「由々しき事態だ」
初老の男、アラン・ドバディは忌々しげに独りごちた。
彼は今、自身が経営する組織の会議室の椅子にふんぞり返っていた。部屋には他の重役達がいたが、誰もその態度を戒めない。
アランはこの組織のトップであり、最も立場ある身なのだ。重役達が態度を咎められる事はない。もし咎めた事でアランの機嫌を損ねれば、一瞬でここまでのキャリアを失うだろう。アランはこの組織に対し、独裁的とも言える権限を持っていた。
尤も、その組織は今、大変な危機を迎えているのだが。
「はい。組織全体が大幅な衰退傾向にあります。新規組織員が、何年も入っていませんから」
「構成員の高齢化も深刻だ。殆どが六十代以上だぞ。どうにか若者を勧誘しなければ」
「だが奴等がここまで社会に浸透しては、我々の活動に賛同する者も高齢者しかいないだろうな」
役員達は次々と意見を述べるが、どれもネガティブなもの。行き詰まりを彼等自身が自覚していて、その打開策を出せない状況だ。
それも仕方ない、とアランは思う。今の世の中で自分達の組織が活躍し、何かを残せるとは到底思えない。
反ラヴァーズ組織なんて、今や時代遅れ以外の何物でもないのだから。
――――事の始まりは、アランが経営する組織の創設者……アランの曾祖父の思想にまで遡る。
アランの曾祖父は、アメリカではそれなりに有名な会社を立ち上げた。非常に優秀で、それでいて社員の福祉にも力を入れるなど一見して人徳者のような人物。
ただしどの行動にも、白人に限る、という文言が頭に付くが。
曾祖父は熱烈な人種差別主義者だった。白人以外に人権はないと、家庭内で公言するほどの過激さ。表立っては言わないが、採用する社員の殆どが白人で、他人種は文句を言い難い最低限しか雇用しない。
そんな曾祖父が社長だった時代、今から凡そ八十年前にラヴァーズ達はやってきた。
それは曾祖父にとって、耐え難い屈辱と衝撃だった。曾祖父は人種差別主義者であるが、その根拠は「白人が優秀だから」というもの。白人が他人種よりも優れているのだから、他人種が白人の仕事を奪うべきではないし、奴隷のように使ってやるのが正しい……という理屈だ。
だが、ラヴァーズはその白人よりも明らかに『上』だ。恒星間航行を可能とし、分け与える技術は人類が持て余していた問題を次々と解決する。
白人は優秀だから、他人種を奴隷にしても良い。なら、ラヴァーズは白人を奴隷にしても良いのか? 曾祖父の理屈ではそうなる。
無論、ラヴァーズ達はそんな理屈を一言たりとも言っていない。しかし差別心が恐怖心へと転換するのに、さして時間は掛からなかった。
――――最初から破綻していた理論故の、間違った結論だと。傍から見ればそう思えただろう。
だが差別してきた側にとっては死活問題だ。差別された側と和解するなんて選択肢は、彼等にはない。よってラヴァーズが自分達と対等になる事も想像出来ない。自分達がやられる前に自衛しなければと、過剰に反応する。
そして曾祖父は、反ラヴァーズ運動を立ち上げた。
「(まぁ、反ラヴァーズを真面目にやっていた幹部など、ひいじいさんぐらいなものだったが)」
最初は、アランの曾祖父に賛同した者達が集まっていただけ。ラヴァーズの移住反対運動や、ラヴァーズに関わる陰謀論を広めるなど、ラヴァーズを地球から追い出すため(その行為自体の正当性は兎も角)真面目に尽力していた。
しかし反対運動は、やがて別の者に乗っ取られていく。
それがアランの祖父……曾祖父の息子だ。祖父もやや差別的思想の持ち主だったが、それ以上に合理的で、経営者的思想を持っていた。
そして祖父は、反ラヴァーズ運動は金になると考えた。
参加する者達は正義感に燃えている。正義のためなら金を使う事も惜しまない。正しい社会とするために、どうして金銭を惜しむというのか。活動費用や食事代、真実を記したという旨の本などの『グッズ』販売……様々な形で金を集める事が出来る。
老いを理由に曾祖父が退陣してから、反ラヴァーズ運動は金儲けとして利用されるようになった。
「(親父の方針が不味かったな)」
