
そして自分で首飾りを奪い取り、ぱちんと首に留める。
「ありがとー!! リース!!!」
最後の大輪の花火が夜空で炸裂する中、
少女の明るい声が、祭りの空に高く響き渡った。
舞踏が終わると同時に、静寂は一瞬で弾けた。
歓声と雑多な楽器が再び渦を巻き、祭りの熱気が一気に頂点へ。
この喧騒が、リースにとっては一番心地いい時間だった。
ずっと、ずっとこのままでいてほしい。
こんな穏やかな時間が、ずっと続いてほしい。
(冒険者ギルドが存在する理由って、きっとこういう瞬間を守るためなんだ)
(僕がずっと抱いてきた「アンジェリカの元へ帰るだけ」という願いは、もしかしたらあまりにも小さすぎたのかもしれない)
「どうしたの、リース?」
エスタが首を傾げて、夢見心地にぼーっとしている少年の顔を覗き込む。
「なんか……大事なことに気づいた気がして」
「大事なこと?」
「あの時、アンダーアイゼンでエスタが聞いてくれたよね。『もし僕が強くなって、相応しい存在になったら、アンジェリカのところに戻る?』って」
「……うん」
彼女はあの時の会話を思い出した。
これはきっと、答えを聞く時。
覚悟を決める時かもしれない。
それでもエスタは、期待でいっぱいの瞳でリースを見つめ続けた。
「僕はアンジェリカのところに戻るよ。
でも、もう彼女たちのパーティーには戻らない。
ただ『僕は強くなった』って、伝えるだけ」
「……それでいいの?」
「うん。今は……もっと大きな目標があるんだ」
その答えに、黒髪の少女はふうっと長い息を吐いた。
耳まで真っ赤になった顔を左右に振って、照れ隠しをする。
「もう~、リースってば!
十四歳のガキのくせに、おじいちゃんみたいなこと言うんだから!」
二人は祭りの会場をもう少しの間、ぐるぐる歩き続けた。
人がだいぶまばらになってきた頃、ようやく街の中心通りから抜け出した。
エスタはニッシャの宿の入り口でリースを送り止める。
中から舞い落ちてくる紫色の花びらが、別れの時間を告げていた。
でも、それはただの一時的なもの。
藍色の空が広がる明日の朝には、また会えるのだ。
「うん、今日はゆっくり休んでね。
明日朝、ギルドで会おうね、リース」
「本当に送らなくていいんですか?」
エスタが宿の前で別れを告げた後、リースがそう尋ねた。
すると彼女はにっこり笑って答える。
「こんなのへっちゃらだよ。
今は人も多いし、仮に盗賊が出たって逃げられるから」
「どうかお気をつけてお帰りください」
リースはそう言いながら、笑顔のままのエスタの顔を見つめていた。
彼女の声は鈴のように澄んでいて、自信に満ちていて、聞く人を自然と魅了してしまうような声。
エスタはくるりと背を向け、歩き出した。
リースはその後ろ姿が視界から消えるまで見送り、それからようやくニッシャの宿の中へ戻っていった。