愛の使者   作:彼岸花ノ丘

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ケース:2

 一週間前、米国は異星人と接触した。

 それは今や世界中が知るところである。何しろ堂々とホワイトハウス上空に現れただけでなく、米国との話し合いを終えたら次々と世界中の国々を回り始めたのだから。今円盤はアフリカ辺りにいて、各国政府と挨拶を交わしているだろう。

 異星人達は自らを『ラヴァーズ』と名乗った。本来の名前は地球人だと発音不可能らしく、地球全体の公用語と思われる英語から自分達に該当する単語を抽出・造語したらしい。公式の場では異星人ではなく、ラヴァーズ呼びが正しいものとなっている。

 ラヴァーズは極めて友好的で、今のところ何処かの国と揉めた事はない。

 どの国も異星人と喧嘩したくない、というのもあるだろうが……異星人達が本当に友好的なのが一番の理由だろう。地球人で一括りにせず、各国の文化に合わせた対話・交友を行っている。

 市井の反応も好評。一部陰謀論界隈が「地球侵略を企んでいる」や「ついに闇の政府が姿を現した」などと述べているが、これについてラヴァーズ側は「様々な意見があるのは民主主義が根付いている証です」と、気遣った回答をしてくれた。無論、侵略自体は否定したが。

 地球全体で見れば、ラヴァーズとのファーストコンタクトは成功したと言える。

 とはいえ、これでめでたしめでたしとならないのが現実だ。コンタクトに成功したら終わりではない。一度友好を結んでも、その後も維持し続ける努力が必要だ。場合によっては強化も。

 日本の外務省の一職員である讃岐幹二は、日本で行われる交流会のための打ち合わせを行っていた。場所は国会議事堂内の某会議室。機密保持のため入口には警備員が配置され、盗聴器を隠せないよう中は机と椅子ぐらい置いていない、簡素だが厳重な部屋だ。

 

「記者会見後は夕食会となります。地球の食材でもてなそうと考えていますが、食べられないもの……成分などがありましたら、情報提供をお願いします」

 

「承知しました。リストアップしたものを本日中には連携します。ただ、我々の事前調査によれば地球上の成分で我々にとって害となるものはありません。あまり制約はないと考えていただいてよいかと」

 

 幹二からの問いに、机を挟んで向かい合うラヴァーズの事務官は丁寧に受け答えする。回答は常に明瞭。誤解を与えないようにという気遣いが感じられ、地球人相手より余程会話が心地よい。

 或いは、その『見た目』の所為かも知れないが。

 ラヴァーズは極めて人間的な、いや、()()()()()容姿をしていた。レディーススーツを着込み、髪は黒。顔立ちは凛々しいながら人形のように整っている。ぴっちりとしたスーツなので体型はよく分からないが、胸の膨らみを隠しきれていない辺り、かなり女性的なのだろう。

 その姿は、幹二の『妻』と瓜二つだった。厳密には、幹二の妻の若い頃(二十代頃か)に似ている。互いに五十を迎えた今となっては、もしも妻との間に娘がいたらこんな姿だったのではないか、と微笑ましくなってしまう。

 お陰でどうにもやり難い。嫌なのではなく、つい手心を加えてしまいそうになるのだ。外交でそのような気持ちは命取りだというのに。

 

「どうされましたか?」

 

 ましてやうっかり和んでしまうなど言語道断。幹二は表情を作り、自分の感情をひた隠しにして笑う。

 

「ああ、すみません。考え事を……食事に問題がない点は了解しました。念のため、メニューが決まり次第改めて確認を行いましょう」

 

「そうですね。我々からも、栄養学に詳しいものを派遣します。それと明日、アメリカでの食事会がありますので、アメリカ政府からの許可が出ればメニューについての情報も提供しますよ」

 

「! それはあり難い話です。助かります」

 

