幽霊の沼に住居を得てから早十数日が過ぎた。
「ふっふん、ふふっ、ふっふっふふっ♪」
わたしはいつものように目の前のゴミの山を掻き分けながら、上機嫌で鼻歌を口ずさんでいた。
沼の各所には、モナティアムや妖精王国などから幽霊たちが持ってきて、さらに捨てられたものが多く転がっている。それらは、亜空間による移動を使った物資調達ができず、常に資源不足な私にとって有用なものばかりだった。
しかも、先進的なエルフの機械の場合は、盗ってきた幽霊たちには使い方が分からなかったのか、まだきれいな状態なのに捨てられているものも多い。
わたしは、ただ充電が空になっただけに思えるLEDランタンをゴミの山から引っこ抜くと、背後の大きな袋に投げ入れた。
「ねぇ、いつまでゴミ拾いしてるの?退屈だってば!そろそろ家に帰って寝ようよ!」
わたしの後ろで袋を抱えながらエスピーが不満の声を上げている。
仮面で自身の顔を隠し、他人の夢を楽しむ『夢』の幽霊、エスピー。
悪夢のような初顔合わせのあと、わたしは何故か彼女によく絡まれるようになってしまった。
「もう少しここを漁ったら、家に帰って新しい夢を見せるから……。エスピー、ちょっとだけ待ってて……」
「いいけど。あんまりあたしを暇にしないでよ」
わたしの言葉にエスピーは渋々頷く。
エスピー曰く、わたしの新鮮な夢の配信を見るためなら、お金を出すくらいの価値はある、とのこと。まあ、実際にお金を貰ったことはないが、夢の供給源が安定して寝られるために、との理由で、たまにこうしてわたしの手伝いなどをしてくれているのだ。
寝て、夢を見れる幽霊は珍しく、わたしも『トリッカル』内では他に1人位しか思いつかない。
わたしも普通に夢を見れるかと言うとそうではなく、1人で彷徨い歩き、寝ていた時に夢を見た記憶はなかった。
何故か、エスピーが干渉している時だけ、わたしは夢を見れる。その新鮮さもあり、酷い悪夢でなければわたしの夢を勝手に娯楽にされること程度は許容しているのだった。
「よし!これで最後!………エスピー、後は家まで跳んで持って帰ってもらってもいいかな?」
「いいけど、あんたを一緒に抱えて、空間移動するほど余裕はないからね。あんたは頑張って1人で歩いて来てよ」
最後に本日の成果をエスピーに押し付け、家まで運んでもらうようにお願いすることで、日課のゴミ漁りは終了となる。
東と西に同時に進みながら数光年移動する、などといった幽霊特有のワープ技術については、壁のすり抜けすらできないわたしには現状、すぐに習得できるようなものではない。しかし、既にそれができるエスピーに荷物運びだけでも補助してもらえることで、足元の悪い幽霊沼でのゴミ漁りの効率は数倍、いや、数十倍に改善されていた。
「ねえ、今日の夢のテーマはまた宇宙をリクエストしてもいい?」
袋を抱えて、飛ぼうとしたエスピーが立ち止まってこちらを振り返る。
「……そんなに自分で選べるものじゃないから違っても機嫌を損ねないでね」
「あんたの夢ならまだ飽きが来たテーマはないから大丈夫よ。フフッ……また宇宙の深淵に放り出されて藻掻く悪夢、見るの楽しみにしているからね!」
わたしの返答を受けて、仮面越しに笑みを浮かべたエスピーは、亜空間に入ったのか、突然姿を眩ませた。
エスピーとは仲良くなったつもりではあるが、突然、幽霊らしい理不尽さを見せることもあり、未だに付き合い方が完全に理解できた気はしない。わたしの方は友達だと思っているが、エスピー側からすれば、便利な同族くらいに思われているのかもしれない。まあ、わたしの方もエスピーを便利に使っているので、あまりそこに文句は言えないが……
また、夢を見る行為そのもののリスクについても、少しは考慮するべきであろう。
エスピーは先日の悪夢を、世界樹から沢山の目がこちらを見てくる気持ち悪い夢としか認識していなかったが、わたしの方はそんな甘い認識を持っていなかった。
