星辰の境界回廊《クロスディメンション》   作:嫉妬憤怒強欲

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パワードスーツはロマンの塊
ここからは主人公視点でいきます


第二話「機動装甲」

 士官学校の敷地内にある第三演習場。

 朝の潮風が吹き抜ける広大な訓練施設に、オレ達は整列していた。

 

 オレ達訓練生の視線は、自然と演習場に隣接する巨大な格納庫へ向いていた。

 今日の実習内容は、既に知らされている。

 ――機動装甲基礎実習。

 機動装甲について、彼らは入学後の講義で一通り学んでいた。

 アグレッサーとの戦いの中で生み出された強化外骨格兵器(エグゾスーツ)

 エーテル炉を動力源とし、リンクスーツを介して装着者の動きを読み取り、人間の限界を超えた身体能力を発揮する鋼の鎧。

 その理論も、構造も、運用方法も理解している。

 だが――。

 知っていることと、実際に触れることは別だった。

 

「ついに来たぜ……」

 

 隣から聞こえた声に、オレは視線を向ける。

 金田は閉ざされた格納庫のシャッターを見つめながら、落ち着きなく足を揺らしていた。

 

「そんなに楽しみなのか?」

「当たり前だろ!機動装甲だぞ!?ニュースで見て憧れなかった奴なんているのか?」

「少なくとも、金田ほど露骨に浮かれてる奴は少ないと思うけど」

 

 三浦が呆れたように言う。

 

「何とでも言え。俺は今日という日を楽しみにしてたんだ」

 

 金田は格納庫を指差した。

 

「絶対あの中にあるんだろ?機動装甲。いやー、早く乗ってみてぇ……」

「念願の機動装甲を扱えるとはいえ、あまり浮かれすぎないようにしてくださいよ」

「分かってるって委員長」

 

 金田の様子に、周囲から小さな笑いが漏れる。

 だが、口にこそ出さないものの、他の訓練生も似たような気持ちだった。

 

 機動装甲。

 それは、この時代における英雄の象徴。

 幼い頃から映像で見て育ち、その背中に憧れて士官学校を目指した者も少なくない。

 この学校に入学した生徒たちの多くにとって、それは憧れの対象だった。

 かくいうオレも少し憧れている。

 

「総員、気をつけ!」

 

 不意に、演習場全体へ号令が響き渡る。

 一瞬で空気が引き締まった。

 演習場中央へ、教官が歩み出る。

 

「本日より諸君らは、実機による機動装甲訓練へ移行する。」

 

 低く通る声が、演習場に響く。

 

「これまで学んだ知識を、今日からは身体で覚えてもらう。まずは更衣室へ移動し、支給されたリンクスーツへ着替えろ。五分後、格納庫前に再集合」

 

 その瞬間、訓練生たちの間に緊張と期待が入り混じった空気が広がる。

 

「遅れた者は演習場十周だ」

 

 

 

 

 教官の指示に従い、オレたちは更衣室へと移動する。

 男子更衣室に足を踏み入れると、あちこちから戸惑いの声が上がっていた。

 

「なんだこれ……」

 

 ロッカーの中に丁寧に畳まれていた黒いスーツを手に取る。

 黒を基調とした身体にフィットするデザインで、肩や腕、脚部には細かな灰色のラインが走っている。

 一見すればスポーツ用のコンプレッションウェアかラッシュガードにも見える。

 

 これがリンクスーツか。

 

「思ったより普通だな」

「そうだね。僕はてっきり、パイロットスーツみたいなものかと思ってた」

 

 三浦が同意する。近くにいた男子生徒たちも同じ感想らしい。

 

 一緒についていた説明書に目を落とす。

 

『リンクスーツは生体情報取得機能を有している。普段着用している下着の上から着用。なお洗濯可能なため、各々で管理するように』

「下着の上から、ね」

 

 なるほど。どうやら本当にスポーツウェアに近い扱いらしい。

 

