あの人、勇者の物語にはいない。【AI翻訳】 作:ゼリ_Xerionic
エスタは「紫色の幸せ」を手に入れてから、いつも幸せそうにそれを胸に抱きしめていた。
黒いブレザーの下、白いシャツの上には、いつもの美しい宝石のネックレスが揺れている。
どれだけ冒険者のギルドの書類仕事が山積みになろうとも、その幸せを削ぐことなどできはしない。
少女は書類室でも、受付カウンターでも、変わらず満面の笑顔で完璧に仕事をこなしていた。
もしこれがエスタだと知らなければ、毎日花束が届いてもおかしくないくらいだ。
──それから五日が過ぎ、祭りは終わりを迎えた。
行商たちは荷物をまとめ、次の街へと旅立つ準備を始めた。
街の店々も木の看板や飾り付けを外し始めている。
それでも、花びらはまだ舞い散り、最後の甘い香りが町に残っていた。
元々祭りは三日間の予定だったのだが、大事件が起きたため商工会議所が急遽五日間に延長したのだ。
どれだけ延ばしたところで、宴の終わりは必ず来るものだ。
リースとエスタはギルドの食堂のテーブルに座っていた。ここ数日、金を湯水のように使っていたせいで、今日は仕方なく安食堂へ。味も値段相応に「安い」。
目の前に座る制服姿の少女は、それでも相変わらず目を引くほど可愛らしくて魅力的だ。リースは苦笑いでごまかすしかない。
しかし今日のエスタは少し元気がない。理由は単純──お金がすっからかんになったからだ。
「どうしたの? 顔が暗いわよ。何か悩み事?」
艶やかで甘い声が響く。ハンサムパーティの魔術師女性がテーブルについてきた。今日は冒険者用の装備ではなく、休日らしいゆったりした私服姿だ。
(うわぁ……これが大人の色気ってやつ!!!!)
エスタは目を奪われ、心の中で叫ぶ。本当に冒険者の中にこんな人がいるの!?
これは「地平線の向こうの自分」にもなかった種類の魅力だった。
今日の自分はギルド制服なのに、この人の輝きには到底敵わない。
(エスタ、完敗……。)
黒髪の少女は無意識に負け顔を晒してしまっていた。
「悩みがあるなら話してみなさいよ。私、ちゃんと聞いてあげるから」
魔術師は真正面からエスタに声をかける。エスタは口ごもる。
(「お金が尽きた」なんて言えないし、「お姉さんの魅力にやられてる」なんて絶対言えない。(「この食堂のご飯が……」って言う? いや、それだとまたお金の話に戻っちゃうじゃん!)
エスタの瞳が小刻みに揺れ、頭の中では必死に言い訳を探していた。
「実はちょっと……」
先に口を開いたのはリースだった。
エスタがぱっと振り返ると、リースはアンダーアイゼンからもらった黒い表紙の本を取り出し、魔術師の姉さんに差し出す。
「えっ、これ何!?」
魔術師は受け取った本をぱらりと開き、ページを素早くめくって目を丸くした。
「僕、これ読めないんです」
「私も読めないわよ~」
そう答えると、リースは困ったように眉を寄せる。
同席していたエスタがすかさず皮肉を飛ばした。
「ほらね。私が言ったでしょ? 私たちには向いてないって」
けれど魔術師の女性はエスタの言葉など気にも留めず、にこりと笑みを浮かべて続けた。
「でも、この文字の形は知ってるわ。これは数百年前、高位魔術師たちが使っていた古語よ。私も読めないけど、見覚えはあるの」
そう言うと、彼女は楽しそうに語り始めた。
「子供の頃、老魔術師に魔法の手ほどきを受けたの。その先生が似たような本を見せてくれて、何度も昔話を聞かせてくれたわ」
「昔ね、賢者たちの国があったの。彼らは魔法文明の創始者で、独占的に高度な魔術を研究していた。文明があまりに進みすぎて、当時は高位召喚術すら日常的に使われていた時代だったって」
リースとエスタは目を輝かせ、身を乗り出して聞く。魔術師の姉さんはすっかり語り部の姉さんモードで、にこにこと続ける。
「空を飛んで移動するのも当たり前だったって言われてるわ。でも、ある日、中途半端な実力の魔術師たちが集まって『自分たちの力を誇示したい』って大それた召喚儀式をやったの。結果は大失敗。奇跡の大精霊の門を開くはずが、半端な力のせいで地平線の向こう側──魔界へと続く橋が開いちゃったのよ。そして魔神が召喚されちゃった」
二人はごくりと唾を飲み、食い入るように聞いている。
「魔法の国は一瞬で滅び、長きにわたる戦争が始まった。魔法文明は衰退し、技術は失われ、今のような時代になったの。最後にはアリアアルデルの勇者たちが現れて魔神を封印したけど、古語の知識はほとんど失われてしまった。いま賢者協会が必死に復元しようとしてるけどね」
語り終えると、彼女はぱたりと本を閉じてリースに返した。
「あなたたちのこの本、もしかしたら「大賢者アルティシア」なら読めるかもしれないわ。彼女、手紙でアンダーアイゼンに来るって言ってたでしょ? 会いに行ってみたら? きっと力になってくれるはずよ」
エスタは「アルティシア」という名を聞いた瞬間、ぴくりと肩を震わせた。
(……知ってる。あの名前……)
地平線の向こうの記憶に確かにあった大賢者アルティシア。
でも、彼女とは出会う運命じゃなかったはずだ。なぜならアルティシアは「別の時代の勇者」の仲間になるはずの人物だから。
(それなのに……もう大賢者なの? 早すぎない!? 本来なら勇者が聖剣を手に入れてから称号を得るはずじゃ……!)
