ガチャン、と音を立てて扉を開け、店の中に入ると、桃色の癖毛を跳ねさせて、ポーシャーがわたしを見つめていた。初めて見掛ける小さい幽霊を不審に思っているのか、彼女の眉が持ち上がる。
続けて、大きな角と羽を付けた人影がわたしを追って店内に姿を現した。
「シスト?」
その姿を見て、ポーシャーが声を掛けるが、彼女はシストではない。
「ふぅ~……緊張しました!」
ピコラが大きな角の付いたフードを脱ぎ去り、大きく安堵の息を吐き出した。
「もう、こんなことに付き合わされるなんて!本当はもっと大金が必要なサービスですのよ!」
遅れて、当のシストがいつもの格好そのままに入店し、わたし達に文句を言った。その言葉を聞き流しながら、わたしはピコラからフードに偽物の角が生えた司祭服を受け取り、もう一度深く羽織り直す。
ピコラをこっそりと移動させるために、本当はシスト自身のフードを借りたかったのだが、承諾してくれなかったため、やむを得ず、わたしの服を改造することになってしまった。結局、シストに改造のためのパーツや道具、移動の偽装工作をお願いして、わたし達は無事、ポーシャーの店に駆けこむことができた。しかし、当然のように安くは済まず、わたしへの以前のぼったくりやベリティエンでの無許可営業などを問い詰めて、なんとかピコラの財布が空になることは避けられたのだった。
「それで、あなた達はお客、ということでいいのかしら?」
気だるげに、ポーシャーが尋ねる。
「はい!何か使えるポーションがないかと思って……」
答えながら、わたしが棚を見ると、売り物と思われるポーションはほとんど残っていなかった。改めてポーシャーに視線を向けると、彼女は静かに首を振る。
「このご時世でしょう。商売繫盛していて助かるわ」
ポーシャーが嬉しそうに言った。確かに、地元の魔女なら当然、わたしなんかよりも先に、この魔女ショップの重要性に目を向けるだろう。
「内乱の解決のために協力してくれませんか?いくら商品が売れるとはいえ、この状態がずっと続くと困りますよね?」
「フリックルのために?」
ピコラが協力を要請したものの、優しく笑みを浮かべながら、ポーシャーは問い返した。
「そもそも誰が権力を握ろうが、私には関係ないのよね。どうせ魔女たちは最後に権力争いで戦い合う羽目になるの。だから、止める必要もないでしょう」
達観したポーシャーの言葉にはある程度納得できるものの、現状、追われて続けて、落ち着くことのできないピコラにとっては酷な回答だろう。また、仮にフリックルの権力が完全に失われ、『トリッカル』のメインストーリーに影響が及ぶとなっては、わたしも黙ってはいられない。
「依頼して、追加でポーションを作ってもらうことはできませんか?」
「オーダーメイドってこと?相当の価値あるものを出せるのでもなければ、無理よ。えっと……精霊……幽霊かしら?まあどっちでもいいわね。荷物出してみなさい。面白いものを出せれば、作ってあげてもいいわよ」
わたしの問い掛けで、僅かに突破口が見えた気がした。ポーシャーに促されるままに、わたしはリュックを開けて中身を取り出していく。
水の入ったペットボトル、良く水で洗った生芋、飴玉が入ったビニール袋、毛羽立った古いタオル、クレヨン、紙の切れ端、錆びて動かない拳銃、古びた懐中電灯……
「ほぼゴミね」
一応、何とか価値が付きそうなエルフ製の懐中電灯を眺めながら、ポーシャーが言った。
「わ…わたしの身体の一部とか……あ!内臓とかじゃなくて髪の話です!」
せめて、幽霊の身体に価値がないか、わたしは尋ねてみる。確か、竜族の角などをシストはポーシャーに売り込んでいたはずで、特別な力を持つ幽霊なら、それなりの価値があるのではないかと考えていた。
「いや、そもそも、あなた達には実体がないじゃない………ん?」
当然のことを話すように彼女は呟き、それから目を細めてわたしを見つめた。
「あなた、
なに、と言われてもわたしはただの幽霊のはずだ。まさか、見通せるはずはないと思ってはいるが、その中に納まっている人間としての記憶のことを言われているのだろうか。返答に困って、わたしが口ごもっていると、ポーシャーは口の端に笑みを浮かべた。
「いいわよ。欲しいポーションを言いなさい。用意してあげる。……シストに聞いてはいたけど、面白い被検体になりそうね」
急に態度が変わった彼女が、不気味なほど友好的に、わたしに語り掛けてくる。その手には、契約書のひな型のようなものが握られていた。
さて、本来であれば、文字が読めないわたしとしては、契約書とはしばらく関わりたくなかったのだが、幸いにしてここにはピコラという第三者が居てくれた。
「えっと、乙は治験者として週に一回……あっ、治験というのは薬の効果や副作用を調べる試験のことです」
フリックルの弟子として、普段から書類仕事などに奔走しているためか、ピコラは想像以上にしっかりと契約書を把握し、さらに分かりやすく伝えてくれる。この優秀さは、フリックルも弟子として可愛がるだろうと思いながら、契約について頭に入れていく。