 制服を脱ぎ、リンクスーツへ袖を通してみる。

 伸縮性の高い生地は身体へ自然と馴染み、不快感はほとんどない。

 むしろ、普段着ている制服よりも動きやすいくらいだった。

 生地は想像以上に軽く、身体へ自然と馴染む。

 動きにくさもなく、むしろ制服より動きやすいくらいだった。

 まるで最初から身体の一部だったかのよう。

 

「おっ、結構着心地良いなこれ」

 

 聞き慣れた声に顔を上げると、金田は既にリンクスーツに着替えていた。

 腕を曲げ伸ばししながら、金田が感心したように言う。

 

「これなら一日着てても平気そうだ」

「訓練によっては半日以上着ることもあるらしいぞ」

「マジか?」

「講義で言ってたじゃん」

「……その時寝てたかも」

 

 はあ………。

 三浦と共に深々とため息を吐いた。

 

 金田は時々講義中居眠りして教官に怒られている。理由は単純に夜遅くまでゲームしてたという自業自得のものだが………。

 

「でも、逆に実感湧いてきたぜ」

「何がだ?」

「これを着て、これから機動装甲を装着するんだってことだよ」

 

 先ほどまで浮かれていた金田の声が、少しだけ真面目になる。

 

「ようやく俺たちもスタートラインってわけだ」

 

 その言葉に、オレは小さく格納庫の方向へ視線を向けた。

 講義で何度も学んだ鋼の鎧。

 人類の未来を支える兵器。

 そして、自分たちがこれから命を預けることになる存在。

 これまでは座学だった。

 教科書の中の話だった。

 だが今、自分たちはその第一歩を踏み出そうとしている。

 

「なあ、ところで皆下はどうしたんだ?」

 

 更衣室を出たところで、金田がそんなことを聞いてきた。

 

「説明書に書いてあったぞ。下着の上からだって」

「……あー」

 

 ん?歯切れの悪い返事だ。

 

「どうした?」

「いや、その」

 

 珍しく視線を逸らした金田。

 おい、まさかコイツ………

 

「直接着ちまった」

 

 金田の発言に、更衣室が静まり返った。

 

「……は?」

「だから、下脱いじまった」

 

 マジか。

 

「お前、聞くのが遅えぞ!」

「だって急いでたんだよ!水着に見えたし!」

「勢いで軍の装備を着るな!」

「それもう他の奴使えねえだろうが!」

「いやでも、ほら!洗濯できるって書いてあるぞ!」

「問題はそこじゃねぇ!」

 

 一斉に飛んだツッコミに、金田がたじろぐ中、

 

『訓練生は速やかに格納庫前へ集合してください。繰り返します――』

 

 館内放送が響き渡った。

 

「早く下履け!」

「急げ急げ!」

「まだ間に合う!」

「お、おう!」

 

 慌てて更衣室の奥へ駆けていく金田を見送り、男子たちから笑いが漏れる。

 

 数十秒後、何事もなかったような顔で戻ってきた金田は、咳払いを一つ。

 

「……この件、女子には内緒な」

「当たり前だ」

「さすがに言わねぇよ」

「安心しろ。男同士だけの話だ」

 

 ほっとしたように肩の力を抜く金田を見て、オレは小さく息をついた。

 

 気を取り直して、オレ達は格納庫前へと戻った。

 

「ふう、なんとか間に合ったぜ」

「実習初日からグラウンド走らずにすみそうで良かったな」

「なんだよ結城。他人事だと思って」

「普通はスーツで失敗しないんだよ」

「そうだよ。次からはちゃんと説明書を読まないと」

「うっ、返す言葉もねぇ……」

 

 三浦にも言われ、がっくりする金田に、周囲の男子達も苦笑する。

 

 ほどなくして、女子たちが更衣室から出てきた。

 その先頭には澪とリディア、天城の姿もあった。

 

「お待たせ………って、なんか妙に静かだけど、なにかあった?」

 

 澪が俺たちを見回して首を傾げた。

 

「……気のせいだ」

「そうそう、気のせい気のせい」

「何もなかったよ」

 

 オレが即答すると、金田たちも揃って何度も頷く。

 

「?そう……それにしてもさこれ、変じゃない?」

「変って?」

「……なんか落ち着かないのよね」

 

