あの人、勇者の物語にはいない。   作:ゼリ_Xerionic

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第3話 1-3 故郷への旅 2 (改)

この道は古くから使われてきた街道だから、常に障害物は取り除かれている。

だからリースたち一行は、それ以上危険なモンスターに遭遇することはなかった。

そしてついに、三日目の朝、馬車の隊列はアッシェンブルクの街へと到着した。

ハンザムとリースは馬車乗り場から冒険者のギルドに向かって歩いていく。

ところが大ホールに入ってみると、意外にも人はまばらだった。

 

「ここでお別れですね」

 

リースは旅の間にすっかり打ち解けたハンザム一行に向かって、丁寧に頭を下げた。

 

「いや、まだだよ。荷物の積み下ろしが終わるまではここにいるからさ」

 

スレスがいつもの調子で気楽に答え、にやっと人をからかうような笑みを浮かべる。

それを見たハンザムが軽くスレスの肩を掴んで引き寄せ、位置を入れ替わると、今度は自分がリースの前に立った。

 

「いい冒険者だったぞ、リース。これからの道も幸運を祈る」

 

そう言ってハンザムはリースの肩に手を置き、軽くポンと叩いてから、仲間たちを連れて受付カウンターの方へと歩いて行った。

 

「じゃあ、お別れか」

 

今度は落ち着いた平坦な声が、反対側から響いた。

リースが振り返ると、そこには見慣れた顔があった。

 

「はい、マーラさん」

 

受付嬢の長であるマーラは、眼鏡をクイッと押し上げながら、いつもの几帳面な視線をリースに向けた。

(二年ぶりなのに、マーラさんちっとも変わってないな……)

心の中でそう思いながら、リースは丁寧にお辞儀をする。

けれどマーラは特に表情を変えず、もう一度眼鏡を押し上げると、定規で線を引くようにきっちりとした声で言った。

 

「レオ様がお待ちです」

「はい」

 

リースが返事をすると、マーラは黙って階段を上がり、二階へと案内した。

古びた木の扉がゆっくりと開く。

軋む音がまるで、入る者を威嚇するかのように響いた。

部屋の中で一番大きな机に座っていた人物が、ゆっくりと椅子を回転させてこちらを向いた。

ギルドマスターレオ、ワーガスのパーティ仲間だった男だ。

厳格な老人で、髭も髭も剃り上げ、鼻梁には片眼鏡を右目にかけている。

口元は自然とわずかに上がっているように見えるが、その顔には慈悲の欠片もない。

 

「ワーガスが手紙を預けてきたんだな」

「はい」

 

リースはそう答えて、背負っていた荷物から手紙の箱を取り出し、静かにレオの机の上に置いた。

レオは箱を開け、巻物の一つを取り出して封蝋を確かめる。

だがその途中で一つの巻物に目が留まり、それを先に開いて読み始めた。

片眼鏡をクイッと押し上げながら手紙を読み、時折リースの顔を見上げる。

 

「酷いな、ワーガス……」

 

レオは喉の奥から低く唸るように呟き、苛立ちを込めて大きく息を吐いた。

それからその手紙を巻き戻し、再びリースに向き直る。

冷え切った視線がリースを貫き、まるで凍りつかせたかのように動けなくさせた。

 

「本当に冒険者を辞めるつもりなのか?」

「……はい」

「なぜ辞めたいんだ?」

 

沈黙がリースの体を一瞬、駆け抜けた。

顔を伏せ、やがて大きく息を吐き出してから、彼は口を開いた。

 

「僕……どんなに頑張っても、どうしても上手くいかないんです。

 パーティから荷物扱いで追い出されて……だから、もう辞めたいんです」

 

リースの声には、一切の迷いがなかった。

まるで、もうとっくに決心がついているかのように。

それを聞いたギルドマスターレオは、鼻で小さく笑い、息を吐きながら首を振った。

慈悲のない笑みを浮かべた顔が、ゆっくりと左右に揺れる。

 

「悪いな、今は辞めさせてやれない」

「え?」

「まずはこれらの書類を見てみろ」

 

ギルドマスター・レオの手のひらが、目の前の山積みの書類をバンッと叩いた。

その高さが恐ろしいほどだ。

 

「前線の状況が悪い。魔獣も新種の魔物も異常発生してる。

 王国中のギルドが上級冒険者を総動員してるんだ。

 はっきり言えば……今、俺たちは――人手――が――致命的に――足りて――ない」

 

レオは最後の言葉を、一語一語、噛み締めるように強調した。

その声の重さに、部屋の中が一瞬にして静まり返った。

リースの口に詰まったのは、言葉ではなく、様々な複雑な感情だった。

レオの言うことは、ある程度理解できたけれど……

(でもこれって、結局『働けよ、この奴隷』って言ってるのと同じじゃないですか……?)

