始まりの足跡、通称『足跡』の本部二階にはラウンジがある。
吹き抜けの高い天井に大きな陽光が差し込む広々としたスペースには所属パーティと同数の机が用意されており、バーカウンターで無料の食事や飲み物も提供されていることから憩いの空間として利用されている場所でもある。
資金管理をエヴァに任せた結果出来たもので、今ではクランの売りの一つになっているのだからエヴァ様様と言ったところだろうか。
そんなラウンジには今、五人の人影があった。
一人目は勿論クライ・アンドリヒ。
言わずと知れた始まりの足跡のクランマスターにして
二人目はティノ・シェイド、レベル4。
足跡所属のソロハンターで、役割は
今回アルスが持ってきた依頼をクライから押し付けられてしまった可哀想な子だ。
三人目はルーダ・ルンベック、レベル3。
無所属のソロハンターで、役割はティノ同様
顔立ちの整った十代後半の女性で、先日のパーティー募集の場にやってきた際にクライと出会っており、今回の宝物殿が『白狼の巣』であることからクライがここへ呼び寄せた。今は状況が飲み込めないでいるが、レベル3になるまで大きな怪我もなく生き延びられている若き才媛だ。
四人目はグレッグ・ザンギフ、レベル4。
ルーダ同様無所属のソロハンターであり、役割は
如何にもハンターというような風貌をした大男で、先日のパーティー募集の場でクライと出会っている。何故この場に呼ばれたのか分からず困惑しているが、歴としたベテランハンターだ。
五人目はギルベルト・ブッシュ、レベル4。
先日所属していたパーティーを脱退した、グレッグと同じく
燃えるような赤い髪色が特徴的で、その表情には少量の自信と苛立ち、そして多分の緊張が見て取れた。
その場にいる全員、クライが依頼を押し付けるために集められた被害者たちだ。
「まさかと思っていたが、本当に嘆霊のメンバーだったんだな……」
「昨日は本当に驚いたわ。何回も募集に来てるって言ってたからてっきり———」
グレッグとルーダの言葉に、クライはハードボイルドな表情を浮かべるだけだ。
実際は寝坊してしまったため参加者の列に並んでいただけなのだが、わざわざ言う必要もあるまい。
朗らかに会話を交わすルーダ達を見て安心したのか、ギルベルトの緊張が鳴りを潜め、代わりに傲慢さが顔をのぞかせる。
「……お前みたいな弱そうなのが、嘆霊のメンバーなのか……帝都最強のパーティーと聞いてたけど、噂程じゃないな」
「……別にうち、帝都最強でもなんでもないし。誰だよそんな噂流してるの……」
言葉にした瞬間、クライの脳裏で「俺たちが帝都最強!」と名乗る二人の幼馴染が出てきたが、顔を顰める程度で何とか済んだ。
しかしそれが別の意味で捉えられたのだろうか。
隣にいたティノがクライの腕をぎゅっと抱きしめ、不快感をあらわにする。
「この者たち、無礼者です。私はこんなますたぁへの敬意が足りない者と一緒に宝物殿へ行くことはできません。ますたぁはますたぁですのに」
「うん、そうだね。なに言ってるかわからないけど」
上目遣いで媚びるような声をあげているティノの言葉に、クライはニコニコしながらうんうんと適当な返事をしていた。
だがそれは、グレッグにとって聞き捨てならないものだったらしい。
ビシッと効果音がつきそうなほど全身に力が入ったのが見て取れる。
「ま、まて……ますたぁ? マスターってことか? 足跡の?」
「まぁ……僭越ながら、グレッグ様」
動揺を隠せていないグレッグの確認に対して、何処か申し訳なさそうに答えるクライ。
しかしそんな表情の変化など全く気にならない程、クライの回答はグレッグの心を揺さぶった。
「まさか……あの千変万化……ですか?」
「ますたぁの凄さが分かったら、跪くべき」
「う、嘘……」
ついには顔色を青褪めさせて呆然としてしまう。
ルーダも流石に帝都最強のレベル8のことは知っていたようだが、まさかそれが目の前のオーラも何もない青年だとは思っていなかったようで、瞠目しながらクライを見ている。
「馬鹿な……若いとは聞いていたが———若すぎる」
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。今日来てもらったのは……ティノにあげた仕事を手伝ってもらえないか、と思ってね」
クライからの突然の打診に、反応はまちまち。
グレッグとルーダは状況が上手く呑み込めてはいないながらも、なんとか言葉を咀嚼しているところだ。
しかし残りの一人、ギルベルトは別のところに意識を奪われていた。
「お前が……あの、帝都最強の千変万化だと!? 冗談だろッ! 全然鍛えられていないじゃないか!」
「いや最強なんて噂———」
ないよ、という言葉は未だにクライに抱き着いているティノによって遮られた。
「ますたぁの強さが分からないなんて可哀想。人生の九割は損してる」
「うん、何を言ってるのかわからないけど黙ろうね?」
