ピコラが頭に被っていた紙袋を外すと、中からは淡い青色に桃色のメッシュが入った鮮やかな髪が溢れ出て、魔女の特徴である額から生えた小さな角も姿を現した。わざわざ顔を隠していていたことから、何か意図があってエルフィンランドに潜入していたことまでは、わたしにも理解できた。しかし、教主が来る前のこの時期に、一体何の理由があってそんなことをしているのかは全く分からなかった。
「えっと……なんで分かったんですか!?理由次第では………!」
疑念の混じった声と共に、スッとピコラの手の杖が持ち上げられ、先端がわたしに突きつけられる。いくら可愛らしい顔をしているといっても、魔法での戦いになればわたしに勝ち目はない。
その場に走る緊迫した空気を受けて、わたしの背中を冷や汗が伝い落ちた。少しでも平和的な解決に繋がることを信じて、わたしはフードを外し、両手を上げて降参の意図を伝える。
「妖精じゃなくて、幽霊!?………なるほど!そういうことだったのね!」
幸いにして、わたしの姿を見たピコラは、杖先を地面に下げてくれた。
「確かにわたしは幽霊だけど……」
とりあえず、自分の種族が幽霊であることを肯定すると、ピコラは頷き、さらに警戒心を解いていく。
「良かった~~。あたし、フリックル師匠様から、幽霊の長を味方にしたって話をちゃんと聞いています。あなたは幽霊のリーダーに派遣された師匠様の現地協力者ですね!だからあたしのことが分かった、そういうことですよね!」
「………その通りです」
ピコラは勘違いしているようであったが、わざわざ否定して敵対関係に戻るメリットはないので、わたしは小さな声で肯定した。
『トリッカル』内で、幽霊のまとめ役であるシェイディとフリックルは通じていたから、そのことを話しているのだろう。とはいえ、幽霊という種族全体で魔女と協力している様子はなかったし、そもそもそんなことができるような協調性のある種族ではないので、ピコラの言う派遣された現地協力者なんてものが元からいないだろうということは推測できていた。
「緊急事態で……あたしはフリックル師匠様を探しに来たんです。幽霊の協力者様は師匠様の居場所が分かりますか?できれば、案内してくれたら嬉しいです!」
ピコラの頼みに対して、わたしが手伝えることはなさそうだ。そもそも、現地協力者ではないので、フリックルが今いる場所も分からない。
「すみません。それはできません」
「そんな……どうしよう………!」
わたしのイメージする魔女の現地協力者らしく、できるだけ感情を乗せずに答えを返すと、ピコラは顔を曇らせた。慣れない敵地で動くことを余儀なくされ、目の端に涙が浮かんでいる。
「何があったか話してもらえますか?手伝えることもあるかもしれません」
わたしは大人びた落ち着いた態度を保ち、ピコラに話を続けるよう促した。
折角なので、脇が甘いピコラからベリティエンやフリックルの現状に関する情報を引き抜けないか、という考えもあった。しかし、それ以上に、エーリアスへ放り出された直後のわたしを思い出すような、周囲のすべてに怯え、ただ一人震えている少女を、そのまま見捨てられなかったのだ。
「ありがとうございます!ちょっと場所を変えますね!」
ペコリ、と丁寧に頭を下げて、ピコラはお礼の言葉を伝えると、わたしの服の袖を引っ張って、人気のないところを探して歩き始めた。
「魔女の王国では今、反乱が発生しているんです……」
エルフィンランドの街のはずれで、ピコラがおずおずと口を開いた。わたし達は木陰に入ってはいるが、それでも頂点まで昇り切った太陽が眩しい。遠くからは、妖精と精霊が二人でピクニックをしているようにしか見えないだろうが、ここでは、魔女と幽霊の重要な会合が開かれていた。
「反乱自体は良くあることなのですが、ここ最近、また頻度が増えていて……今回は師匠様の分身も全滅させられるくらいの被害が出ています。それで、あたしは避難を兼ねて、お師匠様を探しに地上に来たんですが………」
広大なエーリアスの地上を眺めながら、ピコラは声のトーンを落としていく。想像以上の広さと移動の困難さには、わたしも痛感させられた経験があり、深く同情してしまった。
「協力者様は今、師匠様が地上でしていることを把握していますよね?」
若干、こちらを試すような意図が混じった口調で、ピコラがわたしに尋ねた。現地協力者でもなければ、フリックルとの直接の面識もないわたしには、本来答えられないはずの質問である。ただ、わたしには『トリッカル』のストーリーから得た知識があった。
「わたし達、幽霊、それにモナティアムのエルフとの協力関係を深めている、でしょうか?」
「はい、その通りです!」
わたしの返答にピコラは満足したようで、肩の緊張を緩めていく。より正確には、いずれ魔女がエーリアス全土を征服するため、地上の種族同士を争わせ、力を削ぐために表向きは協力している、というのが正しいはずだが、幽霊側の認識としてはこの程度の回答が適切なはずだ。
なんだかエーリアスに来てから初めて、『トリッカル』の知識がうまく活かされている気がして、わたしは頬を緩めた。転生者の権能を振り回せるのが面白くて、気分も高揚していたが、悪く言えば、少し調子に乗っていたのだと思う。