内容は主に二つ。
一つは定期的にポーションの効果をわたしで試したいとの話。配達と記録はシストに頼むとのことで、新たな商売の可能性に、わたし達の背後の行商人が嬉しそうにしていた。
もう一つはここで、今すぐに行われることとなっており――目の前のポーションを飲んで意識がない間に身体を触りたいという、色々な意味で危機感を覚えるものだった。
「それでどうするの?」
契約書を理解し終えたわたしに、ポーシャーが問いかける。
「二つ目の方に、ピコラが立ち会ってくれるなら……」
流石に密室で解剖されるような心配は不要かと思ったが、それでも、意識がない間に好き放題されるのは怖い。
「まあ、いいわよ」
店の外扉に休業の木札を掲げると、ポーシャーは戻ってきて、あっさりとその条件に承諾した。
「はい、飲んで」
そうして、わたしに透明な液体が入った容器が手渡される。意識を吹き飛ばす魔法の薬と聞かされても、正直なところ、身に起こる変化がうまくイメージできない。ポーシャーに睡眠薬のようなものかと尋ねたが、まったく違うと言われ、私は未知の感覚に身構えた。とはいえ、その程度の行為で、今のわたしには手が届かない値段のポーションを束でもらえるのであれば、安いものである。
グイッと小さい瓶の中身を飲み干すと、青汁のような青臭い味が舌いっぱいに広がっていく。そういえば、ポーシャーの製品は、そもそも味がひどい場合もあることを思い出した。ただ、生の芋をそのまま齧ったりしている最近の生活からすると、まだまだ耐えられる味ではある。
意識を吹き飛ばす……意識を吹き飛ばす?
考え込み過ぎて眠れない夜のように、目が冴えてしまって、わたしの意識が失われることはなかった。
「あの~、意識が吹っ飛ばない…?みたいなんですけど……」
そもそも契約の第一段階が進まず、わたしは戸惑ってポーシャーに尋ねてしまう。
「じゃあ、こっちで」
中身の情報を何も言わずに、今度は毒々しい緑色のポーションが渡された。本当に大丈夫なのだろうか、疑念を抱きつつも、エーリアスであれば最悪でも死ぬわけではないと思い直し、わたしはそれを一気に喉へ流し込んだ。
「間違えたわ。それは体が麻痺する毒よ」
「んんんんん!?」
ポーシャーの解説と同時に、わたしの身体が痺れ始め、舌も回らなくなった。意識をなくすのと、体の自由をなくすのは違うのではないだろうか。そう抗議したいものの、言葉が発せられない。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「ちょっと待ってて、解毒薬を飲ませるから」
心配するピコラを制して、ポーシャーがわたしの口に別の液体を流し込む。
「すぐに麻痺が取れるから大丈夫よ。ウフフ」
ポーシャーの言葉の裏で、徐々に痺れが溶けてくる。
「普通、幽霊相手には毒物は効かないから、興味深いわね」
「ふぁの!ひゃやく……早く本当のポーションを出して!」
多少は覚悟していたが、契約にかこつけてポーションの治験を始めているというのに、それを隠すそぶりすらない彼女に、わたしは抗議の声を上げた。
「はい、これが魔法の睡眠薬。睡眠薬は、あなたも分かるのよね。眠りに落ちる薬」
思わず眠くなるような、ゆっくりとしたポーシャーの声が、心地よく耳に響く。わたしの唇に付けられた小瓶から、トロトロとした苦い液体が喉の奥へと吸い込まれていった。
「それにしても面白い特性ね……」
薄れゆくわたしの意識に、ポーシャーの最後の言葉が響いていた。
目が覚めると、わたしのすぐ前にはポーシャーの赤い目があった。特徴的な縦長の瞳孔が、わたしの目の動きを追いかけている。ぼんやりとした意識のまま、反射的に目を合わせてしまうと、ポーシャーの動きが数秒、止まる。
「くっ……!?………………そう、こういうこともできるのね」
久しぶりにわたしの能力が暴発してしまったのだろうか。しかし、エルフ達のように恐怖に怯えるわけでもなく、ポーシャーは冷静に、わたしから目を逸らした。その余裕ぶりから、わたし以上にわたしのことが理解されているような、何とも言えない気持ち悪さを感じた。
「終わったわ。気分におかしなところはない?」
ポーシャーがわたしに尋ねる。おかしなところは全く感じられず、むしろ、しっかり眠ったおかげか体調も良いように思われた。それでも、精神はともかく、肉体に何がされたのか不安はあり、わたしは近くの椅子に座っていたピコラに目線を向ける。
「あ、えっと……特に変なことはされていなかったと思います……」
少し歯切れの悪い様子で、ピコラが言った。明確に問題なかったことを断言できない理由を聞いてみたいような、聞いてみたくないような気持ちを抱えたまま、わたしは立ちあがる。
「それで、ポーションは?」
尋ねたわたしの前に、箱いっぱいのポーション瓶が、ドンと置かれる。安価で強力、解除は困難という、自身が使う分には便利なポーション、掛けられた相手を芋に変える怪しいポーションがそこにあった。