数十年続いた反ラヴァーズ運動は、アランの祖父から父へと受け継がれた。完全に一族が儲けるためのスキームと化しているが、運動参加者は大して気にしない……何しろ大半がラヴァーズの事を調べようともせず、ネットの情報を鵜呑みにする連中だ。端から考える頭などない。
父は運動の更なる過激化を進めた。陰謀論を積極的に取り込み、構成員を洗脳に近い形で教育。過激化した構成員から金を集め、『組織運営』として使い込む……
世間からは批難されたが、過激化するほど収益は上がった。地球のラヴァーズ数増加に伴い、反ラヴァーズ運動も活発化したからだ。膨大な構成員が、大量の金を落とすようになった。
政府や市民から陰謀論集団との誹りも受けたが、その言葉は組織をより大きくした。反ラヴァーズ運動の構成員にとって、ラヴァーズに味方する者は「ラヴァーズに洗脳された
組織の過激化で収益は大幅に伸びた。
伸びたが、その繁栄は一時的なものだった。
ラヴァーズの数が増えてきたからである。運動開始時に世界で数万人だったラヴァーズは、今では十数億人を超えた。ラヴァーズは積極的に人間と恋愛・結婚し、少子化の進んだ国でも数人から十数人の子を作っている。それらの子も基本的に優秀なので、少額の教育費でも人間の最高学府に進学し、優秀な成績を収めて様々な仕事に就職。次の結婚相手にも恵まれ、また多くの子供を産む。その繰り返しだけで、瞬く間に数を増やしたのだ。
ここまで数が増えるとラヴァーズの実情……平和的で、人徳的な面は広く知れ渡る。親族にラヴァーズがいる者も多い。また外見がその人物の好むものに変わる性質上、排他的な思想の持ち主には保守的な外見の異性に見える。人間、なんやかんや外見が整っていれば文句は言われないもので、ラヴァーズでも見た目が自国民風なら嫌悪感を抱き難い。
すると反ラヴァーズ運動そのものが懐疑的な眼差しを向けられる。
運動参加者であっても、ラヴァーズと直接接触すれば『改心』する者もいる。基本的にラヴァーズは人格者であるし、現地文化にも溶け込んでいるのだ。それこそ頭が凝り固まっていない限り、話せば誤解が解けるぐらいには善性なのがラヴァーズである。まともに話されて不利なのは運動側だ。
結果として、ここ二十年間で運動参加者は減る一方。ラヴァーズがどんどん増えていく限り、この傾向は変わらない。
そんな末期の組織を数年前に受け継いだのが、アランである。
「全く……過激化させてもいい事なんてないだろうに。アイツには商才がない。爺さんが言っていた通りだ」
父親への悪態を隠しもせず漏らす。どうせ父は他界している。あけすけに語ったところでどうという事もない。
「今更穏便路線に舵を切るのも無理だ。活動方針を少しずつ切り替えるべきじゃないか?」
「しかしこの手の活動自体、最近は衰退気味だろう。フェミニズムも、LGBTQも、ラヴァーズが大体解決していった」
ラヴァーズ来訪前まで、差別と反差別、陰謀論は金になった。信者を集め、様々な名目で金を得られたからだ。反差別名目なら行政から金を持ってくる事も出来る。
だが、聡明なラヴァーズ達によって様々な問題が解決してしまった。博愛な上に性別もない彼等は、LGBTQの人々に希望を与えた。優れた行政改革や法体系、何より産まれてくる子が心身共に優れたラヴァーズである事も相まって、男女差別や人種差別もなくなった。こうなると運動自体に関心が持たれず、人員を確保出来ない。
いずれ上層部の『利益』が確保出来ず、どんな運動も本気でその問題解決を願うもの以外は解散となるだろう。
「(つまり必要なのは、人員の確保)」
結局、金を生むのは人だ。どれだけ多くの人間を囲い込めるか。それが利益に直結する。
そしてその対象は、ラヴァーズではなく人間にすべきである。ラヴァーズは優秀過ぎる。奴等に解決不可能な問題を探すのは困難であり、ラヴァーズを組織に入れれば解決されてしまう。愚かで浅はかな人間だけで組織を構築しなければ『持続可能性』がない。
これらの条件を満たさなければ活動する意味がない。果たして、そんな都合の良いものがあるのだろうか?