 澪は自身の袖を軽くつまみながら、小さく肩を回す。

 

「身体にぴったりしすぎてるっていうか……動きやすいんだけど、普段着とは感覚が違うのよね」

「そういえば……」

「俺なんか結構着心地良いなぐらいの認識が言われてみれば………」

 

 金田の場合は下履いてなかった状態でだが。

 

「まあ、間接思考制御だから当然なのでしょう。身体の動きを正確に機体へ伝えるためには、搭乗者とのズレを極力なくさないといけませんし」

「おお…」

「流石委員長。見事な分析だぜ」

 

 天城の言う通りかもな。

 講義でも説明を受けている。

 リンクスーツは機動装甲と搭乗者を繋ぐインターフェース。

 全身に配置されたセンサーが神経信号や筋電位を読み取り、その情報を機体へ伝達する。

 だからこそ身体に密着し、搭乗者の動きを少しでも正確に機体へ反映できるよう設計されている。

 見た目はスポーツウェアのようだが、その役割は機動装甲を操る上で欠かせないものだった。

 

「なるほど……」

 

 皆が天城に関心する中、天城の説明を聞いていたリディアが、小さく頷く。

 

「講義で役割は理解していましたが、想像していたものとは違うんですね。てっきりもっと厚手のものかと……」

「どうしてそこで厚手?」

 

 リディアの口から出た単語に、澪が首を傾げる。

 

「外からの衝撃を和らげるためです。騎士は鎧の下に詰め物をしてから身につけてますから……」

「騎士って中世ヨーロッパの?」

「え?…え、ええ」

「へぇ、詳しいんだな」

「あ、その……本で読んだことがありまして」

「騎士物語とか?」

「は、はい!そのようなものです!なので、機動装甲も同じような構造だと思っていました!」

 

 どこか慌てた様子で頷くリディアに思わず一同が苦笑する中、演習場に教官の号令が響き渡った。

 

「総員、整列!」

 

 違和感の正体がはっきりしないまま雑談はそこで終わり、全員が素早く隊列を整える。

 次の瞬間、格納庫の巨大なシャッターが重々しい駆動音を響かせながら、ゆっくりと開き始めた。

 

 格納庫内部の照明が一つずつ点灯する。

 その先にあったのは、整備用のアームに固定され、整然と並び立つ、人型の鋼の兵士たちだった。

 全高約三メートル。

 傍でチェックをしている整備員より一回り以上大きい灰色のフレームに白い装甲。巨大なロボットというほどではないが、人間が身に纏う装備は無骨ながらも洗練された印象を受けた。

 教本や映像では何度も目にしてきた。

 それでも、実物が放つ存在感はまるで違う。

 

「……すげぇ」

 

 誰かが呟く。

 金田だろう。

 その一言が、今この場にいる全員の気持ちを代弁していた。

 俺も目の前の機体から視線を外せなかった。

 これが、人類の切り札。

 アグレッサーと戦うための力。

 

「今目の前にあるのは、《TMA-05 ハヤブサ》」

 

 教官が目の前の機体へ歩み寄り、口を開く。

 

「かつて日本軍で運用されていた第二世代の機体を訓練仕様に改修したものだ。現在、軍で主力として運用されているのは第三世代機。性能だけを見れば、こいつは一昔前の機体と言っていい」

 

 第二世代。

 座学で何度も聞いた言葉だ。

 だが、こうして実物を前にすると、知識だけでは分からない重みがある。

 

「今日から諸君らには、この機体の乗り方を学んでもらう」

 

 訓練生たちの間に小さなどよめきが走る。

 

「古い機体を使うんですか?」

 

 一人の訓練生が思わず声を上げた。

 

「そうだ」

 

 教官は迷うことなく頷いた。

 

「確かに古い機体だ。だが勘違いするな。こいつは半世紀にわたり人類を守り続けてきた名機でもある。」

 

 格納庫が静まり返る。

 

「《ハヤブサ》は元々、日本軍で運用されていた第二世代の実戦機だ。第三世代への更新に伴い退役し、現在は訓練仕様へと改修されている」

「改修……ですか?」

 

