星辰の境界回廊《クロスディメンション》   作:嫉妬憤怒強欲

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プロローグの数か月前までさかのぼります。


第一話「士官学校」

 西暦20XX年4月24日午前9時58分。

 日本・瀬戸内海の海上。

 

 瀬戸中央海上都市。

 瀬戸内海に浮かぶ幾つもの島々を橋で結び、その中央部に築かれた人工都市。

 その一角には未来の士官を育成する国立防衛士官学校が存在する。

 穏やかな瀬戸内海を吹き抜ける潮風が、講義室の窓から静かに流れ込んでいた。

 

「――諸君らも知っての通り、二〇〇〇年一月一日。後に『千年紀(ミレニアム)』と呼ばれるその日は、人類史の転換点となった」

 

 教壇に立つ鷹宮蓮司(たかみやれんじ)教官が端末を操作する。

 次の瞬間、教室中央に青白い光が広がり、立体の世界地図が宙に浮かび上がった。地図は灰色に染まっていて、各地には赤い印が無数に点滅している。

 

「世界各地で突如として空間が歪み、後に『裂け目』と呼ばれる現象が確認された。そしてそこから現れた奴らも」

 

 映像が切り替わる。

 空を引き裂くように広がる赤黒い亀裂。その向こう側から這い出る異形の怪物の群れが投影され、教室の誰もが息を呑んだ。

 

「奴らの正体や目的は不明。分かっていることは、知能はどれも捕食者のそれで、人間を捕食対象として認識していることだけだ」

「捕食……」

 

 何名かが思わず顔をしかめる。

 

「我々はこの怪物共を総称して『アグレッサー』と呼んでいる。アグレッサーたちは圧倒的な数で世界中の大都市を襲撃し、未曾有の被害を与えた。アメリカ、ロシア、中国、イギリス………そして日本」

 

 映像は市街地へと移る。

 戦車が砲撃を浴びせ、戦闘機がミサイルを放ち、爆炎が街を包む。

 そして空に立ち上る大きなキノコ雲。

 だが、煙の中から現れたアグレッサーはなお前進を続けていた。

 

「当時の人類は通常兵器で応戦したが、小型個体には一定の戦果を挙げたものの、大型個体や高位種には決定打を与えられず、多くの都市が陥落した」

 

 教室は静まり返っていた。誰一人として私語をする者はいない。

 

「世界各国は国家間の争いを停止し、人類共通の敵としてアグレッサーへの対抗を開始した。しかし、その戦いは絶望的だった」

 

 世界地図から、いくつもの国名が消えていく。

 

「ユーラシア大陸では複数の国家が事実上機能を停止。欧州は壊滅的被害を受けた」

 

 荒廃した都市。崩壊した防衛線。膨大な犠牲者数。

 教官は一拍置いてから、口調を少しだけ変えた。

 

「――だが、裂け目がもたらしたのは、災厄だけではなかった」

 

 映像が再び切り替わる。

 裂け目から青白い光の粒子が舞い降り、観測装置が激しく反応する。

 

「アグレッサーと共に、未知のエネルギーが地球へ流入していることが判明した」

 

 今度は研究施設の映像と分析データが次々と表示される。

 

「当初は正体不明の粒子として扱われていたが、各国の研究によって新たなエネルギーであることが確認される。国連ではそのエネルギーを”エーテル”と名付けた。エーテルは極めて高いエネルギー効率を有するだけでなく、従来の物理法則では説明できない性質を持っている」

 

 鷹宮教官は再び端末を操作する。

 映し出されたのは、一基の巨大な施設だった。

 青白い光を放つ炉心。その周囲には無数の配管と制御装置が張り巡らされ、多くの研究者たちが慌ただしく行き交っている。

 

「裂け目から流入したエーテルの研究は世界各国で進められる中、その実用化に最初に成功したのはアメリカだった。完成した世界初のエーテル炉は、それまでのエネルギー技術を根底から覆した。アメリカはこの技術を各国と共有し、人類は共通の敵に対抗するため、急速にエーテル技術の開発を進めていく」