――――アランは一つだけ、思い付いた。
「……反ラヴァーズ運動を続けよう」
それはコンテンツとして終わりを迎えつつある、この運動の継続だ。
「おいおい。今、人間の数が減っていて、運動として成り立たなくなりつつあるという話をしたばかりだろ」
「分かっている。だが、だからこそ成り立たせる方法はある」
「どういう意味だ? まさか、ラヴァーズに組織の継続を支援でもさせるのか?」
鼻で笑うような声色で指摘される。
その声にアランは不適な笑みで『返事』をした。
「そうだ。ラヴァーズの奴等に活動を支援させる」
「……どういう事です?」
「自分達に対する反対運動を、どうやって支援させると言うんだ」
「簡単な話だ。ラヴァーズは人間より余程高尚で、話の通じる者達だ。なら、人間の『独立』だって認めてくれる可能性が高い」
独立。
その言葉を聞いて、幹部達は一瞬ざわめく。当然だ。活動家にとって独立という言葉は軽くない。それこそテロなどの犯罪行為……破壊活動にも手を伸ばす事を意味しかねないのだから。
突き抜けた過激派は、それだけで支持を得られる。愚かな人間の中には「あんな奴等死んでしまえ」「下等な奴等に立場を思い知らせろ」と本気で思っている者も少なくないのだから。そしてそんな過激派思想は巷で受け入れられず、社会から孤立している事も多い。過激派組織が帰属先となる事で、彼等は居場所を見付け、組織に従属を誓う。そして居続けるためにどんな命令にも従う。テロ組織の構成員などはこの類だ。
しかしこれにはリスクも大きい。
犯罪組織となれば、警察や軍も黙ってはいない。首謀者の逮捕・投獄ならまだ穏健な方。場合によっては射殺や処刑もあり得る。構成員に比べればマシだが、自分達も命を賭けなければならない。
アランとしてもそんなリスクは負いたくない。だから犯罪に手を付ける気は微塵もなかった。
そんな事をせずとも、丁度いいお題目はある。
「なぁに、そこまで過激化する必要はない。ただ、ラヴァーズ達に認めさせれば良い。人権意識がしっかりとした奴等なら、恐らく断らない。断ればそれはそれで活動の支持者を増やせる」
「何? 一体、何を認めさせると言うんだ?」
「簡単な事だ。我々人間も、以前からやっている事でしかない」
そう。己の『立場』を理解し、客観視すれば、やり方はある。
後は認められるかだけ。
「人間を絶滅危惧種と認定させ、保護させるのだよ」
人間が、既に滅びる寸前の弱小種である事を。
少なくない数の人間が認められないかも知れない。特に、反ラヴァーズ活動に参加している者達にとっては容認出来ない考えだろう。
だが現実にはそうなっている。人間は既に敗北し、後はどれだけ勢力を確保出来るかだけ。
そこで上手く立ち回れば、アラン達は躍進出来る。
「具体的にはどうする?」
「一定数の人間を特定地域に隔離する、という名目で一部地域をもらう。想定しているのは、アーミッシュのようなものだ」
アーミッシュとは、キリスト教系のコミュニティである。コミュニティ毎に活動方針の差異はあるが、端的に言えば「先進的文明を拒否して近代の生活水準で暮らす」集団だ。
電化製品などは使わず、高等教育を拒む、読書を禁じる……など、現代人からすると人権違反にすら思える規律の中でアーミッシュは暮らしている。彼等は自身の信仰を守るため、敢えてそのような生活を営んでいるのだ。
「人間だけの、反ラヴァーズコミュニティ……もしそれを作れたなら、ラヴァーズを嫌悪する者達が、世界中から集まるだろう」
「成程。大きな共同体となれば、それだけ金も権力も集まる。しかも独立したコミュニティとなれば、ある程度の政治的権力も得られる訳か」
「これなら組織の衰退を食い止めるだけでなく、むしろ躍進していると言える」
アランの案に、幹部達は次々と賛同を示す。このやり方ならあらゆる利益が得られると、未来を想像してほくそ笑む。
しかし懸念事項がない訳もなく。
「だが、ラヴァーズがこれを認めるか?」
結局のところ、この提案はラヴァーズのお気持ち次第だ。ラヴァーズ達に何かしらの計画があり、その計画にとって反ラヴァーズコミュニティが不都合なら、徹底的に潰されるかも知れない。
試しに提案する程度なら、計画を潰されるだけで大したリスクはない知れないが……懸念としては無視出来ない。
アランもその点は同意する。だが、同意だけだ。反ラヴァーズコミュニティ計画を撤回するつもりはない。
それに、アランとしては確信がある。
「そうだな、懸念は尤もだ……しかしほぼ問題はない」
「ふむ。何故そう言える」
幹部から問われたアランは、あっさりと答える。
「既にラヴァーズの政治家達とコンタクトを取って、今の考えを伝えているからだ。議論は必要だが、ほぼ問題なく容認されるという回答を得ているよ」
文字通り一つの『国』の統治者となるのだから、敵対者とも対話する姿勢を見せるのは当然の事。
そしてそのための根回しをしてから話を出すのが当然だと、彼は考えていた。