タイムラインが完全に狂ってる。
さっき魔術師姉さんが語った「賢者の国滅亡譚」だって、ガイドブックには一言も載ってなかった。
エスタは指を顎に当て、必死に考える。
(……もうどうにでもなれ。どうせ物語はめちゃくちゃなんだ。だったらもっとめちゃくちゃにしてやる! よし、アルティシアに会いに行こう。)
そう決意した瞬間、
「失礼ですが……とても厚かましいお願いをしてもいいでしょうか」
先に口を開いたのはリースだった。
「え? いいわよ。お金のことじゃなければお姉さんが聞いてあげる」
リースは立ち上がり、食堂のテーブルに額がぶつかりそうなほど深々と頭を下げた。
「この本を……ランタナにいる『アーニャ』という人に届けてください!」
カラン。エスタの手からフォークが落ちた。顔から血の気が引いていく。
(ちょ……ちょっと待ってよ!? この超貴重な本を……あいつらに送っちゃう気なの!?
私が世界をぶっ壊したと思ってたけど……お前はまだ壊せるのかよ!!
それとも私とお前の美しい関係って……この世界にとって「腐った死体とボロボロの棺桶」コンビだったってこと!?
……まあいい。もうどうでもいい。エスタ、完全降伏モード!
でもそれより腹立つのは……相手がアンジェリカじゃなくてアーニャってとこ!! お前一体何人抱えてんだよこのハーレム野郎!!)
エスタは唇を尖らせ、ギリッと歯噛みしながら真正面の少年を睨みつける。
一方、頼まれた魔術師の姉さんは、めっちゃ重い声で、
「……いいわよ。お姉さんが届けてあげる」
とあっさり引き受けてしまった。
エスタの視線がさらに殺意レベルに上昇する。
(ふん!……さすが大陸中に推しがいる男だわ……!)
エスタの目がギラギラと燃え上がりかけたその瞬間、頭の中の叫びが勝手に声になって「ちっ!」と漏れてしまった。
魔術師の姉さんはそれを見て、困ったような優しい笑みを浮かべると、そっとエスタの頭を撫でてくれる。
「よしよし、大丈夫だよエスタちゃん。ね? 大丈夫だから」
そして、魅惑的な肢体でぎゅーっと優しく抱きしめてくれた。
いくらもう少し休みたい人もいたとしても、冒険者の仕事に休みはない。だからそれぞれの持ち場に戻らなければならない。
ランタナ・ラントン両隊はすでに旅立ちの準備を終えていた。
あとは別れの挨拶を交わすだけだ。
短い時間だったが、リースはランタナ一行が抱いていた過去のわだかまりをすっかり解消していた。
人間の壁チームはすっかり打ち解け、時にはリースやエスタと一緒に食堂のテーブルを囲むほどになった。
「新メンバーは絶対認めない!」と頑なだったランタナの美少女パーティでさえ、こっそりリースをスカウトしに来たが、最後は冒険者ギルド最凶の魔女マーラに完膚なきまでに叩きのめされた。
「これが本人の直筆契約書よ」
とドヤ顔で突きつけられた紙を見て、美少女たちは肩を落としてしょんぼり帰っていった。
エスタの方も、仲間との別れに瞳を潤ませていた。
「エスタ、本当に私たちと戻らないの……??」
「うん。私、とっても大事な用事ができたから。ここに転籍することにしたの。これ、ギルドマスターのシルヴィアさんに渡してね」
彼女は蝋で封をした巻紙を仲間に手渡す。
「絶対に寂しくなるよ、この変態女ぁぁぁぁ!」
仲間たちは一斉にエスタに抱きつき、なかなか離れない。
ようやく剥がすのに時間がかかった後、みんな馬車に乗ってアッシェンブルクを後にした。
「ご武運をぉぉぉ!」
エスタが大きく手を振って叫ぶ。
ほんの一瞬だったが、リースは彼女の頬を一筋の涙が伝うのを見逃さなかった。
エスタはすぐにそれを袖で拭った。
「寂しくない?」
「ちょっとだけはね。でもこれは一時のお別れだよ。もう二度と会えないわけじゃないし。暇ができたら遊びに行くさ」
気分を変えるように、エスタは小さく伸びをして可愛い子猫みたいな声を漏らす。
そして振り返り、ぱっと明るい笑顔でリースを見つめた。
思わずリースも笑顔になる。
少年にとってエスタは、本当に強く、魅力的な存在だった。
どんな状況にもすぐ順応し、信じられない速さで成長していく。
もしこの世界に勇者がいるとするなら、ヴィクトルが自称しているあれじゃなくて、きっとこの子こそが本物の勇者だと、リースは心の底から信じていた。
「さあリース、私にはもう次の計画があるの。ちゃんとついてきなさいよね」
エスタはそう言いながら、リースの手をぐいっと掴んで冒険者のギルドへと引き返していった