 

 次々と映し出される写真。

 星条旗のマークが貼られたエーテル炉やエーテル機関、機動装甲(エグゾ)。電磁投射砲を搭載とした多脚戦車や航空戦力。

 そして、国連軍の誕生。

 

「だが――エーテルがもたらした変化は、技術革新だけではなかった」

 

 鷹宮教官の静かに言い放った一言に、教室の空気がわずかに変わった。

 

「研究の課程で、エーテルは単なる動力源だけでなく、鉱物や土地、動植物を含む物質に影響を与えることが判明した。その対象の中には人間も含まれている」

 

 次に投影されたのは、人類の遺伝子情報とエーテル粒子の模式図だった。

 

「ミレニアムから数年後に、一部の人類が体内にエーテルを保持できることが確認された。ただし、全人口に対する数の割合は決して多くない。彼らは”エーテル適性者”と呼ばれている。だが勘違いするな。炎を出したり、空を飛んだりするわけではない」

 

 クラスのあちこちから小さな笑いが漏れる。

 

「エーテル適性者はエーテルへの親和性が高く、感知能力や身体能力が一般人より優れている。また、機動装甲との同調率も高く、その適性は戦場において極めて重要な意味を持つ」

 

 映像が切り替わる。

 そこには機動装甲を身に纏い、戦場を駆ける兵士たちの姿が映し出されていた。

 

「現在、各国の機動装甲部隊の中核を担っているのは、こうしたエーテル適性者たちだ」

 

 鷹宮教官は学生たち一人ひとりを見渡した。

 

「そして諸君らもまた、その一人だ」

 

 教官の言葉に、教室の空気がわずかにざわめく。

 そんな中、結城湊(ゆうきみなと)は窓際の席からふと視線を外へ向ける。

 

 艶のある黒髪と、空を映したような蒼い瞳を持つ少年の視線の先は、どこまでも広がる瀬戸内の海だった。

 どこまでも続く青空。青く穏やかな海面を行き交う艦艇。編隊を組んで遠くの空へと飛び去っていくティルトローター機。

 さらに視線を上げれば、海上都市を囲む巨大な防壁と、青白い光を放つ監視塔が見える。

 裂け目観測塔。

 ミレニアム以降、日本各地に建設された観測・警戒設備の一つだ。

 

(エーテル適性者、か……)

 

 湊は心の中で呟く。

 幼い頃から、何度も聞かされてきた言葉だ。

 適性がある者は士官学校へ。優秀な者は機動装甲部隊へ。

 それは、この時代を生きる人間にとって、ごく当たり前の進路だった。

 

(結局のところ、適性なんて入場券みたいなものだ)

 

 戦場では、適性の高さよりも生き残ることが重要になる。

 各防衛線で命を落とした者の中にも、優秀な適性者は大勢いた。

 湊は小さく息を吐いた。

 

「……ねえ」

 

 隣から小声が聞こえる。

 見ると、幼馴染の朝倉澪(あさくらみお)が呆れたような表情でこちらを見ていた。

 

「空を眺める癖、全然治らないわね」

「眺めてたわけじゃない。考え事をしていただけだ」

「同じことよ」

 

 澪は小さく肩をすくめる。

 その時だった。

 

「結城」

 

 低く響く声に、教室の視線が一斉に集まる。

 教官が腕を組み、こちらを見ていた。

 

「私の授業は退屈か?」

「いえ。ただ、自分がこの場所にいる理由を考えていただけです」

 

 湊の言葉に、一瞬教室が静まり返った。

 鷹宮教官は数秒ほど湊を見つめると、小さく鼻を鳴らした。

 

「結構」

 

 そう言って教壇へ向き直る。

 

「だが、覚えておけ。適性は才能ではない。諸君らが戦場で生き残れるかどうかは、これからの四年間で決まる」

 

 教室の空気が再び引き締まる。

 