「ますたぁ、やっぱりこいつと組むのは無理です。口だけの奴は嫌いです」
「———ッ!!」
「ば、馬鹿!」
ティノの明確な格下呼ばわりについに痺れを切らしたギルベルトはクライに向かって飛びかかろうとしたが、すんでのところでグレッグによって取り押さえられた。
「相手を見て喧嘩売れって! 相手は英雄を抜いて、最年少でレベル8に認定されたハンターだぞ!」
「離せおっさんッ! くそ、俺は認めないぞッ!」
グレッグに取り押さえられながらもなおも暴れるギルベルトに対して、ティノは氷点下のように冷めた視線を送り、クライはハードボイルドな表情を浮かべている。
そして暴れているギルベルトから興味が失せたかのように———本人にはその意思はないが———視線を外したクライは、ハードボイルドに言った。
「じゃあギルベルト少年は良いや。グレッグ様とルーダはどう? 手伝ってもらえるかな」
「……え?」
「え、ええ……それは構わないですが……」
「私も願ってもないことなんだけど……」
急に梯子を外されたギルベルトは呆けた表情を浮かべ、グレッグとルーダも困惑しながら首肯した。
ティノも隠れてガッツポーズである。
それに納得がいかないのは当然、ギルベルトだ。
「お、おい! 本当に良いのか!? 手伝ってやんないぞ!?」
「ああ、とても残念だよ。でもしょうがない。ティノ、うちのメンバーから誰か適当に連れて行きなよ」
「ますたぁ、一緒に来てください……」
「い・や・だ」
クライとしてもルーダはともかく、グレッグとギルベルドはノリで選んだようなものだ。仮にもクランマスターである以上最低限の面子というものはあるし、こういう手合いをまともに相手していたら時間がいくらあっても足りない。
レベル4の剣士であれば足跡にも何人かいるし、そこから適当に選出しても変わらないとクライは考えていた。
当然、自分が行くことは一切考慮しないものとする。
これで話は終わりとばかりにラウンジを出ようとするクライ。
しかしそこに、二つの対照的な声が響いた。
「勝負ッ!」
「クラーイ、いつもの奴を先に持ってきたぞーって……勝負? 俺と?」
「アルスお兄さま!?」
一人は勿論、ギルベルト。
自分の目で見えているものを信じ、自分より弱い者に従うつもりはないという信念のもと放たれた一言だ。
そしてもう一人、クライが出ていこうとした両扉から顔を覗かせる、今回の元凶。結界指の入った小袋を持ちながら困惑する青年、アルス・ライアームだった。
ギルベルトの指が震え始める。
アルスが内開きの両扉を開けたことによりクライとティノが一歩下がった結果、その方向にはなんとアルスがいたのだ。
誰も状況が掴めず無言の時間が数瞬流れ、何かを閃いたのかクライがアルスへと向き直った。
「! ……アルス。ギルベルトが勝負したいって言ってるから受けてくれない?」
「ますたぁ!?」
「はぁ!?」
「……クライがそう言うなら良いけど」
「アルスお兄さま!?」
「やあティノ、相変わらずだね」
クライに持っていた袋を渡し、ティノに一言挨拶をしたアルスは、何処からともなく不気味な仮面を取り出し、顔に付けると真っ直ぐギルベルトの元へ向かっていった。
「笑う骸骨……」
笑う骸骨。
それは嘆霊のシンボルであり、畏怖の象徴でもある。
そしてその仮面を付けているものは、帝都でも悪名高い嘆霊のメンバーだけだ。
何か威圧しているわけでもなくただ歩いているだけのアルスだが、ハンターとして潜在的な何かを感じ取ったギルベルトは思わず———あとシンプルに仮面が怖くて———二歩後ろへと下がる。
片や大剣と鎧を装備した剣士、片や仮面以外はラフな格好で一切武器も持たない魔導師。
しかし両者の間には、隔絶した力関係が存在していたのだ。
向かい合う両者。
先に切り出したのは、アルスだった。
「初めまして。俺はアルス・ライアーム。君の名前は?」
「お、俺はギルベルト・ブッシュ……レベル4の剣士だ」
「レベル4か……」
「……? どうかしましたか、アルスお兄さま」
ギルベルトのレベルを聞いたアルスはチラリとティノを一瞥———仮面で見えていないため恰好だけだが———したあと、なんでもないとギルベルトに向き合う。
ざわめきは、観客側からもたらされた。
「アルス・ライアー、ムって……もしかして、『千導』のアルス・ライアームさん……ですか!?」
「えッ!? 『千導』ってことは———レベル7!?」
比較的ハンターの情報に疎いルーダもその二つ名は流石に聞いたことがあったのか、瞠目しながらアルスへと視線を向けた。
クライはうんうんと頷きながら、ティノはどこか誇らしげにその様子を見ている。
とりあえずの挨拶も終えたところで、クライがパンッと手を叩いた。
「それじゃあ皆、地下の訓練場に行こう」
だいたい21時更新です。
追記
一瞬更新してしまいましたが、予約投稿間違えただけです。