矢崎真にとって、ラヴァーズという存在は日常だった。
真は現在三歳の男の子。ラヴァーズは彼が生まれる三十年近く前に地球を訪れた存在で、移住計画が実現してから二十年が過ぎている。
未だラヴァーズの移住に反対する人はいるが、殆どの地球人はその存在を受け入れていた。ラヴァーズは実直で、誠実で、しかも能力にも優れている。地元社会に溶け込もうと努力し、そもそもルールを事前に学んでから来るので揉め事自体起き難い。「中東や中国からの移民は反対だけどラヴァーズは別」と、堂々と答える者までいるほどだ。
外見が観測者の好む姿に見える性質もあって、『景観』を損ねないのも受け入れられている要因だろう。人間は見慣れないものは自然と拒絶し、見慣れていれば受け入れてしまうものなのだから。差別だなんだと言っても、本能的な判断は早々変えられない。
かくしてラヴァーズは様々な国に移住し、世界中で数万人が定住を始めた。そしてここ二十年で、地球人との間に生まれた子供も多くなっている。
真の近所にいる子供の何人かも、ラヴァーズと人間の間に生まれた子供だ。
「ねぇ、なにしてるの?」
そんなラヴァーズの子供の一人が、公園の砂場で遊んでいた真に声を掛けてくる。
「んっとねー、おおきなおやま、つくってる」
「そーなんだ。みてても、いーい?」
「いいよー」
ラヴァーズに訊かれ、真は快く受け入れた。
そうしてラヴァーズは真の近くで、言った通り見てくる。
……本当に、見ているのだろうか?
真の目には、ラヴァーズは黒い靄のような姿に見えていた。人の形もしていない。大きさは真と同じぐらいだが、時々伸びたり縮んだりしていて、ちゃんとした大きさがあるかは分からない。
動き方は靄より纏っているが、個体とは言い難い。身体全体が流動しているようにも見えるが、分離などはしない。
そうした複雑な状態の言語化は、三歳児である真にはまだ出来ない。それぐらいの知識しかない故に、この不定形を恐れる事もしない。
「ねー。なんでおかお、もやもやなの?」
真はラヴァーズの姿について尋ねると、ラヴァーズはちょっと蠢いた。
「んー。わかんない!」
「わかんないかー」
元気よく答えられたら、真は納得した。嘘を吐くとか、怪訝に思うとか、そうした複雑な判断はまだ難しい。
そういう事もあるんだなと、世の中の不思議を受け入れた。
「じゃあいいや。ねぇ、みてるだけじゃなくて、いっしょにおやまつくろーよ」
「いいの!? じゃあ、おみずもってくる!」
ラヴァーズは靄のような身体を蠢かして、近くにあったバケツを取る。手に取るような動きだったが、手らしき靄とバケツは触れていない。
真の目には、バケツがふわりと浮かび上がったように見えた。
超常的な光景は、しかしアニメでそんな不思議な出来事を見てきた真には驚くようなものではなかった。ラヴァーズはバケツと共に手洗いのための蛇口に向かい、たっぷり水を入れて、よたよたしながら帰ってくる。
どしんと、水たっぷりのバケツを置いたラヴァーズは、ふぅーと人間のような息を吐いた。
「これでね、すなをかためたら、おっきなやまつくれるよ!」
「! そーなの!?」
恐らく胸を張っているような動きをするラヴァーズ。実演するように水を少し掛けて、ぺたぺたと(やはり触っているようには見えないが)固めていく。
何時もなら崩れてしまう高さまで積み上がった砂を見て、真は目を輝かせた。
「すごーい! おおきー!」
「ふふーん。もっとおおきくしよーよ」
「うんっ!」
真とラヴァーズはぺたぺたと濡れた手で砂を固め、砂山をどんどん大きくしていく。
三歳児である真はひたすら砂を固めるだけだが、ラヴァーズは周りを均等に固め、土台を大きくしていく。安定性を考え、より大きな砂山でも崩れないよう工夫していた。