「さて――エーテル技術と適性者の存在によって、人類はようやく反撃の狼煙を上げることになる。特に機動装甲の実戦投入は戦局を大きく変えた。従来の歩兵では対応が困難だったアグレッサーにも対抗できるようになり、人類は各地で防衛線を再構築。失われた地域の奪還作戦を開始した」

 

 各国の部隊が共同で戦う映像が流れる。

 

「国家間の対立よりも、人類の存続が優先されたのだ。各国は軍事技術や研究成果を共有し、共同防衛体制を確立。今日に至る国際協力の礎は、この時代に築かれた」

 

 映像が巨大な防衛線へと切り替わる。

 幾重にも築かれた防壁、その周囲に展開する機動装甲部隊、そして空を哨戒する航空部隊。

 

「こうして人類は滅亡の危機を乗り越えた……だが、それは勝利を意味しない」

 

 再び世界地図が投影された。

 広大な赤い地域が、なお人類の勢力圏を圧迫している。

 

「アグレッサーとの戦争は、現在も続いている」

 

 教官は世界地図を指し示した。

 

「では、ここから現在の世界情勢について説明しよう」

 

 世界地図には、青、黄、赤の三色で勢力圏が色分けされていた。

 

「これが現在の世界勢力図だ。人類はエーテル技術によって滅亡の危機を退けた。しかし、世界を取り戻したわけではない」

 

 鷹宮教官の指が赤く染められた地域を指し示す。

 

「この赤色で示された地域は、現在もアグレッサーの活動が確認されている危険地帯だ。今なお各国で奪還作戦が継続されている」

 

 続いて青色の地域へ移る。

 

「そしてこっちが人類圏。各国が共同防衛体制を敷き、防衛線と監視網によって領域を維持している。だが、安全な国は存在しない。裂け目は現在も世界各地で発生し、そのたびにアグレッサーとの戦闘が繰り返されている。その影響で、多くの住民が故郷を失った」

 

 世界地図の上に、無数の光の線が浮かび上がる。それは、人の流れだった。

 

「現在、世界では数億人規模の避難民が各国へ移住している。海を越えてこの国へ辿り着いた者も少なくない」

 

 湊は何とはなしに斜め前の席へ視線を向ける。

 

 リディア・エルセリア。

 ユーラシア大陸からの避難民で、留学生として湊たちと同じように士官学校に入学した少女。

 陽の光を受けて輝く金色のセミロングの髪。宝石を思わせる翡翠色の瞳。

 

 そして――。

 

(相変わらず、姿勢がいいな)

 

 背筋は真っ直ぐに伸び、両手は机の上で綺麗に揃えられている。

 その整った容姿と淑やかな立ち居振る舞いは、難民というにはどこか違和感があった。

 まるで幼い頃から厳格な教育を受けてきたような、そんな気品がある。

 

(……本当に、難民なのか?)

 

 不意に、視界の端に栗色の髪が映り込んだ。

 

「……何見てんの?」

 

 隣を見ると、澪が背筋を少しだけ曲げ、こちらへ顔を向けている。

 真面目な姿勢を崩さないまま、じとりとした視線だけが湊を見つめていた。

 

「別に」

「嘘。さっきからリディアさんのこと見てたでしょ」

「見てない」

「じゃあ何」

「考え事だ」

「またそれ」

 

 澪は呆れたように小さく息を吐く。

 

「男ってこれだから」

「?何の話だ」

「美人を見ると、すぐ目で追っちゃうって話」

「偏見だ」

「どうだかー」

 

 澪はなおも納得していないのか、じっと湊を見つめる。

 

「朝倉、結城」

 

 低く響く声に、二人の肩がわずかに揺れた。

 

「私語は慎め」

「「……申し訳ありません」」

 

 前を向くと、斜め前の席のリディアがほんの僅かに振り返った。

 翡翠色の瞳が一瞬だけ湊を映し――すぐに教壇へと戻った。

 だが彼女は何も言わず、静かに教壇へと視線を戻した。

 

