「まさかレベル7の戦いが見られるなんてな……」
「レベル7……ダメ、全く想像がつかない……」
クライに結界指を渡しに来たらなんか事件に巻き込まれてしまったような気がする。
一応の予定としてクライに結界指を手渡した後、クランマスター室に戻って宝具のチャージに勤しむ予定だったんだけど……どうして地下の訓練場に俺はいるんだろうか。
なんかラウンジに入った瞬間勝負を挑まれてるし……間違いなくクライに対してだとは思うんだけど、クライから指名があったから素直に受けちゃった。
正直これに意味があるのかどうかはわからない。
というかどういう状況なんだよこれ。
俺と対峙しているギルベルトは、緊張した面持ちではありながらも闘志を宿した瞳をこちらに向けている。レベル4と言っていたが、一番身近なレベル4であるティノと比べると実力は数段落ちると言ったところか。
これはギルベルトの実力がないというわけでは決してなく、ティノの実力が既にレベル5相当にあるというのが理由でもある。
あとグレッグとルーダ———訓練場への移動中に教えて貰った———は完全に観戦モードだし、ティノはクライの腕に張り付きながら手を振っている。可愛い。
そしてその横にいる、いつもの訳知り顔でうんうんと頷いているクライ。
……これは一応ちゃんと聞かないといかんな。
「クライ、一つ聞きたいんだけど———どうしてこうなったんだ?」
「奇遇だねアルス———それは僕も気になっていたところなんだ」
いやなんでだよ。
こういうことを平然と言うから人を煽ってるとか言われるのに気付いてないのかクライは。
……気付いてないんだろうな。
まあいいや。
こういう場合のクライは詰めたとしても意味がなく、むしろ適当なことを言われてしまった方が
どこか緊張した面持ちのギルベルトに今回のルールを説明する。
「ギルベルト、今回のルールは簡単だ。ギルベルトは一分以内にここから俺を一歩でも動かしたら勝ち、俺は少しでも動いたら負けだ」
「!? お、おい。動いたら負けって、マジで言ってるのか?」
「ああ。その場から一切動かない———というか、動く必要が無い」
当たり前だ。
レベル差というのは少しの例外を除き、そのまま実力差を意味する。俺はレベル7に対してギルベルトはレベル4の中堅。
そこまで差が開いてしまえば動かない事はハンデでもなんでもなく、絶対条件になる。
そしてそこが覆ることがあるのであれば、それは当然俺の負けだ。
「……舐めやがってッ!!」
「……愚かなやつ」
しかしギルベルトはそれを舐められたと取ったようだ。
怒りに身体を震わせながら宝具の剣に力が入っているのが分かる。
あとティノ、すごく今更だが師匠の影響受けすぎだ。
出会った頃はあんなにお淑やかだったのに……いや、今もお淑やかではあるのか……?
可愛らしくはあるからいいか。
クライもこれがいつも通りだと分かっているからうんうん頷いているだけ。
それ以外の二人はどちらかといえばギルベルト寄りの考えのようだ。
「ねえクライ……流石に動いたら負けはやりすぎじゃない?」
「そんなことはないよルーダ。アルスはいつもこんな感じだ」
「千導は後方支援の
「アルスは間違いなく後方支援の魔導師だよ。それにアルスはこういうとき、一切攻撃はしないんだ。攻撃する必要がないからね」
「攻撃する必要が……ない……?」
「お前たちはアルスお兄さまを過小評価し過ぎている」
俺の預かり知らぬところで俺のネタバラシが着実に進んでいる。
もうさっさと始めたいんだけど、ギルベルトもどういうことなのかと聞き耳立てているし、ここで始めるのは不意をつくような感じがてなんかフェアじゃない。いやフェアじゃないのは情報をどんどん出されている俺の方なんだけどさ。
レベル差から考えればむしろこの戦いそのものがフェアではない、とかはなしでお願いしたい。
「アルスお兄さまは足跡のレベル5以下が全員で挑んでも勝てない程強い。実際、その模擬戦でアルスお兄さまは一切攻撃することはなかった」
「足跡のレベル5以下が全員でも!?」
「何かの比喩表現じゃないのか? 流石に信じられないぞ」
「いや間違いなく全員……私も参加したけど、全く歯が立たなかった」
ティノがあの時を思い出すかのように目を伏せると、ルーダとグレッグが化け物を見るような目で見てきた。納得がいかない。
あれもクライが原因で起きたことなんだが、その後結局幼馴染たちまで参戦してきて大変だったんだよな。訓練場を壊しすぎてエヴァにもキツく怒られたし。本当に納得いかねぇ……。
というかティノ、それ以上脅してやるな。
ギルベルトの戦意がどんどんと削がれていってる。
まあ折角だし使わせてもらうんだけどさ。
「ギルベルト。俺はお前を舐めている訳では無い。だが俺が今ここにいるのはクライに頼まれたからだ。何か勘違いしているのかもしれないが、お前は今———千変万化に試されているんだぞ?」
「!! 千変万化に……試されている……!」
「……うんうん、そうだね」
理解してくれたようで何よりだ。
まあクライが実際試しているかどうかは分からないけど、これもいずれ千の試練の一部として見られるのだろうし、どちらにしろティノのパーティーメンバーに相応しいのかどうかは見ておかないといけない。
