どうしてこうなった?
わたしの目の前には、エルフィンランドの世界樹教団本部、そのメインホールが広がっていた。
堂々とその身を隠すことなく教団本部を突き進んで行くスピッキーの背を追いながら、わたしはフードを深く被り直す。以前に起こした事件のせいで、わたしは妖精王国でお尋ねものになっており、周囲に顔を見られるわけにはいかなかった。
そもそも今日は、幽霊の沼でスピッキーと遊ぶ約束をしていただけのはずだったのに。
幽霊の沼にある、スピッキーの家を世界樹教団の本部に見立てて、適当に考えられた説法を聞くだけの、いつものごっこ遊び。ついでに貰えるお菓子目的で、すでにわたしは何度か付き合っており、いつも通りだと油断していたのかもしれない。
「今日も世界樹教団の本部に行きますよー!」
そう言った
「今日のネルは説法をします!使徒であるサヤも、早くこっちに来てください!」
スピッキーはいつも通り楽しげにしているが、わたしは気が気でない。自身の身元がバレることもそうだが、『トリッカル』のストーリー上、ここでネルとスピッキーが顔を合わせることになると、想定される話と辻褄が合わなくなる恐れもあった。
「あ~~!あなた!例のちっちゃい精霊じゃない!」
スピッキーを追いかけていたわたしを、誰かが大きな声と共に指差した。声を受けて、周囲の視線が一気にわたしに集まる。わたしは声の主を視認すると、口止めするために駆け寄り、柱の陰に引き摺り込んだ。
「女王様…!静かに…!」
「無事だったのね!本当にごめんなさい!ネルが怖くて、すぐ助けに行けなくて!」
涙ぐみながらわたしに抱きついたエルフィンに悪意はなさそうだが、わたしの要求が耳に入っていないのか、声は大きいままだった。
「川に落ちたって…川に落ちたって聞いた時は!あなたが週末農場に行っちゃったんじゃないかと思って……うわぁぁん!」
女王のいつもの奇行と思われて逆に周囲の関心を失っているのか、声量の大きさの割に集まる視線の数は少ない。とはいえ、これ以上注目を集めるわけにも、わたしを想って涙を流すエルフィンを放置するわけにもいかず、スピッキーのことは後回しにして、わたしはエルフィンを引き連れ、2人になれる場所を探して歩き出した。
ようやく、適当な倉庫を見つけ、わたしはエルフィンと一緒に中で密談を始めた。
「一目で見て分かったわ!こんな小さい妖精なんて、ここでは滅多に見かけないもの。ちっちゃい精霊……じゃなくてサヤ!」
「それでも手配中ならもっとこっそり話し掛けてください。女王様……」
エルフィンの言う通りならわたしは、顔を隠していてもバレバレな変装だったらしい。ここが色々適当な妖精王国で良かった。わたしは心の底からそう思った。
「あなたのこと、手配中なんだっけ?でも手配書は貼っていたわね。……思い出した!一回、もういいでしょうってネルも取り下げたけど、エルフの連中と何か話してから、また新しい手配書を貼っていたわ!」
どうやら気がつくとわたしは国際指名手配犯になっていたらしい。
「あなたの情報と引き換えに、エルフから沢山の砂糖を献上されたのよ!サヤ、ありがとう!」
あまりに滅茶苦茶な感謝の言葉にわたしも思わず苦笑した。
「その時は砂糖不足でみんな困っていたし、わたしもお腹が空いてて……でも、あなたの心配をしていたのも本当なのよ!」
わたしの微妙な顔に気がついたのか、エルフィンが釈明する。
「そうよ!あなたはその身を張って、砂糖の調達に貢献し、妖精王国を助けた救世主みたいなものなんだから、もっと堂々としていればいいのよ!………という訳で、一緒におやつを食べに行かない?お腹空いちゃった」
よく分からないフォローと共に、わたしはエルフィンから食事の誘いを受けた。
「わたし、指名手配されているけど……?」
「あ〜、大丈夫、大丈夫。今日はネルも執務室から出てこないし、この国じゃ誰も、あんな良く分からないエルフの手配書であなたを突き出さないわよ」
懸賞金の価値が分からないわたしが突っ込むのも失礼だが、果たして公式な指名手配の扱いがそんなものでいいのだろうか。そのようなことを考えながら渋るわたしを引き摺るようにして、エルフィンは教団本部から近い、見慣れたパン屋へと歩みを進める。
「いらっしゃいま……またあなた達なの!?」
パン屋の店主、エシュールが嫌そうな顔をして、わたし達を迎え入れた。
「女王様!本当に、本当にこれだけですからね!」
エシュールのしつこい懇願が、店内に響き渡っている。
「わはってるはよ……」
