愛の使者   作:彼岸花ノ丘

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ケース:1

 米国大統領スミス・クリントンは緊迫した面持ちで、ホワイトハウスの屋上に立っていた。

 傍には副大統領や秘書、国防長官に司法長官、更に十数人のシークレットサービスも配備されている。ホワイトハウスの庭には大勢の軍人達が待機していて、彼等の手には物騒な狙撃銃や対物ライフル、ドローンの制御装置が握られていた。

 そして誰もが、空を見上げている。

 あまりにも物々しい雰囲気。険しい顔をしている彼等の視線は、ホワイトハウス上空に浮かぶ、あるものを凝視していた。

 全長数百メートルはある、黒い円盤を。

 円盤と称したが、あくまでも形は、と言うべきだろう。黒い外装は殆ど光を反射せず、影のように輪郭しか見せていない。それが金属で出来ているのか、実は有機物なのか、まさかの気体なのか。輪郭だけでは判別しようがなかった。

 機械か気体かも分からないのだから、当然それが『乗り物』である保証はない。ないが、科学者曰く円盤は限りなく真円に近い形をしており、自然物とは考え難いという。

 

「……向こうからの応答は?」

 

「ありません。こちらからの呼び掛けは続けていますが、回答らしきものは来ていません」

 

「十時にあった通信以来、交信は途絶えたままです」

 

「無視されているのか、返信内容に迷っているのか。出来れば後者であってほしいものだな」

 

 率直な感想をぼやいてみれば、副大統領などは少し顔を顰めた。

 言葉には出さないが、恐らくこう思っている。「余計な事は言うな」と。

 確かにその通りだ。こんな小さなぼやきであっても、聞き流されるとは限らない。

 『異星人』の懐が、人間の戯言を許してくれるほど広いかはまだ分からないのだから。

 ――――事の発端は今から凡そ三時間前、二〇二九年四月某日の午前九時頃。

 突如として、ホワイトハウス上空に巨大な円盤が現れた。突如というのは比喩ではない。国防省もNASAも一切予兆を検知出来ず、ホワイトハウスへの接近を許してしまった。

 今も円盤はレーダーに映らず、目視でしか認識出来ない。或いは今見えているものはただの影で、実体はそこにいないのかも知れない。何も分からないが、その形が真円である事からなんらかの人工物である可能性が高い。

 即ち、異星人の乗り物。

 これは人類史上初の、異星人とのファーストコンタクトではないか。そんな意見が出始め、大統領含めたホワイトハウスの閣僚が集まり対応を協議し始めた……丁度その頃である。

 円盤から『通信』があった。

 軍曰く「現地時間十二時丁度に交流用の使者を送る」というもの。原文はもっと丁寧かつ長文で、さながら人間同士で交わされる外交文書のように洗練されていた。

 通信までもあれば、やはり円盤は異星人の乗り物に違いない。その異星人の使者が来るというのは、人類にとって初めての経験だ。米国は誉れあるファーストコンタクト相手に選ばれたのであり、地球史上最高の名誉と言えるだろう。

 ……客観的に見れば。

 

「(ああ、クソっ。胃が痛い……!)」

 

 米国大統領であるスミスは正直、勘弁してくれと思っていたが。

 確かに名誉だ。自分の名はきっと人類史に刻まれるだろう。

 だが相手は異星人だ。どんな考えをしているか分かったものではない。この後起きるであろう顔合わせの時、例えば「ようこそ地球へ」と言ったとしよう。それが異星人にとって宣戦布告を意味していないと、誰が断言出来る? 「より良いビジネスをしよう」が殺し合いに結び付かないと、どうして思える?

 そもそも異星人の目的は何か。友好のためならなんの問題もない。だが最初から植民地化や奴隷化が目的なら、こちらがどれだけ友好的に振る舞っても意味がない。「お前を奴隷にする」「いやそれはちょっと」「我々に逆らったな」……こんな一方的な、一体どうすれば良いのか分からない『交流』になる可能性も、ゼロではないのだ。

 おまけに戦争となれば、勝ち目はない。あの黒い円盤は、米国軍の総力を結集しても観測すら出来ていない。米国が誇る最新鋭ステルス技術なんて、異星人からすれば子供の玩具のようなものなのだろう。イギリスがアメリカ大陸を征服した時、原住民であるインディアンとは圧倒的な技術力の差があったが……あれよりも更に酷い差がある、という意見もある。わざわざホワイトハウス上空に現れたのも、地球最強の軍隊を持つ国の政府に奇襲を仕掛けるため、なんて考えもあるほどだ。

 それでも神に愛された米国なら勝てる、なんて意見は考慮に値しない。人類は何時だって技術に優れ、兵力を有し、正しい戦術で運用してきた集団が勝ってきた。結局強い側が勝っていて、それを神に愛された云々と言ってるだけ。

 技術力で勝る異星人と戦えば、勝負にもならず蹂躙されるだろう。

 

「(戦争だけは避けなければ人類が滅ぶ。だが相手の意図次第では、どんな交渉も意味がない)」

 

