リィズと別れたあと、俺は白狼の巣の外を歩き回っていた。
理由はいくつかあるが、大きく二点挙げるとするならあのまま進んでもクライやリィズの何やかんやに巻き込まれ調査が進まないという点と、白狼の巣の中ではなく外に異変がある可能性が高い点だろうか。
一点目は言わずもがな、クライがいて何も起こらない訳がないからだ。というかこうやって間接的に関わっている以上巻き込まれるのは確定している訳だが、リィズとティノの組み合わせも中々に凶悪———主にティノの修行という体の虐待———だから結局のところ無し。
二点目は少し調べてみたところ『白狼の巣』そのもののマナ・マテリアル量はレベル3宝物殿と遜色ないため、宝物殿というよりはその周りに異常があると思ったから。
はっきり言おう。
普通に『白狼の巣』の地脈を調べたところで恐らく異常なしと出ると思っている。
今俺はこの宝物殿で、帝都と同じような地脈の異常を感じ取っている。しかしその感覚は一般的には異常が無いらしい。普段なら何もないと断じて見過ごすことなのだが、今回の問題はその異常が幻影という形で表面化していることにある。
幻影とマナ・マテリアルの結びつきは非常に強い———というより、幻影とマナ・マテリアルは広義で見たら同じだ。
それが変質しているのにも関わらず、異常が見られないという異常。
ここまで幻影以外で異常を見せていないということは、今回の秘密結社(仮)は相当マナ・マテリアルに関して詳しいと見える。シトリーが知ったら目を輝かせながら飛びつきそうだ。
いや、むしろシトリーも関わっているのか?
今回の万魔の城には一応着いてきていたが基本一人で何かやっているようだし前科もあるが……止めておこう、有り得そうだからこそ考えたくない。
というか関わってくれていた方が楽かもしれない。
今回滅多なことでは宝物殿に潜らないクライが、レベル8の千変万化が動いたという事実はクライが考える何倍も大きい意味を持つ。
仮にシトリーが関わっているならクライが動いたことに気がつかないはずがなく、関わっていなかったとしてもこうやってクライが動いてしまった時点でその秘密結社(仮)は終わりだ。
哀れまだ見ぬ秘密結社。君たちは誰も予知しない埒外の手法によって壊滅させられるのだ。哀悼。
ただそれはそれとして、どういう風に地脈に干渉しているのかは知的好奇心を擽られる訳で。俺の好奇心から周辺に湧いていたウルフナイトを斬り捨てながら周辺を探り回っていると言ったところだ。
地図を取り出し、違和感を覚えた場所にマーカーを付ける。
当然その場所には木が生い茂っているだけなのだが、まあ地脈に干渉しているものが地上にある訳がない。こういうのは地下に何かしらの施設を作っていると相場は決まっている。
だいたい四箇所だろうか。
マーカーを付け終えて、少しだけ息を入れた。
こういうのは本職ではないので結構疲れるものだが、存外楽しいものでもある。
盗賊じゃないので痕跡を辿ってアジトの入口を発見! みたいなことはないし、辺り一帯吹き飛ばして無理矢理発見! もやらないけどね。
それに探し足りてはいないが思ったよりも時間がかかってしまっているし、この場で完全に追求する訳でもないから今回はここらへんが潮時だろう。
白狼の巣はどうなったのだろうか。
先程感じ取った幻影のマナ・マテリアル的にはリィズだけで余裕だしもう全部片付いて戻っているのかもしれない。
全員帰っているなら念の為白狼の巣の中も確認しておきたいんだけど……流石にこの距離からじゃ分からないな。
とりあえず、来た道を戻ることにしようか。
それにしても今回の秘密結社(仮)は結構な大物なのかもしれないな。マナ・マテリアルを研究することそのものが禁忌とされているとはいえ、恐らく帝都の学者たちよりもマナ・マテリアルへの理解は上だ。
是非ともその研究成果は見せてもらいたいものだが、残念なことに俺の頭では多分理解は出来ないだろう。
クライのことを頭よくないと言っている俺も普通に頭よくないからね。というか嘆霊で学力テストを行った場合、俺とクライで底辺争いをしてその次にルークが来る感じだ。
そう、剣士を見たら斬る、魔物を見たら斬るとしか言わないルークは実は頭は良い。斬ることしか頭に無い男よりも馬鹿な俺たちって一体……。
ちなみに世間的にはクライが一番頭が良く、次点で俺かシトリーらしい。最下位二人が第三者目線で上にいるのは何の冗談だよ。
