「それじゃあ悪いけど頼んだよガークさん。迷惑かける」
「いや先に知らせてくれただけ感謝する、アルス」
手をヒラヒラと振りながら支部長室を出ていく男の背中が消えたのを確認して、支部長のガーク・ヴェルターは椅子に全体重をかけて溜息を吐く。
「……ったく、クライの奴は相変わらずだな」
「アルス君が教えてくれたので良いではありませんか」
「いやまあ、そうなんだがな……本当に不思議な奴だ、アルス・ライアーム」
アルス・ライアーム。
始まりの足跡の創設パーティーの一つでもある『嘆きの亡霊』のメンバーで、強力な強化魔法や弱体魔法を駆使するハンターとしては珍しい支援職でありながら、肉弾戦や魔法戦も熟すオールラウンダー。帝都でも六人しかいないレベル7のうちの一人であり、あのアーク・ロダンを差し置いて現在レベル8に最も近いレベル7でもある。
特筆すべきことと言えば、あの『千変万化』の神算鬼謀に対応できる頭脳を持っており、その読み解いた策を他の者たちに伝えてくれる点だろうか。
千変万化は語ることが少ないため、その未来予知にも等しい神算鬼謀を『千の試練』として与える傾向がある。
その時に助言を乞えばヒントをくれるのがアルスという存在だ。
「それでも全容は教えてくれないんだけどな」
「クライ君の意向もあるでしょうからね。アルス君も全てを理解してる訳ではないみたいですし」
「それでもあのクライの思考を汲み取れるのは凄いことだ。『
千導とはアルス・ライアームの二つ名だ。当初は『先導』だったのだが、千変万化が課す千の試練の導き手であり、千変万化の神算鬼謀を伝え先導していく者という意味合いも込めて千導となった。
千変万化同様、戦闘スタイルや扱う能力が二つ名となるパターンではなく、その異質な言動から二つ名が付いたハンター。
人々を導き先を照らす力は時にはあのアークすらも超えると言われ、その『千導』に助けられた者は数えて余りある程だ。
ガークは副支部長のカイネに目を向け、確認する。
「……まだ被害の報告は挙がってきてないんだよな?」
「特に挙がってきていません」
「今更アルスのことを疑う必要もないだろうが、万が一でも一般人に被害があったら困る。こちらからも人を向かわせておけ……本当はクライに全部やってもらいたいんだがな」
「その謝罪として依頼を持って行ったではありませんか」
再び溜息を漏らして、ガークは席を立つ。
クライにしろアルスにしろ、探協の顔を立ててくれているのがわかるからガークも強くは言えない。今回の件もアルスが先んじて依頼を持って行っているが、各新聞への根回しもしてくれている以上ガークはクライに厳重注意で済ませるつもりだったのだ。
しかしアルスが謝罪の代わりにと依頼をやってくれる以上、何が起きても一般人に被害が出ない限りは目を瞑るつもりでもある。
どちらかといえば、気にしているのはその依頼に関してだ。アルスが持って行った依頼は、ガークも少々気にかけていた依頼だった。
「……アイツ、一番ヤバそうな依頼を持っていきやがった」
「……相変わらずですねぇ」
その時の光景を思い出し、カイネも目を細める。
何十枚とある依頼を流し見して選んだそれは、とある高レベルハンター五人の捜索任務だった。宝物殿の認定レベルは3。それに対して行方不明となったハンターのレベルは5。支部長であるガークが言うのもなんだが、あの中では間違いなく一番の外れくじだ。
本来認定レベルが二つ違うということは、万が一すら生まれる余地のない明確な差がある。それが覆っている以上、その宝物殿の認定レベルは最低でも———6はつけるべきだろう。
それをアルスはわかっている上で、あえて持っていったのだ。
それに、持っていくときに呟いた言葉も気になる。
「クライならこれを持っていくんだろうな———アイツはそう言っていた」
「……何かある可能性が高いということですか」
「……アイツら、何か知ってるぞ」
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「それで、崩壊した酒場の弁済はどうするんですか?」