『トリッカル』において、そしてエーリアスにおいて、世界樹は特別な存在である。
夢の中とはいえ、そこからの視線に補足されたことは軽く流していい話ではないはずだ。
起きてからその後、エスピーと鑑賞した夢の中でも、なんの干渉もなかったため、私の存在がどこまで見透かされたのかは分からない。幸いにして、悪意や敵意の籠った視線は向けられていなかった気はするが、それでも警戒だけはした方が良いだろう。
そんなことを考えながら沼地を歩いていると、突然後ろから肩を叩かれた。
「ティーパーティー、お茶会が好きな人はどんな人?………それは、ティーチャー」
声音以上に特徴的な言葉選びを聞き、背後に誰が居るか、わたしは瞬時で理解する。
「………リム様」
振り返ると、真後ろに次元の裂け目があり、その向こうからリムがわたしを手招きしていた。
「お茶会でもどうちゃかい」
その冴えないギャグの寒さはともかくとして、裂け目の向こうに置かれたタルトの山はあまりにも魅力的だった。
「行きます!でも友達を待たせているので、ちょっと短めで…………」
わたしの返事が終わるのを待たずに、リムに手を掴まれる。
そのまま、裂け目の向こうのリムの自宅へと、わたしは連れて行かれた。
熱々の紅茶入りの小さなティーカップが、椅子に座るわたしの前にカチャンと軽い音を立てて置かれる。すでにこれは何度目かのお茶会で、わたし専用に少し背の高い椅子まで用意されるというリムらしい、細やかな優しさが見て取れる。
「どうぞ」
お洒落な内装に美味しい飲み物とお菓子。ここが幽霊の沼だとは思えない、今のわたしにとって憧れになるような、文化的な一室がそこにあった。
「ありがとうございます。頂きます」
わたしは軽く頭を下げた後、紅茶に口を付ける。
心地よい渋みが、じわりと舌の奥を刺激した。
わたしが一杯目を飲み切ると、リムが背筋を伸ばして、真面目な顔でこちらに向き直る。
「早速ですが、また訓練をします。私の目を見てください」
リムはそう言うと、私の両目を覗き込んだ。
緊張を解いて、意識をぼんやりさせていくと、ぼやけた視界の中でリムの真っ赤で綺麗な目だけが浮かび上がる。
「来ました…………あっ……暖かさが伝わってきます……………」
リムの言葉と共に、わたしも目の奥がじんわりと暖かくなり始める。
「…………はい、ここまでにしましょう。お菓子をどうぞ。………やはり、エルフ達と私たち幽霊では作用が違いますね。そして、これはエーリアスの均衡を崩すものには見えません」
わたしに能力の訓練のご褒美として甘いタルトを差し出しながら、リムは真面目な口調で言った。
「美味しい……!」
今回のタルトも絶品で、紅茶と合わせると、甘さと渋みのコントラストでなお一層おいしく感じられた。ここ最近、訓練として何度か呼び出される度に何らかのお菓子を食べさせてもらっており、ここ最近飢えに苦しむ機会は格段に減っている。
リムは未だに秩序を乱しかねない存在としてわたしを疑っているらしく、こうして家に招いて能力を制御できるよう、訓練してくれていた。
もしかすると、寒いギャグを聞いてもリム様と呼び続け、慕っている様子を見せるわたしに好感を抱いて可愛がっているだけなのかもしれないが、幽霊沼で染みついた警戒心から、未だにわたしは心の壁を残したままだった。
「相変わらず、美味しそうにいっぱい食べますね。パイ生地もあったはずなので、今度はアップルパイを作りましょうか………いっぱい、アップルパイ………ププッ」
リムのくだらないダジャレを聞いて、わたしの心の壁が何枚分か厚くなった。パイ生地だけに。
「私たち幽霊はあなたと違って、本来食事も睡眠もそんなに必要ないはずです。それが関係するテーマとなると、食事の幽霊……睡眠の幽霊……どれもしっくりきませんか?」
「多分違います。お腹も空くし、眠くもなりますが……」
リムはわたしのテーマを探ろうとしているのか、幾つかの言葉を上げたものの、どれも単独で幽霊としての特性を説明できそうになかった。