悲しくなってきたから現実に戻ってみれば、白狼の巣の目の前にまで来ていた。
気配を探ってみるが———うん、誰もいないみたいだ。
ここで何があったかは後でクライに聞くとして、一旦中に入る。
先程通った時と中はあまり変わりなく、途中にあった『
実はこの魔法、使えるのが俺とルシアとクライ———いや、俺とルシアだけなのだが、完璧に使いこなせるのは俺だけだ。仮にも俺のオリジナル魔法だからね。
あの魔法は強力なデバフに目が行きがちだが、本当の強みは幻影のマナ・マテリアルを吸収して魔力へ変換、幻影が消え去るまで持続化するデバフ魔法という点にある。
しかしその性質からルシアが真似できたのはその効果までで、マナ・マテリアルを吸収する効果までは付けられなかった。
ちなみにこの魔法を初めて見せた時には、「それ帝国法に抵触しています」というありがたい言葉と共にジト目とため息のフルセットをいただきました。
ルシアにはできないもんね、と言ったら凄いムッとしたような顔で練習してたけど、最近ルシアからクライと同類だと思われてきてそうで辛い。
また少しだけ悲しくなってしまったが、そんなこんなであっという間にボス部屋に辿り着いた。
初めて入ってみたが、恐らく先程の戦闘の痕跡だろう壁の穴がいくつか見られるだけで大きな変化は無さそうだ。
そう思って一歩踏み出そうとしたら、視界の端に何か光る物を見つけた。
「……ん? 何だこれ」
見たところ、鉄製のカプセルだ。
一瞬ウルフナイトの物かと思ったが、アレらはマナ・マテリアルで形成されているため幻影が消えればその付属品もマナ・マテリアルへと還る。
つまりクライたちの落し物な訳だが……こういう物は十中八九クライの物だろう。
というかこのカプセル見たことあるぞ。
確かクライの宝具と一緒に入れてあって魔力をチャージしようとしたら、「あー、これ実は宝具じゃないんだよね……」とか何とか言われて、その時に何か漏れ出そうな感じがあったからクライに許可を取った後に念を入れて強力な結界魔法を張っておいたんだよね。
その時一緒にいたエヴァが珍しく渋い顔してたんだよな。
例えるならそう———俺がここに向かおうとした時にしてたような顔だった。
……どうしよう、嫌な予感しかしない。
もしかしてエヴァ、ここに来る前に言おうとしてたのってこのことか?
今すぐにでも聞きに帰りたいが、既に賽は投げられている。
本当に情報提供とも言えないような情報提供がクライも意図しないところで行われ、少し経った後にまるでそれらが伏線だと思えるような試練が襲いかかってくる、通称千の試練。
最早鉄板の流れになってきたこれは、もう止めることなどできない。
現にほら———いつの間にか隣にスライムがいるじゃないか。
…………??
「え? スライム?」
なんでスライムがここにいるんだ?
環境からしてもスライムが自生できる場所じゃないんだけど、何か特殊能力でも持っているのだろうか。
一応スライムには弱点として炎属性の魔法が挙げられるが、踏んでよし、殴ってよしの超貧弱な魔物として知られている。しかしこうやって宝物殿のルールをねじ曲げてまで存在するスライムが普通のスライムなわけがない。
こういう場合、迂闊に手を出すと痛い目を見るのが通例だ。
紅蓮が洞窟内を一直線に突き進みコンマ数秒でスライムへと着弾。
爆風によりスライムは為す術なく消し飛んだ———ことはなく、無傷のスライムがそこにはいた。
思わず目を見張る。
俺の魔法はレベル6のルシアには負けるものの、レベル7の魔導師として認定される程度には強いという自負がある。
いくら炎の矢といってもスライムどころかウルフナイトすら消し炭にするほどの威力になるのだが、それがいとも容易くいなされてしまったらしい。
スライムがぽよんぽよんと跳ねながらこちらへと飛び掛ってくる。
速度は非常に遅く、恐らくクライでも避けられる———と思いたい———程度のもの。迎撃するのは簡単なのだが、先程の光景を見たあとでは流石に避けるしかないだろう。
念の為大きめに回避行動を取って距離を空けると、その間を埋めるようにスライムはぽよんぽよんと近づいてくる。
それにしても普通のスライムはそこまで明確な意志を感じないのだが、このスライムからはやけにこちらを狙っているように思える。
なにかに反応しているのだろうか?