――ただ、その口元がほんの少しだけ緩んでいたことに、湊は気付かなかった。

 

「では質問だ」

 

 教官が教壇の端末に触れると、教室中央に浮かんでいた立体映像が切り替わった。

 日本列島。

 その周囲には無数の光点が浮かび、その幾つかが赤く点滅している。

 

「裂け目の特徴について説明できる者はいるか」

 

 教官は腕を組み、教室を見渡した。

 静まり返る教室。そして、その視線が一人の生徒で止まる。

 

「朝倉。答えてみろ」

「は、はい!」

 

 突然の指名に澪は慌てて立ち上がった。

 栗色のポニーテールが揺れ、教室のあちこちから小さな笑い声が漏れた。

 

「裂け目は周期的に発生し、一定時間が経過すると自然に閉鎖します!」

 自信満々の回答。

 だが――。

 

「5点だ」

「…………えっ?」

 

 澪の表情が固まった。

 

「え、いや、待ってください!ちゃんと答えましたよね!?」

「半分はな。諸君らが覚えるべきは現象ではない。その意味だ」

 

 教官が空中に浮かぶ日本地図を指し示す。

 

「裂け目はどこにでも発生するわけではない。発生地点はレイライン上の特定地点に集中している。レイラインとは風水でいう龍脈で、大地の下を流れるエネルギーの河のことを指す。ミレニアムの前は単なる宗教や環境学程度の認識であったが、裂け目から流れてきたエーテルの影響で、その意味は大きく変わった」

 

 日本列島の各地に光の線が走り、その線上に幾つもの光点が浮かんだ。

 

「レイラインが集中する地点を龍穴(スポット)と呼んでいる。龍穴は莫大なエーテルを生み出す一方で、裂け目が発生しやすい危険地帯でもある。そこまで答えれて7点だ」

「答えれてもプラス2点なんですか…」

「これがどういう意味を指すのかを答えれて10点満点だ。では結城。補足説明してみろ」

「はい」

 

 湊は静かに立ち上がり、淡々とした口調で説明を始めた。

 

「裂け目は龍穴のエーテル濃度が一定値を超えた際に発生します。そのため、レイライン上の特定地点で周期的に発生し、一定時間で自然閉鎖します。そのためその発生地点での発生周期と持続時間が予測可能となりました。大まかな時期さえわかれば、事前に対処することが可能です」

「…では日本の代表的な龍穴地点を五つあげてみろ」

「阿蘇山に富士山、恐山、大山、霧島山。特に阿蘇山は日本最大級です」

 

 数秒の沈黙。

 やがて、鷹宮教官は小さく頷いた。

 

「その通りだ。十点」

「ありがとうございます」

 

 湊は短く答え、席へ腰を下ろした。

 隣では澪が小声で不満を漏らす。

 

「なんで満点なのよ……」

「お前が説明を省いたからだ。答えの深さが違う」

「ぐっ……」

 

 納得いかない様子で頬を膨らませている澪に、湊は肩をすくめた。

 

「では最後に、エルセリア」

「はい」

 

 名指しされたリディアがゆっくりと立ち上がる。

 その一連の動作に無駄がなく、品位を感じられた。

 

「裂け目の発生地点が固定されているという事実は、国家の存続に直結します。故に、各国は周辺の防衛を最優先事項としております。もし主要な防衛線が突破された場合、その影響は一国に留まらず、周辺諸国にまで及ぶでしょう。そのため、我々士官候補生は裂け目の位置だけでなく、過去の発生周期や各国の防衛体制についても理解する必要があります」

「では、日本が採用している防衛体制について説明してみろ」

「日本は主要な龍穴周辺に防衛線を構築し、裂け目の監視を行っています。そのため、裂け目発生時には現地部隊が出動し、必要に応じて各海上都市や基地から増援を派遣します」

 

 穏やかな声音が教室に響く。彼女の回答にはまるで、教科書を暗唱しているかのように淀みがない。

 