「請求書はアークにつけておいて。しっかり機会損失も計算して補填してね」
例のパーティー募集の一件は、お店が半壊する程の大荒れ模様となったみたいだ。
相変わらずクライのやることは派手である。
宝具を磨きながらにやけているクライは、何か気になることでも出来たのかそういえばと切り出した。
「あれだけ大きな騒ぎだったのに新聞とかには載っていないんだね」
「アルスさんが根回しをしてくれています。探協にも根回しは済んでいるため特に大事にはなっていません」
「流石はアルス。頼りになるね」
ハードボイルドに言っているが、本当に感謝しているんだろうな。
これで探協とか行かずに済むし万事解決、と言いたげな顔が目に浮かぶ。
申し訳ないけどそれは幻想だ。
寝転がっていたソファーから顔を出し、椅子に座っているクライにヒラヒラと紙を見せつけた。
「ん、それは何かなアルス」
「罰ゲームだよ罰ゲーム。これを受ける代わりに探協は全部目を瞑ったんだからな」
あ、机に突っ伏した。
でも宝具は大切に持ってる。
流石は自他ともに認める宝具マスター。
器用すぎるだろ。
「……アルスが持ってきたんだからアルスが行きなよ」
「別にこれ返してきても良いんだよ。その代わりガークさんがここに来ることに———」
「あ、そうだ! アークに行かせよう!」
「クライさん、アークさんのこと頼りすぎじゃないですか?」
弁済までさせてさらにこの依頼まで渡したら流石のアークも———怒らないだろうなあ……。
凄いよアーク。
思考の世界でも君は聖人だ。
クライが御用達になるのも分かる。
「まあそう言うな。ほら、
「———— ッ!!」
「えー……レベル3の宝物殿での骨拾いか。罰ゲームにしては良いチョイスだけど、レベル3なら僕が行くまでもないよね」
「クライが行く人を選べば良いんじゃないか? 誰がやるとは俺も言ってないしな」
「それじゃあアルスが———!」
「まあ俺が行っても良いんだけど、誰か宝具のチャージに困ってる人がいたような気がするんだよなぁ。でもクライが言うなら仕方ない。俺が行くしか———」
「———と思ったけどアルスは忙しいし、僕が直接探してくるよ。うん、それがいい。忙しいアルスのためだ……ラウンジに行けば暇そうな人いるだろうしね」
溶けていたように座っていた椅子からクライが立ち上がり、宝具をしまっている部屋へと入っていった。数十秒の間ガシャンガシャンと音を鳴らしていたが、部屋を出てきたクライは少し大きめの袋を抱えており、そのまま俺の机の前へどさりと置いた。
大方マナ切れの宝具でも入っているのだろう。
マナとは魔力とも呼ばれるもので、マナ・マテリアルとは全くの別物だ。
そもそもマナ・マテリアルとは地脈を巡り世界中に存在する、世界の根幹をなす力のことだ。宝具や宝物殿、宝物殿の中にいる
宝物殿のレベルが高くなればなるほど、常流するマナ・マテリアルも濃いものとなる。
しかしマナ・マテリアルは体内に留まる物ではなく、宝物殿に入らなければ少しずつ抜けていくためハンターは定期的に宝物殿に入る必要があるのだ。
例を出すならガークさん。
元レベル7の冒険者で現役時代は『戦鬼』の二つ名を持つガークさんでも、今の実力はレベル5程度。戦闘経験込みでレベル6の足元に届くかどうか程度だ。
つまるところ、マナ・マテリアルとはハンター活動をしていくうえで切っても切り離せないものなのだ。
そして宝具を起動させるためには予め魔力をチャージしておかなければいけない。
例えば魔力を使うものに魔法があるが、宝具で同じ魔法を再現しようとした場合数倍の魔力を消費する必要がある。
たとえばレベル3程度の
燃費が悪いとかいうレベルでは無いのだ。
だからこそクライは宝具に夢を見る。
そして日常的に宝具を使って遊ぶクライは、常に宝具のチャージをしてくれている人を探しているのだ。
しばらく俺たちはクランハウスを留守にしていたため、マナ切れの宝具も溜まっているらしい。ちなみに俺は百ぐらいなら問題なくチャージできるので、宝具のチャージを引き受ける数は二番目に多い。