 今度はリディアが小さく首を傾げた。

 

「そうだ。本来搭載されていたエーテル炉は撤去され、代わりに外部バッテリーユニットが装着されている」

 

 教官は機体背部の大型ユニットを指差す。

 

「これにより、エーテル適性の有無に関係なく、誰でも安全に扱うことができる」

「では、もう長時間の戦闘はできないのですか?」

「いい質問だ。第二世代機はモジュール構造を採用している。必要であれば、外部バッテリーをエーテル炉へ換装し、実戦仕様へ戻すことも可能だ」

 

 つまりいざとなれば、目の前の機体を使って前線へ出撃することも想定されているということだ。

 

 その言葉に、生徒たちが息を呑む。

 

「忘れるな。たとえ訓練仕様であろうと、一世代前の機体であろうと、兵器であることには変わりない。この鋼鉄の塊は、人を守るために作られた。同時に、容易く人を殺せる

 

 教官の鋭い視線が訓練生たちを見渡す。

 

「訓練中は常に、自分が兵器を扱っているという自覚を持て。それが理解できない者がいるなら、今すぐこの格納庫を出ていけ。士官学校は遊び場ではない」

 

 格納庫に空気が張り詰める。

 教官の言葉に、誰も口を開かない。

 数秒の重苦しい沈黙の後、教官は小さく息を吐き、僅かに口元を緩めた。

 

「……もっとも、初日から気負い過ぎる必要はないがな」

 

 その言葉に、何人かの生徒が安堵の表情を浮かべる。

 

「まずは装着手順に入る。各自、自分の割り当てられた機体へ移動しろ」

 

 教官の指示に従い、オレは割り当てられた機動装甲の前へ移動する。

 近くで見ると、その大きさがよく分かった。

 見上げるほどではない。

 だが、人が纏う装備としては十分すぎるほど威圧感があった。

 灰色の装甲は余計な装飾を一切排し、武器としての機能だけを追求したような無骨な造形をしている。

 教本や映像で何度も見てきた機体。それが今、目の前にある。

 

「ヘルメットを装着」

 

 教官の号令が飛ぶ。

 オレはラックからヘルメットを取り上げ、ゆっくりと頭に被った。

 後頭部で小さな振動が伝わる。カチッ、と控えめなロック音。

 その瞬間、透明なシールドの内側に淡い光が灯り、視界に半透明のヘッドマウントディスプレイが展開した。

 機体番号。リンク状態。生体情報。

 次々と情報が表示されていく。

 

『リンクスーツとの接続を確認。パイロット認証を開始します』

 

 突然、感情のない電子音声が耳元で響く。

 

『認証完了。装着シーケンスを開始します』

 

 電子音声に呼応するように、目の前の機動装甲が低い駆動音を響かせた。

 

──ウィン。

 

 胸部から脚部にかけての前面装甲が左右へ滑るように展開する。

内部から現れたのは、人一人が収まるだけの空間と、背部に設けられたインナーフレームだった。

 

「背部フレームに身体を預けろ」

 

 教官の指示に従い、一歩踏み出す。

 背中を預けると、背部フレームが静かに身体へ密着した。

 続いて胸部と腰部の固定ユニットが軽く身体を支え、脚部フレームが両脚へ沿うように展開していく。

 前腕と手首にも細いガイドユニットが触れる。

 だが、腕を拘束されるような感覚はない。

 動きを妨げない程度に支えられているだけだ。

 

『装着位置を確認。固定システム、正常』

 

 電子音声が告げると、開いていた前面装甲がゆっくりと閉じ始めた。

 

──ガコン

 

 左右の鋼が胸部を覆い、最後に胸部装甲が重い音を立てて固定される。

 

『神経リンクを開始します』

 

 全身を微かな振動が駆け抜ける。

 指先から肩へ。背中から脚へ。

 身体の奥を何かがゆっくりと流れていくような、不思議な感覚が走る。

 

「……っ」

 

 思わず肩に力が入る。気持ち悪いわけではない。

 痛みもない。

 それでも、自分の身体へ誰かの感覚が入り込んでくるような奇妙な違和感があった。

 