「瀬戸中央海上都市もその一つです。九州、中国、四国を結ぶ戦略拠点として、補給と増援の役割を担っています」

「……満点だ」

 

 教官が小さく頷く。

 

「よく勉強している」

「ありがとうございます」

 

 リディアは一礼すると、静かに席へ着いた。

 

「先に言われてしまったが、その話に関連して私からも説明しよう」

 

 教官が再び端末を操作する。次の瞬間、日本列島の西部が拡大表示された。

 

「先も述べたように、裂け目は周期的に発生するため、大まかな時期を予測することは可能だ。問題は規模だ。裂け目は一定時間で自然閉鎖するが、その間に何が現れるかまでは分からん。故に、日本は龍穴周辺に防衛線を築き、各地に海上都市を建設した」

 

 青白い光に包まれた海上都市が、教室の中央に堂々と浮かび上がった。

 

「諸君らが今いる瀬戸内海海上都市は、西日本防衛の要である」

 

 教官の言葉と共に、教室中央の立体映像が変化する。

 次の瞬間、青白い光によって巨大な海上都市が空中に浮かび上がった。

 思わず感嘆の声を漏らす生徒もいる。

 瀬戸内海に浮かぶ複数の人工島。

 それらは巨大な連絡橋によって結ばれ、一つの都市を形成していた。

 港湾区画。居住区画。商業区画。そして、士官学校を含む教育区画。

 さらに都市の外周には、無数の艦艇が停泊している。

 

「本海上都市は、ミレニアムから十五年後に建設が開始された。最大の理由は地理的優位性だ」

 

 空中に浮かぶ地図の上に、三本の光の線が伸びる。

 一本は九州へ。一本は中国地方へ。そしてもう一本は四国へ。

 

「九州、中国、四国。西日本における主要防衛線への展開時間は、いずれも一時間以内。だが機動装甲部隊は、裂け目発生から三十分以内の出撃を求められる」

 

 続いて、日本列島全体へと映像が切り替わる。

 

「加えて、本海上都市には西日本統合司令部、機動装甲総合訓練校、海上戦力司令部が集約されている。つまり、諸君らは人類最前線へ送り出される士官候補生ということだ」

 

 まさに、西日本最大の軍事拠点。

 最後に、阿蘇山の立体映像が表示される。

 

「日本最大級の龍穴である阿蘇山。日本政府はこの山一帯を要塞化し、『阿蘇防衛線』を構築した。日本西部最大の防衛拠点であり、諸君らも卒業後赴任する可能性がある。無論、小規模であれば良い。だが予測は絶対ではない」

 

 その言葉に、教室の空気が引き締まる。

 

「そのため、諸君らは四年間で士官として必要な知識だけでなく、実戦に耐えうる技量も身につけてもらう。もっとも――」

 

 教官はわずかに口元を歪める。

 

「この後の実習で、自分たちがどれほど未熟かを嫌でも思い知ることになるだろう」

 

 その時、講義終了を告げるチャイムが教室に鳴り響く。

 

「さて、時間だ」

 

 鷹宮教官が端末を操作し、空間投影を消す。

 

「次の時間は第三演習場にて機動装甲の基礎実習を行う。十分後に現地集合。遅れるな」

「「はい!」」

 

 鷹宮教官が講義室を後にすると、それまで静まり返っていた教室が一気にざわめき始めた。

 

 入学から約一ヶ月。新入生たちは基礎訓練や座学、適性検査を終え、ようやく今日、人類の切り札である機動装甲に触れることになる。

 

「しゃあ!ついにこの時来たかぁ!」

 

 勢いよく立ち上がったのは、クラスでも一際大柄な男子、金田大輝(かねだだいき)だった。

 

「金田君、机を叩かないでください」

 

 呆れたように眼鏡の位置を直しながら注意したのは、学級委員長の天城千歳(あまぎちとせ)だ。

 