「それじゃあ僕は少し出るから、後は頼んだよ」
「いってら〜」
「……いってらっしゃい」
意気揚々と出ていったクライを横目に、机の置いてある袋の中を漁る。
宝具の数は二十個程度、まずはお目当ての物を探す……までもなくあった。
うーん、やっぱり
他の宝具は遊びで使ってマナ切れになってるから良いのだが、結界指は別だ。
これを知っている人は少ないが、クライはレベル8でありながらそこらへんの一般人よりも弱い。
特別魔力が多いという訳でもなく、当然身体も弱い。
マナ・マテリアルの吸収率も最低レベルで、どれだけ濃いマナ・マテリアルを帯びても一般人レベルにしか強くはならない。
そしてこれは俺しか知らないことだが———神算鬼謀と呼ばれているのにも関わらず頭もよくない。
クライはただ思ったこと、そんなことある訳ないだろうなって事を適当に呟いたらそれが何故か現実に起きてしまい、最終的には全てが上手く収まってしまう。
俺がそれに気がついたのは冗談半分の仮定からだったのだが———気がついた時、むしろクライには最大限の敬意を持った。
これは最早神の寵愛を受けているとしか説明のしようがない、まさしくトレジャーハンターになるべくして生まれた男。
さらにクライにはどんな困難な状況でも常に平常心で居られるという驚異的な肝の座り方をしており、それに俺たちは何度も命を救われてきたのだ。
何度も言うが、クライは能力的に何も強くは無い。
しかしその生き様には感銘を受けた。
驚異的な胆力によって何度も命も助けられた。
幼馴染という掛け値なしで見ても、クライという男についていけば間違いがないという実績があった。
だから俺がやることはクライが言ったことを最大限
たまに本当に適当なことを言っている場合もあるが、そういう場合は特段大事になることもないので問題はない。
強いて言うなら、いくら神の寵愛を受けていようと絶対はないということだろうか。
何かの拍子に致命的な攻撃を受けてしまうかもしれないし、結界指のマナが全て切れていたらクライは無防備な一般人だ。
だから俺は定期的に帰ってきて結界指のチャージを行っている。
いずれトレジャーハンターの頂点に立つだろう、
ちなみに今回の依頼に関してもクライにやらせるつもりは毛頭ない。まあアークとは言えないが、『黒鉄十字』ぐらいが居てくれれば良いだろうし、居なかったとしてもクライが選ぶ人選なら
宝具のチャージに取り掛かりながら、思考の海に身を沈めていると、ふと視線を感じた。
この部屋の中にいるのはあと一人だけだ。
「どうしたのエヴァ。チャージしてる時でも話しかけていいのに」
「……いえ、何か深く考えているようでしたので。それではよろしいでしょうか」
「どうぞ」
チラッと視線を向けてみれば、口を真一文字に結び真剣な眼差しでこちらを見る副クランマスターの姿があった。
なんというか、人の前に経つカリスマ性というのだろうか。
凄くオーラがある。
クライとは大違いだ。
「……あの依頼、少し見させて頂きましたが、レベル3宝物殿の『白狼の巣』で一体何が起きるのですか?」
「何が起きる……ねぇ」
いや知らないけど。
何が起きるんだろうね。
今回俺が動かなければ恐らくクライは呼び出しを喰らっていて、罰ゲームを受けさせられていただろう。
そうしたら自分の戦闘能力を正しく理解しているクライは、あの罰ゲームの中でも特段レベルの低い宝物殿の依頼を取るのは間違いない。
どうせやることになるのだから先んじて持って来ただけなのだ。
俺が知るわけない。
「まあ何も起きなければそれで終わりなだけかな。今の段階では動く必要はないよ」
「……そう、ですか」
どこか納得がいっていないようだけど俺も説明できないから仕方ない。俺としては、クライの言動から起きることを予測して動き、その行動をしなかった時のクライの行動を
「何か起きるならクライが言うだろうし、変に備えて業務に支障が出ても良くないからね」