こんな事してるから『千導』とか呼ばれるんだろうな。
クライの適当な同意を締めとして、一枚のコインを取り出す。
「このコインが落ちてから一分だ。ネタバラシされたから言うけど、俺は動かないし攻撃もしない。ただ当然、何もしない訳ではない。手加減はするけどな」
「ああ大丈夫だ———始めてくれ 」
ギルベルトから了承も得られたため、親指でコインを弾いてギルベルトを真っ直ぐ見据えた。
緊張が伝わってくる。
ギルベルトだけではなく、ルーダやグレッグ、そしてティノまでもが緊張しているのが分かる。
……ティノはどちらかといえば、これから起こることへの覚悟の割合の方が多そうだ。
クライが今回の勝負を俺に受けさせたのは、クライにとってはたまたまそこに都合良くいたから選んだだけに過ぎないのだろう。
しかしこれは、今回の依頼にとって必要なものになるはずだ。
さらにそれが必要なのはギルベルトだけではなく、ルーダやグレッグ、そしてティノも含まれている。
それなら俺は———やるべきことをやるだけだ。
コインは俺とギルベルトの間へ綺麗な放物線を描きながら落下していき、そして、地面へと落ちた。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
コインが地面へとついた瞬間、世界が変わった。
「こ、これは……ッ!!」
「う、うそ……こんなことって……」
それはまさしく、天災と呼ぶに相応しいものだった。
胃を、腸を、心臓を———身体のあらゆる部分を鷲掴みにされるかのような感覚に襲われたグレッグとルーダは、耐える術もなく地面へと倒れ込む。
これはマナではない———マナ・マテリアルだ。
暴力的なまでの高濃度なマナ・マテリアルが、重圧感を持って訓練場内に満ちていた。
そしてそれらは当然、ギルベルトにも襲いかかる。
「ぐっ……なんだこれ、は……ッ!!
「アルスお兄さま、は……マナ・マテリアルを、一部……操ることができる……」
辛そうに、何かに耐えるようにしながらティノが解説を始めた。
アルスも横目でティノを見ているが、特に口を挟む様子はない。
「これは、マナ・マテリアルを……マナ・マテリアルの濃度を、意図的に上げた状態……つまり、今ここは……高レベルの宝物殿と同じ状況……!」
「擬似的だけどな。あと一応、オフレコだから」
ギルベルトの状態もルーダやグレッグと同じだ。
ティノは過去に何度も経験していることや、アルスがある程度手加減していることから醜態を晒すことはないものの、それでも立っているだけでやっとの状況である。
そんな中、先程までと一切変わらない、しかし現状を鑑みればあまりにも不釣り合いな程呑気な声が響く。
「……うんうん、やっぱりアルスは凄いね」
「!? クライ、平気、なの……?」
「え、何が?」
唯一表情を変えずに立っているクライは、この状況を作り出したアルスに対して飄々とした表情で称賛を送っていた。
それはまるで、ルーダの問い掛けに本当に意味が分からないと、最初からここがそういう場所であったかのように、何故皆倒れているのか全く分からないとでも言いたげな程、何も変わらない態度だ。
「こ、これが……レベル8か……」
「流石はますたぁ……」
「……まあ、クライは大丈夫だわな」
クライの様子にはアルスも呆れていた。
それが逆説的に、クライが普段からこういう状況下に身を置いていることの証明となっているのに二人は気が付いていない。
そんなクライの様子に反して、訓練場の中は悲惨だ。
ルーダは完全に倒れ込んでおり、過呼吸になりながら吐き気に耐えていた。
グレッグはこの中で最もベテランなだけあって順応が早く、顔を青くしながらなんとか上半身だけを上げている。
ギルベルトもグレッグと似たようなものだ。
違う点をあげるとするなら、グレッグは耐えているだけだがギルベルトは何とか立ち上がろうともがいていることだろうか。
そう、ギルベルトは今、激しい無力感に苛まれながらも必至にもがいていた。
レベル差と実力は比例することは知っていたつもりだ。
しかしまさかここまで絶望的なまでの差があるとは思っていなかった。
垂れていた頭を上げる。
目の前には髑髏が笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。
この髑髏は、手加減すると言っていた。
レベル4のハンター3人を容易く封じ込めたこれか本当に手加減だった場合、本気を出していたら確かにレベル5が何人いようと関係ないだろう。
先ほどのティノの話が誇張でも何でもないただの事実だということが嫌という程よくわかった。
そのまま視線を横に向ける。
そこには自分よりも幼い少女が辛そうな表情を浮かべながらも地に足を付けており、その隣にはグレッグやルーダに大丈夫? と問いかける男———千変万化の姿があった。
あの少女は足跡にいるだけあって、こういう訓練も受けているらしい。
普段からこんな訓練を続けているなど正気の沙汰ではない。
その隣にいる千変万化は、どこまでも自然体だ。
肉体強度は見るからに弱く、高レベルハンター特有の威圧感もないが、それでも今目の前で起きている現実が千変万化が高レベルハンターであることを雄弁に示していた。
対して自分は———どうだ?