「まだ休み時間です。騒ぎ過ぎると教官に目を付けられますよ」

「そんなの気にしてられるか!一ヶ月だぞ!?入学してからずっと待ってたんだ!機動装甲だぞ、機動装甲!テンションが上がらないわけねえだろ!」

「おもちゃにはしゃぐ子供ですか」

「おい、結城!今日こそ決着つけようぜ!」

 

 突然金田に声をかけられた湊は首を傾げた。

 

「何の決着だ?」

「機動装甲の適性に決まってるだろ!」

「まだ乗ってもいないのにか?」

「男ってのはな、そういう生き物なんだよ!」

「主語が大きいな」

「今日という今日は、俺が実技首席をいただく!」

「前回の適性検査、総合順位七位だった人が何か言っていますね」

「ぐっ……!」

 

 教室のあちこちから笑い声が上がる。

 

「僕はむしろ、生きて帰れるか心配なんだけど……」

 

 机に突っ伏した三浦優真(みうらゆうま)が、げんなりした様子で呟く。

 

「適性検査では問題なかったんだろ?」

「適性と緊張は別なんだよ。僕、絶対吐く気がする」

「船も苦手なくせによくこの学校に入ったな」

 

 期待と不安が入り混じる中、湊は窓の外をぼんやりと眺めていると、横から澪に声をかけられる。

 

「ちょっと、湊」

「何だ澪」

「何だ、じゃないわよ。アンタ、ちゃんと聞いてた?」

「聞いてた」

「絶対適当に返事したでしょ」

 

 澪は呆れたようにため息を吐くと、不敵に笑った。

 

「いい?機動装甲の実習じゃ負けないんだから」

「講義で五点の奴が何言ってるんだ」

「ご………実習は自信あるんだから!」

「その台詞、先月の適性検査でも聞いた気がする」

「うっ……そ、それはそれ!これはこれよ!」

 

 思わず声を荒げる澪に、周囲の視線が集まる。

 

「今回はみんな同じスタートラインなんだから!昔みたいに運動神経だけで何とかなると思わないことね!」

「別に思ってないが。」

「だったらいいけど!」

 

 湊を指差しながら宣言する澪。

 

「………ま、期待してる」

「……へ?」

「澪は昔から努力家だからな」

 

 一瞬、澪の動きが止まった。

 

「な、何よ急に」

「事実を言っただけだ」

「そ、そういうことを真顔で言うな!」

 

 みるみるうちに澪の顔が赤くなる。

 その様子を見ていたクラスメイトが笑みを浮かべた。

 

「朝倉、顔真っ赤だぞ」

「うるさい!」

「お前ら、本当に仲良いよな」

「だよねぇ。この前は夫婦かって言われてたしね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだよ」

 

 二人のやり取りを見た金田の何気ない一言に、三浦も苦笑しながら頷いた。

 

「だ、だれが夫婦よ!?コイツとはただの幼馴染だから!」

 

 ポニーテールを揺らしながら、澪は勢いよく否定する。

 

「ただの、ねぇ」

「小さい頃からの付き合いなんだろ?もはや家族みたいなもんじゃないか?」

「まあ……否定はしないけど」

 

 澪が少しだけ視線を逸らす。

 すると、それまで黙っていた結城湊が口を開いた。

 

「そうだな」

「おっ、結城もそう思うか」

「ああ」

 

 湊は一度だけ頷く。

 

「放っておくと危なっかしいし」

「……うん?」

「昔から手が掛かる」

「ちょっと待って。何か嫌な予感がするんだけど」

「妹みたいなものだ」

「何でそうなるのよ!」

 

 教室が一瞬静まり返り、次の瞬間、盛大な笑い声が上がった。

 

「はははっ!結局妹扱いかよ!」

「普通そこは幼馴染で終わるでしょ」

 

 金田が腹を抱えて笑い、三浦と天城も肩を震わせている。

 