「また砂糖の供給が不安定になってきているんだから、ちゃんとしてください!そのうち女王様もパンすら食べられなくなりますよ!」
モグモグとパンを頬張りながらエルフィンが答えると、腰に手を当てて、エシュールがより一層、声を張り上げた。
「それから、そこのちっちゃな精霊!あなたの分の無料のパンはないから!」
続けて、わたしに対してもエシュールから威圧的な言葉が投げ掛けられる。それを聞き流しながら、わたしはリュックの中に手を突っ込み、こういう機会のために仕込んでおいた、大事なものを探し求めていた。
「今日はお金、ちゃんと持ってきたよ」
わたしが取り出したのはシストとの交易で手に入れた妖精王国のお金だ。三日分の
「えっと……」
エシュールが困ったような顔で、わたしの手元のお金を見つめ込む。しばらくどう答えるのか悩んでいたようだったが、意を決したように顔を上げ、わたしを見つめた。
「パン一個分……いや、これだとそれにも足りないわね……」
エシュールが告げた言葉が、一気にわたしの顔を曇らせる。もしかしてわたしは、シストにまんまと騙され、相当に不平等な取引をさせられていたのだろうか。
「エシュール!幾ら私が迷惑だからって、サヤに嫌がらせするのはダメでしょ!」
絶望に染まった顔のわたしを気にしているのか、エルフィンがフォローの言葉を投げかけた。
「そんなことしないわよ!商売は信用第一!私のパンには、それに見合った価格を付けているの!まあ、砂糖不足で高騰していなければ、このお金でパン一個は買えたと思うけど……」
そのまま、うーん、とエシュールは悩みこむ。一方の私も、現実逃避として、砂糖不足という言葉から、別のことに思考を巡らせていた。
『トリッカル』のストーリーは、妖精王国での砂糖不足、さらにはそれを原因として発生する暴動から幕を開ける。この砂糖不足は『トリッカル』の始まり、教主の到来の先触れかもしれないのだ。
「そうだ、やっぱりそのお金で、そこの棚から好きなパンを買っていいわよ。足りない分はちょっとお願いごとを聞いてくれるだけでいいから」
考え込むわたしに対して、エシュールは思い直したのか、手でパンの棚を示した。
「え?いいの!?」
我ながら単純なもので、美味しそうな匂いを放つパンを前にすると、意識はそちらに持って行かれてしまう。
「ええ、もちろん!」
エシュールはどこか悪そうな笑みを浮かべていたが、そのときのわたしはそれに気づけなかった。
エシュールのお願いごと、それは―――
「砂糖不足の今こそ、私は魔法学校に注力すべきだと思っているのよ!サヤ、あなたは新たな生徒として、私と契約しなさい!」
エシュールの命令に、嫌ですと言うには、もはや手の中に残るパンは小さくなりすぎていた。
「無料なら契約します……」
「価値のある物にはそれなりのお金が掛かるものなの。さっきあなたが食べた私の店のプレミアムパンのようにね」
確かに、ほかのパンより美味しそうだからと、自分の意志で手に取って食べた。だが、まさかそれでこんなお願いごとを頼まれるとは思っていなかったのだ。
そう言えばエシュールは、妖精の中では比較的常識人である一方、魔法学校のことになると性格が豹変する問題があることを忘れていた。いや、それでも、このタイミングでわたしにそれを実行するのは、流石に読めない。本当はもっと先の未来で、獣人のバターに対する魔法学校の勧誘に絡んだトラブルが発生し、その問題が明らかになるはずだった。
「チラシ配りのアルバイトを用意しておいてあげたわ。それで学校の入学費用を稼ぎなさい!大丈夫。頼れる先輩生徒があなたを手伝ってくれるはずよ」
強引なエシュールの要求に、助けを求めてエルフィンの方を見ると、追加のパンで買収されているのか、こちらを見ずに無我夢中でパンを口に入れていた。頼りにならない女王から視線を外し、わたしは頭を回転させる。正直、魔法には興味もあるので、受けてもいいとは思っていた。一方で、スピッキーとの合流という、放置している課題が残っているのも事実ではある。
エシュールは、わたしが断るとは思っていないようで、店の奥の誰かにチラシを持ってくるように指示していた。わたしと店の奥の人影の視線が交差し、互いにそこにいるとは思っていなかった相手を見つけて、目を丸くする。
「久しぶりです!あたしのこと覚えていますか?」
その声を聞いた瞬間、獣人の村の木の洞と缶詰肉の匂いが蘇るような錯覚を覚えた。
『トリッカル』のストーリー上、まだエシュールの店にいるはずのない獣人のバターが、チラシを持ってわたしの前に立っていた。