あの人、勇者の物語にはいない。【AI翻訳】 作:ゼリ_Xerionic
(どれくらい経っただろう、ランダー魔法学院から逃げ出して)
アーニャは大きな窓に寄りかかり、魔術師の図書館でもある塔の中で、ひとり寂しくため息をついた。
今日も他のパーティメンバーは全員、魔物討伐の依頼に出払ってしまっていて、ランタナの魔術塔に彼女だけが取り残されている。
魔術塔とは何かと聞かれれば……まあ、ギルドみたいなものだ。
いや、正確には下級魔術師たちの溜まり場だ。
高位の魔法使いが冒険者になることなんて、ほとんどありえない。
なぜなら、高等魔法を学べる魔法学院に入学できるのは、ほぼ全員が貴族や王族、あるいは名門家の子息ばかりだからだ。
卒業すれば大抵は大貴族の私兵団にスカウトされたり、王宮や貴族家の賢者として迎えられたりする。
そう、アーニャだって昔は貴族だった。
『アーニャ・ヴァレリアーナ・オーレリア』それが彼女の本当の名前だ。
そしてアーニャの友人のひとりは、今や「大賢者」とまで呼ばれるようになっている。
アーニャが魔法を教えた相手なのに、追い抜かれてしまった。
(笑えるよね? いや、当然の結果だ。あの子には最初から「大賢者」の加護がついていたんだから)
悔しくて、アーニャはランタナに逃げてきた。
出自を全部嘘をつき、年齢も二歳サバ読んだ。
今は表向き十四歳だけど、本当はもっと上だ。
加護の話をするなら、それは一般社会では徹底的に秘匿されている。
上流階級だけで共有される情報で、聖なる鏡か魔水晶でも使わなければ判別できない。
だから庶民は一生、自分の内に秘めた加護があることすら知らないまま死んでいく。
なのにヴィクターだけは、パーティ全員の加護をまるで見えているかのように知っていた。まるで瞳に聖遺物でも埋め込まれているかのように。
本人は「自分には加護がない」と言いはるけれど、実際のヴィクターの加護は誰よりも特別で……しかも言葉に翻訳すらできないものだった。
アーニャはそれを確かめた。
ランダー学院からこっそり持ち出した聖なる鏡で、ヴィクターを映したことがあるから。
だからヴィクターは強い。
(加護持ちって、本当に羨ましいよね……)
アーニャはもう完全に暗記してしまった魔導書を、気にも留めずにパラパラめくった。
破壊力だけはあるけど洗練性に欠ける、冒険者向けの粗雑な魔法ばかり。
学ぶ価値なんてないはずなのに……ここではこれが手に入る最高峰の魔導書なのだ。
だって、冒険者たちが使う魔法と、貴族が独占している高等魔法は、もう完全に別次元のものなのだから。
結局、彼女は本をバタンと閉じて、テーブルの上に放り投げた。
そして窓辺で大きくため息をついた。
少女はぼんやりと昔を思い出していた。
かつてパーティにいた、あのリースという少年のこと。
自分が追い出した相手だ。
別に嫌いだったわけじゃない。むしろ「うざい」としか言いようがない。
だってあの子、いつもアーニャを邪魔してくるんだもん。
「アーニャさん、朝ごはんですよ」
「アーニャさん、遠征の準備してくださいね」
「アーニャさん、もう寝ましょう」
「アーニャさん、掃除するんで部屋から出ててください」
そんなのが毎日毎日で、さすがにイラッときた。
でも正直に言うと、たまーに信じられないくらい面白いネタを持ってきてくれたのも事実だ。
ある日、アーニャが新しく作った氷魔法の調整に没頭していると、ノックが鳴った。
「なに? リース、今忙しいんだけど」
「アーニャさん、ちょっとお願いがあるんです!」
彼が指差したのは、ダンジョンで拾ってきた腰くらいの高さの小型ゴーレム。
重すぎて台車じゃないと運べないやつだ。
「このゴーレムでお掃除させたいんです!」
「今ならまだやめられるよ?」
アーニャはゴーレムを一瞥して即答した。
でもあの頑固者はまだ子犬みたいな目で訴えてくる。
これがアーニャの最大の天敵だ。
リース本人じゃなくて、あの「どうかお願いします」目線が!