 ラヴァーズと人間の接触は、友好的に進んでいる。

 地球側最大の懸念である侵略については否定し、友好を求めていると宣言している。またラヴァーズが持つ技術の提供についても、将来的に行うと約束済みだ。環境問題や医療など地球人の生命に関わる問題を優先し、文化や思想などには可能な限り関与しないともしている。

 勿論内心がどうかは分からない。しかし今のところ、尊重する意思があると感じられた。段々と親交を築いていると、日本的には感じられた。

 だが人間同士の交流は、最近ややぎこちない。

 ラヴァーズが友好的と分かるや、各国はその技術の『確保』を目論み始めたのだ。ラヴァーズは円盤一つ取っても、地球とは比較にならない科学力を持つ。恐らく他分野でも、地球人では理解出来ない水準にあるだろう。この科学の一端でも提供してもらえれば、その国はどんな小国だろうと『地球最強』に躍り出る。軍事だけでなく、経済や法律についても先進的な取り組みが出来、他国を圧倒する筈だ。

 言い換えれば、今は先進国として強い立場にある日本やアメリカが、何時没落するか分からないという事。

 だからどの国も、ラヴァーズとの接触で得られた情報を他国と連携しようとしない。独占した情報を用い、他国を出し抜いて、自分達だけに技術を与えてほしい……

 一見平和に見えるラヴァーズとの交流は、人間同士の外交戦争の様相を呈している。

 が、同時にそれはラヴァーズに逆らえない事を意味する。ラヴァーズの機嫌を損ねては、自分達だけが技術をもらえないかも知れない。ラヴァーズの頼み事には可能な限り応え、他国と差を付けなければ不味い。むしろラヴァーズの誠実さや人類全体への友好ぶりを鑑みると、出し抜くという行為自体が不興を買う恐れがある始末。

 だからラヴァーズから「この情報を日本に伝えていい?」と聞かれたら、アメリカは断れない筈だ。嫌だと伝えて、なんかこの国感じ悪いな、と思われたら比喩でなく国が滅ぶ。たとえラヴァーズから攻撃されなくても、だ。

 ……どうにもラヴァーズはそんな人間の考えなんてお見通しのようで、会談情報を積極的に広めようとしている。彼女達は公平な技術提供を事前に宣言しているが、地球人の浅はかな欲望を許すつもりはないのだろう。

 

「(なら、下手に画策するより誠実に向き合う方がいい。そしてそれは日本の得意技だ)」

 

 ラヴァーズとの交流で、最後に抜きん出るのは日本である。幹二にはその自信があった。

 尤も、ラヴァーズは未だ技術提供をせず、ただ交流だけに止めているが。それにラヴァーズの目的は、地球文明の進歩や同化などではない。

 

「では次に我々からの確認ですが……一般市民との交流、もっと言えば移住に関する法整備などは、進んでいるでしょうか」

 

 ラヴァーズの目的は、地球への移住だ。

 

「……現時点で、法務者の担当者とも会議を行い、準備を進めています。ただ、日本社会への発表と法整備には時間が掛かり、見込みでは五年は必要かと」

 

「分かりました。我々としては期限を設けませんし、移住が許可されるまでに掛かった時間などで国への対応を変えるつもりもありません。納得がいくまで議論し、もし受け入れられないのであれば、一旦は保留します」

 

「諦める事はない、と」

 

「考え方は時間だけでなく、世代や情勢でも変わります。一度受け入れが拒まれても、将来的に可能となる事は十分あり得ますから」

 

 にっこりと、凛々しい顔立ちに笑みを浮かべるラヴァーズの事務官。

 その微笑みに幹二はどきりと胸が高鳴ってしまう。ただ、ラヴァーズ達の要求を考えると、すぐに表情を引き締める。

 ……ラヴァーズが地球への移住を求める理由は、明確に説明されている。彼女達は非常に強靭な生命体で、技術力の高さも相まって事実上寿命がない。病気も存在せず、事故以外での死因がないため個体数が急激に増加し続けている。個体数の抑制は種族柄出来ず、このため常に定住可能な新天地を求めている、というのが一つ。