「でも最近、何か大きな事故か事件があったとかで、エルフ達が当初の計画通りに動いてくれていません。そのせいで、計画を修正するため、師匠様もずっと地上で頑張っているみたいなんです。その隙を付いて、魔女の一部が反乱を起こしました。うぅ……ベリータ様がいてくだされば………本当に無事なんでしょうか……」
ピコラは力なく、行方不明になっているであろう魔女の女王、ベリータのことを呟いた。『トリッカル』のストーリー通りであれば、女王は今、宮殿の中の秘密の倉庫に閉じ込められているのだろう。フリックルや他の魔女の陰謀などではなく、女王自らのミスで出てこれなくなっているのは、拍子抜けする話だが………
「大丈夫、きっと無事ですよ!」
トントン、とピコラの肩を叩いて元気づけると、潤んだ大きな目がわたしの方に向けられた。
「ありがとうございます!……あの……もしよければ、一緒にベリティエンまで来てもらえませんか?一人で戻るのは心細いですし、解決できると思えなくて……」
少し懐かれてしまったのか、縋るようなピコラの視線が、わたしに突き刺さる。
『トリッカル』では本来ない、または描かれなかった展開にどこまで関与してよいのか、わたしには判断が付かなかった。しかし、この状況のピコラを放置して帰れるほど、わたしは非情にもなれない。
「分かりました。任せてください!」
幽霊の沼では常に末の妹のような扱いをされていた中、久しぶりに頼られる感覚を味わい、先ほどからの高揚感も合わせて、わたしは同行を承諾してしまった。
「助かります!……ベリティエンへの道を案内するので、付いてきてください!」
少し笑顔の戻ったピコラは、杖を振り上げると、わたしを妖精王国近くの地下への入り口へと案内し始める。草原を進む2人の小さな人影を、暖かな陽光と共に巨大な世界樹が見下ろしていた。
魔女の王国、ベリティエンは地下都市である。
地上と同様の明るさは、本来は発光虫によって提供されており、モナティアムに次ぐ文明レベルを有する管理都市である………はずだった。
「派手に燃えてますね……」
わたしがポツリと呟くと、ピコラはもう諦めているかのように、無言で街への道を先導していく。
ベリティエンの複数個所で火が上がっており、都市を赤く染めていた。地下空間で酸素は大丈夫なのだろうか、こんな危険地帯で自分に何ができるのだろうか、などと今更ながら不安と、この街に来たことへの後悔とが襲ってきたが、もう手遅れである。
「あれ、ピコラじゃないか!?」
畳みかけるように、わたし達の背後から声があがった。
「フリックルの所のインターンだ!」
「人質にできるんじゃないか?」
「たった二人だ。私たちで、やっちゃおう」
続いて、不穏な言葉の数々が、集まってきた魔女たちから発せられた。
「逃げましょう!」
ピコラがわたしの手を掴んで、ベリティエンの街中を駆け始める。背後から放たれた魔法の光の奔流が、わたしの肩を掠めて近くの壁を破壊した。
「ひゃぁぁあぁぁっ」
突然の修羅場に、わたしの喉から悲鳴が飛び出る。一方のピコラは、背後に向かってステッカー状の魔法弾を複数放ち、追いかける魔女たちを牽制した。
「危ない!」
ピコラの前に飛び出したわたしに、手斧が直撃し、猛烈な痛みが頭に走った。エーリアスでなければ即死だっただろうが、ここではただ痛いだけで済むことに感謝しつつ、足元に転がった手斧を拾い上げ、こちらに駆け寄る魔女に投げつける。
ガンッ、と重い音と共に、斧が魔女のすねのあたりに直撃した。あれは、頭に直撃したわたしよりも、痛そうだ。そのようなことを思いながら、怯む魔女たちを尻目にわたし達はベリティエンの路地裏へと逃げ込んだ。
「大丈夫ですか!?」
ようやく追手を撒き終わると、わたしの怪我を心配してくれているのか、ピコラが治癒の魔法を掛けてくれた。だいぶ楽にはなったが、次にどこへ逃げればいいのかも分からない状況は、改善していない。それはピコラも同様なようで、頭に手を当てて、次の目的地を熟考していた。
「宮殿までたどり着ければ、フリックル師匠様の派閥の兵士がいるはずです。でも、ここまで反乱の火の手が上がっている状態だと、無事辿り着けるかは……」
ピコラがブツブツと呟いているが、ベリティエンの地理すら全然把握できていない、自分に出せるアイデアはなさそうだ。そう考えていたが、こういう時に中立を維持してくれそうな、ある一人の魔女の名前がわたしの中に思い浮かんだ。
「ポーシャ―……ポーシャ―の店はここから遠い?」
「ポーシャ―様のお店?いえ、そこまで遠くはありません。でも、このまま行くと、逃げ込むのがバレちゃいます!」
ピコラの返答から、現実的な一時退避先として、ポーシャ―の店が使えなくもないと明らかになった。ポーシャ―であれば、こういった時に有用な魔法のポーションも売っていることだろう。
「ピコラが店に入るのを、上手く誤魔化せればいいんだよね」
わたしは笑みを浮かべながら、路地裏の出口の先、大通りにて魔女たちに商品を売りつけている、見知った行商人の姿を見つめていた。
「こういう時だからこそ、武器と防具はたくさん持っておかないと!現在、ワンタイムセール中ですの!是非お買い上げくださいませ~!…………え!?なんであなたがここに!?」
わたしとピコラに路地裏へと引き摺り込まれ、偽物の大きな角と羽を取り付けた悪徳行商人、シストが驚愕の声を上げた。