剣で叩き切ろうかとも考えたが、いくら安物の剣とはいえ今失うのは少し躊躇う。逆にもしこの安物の剣で倒せるぐらいならこのスライムの危険度は低いし、シトリーに渡して研究してもらうのが一番有用な使い方と言えるだろう。
それに剣が効かなかった場合、今の魔力残量の少ない俺ではこのスライムを倒せない可能性すらある。原理は不明だが、少なくとも先程の攻撃を防いだ感じを見るに魔力障壁に近いものなのだろう。
倒すことも出来ず、かと言って今下手に触るわけにもいかない。
……うん、警戒だけしておいて、一旦放置しよう。
放置といっても勝手についてくるため、問題を後回しにしたと言い換えてもいい。
顎に手を当てて考える。
どうやら今回の千の試練は少し趣向が違うようだ。
まさかスライムの変異種を相手にする日が来ようとは思わなかったが、たしかにこれは嘆霊の中では俺に一番有効な試練かもしれない。
ルーク、ルシア、リィズ、アンセムなら考える前に力を持って有無を言わさずに倒すだろうし、シトリーなんかに捕まった日には実験動物としての未来しか待っていない。
対して俺はこうやって一度考えてしまうのだ。
嘆霊のストッパーをしてる性なのかもしれない。
とりあえず一定の距離は保ちつつ、それでも歩くスピードはスライムを置いていかないように合わせて白狼の巣の奥へと入っていく。時折背後を確認しながらスライムとの距離を見る俺と、ぽよんぽよんと跳ねながら
こうして見ると俺がスライムを飼ってるみたいだな。
ちょっと可愛く見えてきた。
試しに干し肉を与えてみる。
小さく分けてからポイっと放り投げると、僅かに逡巡した様子を見せた後に再びこちらへぽよんぽよんと向かってきた。
何コイツ、凄く可愛い。
シトリーが実験動物として色々飼ってる姿をシラケた目で見ていた俺だが、たしかにこの可愛さは一考の余地がある。
だけど触った時に何されるのか分からなくて怖いんだよな。
触っても良いものなのだろうか……
ぽよんぽよんというコミカルな音を背景に当初の目的である探索を続けるも、俺の頭の中は既にスライムを触るかどうかに切り替わっていた。
一回剣で小突いて———いやいや、剣で突くなんて流石に可哀想だ。
というかこれ、もしかして襲ってきてるんじゃなくてじゃれついてきている可能性だってある訳だよな。もしそうだとするなら、これは飼い主としては由々しき事態だ。
そもそも魔法が効かないとはいえ物理が効かないとは限らないし、俺レベルを害することができるスライムなんている訳が無いでしょ。
スライムが千の試練とか笑える。
若干割り切るような形でぽよんぽよんと追いかけてくるスライムへと振り返り、しゃがんで抱きかかえる体勢へと入った。
ようやくじゃれつけると思ったのかスライムも跳ねる力が強くなっており、とてつもない勢いで俺の胸元へと飛び込んできた。
お、おお。
凄いぷよぷよだ。
普通のスライムはこうやってぷよぷよ遊んでるといつの間にか死んでしまうなんてこともあるのだが、このスライムは魔法に耐えられるだけあって物理的な耐久力もあるようだ。
しかし魔法を防いだ壁のようなものはなく、今のところ溶かされているような感覚もない。
よしよし、やっぱり気のせいだったみたいだ。
頭(?)を撫でてやればフルフルと震えて、俺の右手へと重心が寄ったような感覚を覚える。
そのまま右腕にスライムがまとわりついていき、腕を覆うような形になったところで、チューっと身体の中に蓄積していたマナ・マテリアルが右腕から抜かれていくような感覚が伝わってきた。
…………??
あ、あー、なるほど?
もしかして今回の異常を起こしていた犯人、君だったのかな?