「違うとしても、あなたのテーマと密接に関わっているなら、幽霊の本能に逆らわず、食事や睡眠は続けた方がいいでしょう。ちなみに、他の欲求はありませんか?」
「いい服を着たいとか、屋根のある場所で寝たいとか、体を洗いたいとか……?」
質問に対して、悩みながらわたしが答えると、リムの顔が険しくなる。
「なんだか妖精たちの欲求に似ているような気はします。『妖精』の幽霊?でも、概念ではなく実在する種なら精霊の方が……」
リムは難しそうな顔をしたまま、頭の中で情報を整理しているのか、ブツブツと小さな声で呟いた。
一方のわたしは、その話をほとんど聞き流していた。
自分自身の特性についてはすでにある程度、当てがついている上、人間としての記憶、特に『トリッカル』に関する記憶がわたしの中にへばりついている以上、自分が何の幽霊かとは別に、特別な問題を抱えていることに間違いはないのだから……
「でも、妖精を真似している、という考え方はできそうです。スピッキーにはもう会いましたか?」
突然、リムの声が大きくなると、アイデンティティ泥棒の真似っこ幽霊、スピッキーの名前を出して、ぼーっとしながらお菓子を摘まんでいたわたしに尋ねた。
「……まだ会っていません」
『トリッカル』の知識から、本当はスピッキーにも早く会いたかったのだが、エスピーがいつまでゴミ拾いに協力してくれるか分からないこともあり、最近は家の補修と生活環境改善のための物資集めに注力していた。
「多分あなたと近い性質を持っています。彼女も癖は強いですが、参考になるかもしれません。………とはいえ、テーマが分からずに探し求め続けている幽霊も決していないわけではないので、のんびり考えましょう」
真剣そうな顔のままリムは言葉を続けた。
「てま暇かけて、のんびりテーマを探す……ププッ」
これまでの真面目な雰囲気を最後に吹っ飛ばして室温を下げると、リムはお茶目に笑って、お茶会を締める。
「はぁ……」
相変わらずな、話の重さとギャグのくだらなさの落差に、わたしは思わずため息をつく。
まだ熱い紅茶を飲み干すと、寒いギャグで冷えた体に温もりがじわりと行き渡り、ホッとした。
ホット(Hot)だけに。
………なんだか、リムのギャグセンスがわたしに感染しつつあるような気がして、しばらくはお茶会への参加を控えようと心に決めた。
その後、リムに直接自宅まで送ってもらえたものの、放置した上にお菓子の匂いを付けて帰ってきたわたしに、エスピーは怒り、その日の夜は酷い悪夢にうなされる羽目になった。
ドンドンドン!
朝、悪夢の余韻で気分が悪いまま、扉を誰かが激しく叩く音でわたしは目は覚ました。
もう帰ってしまったのか、寝床の隣にエスピーの姿はない。
「もしも~~し?」
家の扉の向こうからわたしに声が掛けられる。
この時点で、相手が普通の幽霊ではないと分かった。
エスピーを含め、彼女たちであれば、そもそもノックなどという礼儀を尽くすことなく、突然壁を突き抜けて家に入ってくるところから始まるはずだ。そして、最悪の場合は、挨拶すらなしに悪戯が始まることになる。
「居ないんですか~~?」
数日前に、壁や扉の穴は全て、ゴミから得たゴムや樹脂で塞いでしまっていたため、扉の向こうの声はくぐもり、少し聞き取りにくい。
だが、まずはノックから始めるような、我が家初のまともな来訪者を前に、わたしも礼儀を尽くして応対するべきだろう。
わたしは眠気眼のまま、慌てて身だしなみを整えると、扉へと歩み寄る。
「今開けます」
宣言と同時に扉を開けると、華やかな司祭服姿の少女が立っていた。
「初めまして!祭祀長のネルです~。今日は幽霊さんを世界樹教団の祭祀として勧誘しに来ました!どうですか?世界樹教団に入り、ネルと一緒に世界を支配しましょう!」
以前から入信を切望していた世界樹教団。その頂点である司祭長本人が、目の前で微笑んでいた。