 こちらがどんな考えでも、相手の気分次第で結論が決まる。こんなのは交渉ではないし、どうしようもない。

 そう愚痴ったところで、やはりいざ戦争になれば大統領であるスミスの責任が取り沙汰されるだろう。何か無礼があったのでは、と揚げ足取りをされるのだ。交渉内容も何も分からない癖に、噂話だけが一人歩きして。

 ファーストコンタクトは名誉である。もう二度と、誰も得られないたった一つの栄光だ。

 しかしそれが称えられるには、宇宙人側が友好的であるのが大前提。まともな神経をしていたら、ワクワクなんてしていられないだろう。

 

「大統領。間もなく約束の時間です」

 

「――――ああ」

 

 だが、そんな気弱な内心を表に出す訳にはいかない。

 戦争になれば負ける。これは間違いない事実だ。しかし、死ぬのを恐れて奴隷になるのも違う。生命は重要だが、誇りを忘れて隷属するのが人として正しい行いとは思わない。

 いざとなれば命を捨ててでも抗う。勝ち目の有無など関係ない。これはプライドの問題だ。

 ……という態度を、異星人には示す必要がある。確かに技術力の差を思えば勝ち目はないが、人類が総力を結集させれば意外と打撃を与えられるかも知れない。植民地化を目論んでいたとしても、想定以上の損害が生じれば、異星人側も計画を撤回する可能性がある。アメリカだって、結局のところ技術進歩と奴隷の高額化により、黒人奴隷が割に合わなくなったから奴隷解放を行ったのだ。

 強気だからこそ回避出来る戦いもある。反抗的だからこそ手に入れられる自由もある。無闇に喧嘩を売る必要はないが、媚びる事が最適とも言い難い。

 偉大なる米国の大統領として、この難しい交渉に挑む。

 

「! 見てください! 円盤が……」

 

 十二時を迎えると、円盤に動きがあった。

 円盤下部から光が放たれたのだ。シークレットサービス、そしてホワイトハウスの庭にいる軍人達に緊張が走るが……光はホワイトハウスの屋上に降り注ぐも、特に何も起こさない。

 しかしただの光ではないらしい。

 何故なら円盤の下側から、三つの人影が現れたのだから。人影は光の中をゆったりと下降し、地上へと迫る。

 もうこの時点で、やはり何をやっても勝ち目がないほどの技術格差があるようにスミスは感じた。

 感じたが、表情は変えない。長年政治の世界にいた彼にとって、それを取り繕うのは得意技だ。人影が地上に降り立つまで、笑顔で、力強い表情を作り続け――――

 宇宙人が目の前に現れた瞬間、彼は驚愕と動揺を顔に出してしまう。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 

「我々に敵意はなく、此度は友好のために訪れました」

 

「今回は顔合わせと、我々について知ってもらいたいと考えたいます」

 

 三体の『異星人』は次々と語る。捲し立てるような早口ではない。とても聞き取りやすい、分かりやすく流暢な英語だ。友好のためという、米国政府にとって最高の言葉も言ってくれた。

 だが、その言葉の全てがスミスの耳を通り抜けていく。

 スミスは己の目を疑う。後退りしながら、何度も自分の目を擦る。交渉相手を前になんという無礼な態度かと自覚するが、それでも表情を下に戻す事が出来ない。周りにいる大臣や秘書、シークレットサービスも騒がしい気がするものの、そちらに意識を向ける事も難しい。

 今、スミスの意識は全て目の前の『異星人』に向いている。

 その異星人の姿は、何処をどう見てま地球人と同じだった。身長は、恐らく百五十センチぐらい。大人としては小柄だが、いないとは言い切れない大きさ。

 髪は小麦畑を思わせる、鮮やかな金色。長く伸びたそれは腰の辺りまで達している。服はシンプルな黒いワンピースで、異星人のスタイルが、凹凸のない子供っぽいものであると分かる。

 顔立ちは童顔。愛らしく、けれども好奇心旺盛そうな少女の顔立ちだ。児童性愛に厳しい米国では、このような顔の女性に好意を寄せるのは、たとえ相手が成人していてもバッシングを受けるかも知れない。ましてやじっと、凝視なんてしたら、明日の週刊誌になんて書かれるか分かったものではない。

 だが、スミスはどうしてもその少女から目を離せない。

 

「まずは、友好の証に握手でもしましょうか。少しだけですが、この星の文化について学んできたのですよ」

 

 子供っぽく、少女のように笑いながら、異星人は握手を求めてスミスに手を差し伸ばす。

 掴まねばならない。これを拒むのは、相手の思考次第では宣戦布告に等しい。

 スミスも理性ではそう理解している。だが手を伸ばせない。それよりも前に口が、心の奥底にある情動が叫ぶ。米国の利益も、人類の安寧も、全部かなぐり捨てて問い質したい。

 どうしてそんな姿をしているのか。

 どうして異星人達が、自分が十五歳の時に事故で亡くなった、今でも忘れられない幼馴染の少女の姿をしているのかを――――

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