結局、抵抗できずに手を止めて付き合ってやった。
さんざん試行錯誤した末、ようやくゴーレムが両手を上げて立った。
ほんの一瞬だけ意志に反応して動いたかと思うと、人もゴーレムも同時にドサッと倒れた。
「ほらね、難しいって言ったでしょ。いくら練習しても、あれで家がキレイになると思ってる?」
アーニャはリースが連れてきたゴーレムの最大の弱点を指差した。
「あ……確かに。動くけど手がないから何も持てませんね……でも! 手があるゴーレムが見つかれば!」
「いい? もうやめなさい。そういうのは冒険者が一生稼いでも買えない値段よ」
そう言ってアーニャは立ち上がった。
それでもリースはまだ子犬目でこちらを見上げている。
「まだ何か?」
「アーニャさんがゴーレムを操ってる姿、見たいです……!」
「ふん」
アーニャは小さく鼻を鳴らした。
「別に難しいことじゃないわよ」
そう言って彼女は少年から短い杖を受け取り、ゴーレムに向かって軽く鼻歌を歌いながら魔力のリズムを刻む。
「立て」
杖を軽く振るだけで、ゴーレムがスッと立ち上がった。
そのままくるくる回ったり、踊ったり、変なポーズを取ったり。
一通り遊んだあと、アーニャはゴーレムを台車に戻して丸くさせる。
「アーニャさん、すごいです!」
「こんなのちょっと練習すれば誰でもできるわ。でもその前に、短縮詠唱とか無言詠唱をマスターしないとね」
そのときはなんだか楽しくて、アーニャは珍しく張り切って短縮詠唱と無言詠唱を教えてやった。
リースは何ヶ月もかかったけど、ちゃんと身につけた。
…その瞬間、あの女の子の顔が脳裏に浮かんだ。
昔、あの子に残された心の傷が、またチクチクと疼く。
(もしこの子が私を追い越して賢者になっちゃったら……どうやって顔を合わせればいいのよ)
アーニャははっと我に返った。
だから、自分がリースをパーティから追い出したんだ。
(……あの子を捨てた罪が、私を捨てさせたのかな)
アーニャは独り言ちた。
(よく考えたら、私もリースと同じだ。どっちも「いらない子」扱いされてる)
リースがいる間は、ギルドの雑用を全部引き受けてくれたから、自分が「余計な人間」に感じなくて済んだ。
あの子がいた頃は、しょぼい魔法だってどんどん改良できたのに……今は完全に頭打ちだ。
(本当はもうわかってる。次に追い出されるのは私だってこと)
ヴィクターが新しい人材を見つけたら、それで終わりだ……
「アーニャ!!」
明らかに敵意むき出しの声が響いて、アーニャは思わず顔を上げた。
ハンサムパーティの魔術師が立っていた。
鋭くて、めっちゃ嫌そうな目でこっちを睨んでる。
ヴィクターのパーティなんてみんな大嫌いだからね……。
アーニャ自身はヴィクターが街の人と揉めてるときに一度も加勢したことないし、ただ見てるだけだったけど、同じパーティってだけで十分にヘイト買うんだよね。
だから誰も近づいてこない。
「いい子が預かってたってよ!!」
相手は顔も声もめっちゃトゲトゲにして、アーニャに布包みを押しつけてきた。
「……リースから?」
アーニャは平坦な声で聞き返す。相手の悪意なんてスルー。
「そうよ。あのリースって子、ほんっとにいい子で面白いわよね。
アッシェンブルクのときにこっちで囲ってればよかったのに、って今でも思うもん。
うちのパーティに入れてあげたのに」
魔術師の女は言葉の刃をビシバシ飛ばしてくる。
これぞ魔術師の特技ってやつかな。
詠唱が多い分、毒舌のスタミナもバッチリなんだろうね。
でもアーニャは無言詠唱と短縮詠唱がメインだから口数少ないし、人を罵るのもあんまり興味ない。
……たぶん、そういうことなんだろう。
(……無視しよ―)
アーニャは内心でため息をつくと、赤茶色の髪をぱさっと払った。
「ふーん、どうぞご自由に。誰が誰と組もうが、私には関係ないし」
「ちっ……!」
相手の女は顔を真っ赤にして舌打ちすると、踵を返して出て行った。
残されたアーニャは、布包みから取り出したばかりの魔導書をぱらりと開く。
(……読めない。いや、少しだけ読める)
これは古代魔導文字で書かれた魔術師の手書きだ。
もうほとんど失われたはずの文字なのに、ところどころがハッキリと意味を伝えてくる。
『お前はこれを読める!!!』
アーニャは慌てて本をバタンと閉じた。
(あと少し、あと少し知識があれば全部解読できる!!
リース! リース!! これ……何送ってきてるのよ!!!)
心の中で叫びながら、胸がドクドクと鳴り始めた。
まるで初めてランダー魔法学院の無限の資料室に足を踏み入れた日の、あの震えるような興奮が蘇ってくる。
「こんな貴重な知識が…私の手に!! リース!!、あんたほんとに面白いヤツね!」
今さら激しく後悔した。
あのコを逃がしたことを、心底惜しく思った。
でもすぐにアーニャは笑い出した。
新しい目標が決まった。
「あと二年……二年だけ貯金して、このバカパーティ辞めてやる。
そしてランダー魔法学院に帰る!!」
彼女は魔導書を高く掲げ、くるくる回りながら叫んだ。
完全に理性が飛んでいる。
そのときの彼女は知らなかった。
自分が再び学院に戻るとき、そこに待っているのは「絶対に望まない姿」だということを。
けれどそれはまた別の話。
その物語では、彼女こそが間違いなく主人公になる。