そう言いたい気持ちは山々だったが、目の前にいるのは冒険者ギルドの偉い人だ。

下手なことを言ったら、強制的に危険な仕事に放り込まれるかもしれない。

たとえば、毒蛇の檻掃除みたいな。

 

「……頑張ります」

 

リースが木偶の坊のような声で答えると、レオは小さく鼻で笑い、敵意に満ちた笑みを広げた。

 

「いい返事だ。

 これから下に行って、マーラから新しい規則を聞いてこい。

 今すぐ仕事を受けるか、明日から始めるかは、お前に任せる」

 

そう言い終えると、レオはゆっくりと笑い、顔を再び書類の山に埋めた。

リースは丁寧に頭を下げ、踵を返して部屋を出ようとする。

ところが、扉の軋む音が響いた瞬間、ギルドマスターレオが大きな声で呼び止めた。

 

「リース。ワーガスと俺もな……お前と同じくらいの歳の頃、パーティから追い出されたんだ」

 

リースは振り返り、顔を伏せたまま作業を続けている老人を見つめた。

 

「ありがとうございます」

 

その最後の言葉に、リースの胸に少しだけ力が戻ってきた。

感謝の言葉を口にし、彼は静かに部屋を後にした。

 

階段を下りて一階に戻ると、受付カウンターのそばでマーラが待っていた。

彼女は眼鏡をクイッと押し上げ、口元を一直線に保ったまま言った。

 

「ついてきなさい」

「はい」

 

マーラに導かれ、リースは受付の裏手にある小さな部屋へ入る。

そこには綺麗で整然とした字で書かれた黒板があり、規則がびっしりと記されていた。

まるで教室のように、小さな机と椅子が六セット並んでいる。

マーラは一番前の小さな机を指差し、リースに座るよう促した。

それから鋭い視線を向け、わずかに口角を上げて言った。

 

「二年ぶりなのに、ひどい顔してるわね」

「長い話なんです……」

 

リースが魂が抜けそうな声で答えると、マーラは小さく笑った。

 

「あなたたち、十二歳でランタナに行っちゃったのよね。あの時、私、止めたはずだけど?」

「はい。マーラさんが頭から湯気出して反対してましたよね」

「そこで二年過ごして、無事に帰ってこれただけでも上出来よ」

 

マーラはそう言いながら、手元の書類をパラパラとめくり、目的のページを見つけると会話を止めた。

そして、紙をバンッとリースの前に叩きつけ、指で文字を指し示した。

 

「本題に入るわね。

 冒険者の総動員で、こっちの人手が足りなくなっちゃったのよ。

 だから、アッシェンブルク冒険者ギルドでは、新たに三つの規則を設けたわ」

 

マーラはそう言うと、指をリースの顔に向けた。

 

「一つ、錫ランクの冒険者は許可なく街を移ってはいけない。

 二つ、錫ランクの冒険者はギルドが割り当てた依頼しか受けられない。

 そして三つ、錫ランクの冒険者は、モンスターと戦う依頼を受けてはいけない」

 

説明を終えると、マーラは再び指をリースの顔に突きつけた。

 

「で、あなたの場合……戻ってきたばかりでまだ錫ランクのままだから、勤務期間はゼロからカウントし直しよ。分かった?」

「……」

 

リースの返事は、ただの沈黙だった。

それを見たマーラは小さく微笑んで頷き、最初より少し柔らかい視線を向けた。

 

「いい返事ね。

 じゃあ、次はここのギルド特有の細かい規則に入るわよ」

 

それからリースは、マーラの説明を黙って聞き続けた。

ランタナにいた頃には知らなかったり、知っていても守っていなかった規則ばかりだった。

その日のオリエンテーションが終わった頃には、空はもうすっかり夕焼け色に変わっていた。

 

冒険者ギルドから出てきたリースは、枯れ枝のような足取りで歩き、ある一軒の宿屋に辿り着いた。

古びた看板は、リースが生まれる前から旅人たちに微笑みかけてきたものだ。

ここは馴染み深い場所だった。

幼い頃、孤児院が彼とアンジェリカをここに奉公に出していた。

リースはゆっくりと扉を押し開けた。

古い絨毯は二年前と同じように足を受け止めてくれる。

受付カウンターに座っていた女性――幼い頃から親しかったお姉さん――は、彼を見た途端に立ち上がり、駆け寄ってきた。

 

「リース!!」

「ニシャ」

 

ニシャの手がリースの両手をしっかりと握りしめていた。

その視線は、どんな歓迎の言葉よりも優しく、温かかった。

 

「本当に久しぶりだね……」

 

リースは視線を合わせながらそう呟き、寂しげな笑みを浮かべ、目を細めて長く息を吐いた。

 

「うん、二年ぶりだよ。今回、帰ってきたの? それとも、顔を見せに来ただけ?」

「僕……ここに、ずっと住むつもりなんです」

 

声は緩んだ弦のようにだらりと落ち、最後の言葉は寂しげに省略された。

それを聞いたニシャは、柔らかな声で言った。

 

「今日は空室があるよ。案内するね。夕飯も食べる?」

「今……お金がほとんどなくて……部屋代一泊分しか持ってないんです。明日から仕事始めるので……」

「いいよ、後払いにしとけば」

 

ニシャは変わらず優しい笑みを浮かべ、リースを一番奥の階段から遠い部屋へと案内した。

扉が開くと、小さな部屋が現れた。

シングルベッド、テーブル、洗面台、小さな棚だけ。

狭いけれど、荷物が少なければ十分に過ごせる空間だ。

 

「ここ、リースの部屋ね。ゆっくり休んで」

「ありがとうございます」

 

扉が閉まると、リースは硬くて粗いベッドに体を投げ出した。

視線は天井に向かい、何も捉えられないまま漂う。

(辞めるつもりだったのに……アッシェンブルクが僕を引き止めた……)

頭の中でぐるぐる回る思いに、目を閉じることができない。

(僕……パーティから追い出されて……辞めたいって思ったのに……レオ様は辞めさせてくれなかった……)

胸がまた締め付けられ、かすかな声が口から漏れた。

(僕……いや、違う。もう少し、必死に足掻き続けるしかないんだ)

リースはそう信じていた。

 

 

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