「どう考えてもアタシがお姉さんでしょうが!」

「……」

「な、何で黙るのよ」

「どの辺が?」

「全部よ!」

「身長なら俺の方が高いぞ」

「そういう問題じゃない!」

「いや、小さい頃から迷子になるし」

「それは小学生の頃でしょ!」

「犬に追いかけられて泣いてたし」

「泣いてない!」

「あと島根県の県庁所在地を松山って答えて――」

「それ以上言ったら本気で怒るわよ!?」

 

 再び教室が笑いに包まれる。

 

 そんな騒がしいやり取りを見ていたリディアは、ふふっと小さく笑みを零した。

 

「皆さんは、本当に仲が良いのですね」

「そうか?」

 

 湊が首を傾げる。

 

「ええ」

 

 リディアはどこか眩しいものを見るような目で二人を見つめた。

 

「何でもないことで笑い合える関係というのは、とても素敵なことだと思います」

 

 その言葉に、教室の空気が少しだけ穏やかなものへと変わる。

 

「少し……羨ましいです」

 

 しかし、その直後。

 

『全一年生は第三演習場へ移動してください。繰り返します――』

 

 校内放送が鳴り響き、教室の空気は一変した。

 

「おっ、始まるぞ!」

 

 金田が真っ先に廊下へ出る。

 

「行くぞ、湊!俺たちの初陣だ!」

「実習を初陣って言うな」

「細かいことは気にするな!」

「金田君、走らないでください!」

「委員長も早く来いって!」

「まったく……」

 

 次々と席を立ち、講義室を後にしていく同期たち。

 湊も立ち上がり、ふと窓の外へ視線を向けた。

 穏やかな春の陽射しが、瀬戸内海の海面をきらきらと照らしている。

 この日常が、ずっと続くものだと誰もが信じていた。

 数ヶ月後、阿蘇山に現れる裂け目が、人類と異世界の運命を大きく変えることになるなど――この時の彼らは、まだ知らない。

 




【用語解説】
・裂け目
正体不明の侵略者アグレッサーが現れる際に出現する次元ポータル。基本的に出現は周期的で、開いている時間や出現する場所も限られる。出現地点も世界各地の龍穴付近であるため、周囲に防衛線が築かれる。
・レイライン
龍脈とも呼ばれる。裂け目から流れてきた未知のエネルギーの影響で活性化。大地をエーテルが流れる。龍穴と呼ばれるエーテルが満ち溢れる地点に裂け目が出現する。
日本にある龍穴は阿蘇山、富士山、恐山、大山、霧島山など。
・エーテル
裂け目から流れてくる未知の高密度エネルギー媒体の呼称。莫大なエネルギーを保持、物質と相互作用する、重力・慣性などに干渉する、生物に取り込まれるなど、従来の物理学では説明できない性質を持つ。
エネルギーシールドやエネルギー砲、浮揚装置などに応用可能。技術確立後、各国のインフラなど飛躍的な進歩を遂げる。
また土地や鉱物、動植物に影響を与える側面も持ち、人類の中にエーテルを内包したエーテル適性者が出現する。
・エーテル適性者
エーテルとの高い親和性を持つ人間。エーテルの親和性とは、人間がエーテルを体内に取り込み、保持・循環させる能力の個人差のこと。親和性が高い人ほどエーテルを体内に溜め込み循環させやすく、周囲のエーテルを微弱に感知可能。また、高濃度のエーテル環境への耐性が高い。
・エーテル炉
エーテル場制御で大気中のエーテルからエネルギーを抽出する装置。原子力に比べるとクリーンなエネルギー発電として各国に普及。
・海上都市
海上に建設・構想される自立型の未来都市。主に島国である日本が活用している。
アグレッサーの侵攻により、人口・産業・行政機能を陸上だけに集中させる危険性を認識した島国の多くは、主要都市が被害を受けても、海上都市が機能を代替する形を取ることにした。
特にレイラインの多い日本は瀬戸内海や沖縄、佐渡島周辺などに分散配置しており、特に瀬戸内海は西日本防衛で重要な役割を持つ。

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