とりあえずこの激ヤバスライムを腕から剥がしてポイっと投げ捨て、再び距離を取ることにした。
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ルーダにとって、今日という日は今までの人生において最も記憶に残る一日だったと断言できるものだった。急にティノに呼び出されて向かった場所が先日パーティー募集を行っていた『
そこからはレベル7ハンター『千導』の試練、『白狼の巣』の異常とレベル6相当だと思われる幻影の強さ、ティノの師匠でレベル6ハンター『絶影』の衝撃、そして何よりティノから聞いた———これら全ての事象が全て手のひらの上だったという千変万化の予知能力とも言うべき力。
どれか一つでも十分濃い経験だと思えたものが一気に押し寄せてきて、依頼の報告まで全てを終えたルーダは心身ともに疲弊しきっていた。
その中でも特に印象に残っているのは、やはり最後の幻影との戦いだろう。
何度死を覚悟したか分からないほど、幻影との力は隔絶していた。
あの戦いについていけていたのはクライだけで、辛うじてティノ、ロドルフがサポートに徹することができていた程度。
ルーダやギルベルト、グレッグはほぼ見ているだけだったと言っても過言では無い。
クライはあの見た目からは想像することも出来ないほどに速く、異質な攻撃を放ち、そして噂通りの『絶対防御』をみせていた。
形勢が傾くタイミングで行われる、姿がブレたと思ったら幻影を壁際にまで押し込んでいるあの技は恐らく素の身体能力で行われているものなのだろう。
さらに恐らく魔法と思われるビームで牽制をしたり、パーティーの前で無防備のまま攻撃を受けて無傷だったり、後からティノに言われて分かったのだが、戦闘中ひっきりなしに幻影がボス部屋の中を見渡していたのもクライの作戦らしい。
それにティノも凄まじかった。
ハンターレベルは格上であるはずのロドルフが全く対処することが出来なかった攻撃を躱して反撃をしたり、パーティーリーダーとして戦闘中でも的確な指示を出して瓦解を防いだりと、とてもレベル4ハンターとは思えない活躍ぶりだ。
あれが千の試練を受け続けたハンターの姿ということなのだろう。
極めつけは、千変万化や千導と同じパーティーメンバーである、『絶影』リィズ・スマートの参戦。
ティノが負傷した際にクライが放った「これ以上は無理そうだね」という言葉と共に現れた絶影は、待っていましたと言わんばかりに幻影を一方的に蹂躙した。
レベル5のハンターパーティーが手も足も出ない相手を、レベル6ハンターがたった一人だけで、だ。
一度深呼吸をする。
外の空気を肺に一杯取り込み、ゆっくりと吐き出した。
『嘆きの亡霊』は全員が二つ名を持っており、認定レベル以上の力を持つとは聞いたことがある。
実力差がありすぎてルーダには分からないが、一般的なレベル5ハンターのロドルフを物差しにしたら納得は行く。
いくら実力だけではないとはいっても、絶影とロドルフの差がたった一つしか変わらないはずがなく、またロドルフよりティノの方が格下だとは到底思えない。
まだ気になることはある。
それは絶影が来た時にクライに話していた内容のことだ。
絶影はクライに対して、「アルスちゃんとさっきまで一緒にいた」というような発言をしていた。
アルスといえば当然、『千導』アルス・ライアームのことだろう。
絶影に加えて千導がいるとなれば偶然なんてことはなく、間違いなくクライが関わっているということはルーダにも分かる。どうやらクライは幻影だけではなく、ティノやルーダ、ギルベルト、グレッグに、信じられないことだがロドルフの実力まで全てを読み切っているらしく、ティノが負傷したタイミングで絶影が来たのも全てがクライの策略らしい。
たしかに戦闘中のクライを考えれば不審な点も多かったし、それが正解なのだろう。
では、『千導』は何をしに来たのだろうか。
クライ同様に今回の幻影がレベル6相当だと看過した千導は今回の件においても、クライに近しい視座を持っていたとの事。クライも直接足を運んでいることを考えるのなら『白狼の巣』には何かがあるということだが、実際に中に入ったルーダにもそれは分からない。
ふと、探協からの帰りだったルーダの前方から声が聞こえてくる。
「…………めて…………いてね」
男の声だ。
誰かと話しているのだろうか、声量は抑えているような感じだが、つい思わず漏れ出てしまったような印象を受ける。
「……うすぐだから……かないで……」
夜のためか明確に顔は見えないが、うっすらとシルエットは見えてきた。
誰かと話しているのかと思ったら、どうやら一人らしい。
「こ、こら! マナ・マテリアルを吸うな! 逆に俺が吸っちゃうぞこのや———あっ」
ついに向こうもこちらに気がついて、足を止めた。
その姿は今日の昼見た時とあまり変わらないが、着膨れたローブと先程から聞こえてくる会話から何かとんでもない物を抱えているのだろう。
その不審者は先程からルーダの思考の中心にいた男、アルス・ライアームだった。
原作との相違
・シトリースライムの金庫内での脱走が阻止されている
・ボス部屋でカプセルではなくアルスの魔法を使ったため、今回の幻影に対してシトリースライムを使おうとした
・クライの結界指特攻作戦決行
・シトリースライムからアルスライムへジョブチェンジ
ティノたちの言うボス部屋はウルフナイトが一体だけいた部屋、アルスが言うボス部屋はレベル6相当の幻影がいた部屋のことを指しています。