『神経リンク、正常。エーテル伝達系、正常。システム、オールグリーン』

 

 視界を遮ることなく、必要な情報だけが自然と目に入ってくる。

 

『機動装甲《TMA-05 》、起動完了。』

 

 機械音声が響く。

 視界に表示されていた警告表示が消え、機体の各部ステータスが安定状態へ切り替わった。

 だが、安心したのも束の間だった。

 その次の瞬間。奇妙の感覚が、流れ込んできた。

 足裏が床を捉えている感触に、肩にかかる重量。指先へ伝わる僅かな空気の抵抗。

 自分の身体とは別に、もう一つの身体がそこにある。

 そんな錯覚を覚えた。

 

「な、何だこれ……。」

「腕が変な感じだ……!」

「脚の感覚がおかしい!」

 

 周囲からも戸惑いの声が聞こえてくる。

 初めての神経リンク。

 誰もが同じ違和感を覚えているようだった。

 その時、教官の声がヘルメットの通信機越しに響いた。

 

『慌てるな。それが正常な反応だ』

 

 格納庫が静まり返る。

 

『機動装甲はリンクスーツを介した間接思考制御方式を採用している。諸君らの身体の動きや筋電位を読み取り、その動きを増幅・補助する仕組みだ』

 

 教官は一拍置いて続ける。

 

『無理に機体を動かそうと意識する必要はない。普段通り身体を動かせ。機動装甲は、その動きに追従する』

 

 その言葉を聞き、オレはゆっくりと肩の力を抜いた。

 恐る恐る右手を握る。

 視界の先で、鋼鉄の右腕が寸分違わず拳を握った。

 不思議な感覚だった。

 自分の腕は胸部装甲の内側にある。

 なのに、外側の機械腕が自分の腕のように感じられる。

 まるで、もう一組の腕を得たようだった。

 自分の身体ではないはずの手足が、確かに自分の意思に反応している。

 その感覚に、まだ脳が追いついていなかった。

 

「……なんか変な感じだ」

 

 誰かが呟く。

 周囲からも戸惑いの声が漏れる。

 

「腕を動かしてるはずなのに……感覚が違う」

 

 オレも同じだった。

 動かせるが、完全に自分の身体として認識できているわけではない。

 その時、教官の声が響いた。

 

『これから機体側の固定アームを解除する』

 

 その言葉の直後。

 腰部と肩部を支えていた固定ユニットが静かに離れていく。

 

──ガチャ

 

 機械音と共に、身体を支えていたものが消えた。

 機体の重みが初めて自分自身へ委ねられ、自分が巨大な機体の中に立っているという事実を、強く意識する。

 

『まずは出口に向かって前進せよ』

 

 教官の声が通信越しに響く。

 深く息を吸い、右足を前へ出す。

 ガシャン――。

 鋼の足が床を踏み鳴らした。

 その一歩は、思った以上に大きかった。

 

「……っ!」

 

 重心が前へ流れる。

 慌てて踏ん張り、どうにか姿勢を立て直す。

 重い足音が格納庫に響いた。

 機体の反応が、自分の想像より大きい。

 周囲からも悲鳴や驚きの声が次々と聞こえてきた。

 

「うわっ!」

「止まれ、止まれ!」

 

 金田の焦った声が聞こえた直後、鈍い音が響く。

 

「……金田」

『大丈夫だ!』

「今、転んだだろ」

『膝をついただけだ!』

 

 通信越しでも、必死に取り繕っているのが分かる。

 

『焦るな』

 

 その時、教官の低い声が全員の耳に届く。

 

『機動装甲を動かそうとするな。普段通り歩け。それだけでいい。機動装甲は諸君らの動きを読み取り、補助する』

 

 普段通りに。

 その言葉を胸の中で繰り返す。

 オレは肩の力を抜き、もう一度足を前へ出した。

 今度は力を入れる必要はない。機体を動かそうとする必要もない。

 ただ、自分の身体を動かす。そう考える。

 

 ガシャン。

 