それを伝える事はなく、真に強要もせず、ただ一緒に砂山を大きくする。
夢中で十数分も掛けて作った砂山は、真一人では到底作れないぐらい大きなものになった。
「やったー! すごく、おおきなやまになった!」
「うん! すごいねー!」
「ママー! やまできたー!」
真が大きな声で呼ぶと、今まで少し離れた位置で、誰かと話していた真の母親が気付く。歩いて砂場まで来た母親は、にこりと微笑みながら真と向き合う。
「どうしたの、真」
「あのね、あのね。このことおやまつくった!」
真はラヴァーズを指差し、砂山が自分達の合作だと語る。
「すごいじゃない! こんな大きな山も、二人で作れるのね」
母親はわしゃわしゃと真の頭を撫でる。えへへと笑いながら、真は「じぶんはすごいんだー」と自尊心を育む。
それから褒められた事を自慢したくて、ラヴァーズの方を見た。
ラヴァーズの姿は、真と同じものになっていた。
真は一瞬びっくりした。靄のような姿が変わっていた事にも驚いたし、鏡で見た自分の姿にそっくりなのも驚いた。だけどそういう事もあるかと、幼さ故の適応力を発揮して納得する。
それに自分と同じ姿をしていると、なんだか兄弟が出来たみたいで嬉しい。
「でも、そろそろお昼だから帰りましょうね」
「えーっ。まだあそびたーい!」
「あそんじゃだめですか……?」
もじもじしながら、ラヴァーズはお願いしてみる。母親はちょっと困った表情を浮かべた。
そうしていると、遠くから走ってくる人影がある。
それは真の母親と、同じ見た目をしていた。真の目にはそう見えたが、母親はやってきた人物を見ても慌てない。あら、と親しげに笑う。
「佐藤さん?」
「すみません! うちの子がご迷惑を……」
「え? あ、この子佐藤さんのお子さんでしたか」
「そうなんです。ほら、うちもそろそろご飯なんだから帰るよ」
母親そっくりの人物は、ラヴァーズの『佐藤』だった。
ラヴァーズに名前はない。戸籍上も登録番号で書き込むため、やはり個体識別の名称を持たない。だがそれでは不便だからと、地球人と結婚したラヴァーズは伴侶の姓を名乗る事が多かった。
佐藤もまたこのラヴァーズが結婚した相手の姓だ。
「はーい……またあそぼうね!」
「うん! またね!」
手を振り、再会を約束しながら真は公園から家路に着いた。
「なんて事があったけどさぁ」
「え。もう何年前の事覚えてんの。こわっ」
かくして十三年後。十六歳の高校生となった真は自室で過去の思い出を話し、その話を聞いていた『佐藤』は呆れるようにぼやいた。
あの頃一緒に遊んだラヴァーズも、今年で十六歳。
通っている高校も同じで、昼休みと放課後は大体一緒。休みの日はこうして部屋に遊びに来るぐらい二人の仲は良い。友人には彼女だ彼氏だと囃し立てられたものだが……正直真は『家族』ぐらいの気持ちなので、的外れ過ぎて逆に何も感じない。
恐らくどちらかが付き合うかと訊けば、相手はうんと答えるだろう。少なくとも真はそう考えていた。
「そんで思ったけど、なんでお前、昔は靄みたいな姿だった訳?」
「それはあれよ。アンタが子供過ぎて好みのタイプも何もなかったからでしょ。うちのおとーさんがアンタのママに見えてたぐらいだし」
「くっ! 幼い頃の黒歴史だ……」
悔しがってみるが、今更恥ずかしいとも思わない。それぐらい慣れ親しんだ相手なのだから。
そう、今更どうという事もない。
「つーかさ、今の私ってアンタにはどう見えてるの? こっちからは把握出来ないから、教えてほしいんだけど」
「……それだけは答えねーぞ」
「ケチー」
しかし一つだけ、今の佐藤がどう見えるかだけは言わない。
十歳ぐらいにイメージした「僕の理想のお嫁さん」である、小さな女子の姿のままだなんて話したら――――きっと明日には学校中に広まっているに決まっているのだから。