 もう一つの理由が、ラヴァーズが大の恋愛好きで、様々な種族との『恋』をしたいため。

 新天地よりも、こちらの方が種族的には求めているらしい。彼女達が自らをラヴァーズ(恋人)と名乗るのも、この色恋好きを地球の言語で表現するためだとか。出来れば結婚やデートなどもしたいと、まるで年頃の子供のような要求をしている。

 

「(どうしたものか……)」

 

 昨今、世界的に移民への反感が強い。

 積極的かつ急進的な移民政策により、問題が生じているからだ。単純な文化の違いによる軋轢に加え、なんとなく怖い、文化を穢されているなど精神的問題も多い。また移民が仕事に就けば、本来自分が就く筈だった職を奪われた、と思う者も出るだろう。

 これを「差別主義者の戯言」と流すのは論外だ。民主主義国家である以上、政府の基本方針は市民が選挙により決める。国民がNOを突き付けているのに無視して移民を推進すれば、次の選挙では極右政党が政権を取る事もあり得る。というより幾つかの国では、ラヴァーズが現れる前に現実となった。

 多くの国が少子化により国家体制の前提が崩れつつある事を思えば、移民ゼロは現実的ではない。だが考えなしの受け入れも、政権が倒れる原因となりかねない。だから多くの国で、移民の制限が始まりつつある。

 そんな情勢を考えると、ラヴァーズの受け入れは難しい。

 ましてやラヴァーズは異星人。見た目がいくら人間に似ていても、外国人どころか人間ですらないのだ。多くの人が交友は望んでも、果たして移住はどうか。相当な反発が予想される。

 予想されるが……なら断るべきか?

 

「(それも国益になるとは言い難い)」

 

 もしも何処かの国が、ラヴァーズの移住を許可したら?

 ラヴァーズは今、積極的な技術提供をしていない。将来的な開示などは検討しているが、それは全世界で平等に行うと前もって宣言している。

 だからこのままでは他国を出し抜く事は出来ない。出し抜こうとすれば、逆に叩かれる可能性すらある。

 しかしラヴァーズが移住したなら、話は変わる。一般人とはいえ、地球よりも先進的な教育を受けた人員なら、何かしらの知識がある筈だ。その知識を社会で活かせば、それだけで国の技術力が大幅に向上するかも知れない。

 それにラヴァーズも知的生命体なら、より多くの同族がいる地域を『優先』するのではないか。彼女達は平等を謳っているが、それを実現するのが如何に困難なのかは地球人もよく知っている。いくら先進的文明を持つラヴァーズとて、完全に贔屓がないと言えるのか。

 そう考えると、移住の受け入れはメリットが大きい。

 

「(外見的には日本人に近いのは、その意味では好都合だな。見た目が同じで、文化に溶け込んでいれば、移民と意識し辛い)」

 

 だとすると必要なのは、ラヴァーズが日本文化に溶け込める種族かどうか。この乖離が小さければ、移住政策は推進しやすい。例えば教育プログラムを受け、数ヶ月の経過観察に合格した者だけを許可するとすれば――――

 

「(っ! 駄目だ駄目だ! それは移住前提の考えだ)」

 

 迂闊にも、移住を推進するような方法を考えてしまった。政府の基本方針が定まっていない今、官僚である幹二が考えるべきはスムーズな移住ではない。

 政府の方針に従いつつ、国益を常に考える。官僚として必要なのはこの思考だ。

 それは分かっているのだが……やはり、どうしてもラヴァーズには強く出られない。先進的文明であり、他国との競争もあり、つい意に沿うよう努めてしまう。

 

「どうしましたか? 不明点がありましたら、可能な限りお答えしますが」

 

 ましてや昔の妻に似た『この人』に、失望されたくない。

 極めて個人的な理由に自己嫌悪しながら、幹二は外務省の一員としてどうにか職務に励むのだった。

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