無様にも膝を付き、短く呼吸をしながら吐き気に耐えるのでやっとの思いだ。
———前へと、這いずる。
先程自分は、この男が千変万化だと聞いて何と言ったのか。
今この状況下で平然としていられる男に、自分は何と宣ったのか———ッ!
———全然鍛えられてないじゃないかッ!
あろうことか、そう言い放ったのだ。
それがどれだけ荒唐無稽なことか、どうしてグレッグが無謀だと止めにかかったのか、今ならよくわかる。
———前へと、這いずる。
千変万化から見れば、今の光景はさぞかし無様なことだろう。
あれほどの啖呵を切った男がこんな醜態を晒しているのだから。
だからこそギルベルトは、無様でも前へと這いずって進んでいた。
それがどれくらい経ったのか分からない。
制限時間は一分だと聞いていたはずなのに、ギルベルトにはそれが一時間にも二時間にも感じた。
だが今は時間など、最早勝負すらも関係ない。
これはギルベルトの意地だ。
前へ前へとギルベルトは進む。
無様を見せつけながらも、地に伏したままでも、それでも進み続けて———ついにアルスの足が掴める位置にまで辿り着いた。
骸骨の笑みが、より深まった気がした。
「……時間切れだ」
瞬間、先程までの重圧が嘘のように消え去る。
ギルベルトが、グレッグが、ルーダが、そしてティノが、呼吸を思い出したかのように一斉に息を吸い込んだ。
急激に息を吸い込んだためか、嗚咽を漏らす音さえ聞こえる。
そんな中、アルスは淡々と告げた。
「今のはレベル6相当の宝物殿と同じマナ・マテリアルの濃度を魔法で再現したものだ」
「……レベル6の宝物殿でもここまで重圧はないです、アルスお兄さま……」
「まあね。この重圧は———ちょっと訳アリだから」
比較的回復が早かったティノとアルスの会話を聞く余裕がある者はいない。
それだけ先程の一分は彼らにとって劇薬だったのだ。
そしてその劇薬の中にいたからこそ、平常時には分からなかったあの男の異質さが際立つ。
千変万化は、座り込んで肩で息をするギルベルトへと近づいて行った。
「君さ、今までのパーティー、自分から脱退したんでしょ?」
「ッ!?」
それは今までと何も変わらないのんびりとした声音で———先程の光景を見た後では全身が粟立つ程の不気味さを纏っていた。
ギルベルトはその自信の通り、まごうことなき天才だ。
天才故に、仲間たちはギルベルトの才能についていくことができず、足並みを揃えるもどかしさを覚えてパーティーを脱退した。
だが何故このタイミングで、千変万化はこの話を切り出したのか。
「な、ぜ———」
「僕にも覚えがあるからさ……実力に差がありすぎたんだよね、分かるよ。
「……今でもクライが抜けたら嘆霊は一瞬で崩壊するけどな」
実感と共に語られるその言葉の意味を、そして追従するアルスの言葉の意味を、ギルベルトは一瞬理解できなかった。
だが、その意味を知った時、得体のしれない何かがギルベルトの全身を駆け巡る。
嘆霊のメンバーは誰もが帝都では有名なハンターであり、誰もがその強さを讃える、才能のみが集った奇跡のパーティーだ。それは今しがた、ギルベルト本人が身を持って知ったことでもある。
そんなメンバーたちを、あの英雄すら追い越しレベル8に最も近い男すらも有するメンバーたちを、この目の前の男は———。
千変万化はゆっくりとした足取りで、ギルベルトの立っていた場所へと向かう。
そこには、剣の宝具である煉獄剣が鞘に収まっていた。
今から何をするのか、今度は何が起きるのか、その場の全員が黙ってその光景を見つめている。
千変万化は煉獄剣に近づくと、刃に足先で触れた。
その瞬間、鞘に納められていた剣身から紅蓮の炎が渦巻く。
風がなるようなゴウッという音を伴い、炎が螺旋を描く。
その光景を、ルーダが、グレッグが、ギルベルトが呆然とした様子で見ていた。
炎の螺旋の中、燃える様子もなく千変万化が言う。
「属性付与と攻撃範囲の拡張、か。単純だが良い剣だ、大切にするといい」
「う、嘘だ……柄すら握らずに……ッ!?」
その剣がどれだけ扱いが難しいのか、それは持ち主であるギルベルトが一番よく分かっていた。
操作が難しいとかそういう次元の話ではなく、どうすればいいのか分からないのだ。
スイッチがあるわけでもなければ、説明書があるわけでもないのだから。
それを千変万化は、あろうことか足先で使いこなして見せた。
未知。
先ほど千導が見せたような明確な実力ではない、自分の常識の外にいる存在。
それを認識しようとするも、脳内が受け付けない。
口の中が渇き、息が詰まる。
「ばけ……もの……」
声が震える。
しかしそれを無様だと笑う者は、この場には誰も居なかった。
現時点で26日までは予約してあります。