 鋼鉄の足がコンクリートの床を踏みしめる音が、格納庫に響く。

 まだぎこちないが、確かに一歩進めた。

 更にもう一歩、前へ出る。

 一歩。

 また一歩。

 まだ身体の感覚は完全には馴染んでいない。

 重心がわずかに前へ流れ、思わず足を踏ん張る。

 

「……っ」

 

 それでも、さっきのように大きくふらつくことはなかった。

 教官の言う通り、機体を動かそうと意識しなければ、機動装甲は自然とオレの動きに追従してくれる。

 周囲でも同じように訓練生たちが慎重に歩みを進めていた。

 

「うわっ!」

 

 後方から金田の声が響く。どうやらまたバランスを崩しかけたらしい。

 

『もう少し落ち着いて動きなよ』

 

 三浦の呆れた声が聞こえる。

 

『分かってるけど、思ったより難しいんだよ!』

 

 機体の操作に苦戦しながらも、オレ達はどうにか格納庫を抜けた。

 

 春の日差しが機動装甲の装甲板を照らす。

 目の前には広大な第三演習場。

 整備されたグラウンドには白線が引かれ、基礎訓練用のコースが規則正しく設けられていた。

 

「各員、隊列を整えろ」

 

 グラウンド上に整列したオレ達を見渡し、教官は静かに口を開いた。

 

「演習場に出るまでで、機動装甲の扱いがどれ程難しいか身をもって知ったはずだ」

 

 教官のその言葉に、誰一人として反論できなかった。

 実際ここまで歩いてくるだけで精一杯だったし。

 

「だからこそ焦る必要はない」

 

 教官は落ち着いた口調で続ける。

 

「機体に早く慣れるのに、特別なことをする必要はない。普段、お前たちが無意識にやっている動作を、機動装甲で繰り返す。それが一番早い」

 

 オレは機動装甲の手をゆっくりと握り直した。

 まだ自分の身体という感覚はない。

 少し意識するだけで動きすぎるし、逆に慎重になれば動きがぎこちなくなる。

 そんなオレたちの戸惑いを見透かしたように、教官は続けた。

 

「歩く。止まる。向きを変える。まずは、それだけでいい。走るのも、跳ぶのも、戦うのも、その先の話だ」

 

 言葉に飾り気はない。

 だが、その一つひとつに経験の重みがあった。

 

「基礎を身体に染み込ませろ。機動装甲を動かすんじゃない。機動装甲で生活するくらいのつもりでいろ」

 

 ――機動装甲で生活する。

 その言葉が妙に腑に落ちた。

 歩く。立ち止まる。振り向く。

 普段なら意識すらしない動作を、もう一度この鋼の身体で覚え直す。

 それが今日の実習ということか。

 

「まずは隊列を組んで、演習場を周回する」

 

 その言葉に、小さくため息をつく声が聞こえた。

 

「……結局、グラウンド回るのかよ。」

 

 金田だった。教官はゆっくりと視線を向ける。

 

「金田訓練生」

「は、はい!」

「追加メニューが欲しいようだな。」

「い、いえ! 遠慮しておきます!」

「ならば私語は慎め。」

「了解しました!」

 

 張り詰めていた空気に、小さな笑いが広がる。

 だが、それも一瞬だった。

 

「隊列を組め」

 

 オレたちは教官の指示に従い、一列に並ぶ。

 

「前進!」

 

 再び号令が飛ぶ。

 オレたちは歩幅を合わせ、演習場の外周へと歩き始めた。

 

 鋼鉄の足音が、春の演習場に一斉に鳴り響く。

 最初は互いの歩調が合わず、隊列は何度も乱れた。

 そのたびに教官の指示が飛ぶ。

 

『歩幅を合わせろ!』

 

『前方との間隔を維持しろ!』

 

『余計な力を入れるな!』

 

 一周、また一周と重ねるうちに、ぎこちなかった足取りは少しずつ揃い始める。

 何度もふらつき、何度も姿勢を崩しかけた。

 それでも繰り返すたびに、身体は少しずつ機体を受け入れていく。

 気づけば、「動かす」という意識は消えていた。

 ただ歩く。

 それだけで、鋼の身体は静かに応えてくれる。

 その感覚が、少しだけ分かった気がした。

 

『そうだ。その感覚を忘れるな』

 

 教官の声が静かに響く。

 

『機動装甲はただの操縦する兵器ではない』

 

 一拍置いて、教官は続ける。

 

『お前たちの身体、そのものだ』

 

 その言葉の意味を、オレは少しだけ理解した気がした。

 これは機械を動かしている感覚じゃない。

 身体が、もう一つ増えた。そんな感覚だった。

 

 

 その後も歩行、停止、方向転換、軽い走行と、基礎訓練は続いた。

 

「午前の実習はここまで!」

 

 教官の号令が演習場に響く。

 張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩んだ。

 

「各員、隊列を維持したまま格納庫へ戻れ。リンク解除は機体を所定位置へ戻してから行う。勝手な行動はするなよ」

「はい!」

 

 訓練生たちの返答が重なる。

 オレも機体の向きを変え、隊列の流れに合わせて歩き出した。

 鋼の足が地面を踏みしめる。

 格納庫を出た時とは違い、足取りは少しだけ軽かった。

 まだ思い通りとは言えないが、機体に振り回される感覚は薄れていた。

 

 この鋼の身体は、オレの意思に応えてくれたと考えていいだろう。

 その小さな手応えだけが、胸の奥に静かに残っていた。

 

 格納庫へ戻る機体の足音だけが、静かに響いていた。

 今日覚えたのは、戦い方じゃない。

 機動装甲と共に立ち、歩くこと。

 それだけだ。

 だが、その「それだけ」が、この先のすべての土台になる。

 そんな気がした。

 オレは機体を所定の位置へ止め、ゆっくりと息を吐いた。

 

 午前の実習は終わった。

 だが、本当の訓練は、まだ始まったばかりだった。

 




【用語解説】
・機動装甲
対アグレッサー用に開発された、エーテルを用いたエーテル炉を動力源とする強化外骨格。正式名はエグゾスーツだが、骨格フレームの上を装甲で保護していることから日本では機動装甲と呼ばれている。
装着者の身体能力を飛躍的に高め、高所への跳躍や素早い回避行動が可能。
エーテル技術を確立させたアメリカが、人類初のエグゾとして《ライトニング》をロールアウト、各国へ供与。
汎用性を重視したライトニングをベースに、第二世代からは各国独自の技術思想が反映された様々な仕様の機体が研究・開発されることになる。
日本は高機動型、欧州共同体は重装甲、ユーラシア連邦は火力、東アジア連盟は生産性を重視ってな感じで、国ごとに仕様が異なる。
第一世代ではエーテル炉で抽出したエネルギーを電力に変換・送電し、電動アクチュエータで駆動させる方式であったが、エーテル適性者の出現からエーテルそのものを機械内部で循環させて利用する技術が確立。第二世代以降は、抽出エネルギーから変換した電力は電子機器・制御系に、同時に余剰のエーテルを機体内部のエーテル循環系回路へ送り、駆動系・推進系・エーテル兵装などに利用する方式に変更される。
つまり、「エーテルで発電して電動モーターを回す」から「エーテルを循環させ、その性質を直接利用して動かす」に変わったということ。
現在、各国の主力は第三世代機でlエーテル炉の効率や神経接続システム、人工筋肉アクチュエータの性能向上により、機動性・出力ともに飛躍的な進歩を遂げている。旧来機も近代化改修が繰り返され、現在でも有効な兵器として運用されている。
また、装着者がエーテルとの親和性が高いエーテル適性者の場合、機体内部を流れるエーテルを感覚的に把握しやすく、機体とのリンク率が高くなる傾向があるため、エグゾ部隊の多くにはエーテル適性者が運用されるケースが多い。

・リンクスーツ
パイロットと機動装甲を繋ぐための装備。外見はスポーツウェアのインナースーツに似ているが、スーツに内蔵された特殊なセンサーで筋電位や神経信号、エーテル反応を検知し、装着者の意思を機体へ伝達するため、スーツを通しての間接思考制御が可能となっている。リンク率は操縦者の意図をどれだけ正確・遅延なく機体へ反映できるかを指す。
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